五等分の園児   作:まんまる小生

89 / 112
後に書かせていただきますが
五つ子が高校2年に進級する際に、風太郎が正式に五人の教師として転勤してきます。
その前後におけるお話となります。


五等分の教え子 ツンデレマジック

 

 

 

 五つ子の次女である中野二乃は家族思いの優しい子だ。

 

 その勝気な振る舞いは幼少の頃から見受けられ、赤の他人である俺は顔を合わせる度に睨まれていた。

 

 友好を深めていった五つ子の中でたった一人だけ、仲良し姉妹の輪から離れてでも俺を敵視していた。

 

 その理由は、家族を放って逃げた父親と同じ男性に対する警戒心であり、家族を守ろうとする心の強さの現われだった。

 

 ケーキ作りをきっかけに和解することができたが、十年も前の子供との話。

 

 十年越しの再会をした今では遠い記憶の彼方の話。全てリセットされ、ゼロから始まる。

 

 彼女の手を取ることは愚か、声をかけるだけで神経を尖らせてばかりだった。

 

 幼稚な甘さなどもうない。一度信用を損ねれば取り返しのつかない日がくるかもしれない。

 

 彼女との日々は毎日が抜き打ちテストだと言っても過言ではない。

 

 

 

 珍しく一人で俺に声をかけてきた二乃との話だ。皮肉なことに、職員室の前で。

 

 

 

「上杉…先生…」

 

「な、何の用だ、中野」

 

「何って、決まってるでしょ

 あの話、あんたからの返事まだ聞けてないじゃない」

 

「…場所が場所だ、また今度な」

 

「そうはさせないわよ、ちゃんと約束を果たしてもらうわ

 私にあれだけさせておいて、はぐらかして逃げるつもりね」

 

「な、何…させたっけ、俺

 あれはおまえの自爆だったような」

 

「ああする他なかったでしょ! あの時は二人きりになれる時間なんて限られてたわ

 言葉通り、人肌脱いで見せたんだから大人の責任ってものを果たしてほしいわね」

 

「言い方ッ ここ廊下」

 

 

 

 リボンと長い髪を靡かせて詰問にかかってくる二乃はやはり不機嫌そうだった。

 

 自分の生徒が腹を立てている理由は、五つ子の祖父が営む温泉旅館での二乃の暴走が絡んでいる。

 

 二乃の心中は察している。俺の煮え切らない態度に痺れを切らして突撃してきたんだ。自爆覚悟で。

 

 職員室にまで押しかけてくる生徒の熱意に応えるのは教師の仕事かもしれないが、そんな職務を放り出してここを離れたい。

 

 二乃の声は鋭く廊下に響きやすい。不穏な単語を聞きつけた生徒や教師が何事かとこちらに注目している。背に嫌な汗が流れてしまう。

 

 

 

「お菓子作りね…」

 

「そう

 三玖に作ってあげて、ついでに教えてあげるだけでいいの

 認めたくないけど…私よりもあんたのほうが教えるの上手いし

 私もあんたに教わってから上手くなったし、内気なあの子の自信に繋がると思うわ」

 

「…

 断る、適任者が別にいる

 家事に関する頼み事なら、らいはが喜んで受けてくれるだろ」

 

「…あんた、三玖のことわかって言ってるのよね…

 約束が違うじゃない、大事にするって

 私が良くてあの子がダメって、あんたに断られたってだけで傷つくのよ」

 

「そこまで弱い奴じゃねーだろ、三玖は

 約束は覚えている、が…それとこれは話が別だ」

 

「何がダメなのよっ」

 

「…妹に頼んでくれ、以上」

 

「…」

 

 

 

 高校2年生に進級した五つ子から、新たな生活に導入された家事分担制度について相談を持ちかけられている。料理下手が半数いるからな…

 

 姉妹大好きな次女は三女にお節介を妬いている様子。つい先日、失敗続きの家事を監督してやってくれと頼まれたのだ。

 

 その言い分は身内に対して、保護者に対して向けることに何ら不自然はない。それに応えるのが俺の役目だろう。 

 

 だが、気乗りしない。きっぱりと冷淡に断ると二乃は俯いてしまった。

 

 …彼女を怒らせると機嫌を取るのに莫大な日を要する。

 

 これは十年前からも変わっていない。仁王立ちの二乃に道を塞がれた。

 

 

 

「一度はしてくれたじゃない、二人きりにさせてあげた時にはしてたくせに

 考え直してちょうだいっ」

 

「お、おい中野」

 

「見られるのが恥ずかしいのなら…ほら

 あんたん家でもいいのよ、三玖誘ってさ」

 

「周りを見てくれ、ここ職員室――」

 

「あの子最初は怖気づくだろうけど、興味を持ってる今がチャンスよ!

 最初はまぁ…血を見ることもあるでしょうけど?

 あんたと一緒なら痛みも忘れて楽しめるわよ、そこはあんたのテクに期待してるわ」

 

「………二乃」

 

「そもそも、この私があそこまでしたのよ

 良い思いできたんだから

 私の我侭に付き合ってくれたって…いい、じゃ……な――」

 

「二乃」

 

「へ?」

 

「誤解されるだろうがぁーーーっ!!」

 

「ひやぁぁああ!?」

 

 

 

 不穏当なことばかり述べるその口を問い質そうとすると、二乃は慌てて逃げ出した。

 

 その後、異動してまだ浅いってのに教頭に呼び出しをくらった…おのれ二乃、あいつは小悪魔というより、もはや悪魔だ。

 

 姉妹思いなのはいいが、姉妹と…特に三玖と衝突しやすい子だ。ままならないお節介が遠回しに俺に向いてくることが多かった。

 

 お菓子作りは二乃にとっても思い入れのある過去のようで、思いの他、過去の俺の行いに対して肯定的で安心はした。

 

 二乃から俺に声をかけてくること自体珍しいことだ。そもそも俺への信頼度、好感度はだいぶ低いんだ。

 

 馴れ馴れしい他人であり、切れない縁で結ばれた異性に対して嫌悪感もあるようだ。

 

 毒舌が飛んでくるのは日常茶飯事。テリトリーに足を踏み入れれば睨まれ、その境界線を掴み切れてないと地雷を踏んでしまうのだ。

 

 これが年頃の女の子…女子高生。教師を数年経験した俺でもあの子のレベルが高すぎて難儀している。

 

 

 

 五つ子と再会して数ヶ月。涼しい顔をしている二乃の横で、両手にビニール袋をぶら下げていた日の話だ。

 

 

 

「荷物持ち、ご苦労様」

 

「ああ 冷蔵庫入れておくぞ」

 

「じゃあよろしく…はぁ、汗で気分最悪

 私は先にシャワー浴びてるわ

 あ、上杉 ついでにコンタクト、テーブルに置いといて」

 

「…はいはい、仰せのままに こき使われてやるよ」

 

「ふーん…なんか嫌な返し

 別にいいのよ? 気が乗らないのなら」

 

「ちゃんと勉強に参加する約束だぞ、覚えてるんだろうな」

 

「ちゃ、ちゃんと勉強してるでしょ、約束は守るってば

 ま、まだ可愛いものじゃない、買い物の手伝いなんて

 いいから用意しときなさいよ!」

 

 

 

 休日に社会人を連れ回す女子高生…時には逆に大の男が金を払ってまで女学生に同行しようとする奇怪なご時勢だが、俺にとっては疲れるだけだ。

 

 朝から一週間分の食材の買出しに呼び出され、電車に揺らされた後は手提げ袋を揺らして。

 

 30階の高級マンションの最上階まで運ぶはめになってしまっては流石に苦言が口から漏れる。

 

 そんな妹の横暴っぷりをリビングにて諦観していた一花が傍に寄り沿ってきた。

 

 

 

「フータロー君いいんだよ? 断ってもさ

 ここ最近は毎週で大変でしょ? 二乃には私から言っておくから」

 

「いい…あいつの事情は大体察している」

 

「…どういう意味?」

 

「…まああれだ、返って気楽だ

 問題はないから気にするな、一花」

 

「?」

 

 

 

 十年振りの、一年という短い期間のみ関わった仲だ。保護者代わりだとしても今更どう接したらいいのか判断つかないんだ。

 

 他人が身内になった。仮に母親の再婚相手だったり、育て親だとしたら接し方もある程度基本となる型があっただろう。俺たちにはそれがない。

 

 素直に甘えるなり、頼るなり、利用するのなら良かっただろう。あの子は不器用にも優しく、中途半端だった。

 

 手探りで手を引っ張り、ぶっつけ本番という捨て身の突進で俺との時間を得ようとしている。

 

 二乃が我武者羅な内は、こちらが妙な気遣いを見せる必要がなく…気楽だった。

 

 シャワーを終えた二乃は、五月と同じく視力が低いらしく。棚から出しておいたコンタクトレンズを持って自室へ向かっていった。

 

 

 

「二乃、荷物忘れてるぞ」

 

「ん…ありがと」

 

 

 

 食材の買出しのおまけの紙袋を手に、淡白な返事を返して二乃は階段を上がって自室へ。

 

 紙袋の中身を見ずとも分かったのか。一花はより一層顔を顰めてご立腹な様子だった。

 

 大人を振り回すなと心配していた上に、一人抜け駆けして物を買い与えられたと知れば不公平に思うだろう。一花は大きな溜め息を吐いた。

 

 

 

「もー 甘やかしちゃって

 お母さんが見たら即鉄拳制裁だよ」

 

「間違いない」

 

「…プライベートで、女子高生のご機嫌取りがお上手な男性教師…かぁ

 いいなー 私にも貢いでくれたらお返ししてあげるのに

 二乃よりももっとサービスしてあげるのになー」

 

「こら、邪推だ」

 

「…仕方ない、今夜私言うからね

 私と四葉はまだ見過ごせるけど…三玖と五月は不機嫌になるんだから」

 

「あー…おまえに任せる」

 

「了解、じゃあお仕事行ってくるよ

 今日は家族会議だからフータロー君は帰らないように」

 

「また泊まりになるのは勘弁な」

 

 

 

 俺以上に保護者をしている一花は女優の卵として仕事へ。一人出て行ったことでこの家にはもう二乃しか住人がいないようだ。

 

 五つ子のいない空間で中野家の新居を過ごすことも多くなってきた。コーヒーを頂いてテレビを見ながら寛いでいた。

 

 

 

「いやーーーー!!! う、上杉ーっ!!」

 

 

 

 気が緩んでいたところで、手元から落としそうになったコップを慌ててテーブルに置く。

 

 背後の五つ子の一室から悲鳴が上がり、急いで駆けつけた。

 

 

 

「二乃ッ!」

 

「う、上杉ッ!」

 

 

 

 ドアを開けば二乃が涙目でこちらにしがみついてきた。風呂上りでまだ湿っている長髪が乱れて、指や肩に絡みついて必死さが伝わってくる。

 

 30階という地上から遥か上空の一室だ。不審者の類ではないのは確かだ。だから二乃の慌て様を見ても冷静でいられた。

 

 

 

「どうした二乃、何があった」

 

「あ、あれ…! あれがいたの!」

 

「…あれって…」

 

 

 

 二乃が肩を震わせて指を指した先には、白い壁に張り付く蛾がいた。やや大きめで間近で見ればさぞ驚く。

 

 こんな高いところに蛾?

 

 よくここまで上ってきたなと感心したが、床に放り出された紙袋を見て想像がついた。

 

 

 

「入ってたの! 虫!」

 

「…紛れ込んでいたのか」

 

「何なのよぉ! ありえないわ!」

 

「寄ってきたんだろうな 花に」

 

「ちょうちょのほうが何倍もマシよぉ!」

 

 

 

 犯人がわかったところで、ビニール袋を被せるようにして蛾を捕まえて窓の外から逃がした。長い旅になるが頑張って帰ってもらおう。

 

 二乃は注意深く件の物を調べていた。恐る恐る、葉をめくって。もういないだろう、虫は。

 

 

 

「…」

 

「な、何よ、あんなの普通ビックリするに決まってるでしょ

 五月や三玖なら泣いてたわ、抑えられないものなのよ!」

 

「そうかよ」

 

「…せっかく汗流してきたのに…鳥肌が…

 しかも、あんたを部屋に入れるはめに…もう厄日よ」

 

「何かやましいものでもあるのか?

 0点のテストとか」

 

「小学生じゃあるまいし!

 乙女の部屋をジロジロ見てんじゃないわよ、いやらし」

 

 

 

 二乃の部屋を拝むのは初めてだった。この家に五つ子が住み始めて数ヶ月。他の姉妹には招かれたが二乃からはお断りされていた。

 

 可愛らしい内装というか、大きな兎のぬいぐるみなど、あの家では買えなかっただろう願望のそれを見て少し笑ってしまった。

 

 小馬鹿にされたと勘違いした二乃に足を蹴られ、痛みから足を押さえていると、ベッドの近くに置かれたそれを発見した。

 

 

 

「おまえ…これ」

 

「あ…あぁあああああっ!?

 み、見ないでよ! だめっ!

 駄目ったらっ! 上杉っ!」

 

「蹴ったお返し」

 

「ご、ごめんっ! だから、ね?」

 

「時効」

 

「上杉ぃ…あぁぁあ…お、終わった…」

 

 

 

 狼狽する二乃を制して拝ませてもらった。

 

 綺麗に折りたたまれた、所々解れて、色褪せてしまった白い生地。

 

 小さな子供服であるが、これは子供が普段着るような代物ではない。

 

 

 

「本当に、まだ持っていたんだな…二乃

 懐かしいな、俺が買ってやった制服だろ」

 

「くっ…返してっ!」

 

 

 

 乱暴で切羽詰まった手で掴まれた。だが小さくてボロボロな服を手に取る時には静かに、壊れないようにゆっくりと取り上げられた。

 

 二乃が今大事に胸に抱えているのは子供用の調理服。料理人の制服である白いコック服だ。

 

 昔、最後のケーキ作りに買って与えたものだ。一緒にケーキ屋で大きなケーキを焼いた日の贈り物だった。

 

 

 

「持っているのはともかく、何でベッドの傍に

 着たかったのか? 無理だろ」

 

「あ、あんたには昔懐かしの思い出に浸りたい繊細な気持ちが理解できないのかしら!?

 人には感傷的になりたい時ってあるでしょ! 朴念仁!」

 

「おまえにだけは言われたくない」

 

「何でよ!?

 …

 あ、あったのよ」

 

「?」

 

「…バイトで…ケーキ屋

 あったの、あのタルト」

 

「タルト?」

 

「…私にとって、忘れられないお菓子だったんだから…あのタルト

 この服も、一緒に作ったケーキも

 私の為に用意してくれたんでしょ」

 

「…」

 

「…ケーキ屋

 バイトして、思い出しちゃったの…」

 

「ああ…」

 

 

 

 さっきまで、今日一日の小生意気な態度は失せて、二乃はしおらしく俯いていく。

 

 俺が昔働いていた店でバイトを始めた二乃にとって感慨深いものだったのか。色あせて崩れそうなそれを優しく抱きしめていた。

 

 

 

「…今日はごめん…

 一花怒ってたでしょ、今日限りでやめておくわ

 あんたを不必要に連れ回して…疲れたでしょ…私といるの」

 

「…何を言ってるんだ

 買出しも、この贈り物だって必要なことだと思っている」

 

「買出しはともかく、花のプレゼントが必要なことかしら…

 あんたにねだったのだって気まぐれよ」

 

「必要だ

 家事を担って、文句を言わずに家族を支えている子へのご褒美だ

 らいはにはできなかったんだ、たまには兄貴らしいことさせてくれよ」

 

「…」

 

「それに…その、アレだ

 感謝している」

 

「え?」

 

「おまえが連れ出してくれているお陰で、おまえ達との時間を得られている

 二学期からは会える回数が減るって言ってたのに、嘘のようだ」

 

「…」

 

「ありがとな、二乃

 今日も会えて良かったぜ」

 

 

 

 柄にもない、素直な礼を述べると二乃はほんのり顔を赤くして俯いた。流石に気恥ずかしいよな。

 

 この子とは真正面から向き合おう。昔、心に誓ったことだ。

 

 苦労することもあるだろう、空振って逆に傷つけてしまうかもしれない。分かり合えない日が来るかもしれない。

 

 だが、真っ直ぐに見つめてくる彼女の気持ちに応えることは、間違っていないはずだから。

 

 

 

「…ふん、私は恥かかされたわ、一日に二回連続で

 あんたの記憶を塗り潰さないと落ち着かないから

 ら、来週も予定開けておきなさい、いいわね」

 

「今夜、一花を説得したらな」

 

「………マジで怒ってる?」

 

「ああ、今夜は家族会議だってよ

 頑張ってくれ、今後の俺たちの為に」

 

「あんた、私で遊んでるでしょ

 先公としても保護者としても最低よ、あんたも手伝いなさい」

 

「三玖と五月が良い顔しないって言われたしな、逆効果だろ」

 

「…

 もう内緒でいきましょ…?」

 

「それ一番怒られるヤツ」

 

「もー! どーすんのよー!」

 

 

 

 なんだかんだ文句を言われてきたが、これまでの休日の付き添いを楽しんでくれていたようだ。お兄さん苦労した甲斐あったぜ。

 

 俺に対してどう思っているか。他の四人の姉妹のような年上を慕う気持ちや、好意のようなものと同じように捉えてはいけない。

 

 彼女自身が優しいから、ギクシャクした関係を改善しようと糸を紡ごうとする優しさがそうさせる。

 

 お陰でついからかってしまいたくなる…大概薮蛇で本気で怒らせてしまうのだがな。

 

 やはり損をしやすい子だった。涙脆くて、お節介焼きで、姉妹大好きな…

 

 だから一日でも早く、この子に心から打ち解けてもらえるように努めよう。

 

 その時はきっと。あの時、手の平に包まれた感情を思い出せるはずだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。