五等分の園児   作:まんまる小生

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涙は零れず恵みは静かに零れるその9 一花

 寒空から解放されて、立派な畳が敷かれた部屋で熱いお茶を頂けたということで。

 

 

 

「お年玉をやろう、一人ずつ並びなさい」

 

「「「「はーい」」」」

 

 

 

 中野家の正月祝いに急遽、途中参加させてもらった。

 

 先生と爺さんには事情を説明すると同情されてしまい、お咎めなく招いていただいた。

 

 俺の分に加えて、親父から五つ子へのお年玉を手渡す。

 

 らいはの分も預かっているのだが、まだ高校生である妹から貰うとなると先生も気が引けるだろう。親父の分に追加しておいた。

 

 既に先生と爺さんからも貰っているんだろう。五つ子は貰った封筒を大切に鞄の中にしまった。後で母親に預けることになる。

 

 

 

「五月、上杉君」

 

 

 

 か細い声を聞き逃さないように全神経を耳に集中させる。爺さんに呼ばれて振り向くと、ちゃぶ台の上にはおせち料理を筆頭に豪華な食事が並んでいた。

 

 お心遣いに頭を下げると五月のお腹が鳴り、早く食べようと急かされる。不躾にもほどがある。お礼ぐらいちゃんと言わせてほしい。

 

 しかし、ここに来たのは悲しいことに正月を祝うためではない。

 

 いかにも美味しそうな料理を食べにきたわけではない。蟹食べたかった…五月に全部食われるな。

 

 

 

「先生、五月を頼みます」

 

「上杉君…あの子とはもう…?」

 

「…俺のことより自分のことを心配したほうがいいぜ、先生」

 

「え? ど、どういう意味ですかそれは」

 

「さあ? 侮ってると痛い目見るぜ」

 

 

 

 母親のようになりたい。夢を目指す子供を止めたいのなら相応の覚悟を持って挑まないといけない。

 

 疑問符を浮かべる先生に五月を任せて、俺は本来の目的の、サプライズを企画してまで会いたかった長女に声をかけるとする。

 

 二乃と三玖、四葉も既に把握していること。二人きりになるように妹たちは長女から離れていった。

 

 

 

「よう、待たせたな」

 

「待ってないような、早く楽にしてもらいたいような」

 

「…サプライズの続きだ、外歩きながら話すか」

 

「いいよ、ずっと中にいるのも退屈だしね」

 

 

 

 一花の表情は姉妹が心配していたほど、緊迫したものには見えなかった。

 

 立ち上がり、一花と一緒に外出する。

 

 携帯を持っていきたかったが、先のサプライズ大作戦の失敗の弊害で充電中になっている。ことごとく付きの悪い。

 

 玄関にて靴を履いて、冷えきった風が吹く中並んで歩く。

 

 

 

「フータロー君、こっちに行かない?」

 

「山のほうに行くのか、俺は土地に疎いから遠慮したい」

 

「大丈夫だって、私は慣れてるから」

 

「…おまえを怒らせて置いてかれたら、俺が遭難するって言ってるの」

 

「あはは、大丈夫、その時は私がグサッと楽にしたげるから」

 

「凶器持ってるの?」

 

 

 

 行き先は決まったようで、山道を先に歩く一花について行くことにする。

 

 昔の四葉なら坂道を駆け上がって、早く来いと急かしてきたものだ。一花は前を歩き、度々振り向いては後に続いているのか確認している。

 

 冬の山は所々葉が付いた枝が見受けられるが、足元はむき出しの枝ばかり。引っ掻いたら傷になりそうで注意して進んだ。

 

 

 

「一花、昨日の電話の続きだが」

 

「ストープッ!」

 

「…は?」

 

「私、あの後すっごい傷つきました先生! ぐさっと、致命傷です!」

 

「…」

 

「だから、埋め合わせに楽しいお話してからにしよ? ね?」

 

「楽しい話ね…」

 

 

 

 昨日からおまえのことを考えていた。お陰でまったく楽しい気分ではないんだが…賠償請求されてしまっては応じるしかないか。

 

 話をしようと言いながら一花の足は待ってくれそうにない。山道を歩きながら考えろってか。

 

 

 

「うーん…中学一年の一学期中間テスト、数学の山を教えてやろうか」

 

「はーいマイナス50点!」

 

「実用的なのに…

 おまえ中学は部活入るの?」

 

「うーん、半年前まではお母さんのお手伝いに専念しようと思ってたけど、どうしよっかな

 演劇部とか興味あるんだけど…私たちが行く中学にはないっていうね」

 

「演劇…?」

 

「ちょっとね、選ぶとしたらそれかなってだけ

 ちなみにフータロー君は?」

 

「帰宅部」

 

「冴えない男子の定番」

 

「中学はともかく俺の高校時代が冴えてなかったら、おまえらは幼稚園で遅くまで母親を待つはめになってたからな」

 

「おっと、ここは感謝するところだったか、失敬しました

 幼稚園か…懐かしいなぁ」

 

 

 

 懐かしいと言えるほど一花の記憶に残っているのだろうか。

 

 前を歩く、というか段々と間が広がっていく一花の顔色は見えなかった。

 

 獣道を進むのは結構疲れる。加えて一花のルートはジクザグに進んでいくもので余計に足腰に力を浪費される。

 

 しかも一花の奴、俺が追いつこうとするペースを早めると逃げるように間隔を広められる。

 

 

 

「おい、一花

 そんなに進んで大丈夫なのか、帰り道」

 

「怖い? フータロー君にはもう少年の心は無くなっちゃったかな

 こういう探検はワクワクしないと」

 

「おい女子

 おまえ、昔何度か怒られてなかったか」

 

「あ、あれは四葉と三玖が原因みたいなものだし」

 

 

 

 昔、子供たちが山に迷って帰ってこなかったと聞く。遭難の常習犯だぞ、こいつら。

 

 母親と爺さん、旅館の従業員までも捜索した結果、泥まみれで発見されたらしい。懲りてないぞこの長女。

 

 山には悪さをする子供を返さない神様がいるとか、そんなオカルトチックな話も聞いているし、流石に奥地に進んでいくと薄ら寒くなる。

 

 

 

「一花、これまでだ」

 

「…あともうちょっとだったのに」

 

「…ん?」

 

「この先にね、ちょっと崖になってるけど絶景が見えるところがあるの

 お母さんには内緒の、私たち五つ子だけの秘密基地

 あ、崖って言ってもちゃんと柵とか付いてるから危なくないよ?」

 

「それで何度も山で遊んでたのか」

 

「…見たかったなー

 たぶんフータロー君となら夜の星も見れて、今までにない思い出になると思ったのに」

 

「…危ないから、また今度な

 その時は付き合ってやるよ」

 

「…次なんて、ないよ

 お母さんのとこに行っちゃうフータロー君にはもう見せてあげないから」

 

 

 

 これ以上奥へ進むことを咎めると、一花から惜しまれた。

 

 目的地を諦めたと思ったら、一花は方向を変えて再び奥へ足を運ぶ。もう少し付き合わないといけないようだ。

 

 最後の思い出作りのつもりだったのか。一花は時折目元を拭って、それでも尚突き進んでいく。

 

 なに意地を張っているんだ。意固地になる理由はわかるが度が過ぎている。

 

 段々と一花の足の速度は落ちている。疲労が溜まってきたのだろう。

 

 最後まで意地を張り続けるのか、急な斜面を登っている。

 

 緩やかな崖にも見える、人が通る道ではない。一花が滑り落ちたら受け止められるように背中を眺めていたが…よく見れば震えていた。

 

 

 

「…さ、寒い…」

 

 

 

 ぷるぷる震えながらも登り切ったようだ。とことん負けず嫌いな長女である。

 

 

 

「汗だくで走るからだ

 おまえが怒っているのも、辛かったのもわかった

 って、おっと、あぶな」

 

「…ほんと?」

 

 

 

 そりゃあ、山道登っていれば汗をかくし、この季節なら体温を奪われる。いくら上着を羽織っても限度がある。

 

 斜面を這い上がって一花と並ぶと、坂の先は崖だった。

 

 4mあるかないか、足を踏み外して転落したら戻って来れそうにない。

 

 こんなところまで逃げやがって、そうまでして頑として認めたくないのか。もうその気持ちは嫌になる程思い知らされたぜ。

 

 

 

「ああ、おまえが見せたかったものには興味はあったが、次があることを祈っておくぜ

 ほら、帰ろう、マジで帰れなくなる」

 

 

 

 一花は肩を擦って寒さを訴えていた。意地を張っても良いことはない教訓に活かしてもらいたい。

 

 ようやく捕まえる事ができた。楽しい話ならいくらでもしてやる。暗くなる前に帰るのが吉だ。

 

 

 

「…どうしよ」

 

「…」

 

「…あはは、帰り道、どっちだっけ」

 

「あっち」

 

「さ、流石フータロー君」

 

 

 

 そうなると思ったわ。目的の場所を諦めた時点で途方のない方へ向かって行ったし、怪しんでいたんだ。

 

 指を指す方角を見て一花は安堵していた。頼りになる、とからかい混じりに背中を叩かれる。

 

 ふと、崖の方から物音がした。

 

 小石が落ちていく。パラパラと。

 

 一花と一緒にそれを眺めていた。

 

 

 

「…」

 

「…私じゃないよ」

 

「俺でもない」

 

 

 

 すると、砂埃を立てて地面が揺れた。

 

 足場が崩れていることを体で思い知らされる。一花が悲鳴を上げて俺にしがみついてきた。

 

 無我夢中で一花を胸に抱え、頭を腕で包む。そのまま視界が回り、崖際を転がっていく。

 

 そこまで高い崖ではなかった。意識はそのまま、冷たい土の上を転がり落ちた。

 

 腕の中の一花が無事なことを確認する。見上げると音は止み静かなものだった。

 

 腕を離すと一花は起き上がり、肩を揺らしてくる。

 

 

 

「…

 ふ、フータロー君、フータロー君!?」

 

「いって…死ぬかと思った」

 

「あ、あぁ…よかった…よかった」

 

「大した高さじゃなかったからな…

 おまえの絶景スポットなら死んでたんじゃねーの」

 

「も、もう…馬鹿言わないでよっ

 良かったぁ…!」

 

 

 

 胸に抱えていた一花に怪我はないように見える。

 

 お互い土まみれで、立ち上がって汚れを叩き落とす。

 

 全身痛むが軽傷で済んだようだ。運が良かったとしか思えない。

 

 災難に見舞われたが二人共無事だったことを喜ぶべきか。ひとまず元の場所にどう戻ろうか、辺りを見渡す。

 

 

 

「…まずいな」

 

「ど、どうしたの…って、うわぁ…

 こ、こっちはやめとこ?」

 

「だな」

 

 

 

 崩れ落ちた先とは反対側。正真正銘の万が一の確率もない、落ちたら即死という急な崖があった。山を一望できるぞ。

 

 突き刺した古い木の棒と縄で囲い、これ以上進むなと警告していた。もう少し頑丈に作ってもいいくらいに。

 

 土は乾いて滑りやすく、自力で下るのは命知らずというもの。そもそも帰る先とは反対側だ、こちらは。

 

 他は壁となっていて自力では登れそうにない。だからと言って唯一下に降りれそうな道は人が進む道ではあらず。

 

 …完全に遭難した。

 

 崖を上がる以外に帰る術はなさそうだ。充電の途中でも携帯を持ち歩くべきだったと後悔している。

 

 

 

「ご、ごめんねフータロー君、私がこんなところに来たから」

 

「まったくだ」

 

「…」

 

 

 

 崖を上がるには無茶があるが、不可能ではなさそうだ。

 

 だがそれには体力がいる。先程転げ落ちたばかりで、手足がまだじんと痺れている。少しの回復が必要だった。

 

 崖を背にして座り込む。一花も隣に座り、俺の身を気遣っていた。

 

 

 

「…一花、怪我は?」

 

「…ううん、ないよ

 フータロー君が抱えてくれたから」

 

「そうか…」

 

 

 

 一花の顔にはまだ土埃がついていた。

 

 来年は中学、お洒落したい年頃の子が酷い有り様だ。その汚れを手で拭ってやる。

 

 一花はくすぐったそうに、されるがままだった。

 

 拭っている途中で目元で湿っぽいものに触れたが、内緒にしておいてやろう。

 

 

 

「…一花、頼みがある」

 

「な、なに? 何でも言って」

 

「そこらへんに折れた木の枝があるだろ、できる限り集めよう」

 

「う、うん…何するの?」

 

「おまえにマジックを見せてやろうじゃないか」

 

 

 

 最悪の場合を考えて、崖を上ることに失敗したことを考えておかなければならない。

 

 この子がこの状況で頼りにしているのは俺だ。不安にさせないよう、明るく笑ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ日が高いうちがベストだった。

 

 気温が下がれば、初心者の俺では成功の確率は絶望的に陥る。

 

 試行錯誤に一時間以上かかった。この気温でその場凌ぎの道具を用いた結果だ。これでも運が良かったほうだし、自分で自分を褒めたくなる。

 

 

 

「キャンプファイヤーみたいっ

 凄いよフータロー君」

 

「蒔は十分にある、これで凍死する心配はなさそうだ」

 

 

 

 火起こしを成功させて、焚き火を囲んで暖を取る。原始的な手法に一花は拍手で褒め称えてくれた。

 

 火口として、崖際に使われていた燃えやすい麻縄を利用できたのが救いだった。お陰で一夜ぐらいなら過ごせる。

 

 焚き火など経験したことがない一花には良い気晴らしになったか。

 

 

 

「さて、次はこの崖だが…」

 

「フータロー君、少しは休んで?」

 

「…そうだな、腕がパンパンでしんどい」

 

「ほら、お隣どうぞ」

 

 

 

 一夜過ごすための保険ができたことで、ようやく脱出の術を探ろうかと立ち上がったが思いの他腕が痛かった。

 

 一花に促され、隣に座り一休憩する。この子もさっきまでは軽くパニックになっていたのに、だいぶ持ち直したようだ。

 

 手まめができそうな手を、一花に握られる。

 

 そのまま自分の温かい吐息を当てて温めようとしてくれる。

 

 

 

「…一花」

 

「うん?」

 

「すまない」

 

「…」

 

 

 

 おまえが最後になった。その結果、このような悲惨な仕打ちとなった。

 

 傷つけてばかりだ、お姉ちゃんだからって負担をかけていい理由にはならない。

 

 それでも、五人の中で貧乏くじを引かせるのなら、一花しかいなかった。

 

 長男と長女なら下の子を守るのが当然だと、俺はそう思っている。

 

 都合の良い物を押し付けていることに、謝りたかった。

 

 そしてこの後も、おまえの期待に応えられないことも。

 

 一花は俺の手を離して、空を見上げて乾いた声で笑った。

 

 

 

「お母さんには敵わないもん

 幸せになって、私たちを育てて大変な思いをした分人生を楽しんでもらわなきゃ

 大恋愛に発展するとは思っていなかったけど、昔からフータロー君とお母さんは仲良しだったからね」

 

 

 

 膝を抱えて、一花は赤と黄色の炎を見つめていた。

 

 パキパキと小さく弾けては灰になる、その光景を。

 

 

 

「わかってたっ!

 今更ってもんだよ、昔から結婚するってわかってたんだから

 だから、あの時の嘘は、嘘だけど本当だよ

 大好きだけど、止めるつもりは、ない

 お母さんをお願い

 お母さんにも…

 …

 フータロー君をお願いって頼むから」

 

「それでいいのか?」

 

「…私は何が大事かちゃんと分かってるから

 お母さんにはフータロー君しかいない

 ううん、お母さんの再婚相手がフータロー君以外っていうのも、想像つかないし

 ほら…ね?

 収まるところに収まるって感じかな」

 

「達観しているな、昨日泣いていたくせに

 おまえがそんなに物分りが良いのなら、今ここにはいないんじゃないか」

 

 

 

 この子の見栄を壊そうとするのは果たして正解なのか。

 

 俺の頭に警報が鳴っている、これ以上は不毛だと。

 

 一花が選んだのは風化して忘れてしまうことだった。それすらも悟られたくない、拒絶の意図が窺える。もう俺の出る幕ではない。

 

 余計な口は塞ぐべき。だが…見ていられない。

 

 もう泣き崩れそうな子が、行かないでと涙を堪えて訴えている。

 

 ただの恋愛なら良かった。俺は彼女には関与せずに生きていける。

 

 だが俺はこの子の父親になってしまう。

 

 この子を慰める資格を失う。俺はそれがたまらなく嫌なんだ。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 上着を掴まれ、肩に額を押し当てられる。

 

 泣いてはいないんだろう。何とか涙を抑えようと必死になっている。

 

 …一花が満足するまで、待つしかなかった。

 

 一花は涙を拭いて立ち上がる。唇は震えて、必死に紡いでくれた。

 

 

 

「…もうね、きっと私の言いたいことは全部、みんなが言ってくれたはずだよ

 お嫁さんになりたい

 君から告白されたい

 好きだと告白したい

 応援してほしい

 だから、私は言うよ

 もしみんなが言えてなかったら、聞いてください

 これが正真正銘、私たち五つ子の本当の願いだよ」

 

「―」

 

 

 

 これが最後になる。それは一花だけの言葉ではなかった。

 

 

 

「傍にいてくれてありがとう

 

 私たちと出会ってくれて、ありがとう

 

 あなたと出会えて良かった…!」

 

 

 

 火の明かりが揺らいでも、一花の笑顔は揺れなかった。

 

 まさか…感謝されるとは思いもしなかった。

 

 どうすればおまえを傷つけずに、望む本音を叶えられるか、それだけを考えていた。

 

 …兄離れ、か。

 

 この役目はもう終えてしまったのかもしれない。

 

 求められる人間になりたい。

 

 その夢を満たしてくれていた大切なものが、手の平からゆっくりと消えていった。

 

 

 

「…あはは、ジーンってきちゃった?」

 

「…おまえ、演技の才能あるんじゃね」

 

「お、それ結構嬉しいかも」

 

 

 

 昔可愛がっていた子供が、掴んでいた手を離して去っていく。少しぐらい感傷に浸っても良いだろうが。

 

 まったく、むかつくぜ。大人を泣かせようなんて十年早い。

 

 照れくさいのか、頬を指で掻いて苦笑する一花を抱きしめる。

 

 

 

「…ふ、フータロー君」

 

「ありがとう、おまえを最後に選んで…正解だった」

 

「…

 っ

 まだ、さよならじゃないよね…」

 

「ああ、まだ…帰るまでは、おまえらの兄貴分だ」

 

「…お母さん、お願いね?」

 

「任せろ」

 

 

 

 ぎゅっと背中に腕を回され、きつく抱きしめられた。

 

 しばらく抱き合って…焚き火の蒔が折れる音がうるさくなった頃、手を離した。

 

 一花の脇に手を差し入れて、両手で抱え上げる。

 

 

 

「…あ、あの…?」

 

「おまえ、崖上まで投げてやるから助け呼んできてくれ」

 

「…」

 

 

 

 高い高い、と掴み上げられた一花は硬直していた。

 

 ついでに目がデリカシーのなさに怒っている

 

 告白してくれた空気の後に、投げ飛ばすと言われたら…まあ理解し難いと感じる。だが命がかかっているんだ。

 

 おまえだけでも助かるんだ。目を離すことに心配は尽きないが、お姉ちゃんだろ。無事に帰ってみせろ。

 

 

 

「…投げるって、本気?」

 

「投げた後にどこか掴まれ、おまえの足を押し上げれば届くはずだ

 まだ日が高い今のうちだ、俺が指差した方角は覚えているか?」

 

「う、うん…真っ直ぐ行けばいい?」

 

「ああ…真っ直ぐな、不安だったら戻ってこい」

 

「…うん、わかった

 絶対に助け呼んでくるから」

 

「よし」

 

 

 

 流石にあの崖よりも高く小学生を投げるのは俺の腕力では無理があるが、良いところまでは運べるはずだ。

 

 俺が踏み台になれば、その後よじ登ることはできるだろう。ここに来るまでの運動能力を見ていたから十分可能なはずだ。三玖だったら厳しかったかもしれない。

 

 一花が力強く頷いてくれたので、一花を抱え上げたまま崖際に寄る。

 

 一、二、三。掛け声を合わせて一花を下から上へ力いっぱい投げる。

 

 

 

「ッ!」

 

「流石お姉ちゃん」

 

「こらー! フータローくーん!!」

 

 

 

 しっかりと崖にしがみつけたことを褒めてやったら悲鳴が上がった。本人は必死である。

 

 急いで落ちかけた足を掴み、徐々に力を入れて押し出す。

 

 限界ギリギリというところまで腕を伸ばして、ふと掴んでいた足が浮いた。

 

 

 

「やったっ

 フータロー君、登れたよ」

 

「また崩れる前に早く行け

 落ち着いて、歩いていいからな」

 

「わ、わかったよ

 フータロー君もちゃんと暖まっててね

 絶対に戻ってくるから」

 

 

 

 手を振ってやると、一花はこの場を去っていった。

 

 一花を見送って、地面に横たわった。後は体力を残して救助を待つだけだ。

 

 …さっきまで隣で甲斐甲斐しく慕ってくれた子の温もりが消えた。

 

 誰もいない冷えた地面が無性に寂しさを拗らせる。

 

 

 

「…先生と爺さんには幻滅されそうだ」

 

 

 

 五つ子の保護者になるというのに、この体たらく。

 

 呆れられるだけならまだ良い、責任能力のなさを指摘されて交際を認められなかったらどうするか。

 

 せっかく、五人から祝福されたというのに、本当に拙い人間だ。

 

 他人を見下してきた人間には相応の末路なのかもしれない。

 

 求められず、夢を果たせず、主役が実は道化だったと知った観客は二度と劇場には訪れない。

 

 

 

「先生には謝らねえと…」

 

 

 

 せめて謝りたい。

 

 もう一度だけでいい、また俺を見てほしい。その為なら何だってやってみせる。

 

 火の灯りを眺めながら、うとうとと落ちかける瞼に抗わず今は休ませてもらおう。

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