五等分の園児   作:まんまる小生

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涙は零れず恵みは静かに零れるその9 五等分の花嫁

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

 

 

 …なんだ、あいつ。

 

 聞き覚えのある、懐かしいメニューに…俺以外にそんなものを頼む奴がいたとは驚愕した。

 

 顔はよく見えない、男子生徒か。

 

 俺がよく知る高校の食堂で普段通りの日常を過ごす、普通の学生だろう。

 

 その学生と同時に、見覚えのある女子生徒が同じテーブルにトレイを置いた。

 

 

 

「あの! 私の方が先でした

 隣の席が開いているので移ってください」

 

 

 

 アホ毛が跳ねている。ついでにトレイに載った食事量は目を見張るもの。

 

 五月だ。中野五月。

 

 俺の知る子よりも数年成長した、高校生の彼女だ。

 

 …夢でも見ているのか、俺は。

 

 だが興味がある、あいつらの高校生の日常には。

 

 しかし二人の会話は刺々しく談笑とは言えたものじゃなかった。

 

 

 

「私、良いこと思いつきました

 せっかく相席になったんです

 勉強、教えてくださいよ」

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 

 あ、あの甘ったれ、見ず知らずの同級生にまでいつもの我侭を頼み込んでいた。華麗に撃沈されて、慌ててやがる。

 

 さらに、太るぞ、という禁句をぼやかれて五月は気を害してしまった。

 

 流石に初対面の女子に太るぞはないわ、少年。俺も言ったことあるけど。

 

 怒る時のむっとした顔も、意地っ張りなのも変わらない。

 

 ついでに食欲も変わっていない。

 

 センスを感じられない髪留めも高校生になっても付けているようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見た?」

 

 

 

 すぐさま場面は切り替わる。

 

 さっきから何なんだこの光景は、夢か?

 

 食堂だった風景は一変して、頭上に空が浮かんでいる。

 

 先程の男子生徒か? 変わらず顔は窺えないが、彼は酷く困惑しているように見える。

 

 緊迫した男子生徒の視線の先で、目の前でしゃがんで彼を見上げる子がいた。

 

 三玖…か?

 

 どこか暗さが目立つが、首にヘッドホンをかけている子は間違いなく三玖だ。

 

 何やら険悪なムードになっているが、彼女は赤面して顔を隠した。

 

 

 

「戦国武将…好きなの」

 

 

 

 …いわゆる歴女ってやつか。

 

 確かにあいつ好きだもんな…高校生でも同じか、趣味合う友達がいるのか…?

 

 彼女の口ぶりからして、やはり周りとは馬が合わないようで、武将好きなことも隠していたらしい。

 

 根は深いようで、自分の好きなものに対して自信が持てないようだった。

 

 …だが三玖には言いたい。自分が好きだと思うのなら――

 

 

 

「変じゃない!

 自分が好きになったものを信じろよ!」

 

 

 

 男の断言に、三玖は目を見開いていた。

 

 …これ以上は見る必要はないだろう。

 

 ただ言えるのは、理解してもらえて良かったな、それだけだ。

 

 嬉しかっただろうな、あいつ。

 

 あいつにはあんな風に真正面から向き合ってくれる友達ができてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたなんかお呼びじゃないわよ」

 

「はいはい

 行くぞ」

 

 

 

 聞き慣れたそれは、遠い昔聞いたことがある。棘のある声だった。

 

 祭りか。毎年行っていた懐かしい夏祭り。

 

 人混みだらけで素足なら足を踏まれかねない、色鮮やかな打ち上げ花火が記憶にある。

 

 浴衣を着てあの男子生徒と夏祭りを楽しんでいるのは、二乃だった。

 

 …彼氏か! 彼氏だったのか!

 

 やるじゃねーか二乃、おまえか一花なら彼氏ぐらいすぐ作るかと思っていたぞ。

 

 だが、デートという雰囲気には見えなかった。

 

 二乃の口調には恋愛要素など皆無、嫌悪感すら感じられる。

 

 一体何をしでかしたんだ、あの少年。

 

 だが彼は二乃のふてぶてしい態度に対して、無機質ながらも気遣う気持ちが見受けられた。

 

 

 

「五人で花火見るんだろ」

 

 

 

 …

 

 …五人か。

 

 まあ、いい。

 

 楽しんでいってもらいたい。五人で、その優しい同級生と一緒に。

 

 高校時代の思い出は掛け替えのない大切なものだからな。

 

 きっと、一緒に見た花火は忘れられないものになるはずだからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何、この手」

 

「お前がやった方がいいって言ったんだろ!」

 

 

 

 お次は一花か。

 

 夜景をバックに、またもやあの男子生徒と一緒にベランダで密談をしている。

 

 …ここ、どこだ。何階建てだ? 随分とたけえマンションだな、おい。

 

 夢の世界なら何でもありか。まさかあの極貧生活を送っていた五つ子が金持ちの仲間入りか。馬鹿な…

 

 あのお姉ちゃん振る一花が高校生か。随分と大人びて見える。

 

 高校生になるとここまで変わるものかと感慨深くさせられるぜ。先生が見たらきっと感銘する。

 

 頭を撫でられて、何か可哀想な目を向けられた少年は憤慨していた。こいつに弄ばれているな。

 

 同年代のこいつを相手にするのはさぞ疲れるだろうよ。呆れて出て行ってしまった。

 

 

 

「寒い……かなぁ……?」

 

 

 

 一花は頬を染めて、何かを誤魔化した。

 

 何かが違う、きっとそうだ。そんなささやかな抵抗と照れくささが。

 

 そんなはにかむ笑みを堪えるような仕草は、俺も何度か見たことがある。

 

 …次だ、次。

 

 人の恋路を見たいとは思わない。

 

 だが…三玖と一花が衝突しないか心配だ。あいつらの好みが重なるとは珍しいからな。

 

 姉である一花は身を退いちまいそうだ。結局、夢の中でも貧乏くじを引いちまうんだろうな、こいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この先、五人の誰かが成績不良で進学できなかったとする

 その時おまえはどうする?」

 

 

 

 最後の五人目は四葉。こいつは全然変わっていないな。

 

 いつものリボンは健在。明るい声も、お人好しで打たれ弱そうな眼差しも。

 

 四葉が対峙する相手は、やはりあの少年だ。五つ子全員と関係を築いているようだ。

 

 苦労しているぞ、絶対に…

 

 物好きだな。俺は先生の愛娘という立場があったから付き合っていたが、あいつらの高校生版は厄介極まりないぜ。

 

 少年の技量に感嘆としてしまったが、彼の台詞に嫌な物を察した。

 

 成績不良と言ったな。やはり成績悪いのか。

 

 せめて五月はそうでないことを祈るばかり。あいつ絶対に落ち込むから。

 

 

 

「私ももう一回二年生をやります」

 

 

 

 …その選択が現実的なのか、正解なのか。

 

 問うのはナンセンスか。俺は蚊帳の外だ。

 

 先生が聞いたらどう思うだろうか。娘の意思を尊重するだろうか、はたまた四葉の言うとおり五人一緒であることを望むだろうか。

 

 四葉は迷いなく言い切ったのなら、その答えにも価値はあるんだと、そう思える。誰にも否定できはしない。

 

 五人一緒でいること。あくまでも母親の約束を体現する四葉の言葉に、少年はどう受け止めただろうか。

 

 しかし俺の探究心を振り払って、彼は一花と四葉を置いて走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の父と再婚するまでの私たちは極貧生活でした

 当然です、五人の子供を同時に育てていたんですから」

 

 

 

 満月が夜を照らす公園に、五月と彼は向かい合っていた。

 

 思い出話だろうか。

 

 五月は彼に一つ一つ語る。

 

 

 

「その頃の私たちはまさに五つ子

 見た目も性格もほとんど同じだったんですよ

 

 けれども、女手一つで育ててくれた母は体調を崩し

 入院してしまって……」

 

 

 

 …

 

 やはり、いないのか。

 

 先生は、亡くなったのか。

 

 再婚したと言っていた。

 

 誰かを愛し、愛されてもなお…駄目だったのか?

 

 いや、夢だ。これは夢だ。

 

 未来でも、もしかしたらの世界なんかでもない。

 

 だが視界がぼやけてしまう。泣いているのか、俺は。

 

 根拠はない、恐らくでしかない、この世界の再婚相手は…俺なんかよりも立派な人間なのだろう。

 

 そんな男でも、報われなかったのか。

 

 

 

「だから私は母親の代わりとなって

 みんなを導くと決めたんです

 

 決めたはずなのに……

 うまくいかない現状です……」

 

 

 

 きっと心残りがあったはずだ。

 

 半ばで息絶えてしまったことを悔いて、何かを願い続けて死んでしまったとしたら。

 

 その後悔に子供たちが何を抱くか。五月はあの人を慕い、目標にし目指していただろう。

 

 うまくいかないのは、当然なのかもしれない。俺の知る五月も同じだ。

 

 おまえ達の母親がなぜあそこまで努力し、尽くしてこられたのか。

 

 娘に幸福を見出し、幸せにしたいが為だったからだ。

 

 その中には、五月。おまえ自身が含まれていた。

 

 自己を押し潰して、己を幸せにできるか。矛盾があったんだ。

 

 一人欠けても問題ないと思うだろう。だがそれは先生以外の考えだ。

 

 あの人にはそんな理屈はなかった。五月がいなければ、違っていたはずだ。

 

 五月の夢は破綻する。そう思えてしまった。

 

 

 

「母親の代わりか……だったら……

 俺が父親の代わりになろう」

 

 

 

 …いや、彼の言い分は理解できるが、待ってくれ。

 

 再婚相手は…亡くなっているのだろうか。だとしたら、あの人はとことん報われない結末に。

 

 

 

「こんな時におまえらの父親は何やってんだって話だ

 こういう時こそ父親の出番だろ」

 

 

 

 ご存命のようで何よりだ。

 

 何かトラブルを抱えているようだが…あの五つ子が相手だ、先生をも亡くして…もはや何も言うまい。

 

 

 

「あの日、京都であの子と出会い

 いつか誰かに必要とされる人間になると決めた」

 

 

 

 京都で。誰かに…

 

 どこかで聞いたような話だ。

 

 俺は夢を見ているはずだ。ありもしない世界を。

 

 だが、それにしては何かが違う。この五月も、今まで見てきた五つ子たち全員…何かが。

 

 月明かりが、彼の顔を照らそうとする。

 

 夢が途絶えていく。この先の話を俺は見ることができない。

 

 待て、少年。おまえは。

 

 おまえは…!

 

 

 

 

 

「俺はそのために勉強してきたんだ」

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