五等分の園児   作:まんまる小生

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涙は零れず恵みは静かに零れる最終話 五つ子の母

 高校時代、世話になった教師がいた。

 

 五つ子という顔がそっくりでもそれぞれが個性に溢れる、五人の娘を持つ母親だった。

 

 夢のような日々だった。

 

 天使のような愛らしい子供に振り回される、とんでもない悪夢だ。

 

 

 

 悪夢とは聞き捨てなりませんね

 

 

 

 と隣に寄り添う女性は困ったように笑っている。

 

 純白のドレスを纏った憧れの人と、共に歩む。

 

 病める時も、健やかなる時も

 

 富める時も、貧しき時も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風太郎、零奈さんおめでとう

 どうかいつまでも幸せになってくれや、二人共」

 

「零奈さんっ! とっても綺麗! おめでとう!」

 

「らいはちゃん、お父様、ありがとうございます

 …らいはちゃん、ありがとうね」

 

「…

 …って、お兄ちゃん…足止めないのっ

 もう、こんなダメダメな兄ですけど、よろしくおねがいします」

 

「…最後の最後に、また泣いてんじゃねえよ、らいは」

 

「あはは…

 お兄ちゃん、幸せにね…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん」

 

「…ふ まったく…変わらないな

 花嫁が俯くんじゃない」

 

「何度も迷惑をかけて、ごめんなさい」

 

「零奈

 過去を悔やまず…あの子たちと、二人で幸せになりなさい」

 

「…ええ、そうね

 ありがとう、お父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉君、中野さん…いや、零奈さんと呼ぶべきか

 結婚おめでとう

 またうちのケーキを食べに来てくれよ」

 

「ええ、必ず行きます

 私たち家族全員、あのお店が好きですから」

 

「またこき使うのはなしですよ、店長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉君、結婚おめでとう

 しかし…随分と遅かったんじゃないかい? 女性を待たせちゃ駄目じゃないか」

 

「武田…一言余計だ」

 

「気に食わなかったのなら、君も仕返すといいさ!

 僕の結婚式には君たち夫婦とその娘たちを呼ぶとするよ!」

 

「ん? なんだ、相手いるのか?」

 

「はっはっは 時に前田君

 君たちも声をかけてやったらどうだい? 友人の晴れ舞台を見送ろうじゃないか

 っとそうか、僕が邪魔だったね、挨拶は済んだし僕は下がるよ」

 

「…」

 

「上杉君、零奈先生おめでとー

 何か困ったことがあったら私たちに聞くんだよー? 夫婦としては先輩だからねー

 …ほら、あんたも」

 

「…あー 上杉、今度飲もうぜ」

 

「…おまえの嫁さんの愚痴を聞く気はねえな

 俺には今のところ当分予定はない」

 

「おいコラ、人の家庭の首を絞めてんじゃねえよ!」

 

「…スピーチ、サンキューな

 おまえに頼んで正解だった」

 

「…おう、まあ…あれだ、おめでとさん

 良かったじゃねえか、上杉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう、風太郎」

 

「竹林」

 

「中野先生も、ご結婚おめでとうございます」

 

「ありがとう、竹林さん」

 

「…」

 

「…

 風太郎君、結婚式よりも緊張しているのかしら」

 

「は、は? 何のことだよ、先生」

 

「ええ、私は君の先生ですから

 貴方が後悔しないよう努めるだけです」

 

「…

 竹林」

 

「うん?」

 

「…長らく、言い忘れていたことがある」

 

「…」

 

「おまえが変わらず、友達でいてくれて…助かった」

 

「…あはは、結婚してから言われてもなー

 困った幼馴染みだよ…妻子持ちの人と気軽に遊べないじゃん」

 

「わ、悪かったな」

 

「ありがとう、風太郎

 …そして、零奈さん

 風太郎を支えてくれてありがとう

 いつまでもお幸せにね、二人共」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛する人と手を繋いで、共に生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢を見ていた」

 

 

 

 その日は眩い日差しが差す青空だった。

 

 夏の日差しは跡を残すことを許しはしない。そんな枯れた空だった。

 

 蝉が鳴く、白と黒の墓石が並ぶ中。漂う焼香と共に、手向けの花を捧げる。

 

 中野家乃墓。

 

 黒いスーツを羽織った男の目の前には墓がある。

 

 彼には一人の恩師がいた。

 

 幼子との約束を果たし、墓参りにやってきた。

 

 

 

「夢、ですか」

 

 

 

 彼の隣には、学生服に身を包んだ娘が墓の前で膝をつき、手を合わせていた。

 

 髪が長く、癖ッ毛が目立つ子だ。

 

 五人の中でも、特別母親を慕っていた。

 

 今日は彼女の母親の命日だ。

 

 合わせていた手を下ろし、隣に佇む男を見上げる。

 

 

 

「先生と手を繋いでいた…笑っちまうだろ」

 

「…いいえ」

 

 

 

 娘は、寂しそうに笑う男の戯言を否定しなかった。

 

 少女は照れくさそうに笑い、墓を見つめる。

 

 

 

「ありえたはずですよ

 母は貴方を好いていました

 一つ違えば、母は救われて…この場に私もあなたも来ることはなかったでしょう」

 

「…一つ違えば、か」

 

「私もお母さんに会いたい…もう一人にはさせません」

 

 

 

 少女は望む。

 

 もしも母親が生きていたら、そんな世界を。

 

 選べるのなら選びたい。

 

 実ることのない、温もりが戻ることはない願いを胸にひっかけて立ち上がる。

 

 

 

「現実逃避なのでしょうか

 もうありえない、もしもの世界に思い馳せるのは」

 

「…いや」

 

「…」

 

「…そうだな

 ありえるのなら…

 在り得たその世界がもし存在するのなら

 最期に」

 

 

 

 少女と並び、墓を見つめる。

 

 いつか、きっと。

 

 そう願う弱さが、ほんの少し愛おしさに傾いたら。

 

 きっと言えたんだろうな

 

 聞いてほしいと我侭になるはずだ

 

 

 

「もう一度、あなたと手を繋ぎたい…先生」

 

「…」

 

 

 

 夢だろうと、幻だろうと。

 

 愛する子に尽くし、それでもなお…救われなかったあなたが。

 

 後悔など振り切れるほどの幸せを。

 

 どうか。

 

 

 

「貴方が置いていってしまった子供たちは、俺が代わりに守ろう

 だから

 どうか……」

 

 

 

 どうか優しい世界で、貴方の願いが叶うことを願っています。

 

 どれほど幸福だろうと、あなたは。

 

 思い出のそれと変わらない、困ったように笑うんだろうな。

 

 

 

「あなたは…心から母を慕ってくれるんですね

 きっと、母もあなたに会いたいと思っているはずです」

 

「…からかうな」

 

 

 

 手向けの花を添えて。

 

 教え子が夢見る世界に。奇しくも憧れの人と似て。

 

 

 

 上杉風太郎もまた、困ったように笑ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「どうしたんだ、先生…流石に疲れたか?」

 

「…いいえ

 お疲れ様です、上杉君

 かっこよかったです」

 

「…手震えてるの、バレてただろ」

 

「握り返したら止まりましたね

 誓いのキスの時は、君から握ってくれましたね」

 

「…震えてたからな」

 

 

 

 披露宴を終えて、会場の敷地内を歩く。

 

 流石に疲れて気分転換がしたかった。

 

 結婚式の会場というだけあって、緑が生い茂る庭園には数多くの鮮やかな花が見られる。

 

 華やかな衣装から私服に着替えて、二人並んで歩いていく。

 

 握る手が強まる。振り向くと、先生は何か思案しているように見える。

 

 

 

「…先生?」

 

「子供、が生まれたら…上杉君はどんな家庭を求めますか?」

 

 

 

 子供?

 

 子供はもういるだろ、五人も。もう中学生になる大きな娘が。

 

 …待て、この質問は前にも似たようなことが。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「まさか、五人?」

 

「まさか」

 

「…あ、あぁ…何にせよ

 …体、大事にしてくれよ」

 

「…」

 

 

 

 一層優しく握られる手に胸の鼓動が早まる。もう深くは聞かん、時期に分かることだ。

 

 先生の足が止まった。

 

 耳が少し赤いように見える。まさか照れてるのか?

 

 …この人は子供を身篭って、一人で子を生み育てた。

 

 何気ない質問も、勇気がいったのかもしれない。

 

 

 

「でも困ったわ」

 

「…?」

 

「貴方に慮られる気持ちは癖になるわ」

 

「俺、公私共々休めなくなるな」

 

「冗談です」

 

 

 

 らいはから、お兄ちゃんは心配性になったね、とよく言われるようになった。誰のせいか本人に教えてもいいか。

 

 こうして、心のままに接してくれることが、ただ嬉しい。

 

 だが、やはり一つだけ。

 

 五月と話した、あの夢。

 

 憧れの人と同じ教師になり、この疑念は強まり燻っていた。

 

 

 

「なあ、先生」

 

「はい」

 

 

 

 もう、俺は成れたのだろうか。

 

 

 

「あんたから必要とされる人間になれた

 そう胸を張って言っていいのか…?」

 

 

 

 俺は答えが知りたい。

 

 誤魔化して、一時だけでも不安を遠ざけるだけでは足りないんだ。

 

 

 

「手を…」

 

「…」

 

 

 

 握り締めた手の平を開いて、先生の手が重ねられた。

 

 俺の手を取ってくれた、この人の手が触れる

 

 

 

「あの時の願いは、もう――」

 

「あ、やっと見つけました、二人共」

 

 

 

 目の前の言葉をかき消す声が背後から聞こえる。

 

 

 

「フータロー君」

 

「フー君」

 

「フータロー」

 

「上杉さん」

 

「上杉君」

 

「…」

 

「呼ばれていますよ、上杉君」

 

「おまえら全員上杉だろうが」

 

 

 

 一花、二乃、三玖、四葉、五月。五人の少女が囲むように寄ってきた。

 

 結婚式では可憐なドレスで着飾っていた五人は私服に着替えた途端駆け回っていたらしい。

 

 五人それぞれから、しゃがんで、とせがまれる。

 

 俺と先生は並んでその場に座る。

 

 

 

「おめでとう」

 

 

 

 五人の手が伸びて…手作りの花冠を頭にかけられた。五つ子の母親にも。

 

 手作りの贈り物では足りなかったのか、驚く間も与えられずに抱きしめられた。

 

 すりすりと額を擦りつけたり、どさくさにまぎれて頬に口付けしてきたり、好き勝手してくる。愛情は五等分できないぞ、五人一気に来るな。

 

 もう中学生の五人に寄られると押し返せない。先生と背中合わせになって、母親は困惑しながらも、目尻に涙を溜めて抱きしめていた。

 

 

 

「フータロー君、結婚式近かったから隠してたけど、中間テスト赤点取っちゃった」

 

「補習で夏休みも学校なんて絶対に嫌、フー君教えて」

 

「俺だけかよ

 教師がタッグでいるんだから先生にも手伝ってもらえ」

 

「お母さんは…体を大事にしないと」

 

「上杉さんが家庭教師なら乗り越えられるはずだよっ!」

 

「お父さんになったんですから、ちゃんと責任取って下さい」

 

 

 

 家族ではない特別な物を求めている。腕を広げて、胸に抱えられるだけ。

 

 変わってしまうことに泣いていた子たちは、変わらないものがあることを教えてくれる。

 

 また約束事か。

 

 昔から、こいつらに出会ってからだ。

 

 苦労した割に見返りは少ない。何度も経験したことだ。

 

 また軽率な約束で、考えられないほどの苦労をさせられる。

 

 …こいつらには敵わない。五つ子は面倒くさい。

 

 

 

「先生、さっき何て言いかけていたんだ」

 

「…

 いつの日か、五月が答えてくれるでしょう」

 

 

 

 そんな娘たちを胸に抱く母親は、困ったように、誇らしく笑っていた。































これにて番外編、涙は零れず恵みは静かに零れるは終わりとなります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。


長すぎてくどく感じられてしまうでしょうけれども…pixivにて園児続編投稿しております。ペースは遅めですが、こちらにも投稿して参ります。
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