土曜日の昼下がり。いい加減痺れてきそうな足を冷たい床に這わせ、子供たちの傍を行き来していた。
「フータロー、ここ
ここの文の訳ってこんな感じで合ってる?」
「…惜しいな 単語の訳は合っているがこれは自動詞だ」
「自動詞…他動詞…うーん…」
「上杉さん、次は私いいですかっ」
高校2年生のテスト勉強に取り組むと決めていた今日。珍しく五つ子全員が揃っており俺は俄然やる気に満ち溢れていた。
やはり勉強こそ人生を費やしてでも補うべきもの。テーブルに広げたノートに張り付いて熱心に取り組む子たちを見て感激してしまう。
…最初はなんだかんだ文句言いながら逃げられたからな、五月以外。不真面目な奴らを説得するのに苦労した。
意欲的な三玖と四葉の間を回っていくと、一つ一つ彼女たちの問題や壁が解消されていくのが分かる。他人にとっては些細なことだが、この感覚が好きだった。
気を良くしてつい距離を詰めないように気を配っているつもりだが…三玖の顔が赤いところを見るともう少し離れるべきだったと自重させられる。
「…こ、ここ、わかんない」
「ん? ああ」
「ここ」
「遠いんだが…」
もじもじと、たどたどしく、至って真面目に勉強に取り組む三玖は俺との距離を離すつもりはないらしく、ノートを見ろとせっついてくる。
おずおずと指を指すほうへ目を凝らせる。ノートが遠いんだよ、もっと寄れってか、小賢しいぞ三玖。
肩がくっついてもなお辞めようとしないこの行為に呆れてしまう。
妙な甘え方を覚えられてしまい、三女の隠れた陰謀に二乃も溜め息をついた。
「…むっつり」
「な、何…私は勉強を教えてもらってるだけ」
「奇数、偶数、奇数、奇数」
「やめて」
「何の話だ?」
「フータローは気にしなくていいっ」
「ホチキス」
「二乃、しつこい」
「パキスタン」
「…」
「キリギリス…あ、キスじゃなかった」
「キス…あぁ…そういう」
「ふ、フータロー…ッ!?」
「なになに? キスって何の話?」
「三玖が自意識過剰って話よ」
「――ッ!」
「三玖、机揺れてるっ!」
二乃の暴露に三玖はより一層赤くなってテーブルに顔を突っ伏した。
前に奇数偶数の問題について質問されたが…それか。何でそこからキスに繋げたんだ、この子。
勉強どころじゃなくなった三女を置いて四葉の質問に応える…が、その前に。
集中力が途切れて割り込んできた二乃と一花、その脇に座る末っ子に目を配る。
「顔色が芳しくないが、大丈夫かおまえら」
「あー もう疲れた…腰いたぁ…」
「何で私にだけ課題が多いのよ…イジメよ、イジメ!」
「おまえは他の四人よりも英語できるからな
長所は伸ばしていこうぜ」
「に、二乃…度々申し訳ありませんが…また教えてもらってもいいですか
こちらではaboutが使われて、この文では使われていない理由が分からなくて」
「それは…さっき三玖が…
あーもう、課題よりもこの二人に教えるほうが堪えるわ…
三玖と四葉、あんたが上杉に質問攻めするからこうなるのよ、五月が困ってるじゃない」
「理不尽、私たちは真面目に教わろうとしてるだけ」
「二乃に聞いたら、上杉さんに聞けって言われたんだよ」
「…
おかしいわ、英語が得意だから比較的マシなはずなのに
英語の勉強が一番嫌いよ、私」
「頑張ってくれ助手」
「金取るわよ」
疲れが出始めたせいか、二乃の機嫌がだいぶ悪い。俺への直接被害が出る前に、俺の横の三玖が撃沈してしまった。
五人の生徒に対して一人の家庭教師では手が回らない時がある。
五つ子は顔はそっくりでも中身は瓜五つとはいかず、秀でた科目は全員バラバラだった。
五科目の内、英語が得意な二乃にはこの時間教師役を頼んでいる。一花は数学、三玖は歴史、四葉は国語、五月は理科だ。
それぞれが協力し合って得られるものは大きく、高校2年生に上がってからの成績の上がり様は順調だった。
二乃には先立って知識を得て姉妹に共有してもらいたかったが…やりすぎたようだ。
「皆真面目だねー お姉さんはもう休憩したいよ」
「休憩か…そうだな、一度切り上げるか」
「やった」
伸びをする一花に習って手を止めて休むとしよう。号令が出たことで五つ子は揃ってテーブルに突っ伏した。
間を置かずに一番体力のある四葉がリボンを立てて手を挙げた。相変わらず元気な奴だ。
「3時ですし、おやつタイムにしましょう!」
「おやつ! いいですね
勉強してるとお腹が減ってしまいますから」
「あんたはいつもでしょ…
まあ、あんたもよく頑張ったし、秘蔵のお菓子を出そうかしら」
「秘蔵…? 何ですか、気になりますよ二乃っ」
「それじゃあ疲れを癒すべく、ぱーっと息抜きしようか」
「レッツパーティ!」
「オールナイトぉ!」
盛り上がる四人は立ち上がって台所へ向かって行った。
パーティとか言っていたが…既視感のある光景だった。この流れ、もう勉強の卓に着かないオチだ。
「…勉強、再開するんだろうな」
「しばらくお預けかな…」
「…まあ急ぐ必要はないか」
「うん」
「…」
「………
えっと…
………」
「…」
姉妹は仲良く揃っているというのに三玖は一人座っている。甘い物が苦手だしな、菓子選びのチョイスは任せるようだ。
三玖はこちらの視線に気づいて居心地悪そうにしている。十も年が離れた異性にはこの間は気の毒だったかもしれない。
仕方ない、気を紛らわしてやろうじゃないか。甘いものが苦手なおまえが好めるものでな。
「三玖、歴史のクイズだ」
「? いいよ、受けて立つ」
「良い返事だ
では第一問
徳川家が代々好んでいた食べ物は何でしょう」
「徳川か…そうだね
家康が好きなのは天ぷら
綱吉は鯛だよね
慶喜はべったら漬けと豚肉だった
でも代々となると…バラバラだし
………」
「ギブアップか?」
「五分待って、思い出すから」
「なげーよ、お菓子くるぞ」
「…うぅ…負けた…正解は?」
「正解は…鱚だ」
「………は?」
「徳川家の将軍の朝食には欠かさず二品、キスの煮魚と焼き魚が出されていたそうだ
縁起が良いことと、健康に気を配った徳川家にとって欠かせない習わしだったんだな」
「…覚えておく、ためになった
でも意地悪な人のお菓子は抜いてもらう」
「理不尽だ」
からかわれたと知った三玖はむくれた顔を見せ立ち上がり、姉妹の下へ向かった。
冷めた顔をしている割に随分と邪な考えをお持ちのようだ…狙ってやったけど。
三玖には怒らせるくらいが調度良いだろう。適当に流せるくらいにタフになってもらわないと本番が大変だぞ、高校生。
教師の嫌なエールを背中で受けた三玖は無造作に振り返る。
「フータローはしたことある?」
「………は?」
「あるの?」
「い、いや…それは…」
「…ふふ」
三玖はどこか勝ち誇ったような顔をしていた。お子様だと見誤っていた子に笑われてしまった。
大人を困らせて楽しんでいる。やり返した達成感が心地良いのだろう…無邪気な悪戯心が憎い。
だが、それもほんの少しの間だけ。前髪を揺らして背中を向けられた。
「二乃はいい
でもフータローにからかわれると…何かやだ」
「…」
「落ち着かないし、変なことばかり気になっちゃう
フータローのこと思い出すと、楽しいことよりも…こればかり思い出して、嫌になる」
「…わかった、すまん」
「うん…」
…気が強いのか弱いのか。よく分からない奴だ。
静寂はすぐに喧騒にかき消される。戻ってきた四人が手際良くテーブルにお菓子とコップを並べていく。
菓子に興味のない俺は頂いたコーヒーを口にしながら、子供たちがはしゃぐ光景を眺めることにする。
「待っていました! 疲れた今こそ、甘いものを召し上がる最高のコンディションです!」
「…随分と豪華なお菓子
私たちには無縁なものだと思ってた、前は」
「二乃、お金持ち?」
「こ、これはケーキ屋のバイトで店長さんから貰ったのよ」
「あの店長さん、随分と二乃に甘いね
…もしやもしや」
「馬鹿言わないで、あの人既婚者よ」
「でも二乃だけでしょ?」
「私に、じゃなくて私たちによ
でもまあ、私の働きが認められているってことじゃないかしら
ふふん、初日から絶賛されたのよ、プロのパティシエも夢じゃないわ」
「あのケーキ屋か…懐かしい」
二乃が持ち出したものは綺麗に包装された焼き菓子のようだ。
30階という金持ちの雰囲気を醸し出す高層マンションの住人は、以前は狭いアパートの中で母親と暮らしていた。
五つ子たちは以前の生活では口にできなかっただろう代物を手に取る。値が張ると恐縮してしまうのは貧乏人の性だった。
子供たちが話題に上げた例のケーキ屋。REVIVALというケーキ屋はよく覚えている。子供たちにとっても、特別な場所だったようだ。
「母とよくケーキを買いに行ったお店ですよね
どのケーキ美味しい上に季節限定メニューが豊富で…また行ってみたいです」
「あそこのみかんのケーキお気に入り! みかんあったら教えてね五月」
「抹茶のケーキ、子供の頃から食べてた」
「フータロー君とも一緒に行ったことあるんだっけ」
「ああ、何度かな」
「いいなー二乃、あのケーキ屋さんで働けるなんて」
「ふふん、代わってあげないわよ」
「お掃除係募集してない?」
「諦めなさい」
母親と通った思い入れのあるお店だと子供たちは懐かしんでいた。楽しい一時だったんだろうな。
お菓子といえば精々一人100円だったんだ。そもそも買ってもらえなかった日のほうが多かっただろう。
ケーキ一つ。それだけで子供は幸せに笑ってくれた。
俺も先生も、あの店長も、その笑顔が好きだった。小うるさいくらい喜ぶ姿はまだ脳裏に残っている。
五つ子は何千円もしそうなお菓子を手に頬を綻ばせる。
そっと…バレないように、小さな幸せに笑い合う娘のほうへ写真を向けておいた。きっと見たかったはずだ、あの人も。
「しかしまあ…あの店長も相変わらずお人好しだな
この菓子、確か都内でオープンした人気の店だろ、行列並んでるの見たことあるぞ」
「貢がれてるねえ、二乃」
「それ、ライバル店のお菓子みたい
何かパーティーにお呼ばれされて貰ったらしいけど
どうせ美味しいに決まってるし、家族がベタ褒めするところを見たくないってくれたのよ」
「競争意識が強い」
「あの人向かいのパン屋相手にも敵対心持ってたからな」
「いいじゃん、家族には自分が作ったお菓子を食べて喜んでもらいたいんだろうね」
「職人魂って奴だね!」
高校時代、あの貪欲な向上心には流石に引いたこともある。顔も悪いしな、結婚できて良かったですね店長。
「それで五月ちゃん、何点かな?」
「では…はむっ
んー! んふふ
生地がしっとりしてて、いちごのジャムも甘酸っぱくて、とても美味しいです!
ですが包装ばかりで箱の大きさの割に少ないのが欠点です」
「庶民の感想ありがとうございましたー!」
「食パンならあるわよ」
「せめてお菓子をくださいよ!?」
「ノータイムでダメ出しに繋げるような奴は食パンで十分よ、作った人が可哀想だわ」
「味は100点でしたから!」
「とりあえず五月ちゃん、一人一個なのは覚えておいてね」
「い、一個だけですか…!?」
「合計六個あるけど、フータロー君の分だよ?」
「そんな…あぁ…
でしたら…もっと味わって食べたかったぁ…!
あぁああぁぁぁぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
「が、ガチ泣きしないでよ…味が100点は間違いないようね」
「…甘いのか…」
「あ、三玖、プレーンあるよ! はい!」
相も変わらずお菓子一つに騒がしい。金額とか無関係な点がより一層厄介なところだ。
四葉が揉め事を起こさぬように分配して、生チョコを包んだ焼き菓子を貰った。五月の視線が物欲しげなものになっている…気まずい。
溜め息を一つ。五月を手招きするとぱっと花を咲かせてこちらに寄ってきた。
五月の癖ッ毛が肩にかかりつつ、俺の横に座り込んできた。焼き菓子を手渡すと半分こにして返された。
「んー、果実のジャムにはないビターな生チョコもいいです」
気落ちしていた表情から一変して、五月はほろ苦いチョコの味に震えている。末っ子を甘やかすなと姉四人は苦笑して。
お菓子を食べ終えて、各々が好みの飲み物を口にする。やはり勉強は再開しそうにない…
「五月の気持ちもわかる
高いのは小さいのばかりだし、素朴なほうが私は好き」
「お菓子でお腹を満たそうとする考えが間違っているのよ…」
「でもお母さんのパンケーキは美味しかったし、お腹いっぱいになれたよね」
「そうそう、五月ちゃんだけ三つも食べてさ
お夕飯の時もお腹いっぱいで
…でもその時はお母さん怒らなかったよね」
「…はい」
「内心嬉しかったのかなぁ、お母さん」
「もう食べられないのがもったいないよ
二乃も好きだったよね」
「そうね…ママのパンケーキは好きよ
ほんと、残念よ…一番好きなのに」
「では…二乃は、他には好きな食べ物は?」
「他ね…パンケーキが好きだけど
…そうね
…」
「………何だよ」
仲良くお菓子を食べているから適当にテレビでも眺めていたら、いつの間にか二乃に見られていた。
二乃の視線に合わせて他の四人までも俺を見る。じっと見つめられたままだと落ち着かない。
テレビの音だけが流れるリビングにて、二乃は立ち上がって俺に指を指す。
「そうね、強いていえば…こいつが作ったお菓子かしら」
「は? 急に何を」
「おお、フータロー君昔作ってくれたんだよね
二乃の先生みたいだし、食べたいかも」
「フータローが作ってくれた抹茶のムース、美味しかった…また食べてみたい
フータローが昔私に用意してくれたから、抹茶好きになったんだと思う」
「はいはーい! 上杉さん、みかんのケーキ作ってください!
みかんなら何でもいいです!」
「そういえば私、上杉君のお菓子は食べたことありません
興味ありますね…よろしかったら作っていただけませんか」
「菓子食った後に菓子の話か、胃もたれしそうだわ」
「ふふん、だいぶ好評なようじゃないお兄様
私もよく作ってあげてるのにこの人気は妬いちゃうわー
可愛い女の子からここまで言われてるのよ、先生の腕前見せてもらおうかしら」
「…
断る」
和気藹々と思い出話と甘いお菓子の話題に花を咲かせていた五つ子のお誘いをぴしゃりとお断りした。
これ以上は聞き入れない。驚き静まった五人からの視線から背中を向ける。
活気めいていた空気が冷めていく。横暴にも取れるこの態度に二乃は声を上げる。
「ちょっと、ここまで言われて何で頑なに拒否するのよ
作れないわけじゃないでしょ、三玖に作ってあげたの知ってるんだから」
「面倒」
「お菓子もご飯も全部面倒なのは当たり前でしょうが、生言ってんじゃないわよっ
三玖に教えてもくれないし、らいはお姉ちゃんもあんたの頑固っぷりに驚いてたわよ
そんな理由で断ってたのかしら、あんた」
「に、二乃、それはもういいから」
「三玖は黙ってて」
「何でもかんでも要望を聞き入れるわけないだろ」
「…」
これまで五つ子たちの頼み事に寄り添ってきたつもりだが…こればかりは気乗りしないんだ。
二乃は俺のあからさまな態度に苦虫を噛み締めたような顔をする。思いっきり睨まれている…
たかがお菓子作りだ。子供でもできる、下手でも練習すればそれなりのものが出来上がる。
拙いものでも、甘いお菓子は好まれるだろう。
だがしかし、誤魔化せるのは子供だけだ。
「いいわよ、その気なら…」
「物分りが良くて助か――」
「でも、もう…!
中途半端に優しくされるなんてごめんよ…!
昔と同じじゃない…! 勝手に好きにさせて、勝手にいなくなって!
なら…最初から優しくすんな…っ!」
「…」
振り向けば、二乃は涙目でこちらを睨んでいた。見つめればその涙がぽろぽろと落ちた。
どこまで踏み入れて良いのか。お互いの距離が近づき始めても境界線が曖昧だった。
俺は頭を悩ませていた程度だったが、二乃にとっては…十年前の再来になるのかと不安を感じていたようだ。
…立ち上がって、二乃に向き合う。拙い理由でこれ以上巻き込みたくはなかった。
「すまん、実は
作れ…ないんだ」
「え?」
「お菓子作りなんてもう十年、おまえらと離れて高校を卒業してからずっと作っていない」
「…」
「作り方も覚えていない、何度か練習はしてみたが…
おまえのケーキには劣るし見せられたものじゃない」
「で、でもフータロー
私に作ってくれたのは
「三玖に作ってやれたのは簡単なものだったしな」
「そ、そうなんだ」
「…二乃
おまえの期待に応えられるようなものは作れそうにない
思い出の中にだけ、しまっておいてくれ」
「…」
思い出は美化されていくものだ。二乃が料理を含め、お菓子作りの腕を磨いてきた理由もそれに当たるのなら。
もう既に二乃の腕は当時の俺よりも遥かに凌駕している。アマチュアにも劣るアルバイト店員だったんだ。
将来はお菓子作りに携わる職に就きたいとも聞いていた。そんな夢を目指し、思い入れのある品を口にした時どう思うだろうか。
正直分からない。わからないが…良い結果は生めないことは断言できる。
だから、理想のまま。二乃には変わらず夢を追いかけてほしい。
「…なんだ
そういうこと、なら仕方ないわね
私てっきりもっと別の理由があるのかと
だんだん、私の相手が面倒くさくなったのかと思ってたのよ、あはは…」
「そ、そうか? その心配は無用だ
おまえらの高校に転勤までしてきたんだ、覚悟はしているつもりだ」
「それもそうだったわね
お菓子ばかり食べてられないわ、そろそろ勉強再開しましょ
学校の先生にまで、ママの代わりになってくれた人の為にね」
二乃は笑って俺の言い訳を諭し、中断していた家庭教師を再開することになった。
存外、問題なかったか。今まで何度も言い寄られてきたから失望させてしまうか心配だったんだが。
だが、テーブルの上を片付けてノートを広げようとしたところで気づく。
その異変に寄り添ったのは彼女のたった一人の姉だった。
「二乃?」
「ごめん、気にしないで始めて
ちょっとコンタクトが」
先程見せた涙目とは違う。静かに泣く二乃は俯いて、正座する膝に手を押し付けて堪えていた。
一花からアイコンタクトを受けるが、判断に迷った。情けないが一花に任せるべきだと思う。
三玖と四葉、五月も二乃の涙に驚き、戸惑いながらも気遣っていた。
「馬鹿ね、私…こんなことで」
「二乃、どうしたの? 言ってほしい」
「大したことじゃないのよ、そんな大げさにしないで
三玖もごめんね、あんたを引き合いにして」
「…ううん、言うべきだよ二乃」
「…ただ、もう
もうママのパンケーキ…食べれないのに
…上杉のも、もう…」
「…」
「そう思ったら、急に目が霞んで
上杉も気にしないで、そんなんじゃないから、ほんとに」
二乃は落ちてばかりの涙を拭って、指先を湿らせていく。溢れてばかりで止められないようだった。
…昔はその涙をすぐに拭いてやれたが、俺にはもうできない。もう子供じゃないんだ、適度な距離感が必要だ。
だが、罪悪感とか責任感とは違うものに駆り立てられて…この場を離れることにする。
泣いている家族を放ってどこかへ行こうとする男に、姉妹は顔を上げる。
「…過度な期待はするなよ、二乃」
日頃、朝から化粧がどうの気にしていた女の子が、涙で崩れた顔で見上げてくる。
泣き落としとは卑怯だぞ。だが二乃の涙は五月の泣き落としのものとは別だ。
本当に、期待してくれていたんだろうな。
気乗りはしないが、やるしかなさそうだった。100点は取れそうにない。そんな不安は久しぶりだ。
「作ってやるよ、お菓子」
「上…杉…っ」
この年になって泣き落とされたと思われるのは癪だった。一言残して早々に買出しに行くことにした。
閉じたドアの先で、良かったね、楽しみだね。掛け替えのない家族を慰める声が聞こえる。
一つ、間違えてしまったのかもしれない。
点数ばかりを気にして、一点逃しを軽視していたあの頃から成長できていなかったのかもしれない。
子供たちはケーキ一つだけでも、それだけで笑っていた。
100点なんて、あいつらは望んではいなかった。ただ、それだけのことだ。
「りんごのタルトがいいってさ あと泣かせた罰として夕飯もよろしくね」
そんなメールが一花から飛んできた。
「タルトだと…スポンジケーキで我慢しろってんだ」
愚痴を零しつつ買出しを終えて、キッチンを借りて材料を並べていく。夕飯も作れとか作業量が倍増してしまった。
ここぞとばかりにハードルを上げてくるとは、日頃の仕返しだろうか。今度から課題減らすから考え直してほしい。
しかし、やるからにはやってみせよう。
目指すのは当然100点だ。あいつらが50点だろうが赤点ギリギリの35点で満足しようが許さん。
その為に、邪魔者には退散してもらわなくてはいけない。五つの視線で見られていると手元が狂いそうだ。
「散れ、クソガキ共」
「めちゃくちゃ不機嫌そうに睨まれてもさ、可愛いエプロンしてると…和むね
背中つんつんしてみたい」
「何度も死体になるのが好きなようだが、映画の世界だけとは限らないんだぜ女優さん」
「フータロー、タルトなんかより抹茶希望 追加でもいい
材料ならある、抹茶ソーダ」
「これ以上仕事を増やすなっ つーか材料になるかっ!」
「上杉さんのお菓子作りだけでなく、お夕飯までご馳走になれるなんて…お手伝いしたいところですが私苦手で
ですが仕上げなら任せてください、みかんの缶詰ありますから!」
「タルトの上にぶちまけたら絶対に許さない」
「上杉君のご飯を家で頂けるとは思いませんでした、本来こちらがおもてなしするべきですのに
せっかくですからご相伴に与ってタルトもいただきます」
「何がせっかくなんだ…ただタルト食いてーだけだろうが」
「…嫌ならいいのよ、別に」
「わかった、これから作るから!
頼むから全員部屋で勉強しててくれ!」
興味津々で台所に入り込んできそうな五つ子を追い払い、作業を開始する。
夕飯の後には甘いリンゴのタルトをデザートに出すことになる。夕食は風味が強いものは避けておこうと考えていた。
あまり手間がかからず二乃が喜びそうなものを考え、和食と中華は避けた結果パスタになった。茹でてソース作るだけで済むし。
ソースも自作でないと五つ子から高評価は頂けそうにない。なにせ、あいつらが日頃食べているのは二乃とらいはの手料理だ。全部自作してるぞあいつら。
簡単に魚介とトマトソースを煮込んだソースでペスカトーレを作ることにした。これで文句言われたらもう知らん。
「…料理、勉強し直すか」
「上杉さんも勉強ですか?
勉強の鬼教師なのに」
「うおっ!?」
「ししし、来ちゃいました」
料理のレパートリーを増やさないと五つ子の保護者を担えないかと悩んでいたら、隣に四葉がいた。
いつものリボンを揺らして、日々見慣れた台所に珍しさなどないだろうに楽しげだった。
「スパゲティですか、二乃に合わせてお洒落に攻めるんですね」
「スパゲティ一つでお洒落とか言ってたら笑われるがな」
「見栄え次第でしょうか…つまり盛り方の腕次第ですね、二乃が言ってましたよ
こう…持ち上げて、回して…ひょいって! ぺちゃんこにしないで山にするんですっ」
「おまえ仕上げ役やるんだろ、任せた」
「な、なんと…
あのー、すみません、辞退でお願いします」
「賢明だな、俺もできるのなら辞退したいぜ」
「もうっ そんな弱腰じゃあいけません、こうして隣で応援してますからっ
フレー フレー う、え、す、ぎ、さんっ
頑張れ頑張れ、う、え、す、ぎ、さんっ いえいっ」
「ちょっと黙っててくれるか?」
「はい」
最後まで笑っている四葉は上機嫌だった。
…何も思わないはずがないだろう。二乃が多少我侭だったしてもだ、理屈ではなく感情で姉を守りたくなる気持ちもあるはずだ。
それでも四葉は…こうして年上の他人に優しく笑いかけてくれている。
「…ありがとな、四葉」
「…いいえ」
「二乃、大丈夫か?」
「あの後二乃も謝ってましたよ、悪いことしたって
でも一花が、甘えられる時に甘えちゃえってことでお夕飯お願いしちゃいました」
「そうか…わかった
もういいぜ四葉、夕飯楽しみにしてな」
「いえ、上杉さんが心配だったのもありますが
単純に興味がありまして
もうちょっと見てていいですか、邪魔はしませんから」
「ああ」
四葉の笑顔は無性に胸の内を温かくさせてくれる。それでいて物好きな奴でもある。
時刻はまだ17時前だ。流石に夕飯作りにはまだ早いので、時間のかかるタルトに取りかかる。バターも常温に戻ったようだ。
「…もう作れないって言ってましたけど」
「ああ…おまえらと再会する前にな、試しに何度か作ったことがあったんだ
前の学校の文化祭で、俺の生徒に作ってやる機会があってな」
「むー なんかむかつきます…お兄ちゃんを独占するなんて私もしたことないのに」
「…そんな大したものじゃない
…昔より断然美味しくなかったしな」
「あ、味音痴の上杉さんが…美味しくなかったなんて、相当ですね…」
「ああ、とても二乃に作ってやれるレベルじゃなかった」
「…今回はいかがでしょうか? 練習してきたんですか?」
「ぶっつけ本番」
「が、頑張りましょう…! せめて努力賞を!」
四葉の必死なエールを受け、かちゃかちゃとバターと粉砂糖を混ぜていく。
二乃はケーキ屋でアルバイトをしている。そのタルトを見て懐かしいと言っていたんだ。
二乃が求めているのは、十年前に俺が作ったりんごのタルトだ。あの子とのお菓子作りの最後に作ったものだ。
母親のパンケーキはもう食べられない。最後に残された思い出の一品がこれだとしたら。
…横を見れば四葉はいなかった。
視線を下げると、四葉はしゃがんでいた。にまにまと、にやけつつ。
「ししし、なんか懐かしいなぁって」
「は?」
「ちょうどこのくらいの背丈でしょうか
上杉さんが台所にいて、こうして見上げてました」
「ああ…よくひっついてたな、三玖と一緒に」
「…」
「…」
「あの、その…以前甘えていいと言ってしました、よね?」
「女子高生…」
「い、いいじゃないですか…お、おりゃーっ!」
はぐらかすように笑って、周りを見渡して誰もいないことを確認した四葉は膝立ちのままくっついてきた。
もう子供とは違う。子供とは違う柔らかさや熱を押し当てられて、その勢いに少し後ずさる。
「…お母さんの話、多かったから」
「…そうだな」
「安心します
ねえ上杉さん、子供っぽいって思うかもしれませんけど」
「あ、ああ」
「いくつになっても…これは変わりませんよ」
「…そうだな、確かに
誰だって寂しい時は…」
より強く、抱きしめられた。
子供のように甘えるのではなく。成長したことで生まれる心の傷を癒すべく。寂しさを紛らわすべく。
慕っていた大切な母親が亡くなって、まだ一年も経っていない。いや、もうじき一年になろうとしている。
まだ時の流れが寂しさを拭ってくれてはいない。弱々しくしがみつく優しい子の頭を抱き寄せた。
ふと、頭上から、五つ子の自室のドアが開く音がした。当然四葉は急いで立ち上がる。
楽しみにしています。そう言葉を残して急いで階段を駆け上がっていった。
「あれ、お邪魔だったかな?」
「気にするな」
「そう? お手伝いいる?」
「大丈夫だ」
四葉と入れ違いで降りてきたのは一花だった。強引に家事を振ったことを気にかけて顔を出しにきたようだ。
…また隣を陣取られる。その様は幼稚園児となんら変わらない。場所が空けば今度は自分が、と絶え間なく寄ってくる子たちだった。
だが大きくなった五つ子は甘えるだけでは終わらず、年相応にできることも増えたのだ。できるのだから手伝いたいと思う気持ちはありがたいものだ。
しかし、一花の場合違う。お節介半分、からかい半分だ。
「可愛い教え子五人分のご飯は大変でしょ? お姉さんが手伝ってあげるよ
二乃には内緒にしてあげるからさ」
「五人分…? 九人分は食べるだろ」
「あはは…それもそうだね
五月ちゃんもあれだけ食べてもスタイル維持できてるんだよね…
身内ながら不思議だよ、どう思う?」
「俺に聞くな」
「…実はフータロー君の家にお泊りしてる時に運動でもしてる?
フータロー君もスレンダーだし…何かダイエットグッズとかある?
それとも…ははーん、さては
腰を要点的に動かす夜の運動とか」
「その手の話題を振ってきた二乃が泣いて逃げた話をしていいか?」
「ごめんなさい…
って、え? 二乃がっ?
やだなー、二乃が親父臭いネタを言うのは」
「おい、跳ね返ってきてるぞ」
年頃なせいか、一花は夜の営みについてだいぶ興味があるようだ。それを俺に振るな…
くだらない冗談を挟みつつ、一花はじっとこちらを眺めていた。リンゴを包丁で切りながら声を投げかける。
「…見てもつまらないだろ」
「んと…ほら、私も覚えようかなー」
「料理をか?」
「うん、できないと困るだろうし」
「どんな風の吹き回しだ、出前なり、恋人に作ってもらうとか言っていただろ」
「んー それよりも先にさ
一人暮らしのほうが先になるかも」
「ひと――いってっ」
一人暮らしだと? 一花からの告白は寝耳に水なもので驚く他なかった。
ちょうどリンゴを切っていたせいで、誤って指先に包丁を滑らせてしまった。
肌に一筋、切り傷ができてしまった。
赤い血が流れてしまい、隣の一花も、やってしまったと顔を青褪めて駆け寄ってきた。
「ごめんっ! ごめんねフータロー君」
「あ、ああ…いや、それよりも一人暮らしって」
「そんなこと後後! 血が…わわ、垂れちゃう
じっとしてて」
指先の傷の痛みよりも、一花が一人暮らしをすると言い出した件について聞き出したかった。
だが、一花は俺の手を取り、血を流す指先を口の中におさめてしまった。
「んんっ…」
「…」
舐めていれば治る。絆創膏や薬を惜しむ貧乏人には最高の治療法ではある。
…が、本来自分で舐めるもので、他人にするものじゃない。
一花に指先を舐められ、一生懸命に柔らかい舌先を傷口に這わせている。嫌でも一花の舌の感触が伝わってくる。
「一花」
「んっ! じっとひへへ」
「…」
先程夜の話がどうのからかっていた女だ。必然と狙ってやっているのかと思わされるが…一花の真剣な表情を見ればその疑いも失せてしまう。
血など舐めても美味しくないだろうに。一花は綺麗に舐め取ってしまい、傷の痛みが引いた頃に口を開いた。
「ふぅ…これでよし…止まったかな?」
「…」
「…ん…?」
「…」
「あ
ああああっ!?
わ、私つい癖で…! ごめんフータロー君! 今のは他意はなくて!」
「指がテッカテカだな、やりすぎだ」
「いやー! ごめんって!
妹にしてあげることがあってね?」
「…いいぜ、今だけは弟になってやるぜお姉ちゃんよ」
「うわー! もう水で流して!」
一花に指を掴まれ、今度はちゃんと水道の水で流すことになった。最初からこれで良かったんだ。
しかし、手を掴まれているこの密着した距離は、先程の羞恥心をより高めることになったようだ。一花の顔は赤かった。
「…」
「…」
「…今後はネタにするのは控えるんだな」
「うぅ…お姉ちゃんの楽しみが消えちゃう」
「別にいいんだぜ、その時はこのこと思い出させてやる
耐性ないのに俺で遊ぶのはやめてもらおうか」
「…無理かも」
「はぁ?」
「…もう子供じゃないし」
恥ずかしげにそう言う口は、俺の腕に押し付けられて隠れてしまった。
そのままぐいぐいと口元を拭かれる。湿った唇を拭き取っても熱は失せないようだった。
子供とか以前にデリカシーの問題なのだが…背伸びして寄ってくる一花の言葉を止めることはできなかった。
恥ずかしさを振り払うべく、一花は退散していった。忙しない長女だ、まったく。
「フータロー」
「今度はおまえか」
「何か騒がしかったから…
フータロー? 指、怪我した?」
「あ、ああ…つい張り切ったせいでな、ははは」
「気をつけてね、私もよく怪我するからわかる
お風呂とか痛いし、ペンを握るのも痛くて勉強が大変」
「ペン…?
いや、包丁を持つ利き手を切るか?」
「…」
「…」
「…フータローの馬鹿、もう知らない」
「えぇ…」
静かに自習していたんだろう、台所での一花との喧騒を聞きつけて三玖が降りてきた。
料理が下手で苦労していると二乃から聞かされているが…どうやら筋金入りのようだ。
四葉と一花に続いて、再び五つ子に隣に居座られる。定位置だと言い張りたいのか。
しかし、昔はよく隣にくっついていたのはこの子、三玖だった。
「タルト、作るの大変?」
「いや、他の菓子作りに比べたら簡単なほうだ
生地ができればリンゴを並べるくらいだしな」
「…作れちゃうんだ
フータローが高校生の時も作れたんだよね
男の子なのに…」
「あ、ああ」
「…私、全然上達しなくて」
「まあ…向き不向きがあるだろ」
「ううん…他の皆は教わればちゃんとできた、後で忘れちゃうけど
でも私は違う…教えてもらっても、指がその通りに動かなくて…できない
私だけ、できない」
「…」
三玖はおずおずと語ってくれた。口にしたくはなかったんだろう、隠せるのなら隠しておきたかった。
だが、俺に教えてくれたのは恐らく…二乃の涙があったからだ。
三玖へのお節介を。三玖に教えてやってくれと俺に頼んでいた。それを知った三玖が黙っていられるはずがなく。
己の欠点、短所を打ち明ける誠実さは美徳だと俺は思う。だが、料理ができないことの煩わしさを払拭できるものではない。
結果的に、二乃の我侭を全て叶えることになるのか。女の涙恐るべし。
「練習、するか?」
「え? い、いいの?」
「ああ、こっち来てみろ、包丁握って」
「う、うん…」
ちょうどリンゴを切っていたんだ。薄く切るのは大変だが、何事も挑戦だ。
三玖に包丁を手渡してまな板に向き合ってもらう。だが困ったことに、三玖はガチガチに固まっていた。
「リラックス」
「リラックスなんて無理
ど、どうすれば…」
「うおっ! こっち向くのはいいが首だけ!
体はこっちに向けなくていい!」
「ご、ごめん…危うくフータローを刺すところだった」
「…このくらいの大きさでいいか
これを縦に、このくらいの厚さで切ってくれ」
「わかった」
「待った、その手は危ねえ
間違いなく指を切るぞ、それはやめたほうがいい」
「…じゃあ、猫の手?」
「ああ」
「あれ、逆にやりづらい…」
「最初は慣れていないからだ
こうして…」
「う、うん」
緊張で凝り固まった三玖の手を取る。両手で包んで握らせてやり、リンゴの上に手を置かせた。
握り拳の指に包丁の腹の部分を当てる。これで手の高さよりも包丁を振り上げない限り怪我することはない。さっき怪我したがな…
三玖はされるがまま、俺は三玖の背後に寄った。その手の上に俺の手を重ねて、三玖の手を操作する。
あまり寄りつかれたくないだろう、手早く済ませたかったのだが…
「…おい」
「っ…な、なに?」
「集中しなさい、指切るぞ」
「…無理…ちょっと待って」
「あ、ああ」
「ち、違う、このまま…
は、は…離さないで
じゃないと…な、慣れない」
一旦休ませてほしいようだったので手を離そうとすると、顔を赤くした三玖に咎められた。
…仕方なくこのまま、三玖の両手を取ったまま待つことになる。
距離が近くて、首元から胸元まで、三玖の髪が当たってむず痒い。
時折こちらに寄ってくることもあった。もう慣れただろ、間違いなく。
練習を再開し、ずどん、ずどんと不器用な音を立ててりんごを切っていく。
「小学生みたい」
「…」
「でも…楽しい
もしフータローとお別れになってなかったら、きっとこうやって教わってたんだろうね」
「…かもしれないな」
「フータロー」
「ん?」
「教えて、ほしい…これから、もっと
料理のことも…それ以外も、沢山」
「…ああ」
「ほ、ほんと? いい?」
「ああ、俺もおまえに教えるのは楽しい」
「…良かった」
了承すると三玖は背中から俺に身を寄せてきた。思っていたよりも力が強くて、つい受け止めるように三玖を抱きしめてしまった。
危ないだろうに。それでも三玖は笑っていた。我侭が通った事を喜んでいる。
それが俺の役目なら。そう望むのなら、俺は三玖に教えられること全てを伝えるつもりだ。教師という立場の上で。
だがこの子の無邪気な瞳にはそれだけでは済まされないような意思の強さを感じれ、つい視線から逃げてしまった。
俺の反応を見て三玖は困ったように笑っていた。約束を取り付けて、三玖は静かにこの場を去っていった。
そしてしばらくして、去る足音とは別のものが近寄ってきていた。
「とうとう来たか」
「お腹が空きましたぁ…もう七時前です…
上杉君、ご飯は…」
「まだ…少し時間かかるな」
「そんな…も、もう限界です…
勉強は…カロリーの消耗が他の比ではありません…」
「嘘つけ、その調子でデスクワークだけして食いまくってたら間違いなく太るぞ
勉強しろとは常々言ってきたが、そこまでの責任は取れないからな」
「し、失礼な、ヨガを始めたのでその心配はありません」
「ヨガか…物好きな」
「人気ですよ、男性の方も通っているらしいですし
上杉君も一緒にいかがですか、簡単なものなら私も教えられますし」
「四葉とのランニングがある、これ以上疲れる運動はごめんだ」
「朝のランニングだけでは不健康です」
「おまえ、あいつの運動量を知らないだろ…」
腹を空かせて降りてきた五月はぐったりとテーブルに突っ伏した。もう限界のようで、自室に戻る気はなさそうだ。
手にはノートが握られていた。普段甘ったれな末っ子だが、勉強熱心で努力家な子だ。その点は好ましく思っている。
のだが、食欲が絡むとなぜこうもポンコツ化するのだろう。
欲に忠実な五月はこちらに足を運んで、茹でているパスタと赤いトマトソースを覗き込んでいた。
「…」
「…」
「じゅるり」
「味見は終わっている」
「…お腹が空きました」
じっと睨まれてもな、まだ少し時間かかる。
「菓子、まだあったろ
食べていいんじゃないか」
「いえ、いいです…あぁ、でもお腹が空きました…」
「気を回さなくていいんだぞ」
「いいえ、いいんです…せっかくの上杉君のご飯です…
このトマトソースも海老や貝の匂いがして美味しそうです…にんにくを控えているのもポイント高いです
さすが上杉君です、お腹が空きました」
「語尾なの? つーか催促してんじゃねーよ…まったく」
食事を何よりも楽しみにしている五月はフライパンの前から離れるつもりがないらしい…邪魔なんですけど? 食い意地が凄い。
仕方なく、用意していた物を冷蔵庫から取り出す。手招きすると五月は億劫そうに、お腹を抱えて寄ってきた。
この様子だと手渡しできそうにないな…ろくに視線を合わせようとしない五月の口にスプーンを放り込む。
「はむっ?」
「…」
「…んんーっ 美味しいです
ですが、これは…ゼリーですか?」
「リンゴの皮を捨てるのもったいなくてな…貧乏臭いこと極まりないが
皮を細かく切って、蜂蜜を絡めて軽く焦がしてからゼリーに混ぜた
案外いけるだろ?」
「もう一口お願いします」
「やるから自分で食え」
食欲をそそられたのか、五月はゼリーしか見ていなかった。小さな容器を手渡すと目を輝かせてスプーンを口に運んだ。
冷たくて柔らかいゼリーの中に、甘くてシャリシャリ、ザクザクした食感が気に入ったようで夢中で食べ始めていた。
夢中になっている姿はどこか愛らしく、作って良かったと思わせてくれる。二乃も口で文句は言いながら好きなんだろうな、五月のこの性格が。
「上杉君、明日二乃が働いているケーキ屋さん行きませんか?」
「急にどうした」
「皆であのお菓子のお礼を店長さんにしようとお話をしました」
「そういうことならいいぞ」
「ありがとうございます
それと…いかがですか」
「…」
五月はまだ数口しか食べていないゼリーをスプーンで掬って、俺の口元に寄せてきた。
食事前にお腹を満たすことは避けたいようで全部は食べないように気を遣ったのだろう。
口を開けてスプーンを口にする。もじもじと五月に見つめられながら。
スプーンを引き抜かれ、口の中の冷たいゼリーを租借する。シャリシャリと果肉を噛み締める。
「…腹減ったな」
「お腹が空きました…はむ」
食事が出来上がるまで、五月はゼリーを頬張り、時折俺も頂いて時間を潰していた。
もしかしたら今後もこのような日常が繰り返されるかもしれない。
そう思うと、忙しくも悪くはないんじゃないかと。気まぐれにもそう思わせる一時だった。
食事の準備を終えて、五つ子を呼び出した。
焼けた生地の独特な甘い匂いが漂い、焼き上がったタルトを見てそれぞれが感想を口にする。
花を咲かせる四人の傍らで、採点をつける二乃の反応を窺う。
二乃は両手を合わせて、上機嫌に笑っていた。
「わぁ…凄い、綺麗
やるじゃない、上杉
流石私のお師匠様よ」
「…見た目だと何点?」
「…うーん、十年前が100点だとして
50点? まあプラスαで100点ってところかしら」
「ぐっ…」
「二乃、どうして半分なのです?」
「だってほら、生地の端が焦げてるけど、りんごが乗っているあたりは生じゃないギリギリって感じよ
りんごだって…なんか…いくつか厚くない? 不恰好だし
でも全体的には綺麗だし、うん、私は満足よ」
「私のノータイムダメだしより、二乃のほうが欲張りだと思うのですが…」
「…ごめん、フータロー」
「気にするな、また教えてやるから」
「…! うん…」
二乃の査定は厳しかったが、思っていたよりも楽しかったお菓子作りだった。指は怪我したし、50点だったが。
リンゴがいくつか厚いまま焼いたことで焼き時間に変化があった。それを見抜かれて減点されてしまった。
自分が切ったりんごで減点されたことに三玖は謝ってきたが、お茶目で済まされる話だ。
もう一度教えてやる。そう伝えると気落ちしていた三玖は頬を綻ばせて頷いてくれた。
50点でも結果100点とは、恐らく三玖に料理を教える件が含まれているのだろう。お人好しな次女だった。
「…少し外の空気吸ってくる、先に食べててくれ」
気づけばもう19時は過ぎ、外は真っ暗だ。ベランダに出て冷たい風を浴びさせてもらう。
少し疲れた。台所に立つのは日頃の家事で慣れているが、テストとなると気持ちが違った。
背後の窓からリビングの明かりが漏れている。その明かりに影が伸びてきた。
閉じた出入り口が再び音を立てて開かれる。振り返れば二乃だった。
かつん、かつんと。サンダルを履いてこちらに歩み寄ってきた。
「上杉、五月から話聞いた?」
「あ? ケーキ屋の話か」
「そう、来るの?」
「そのつもりだが」
「ならいいわ」
何ともなさげに、用件を済ませた二乃は涼しい顔をして、ベランダの塀から顔を出して外を眺める。
風を浴びると二乃の長い髪やリボンが揺れていた。
「ママにも食べてほしかったわ、あのタルト」
「そんな大層なものじゃねえよ」
「あんたが作ったことに意味があるの」
「…」
「…ほんと、損ばっかりじゃない…ママ
あんたと出会えていたら、こんな日を沢山過ごせたのに
少し…可哀想だわ」
「…
損ばかり、とは違うんじゃないか、今回のことも」
「え?」
何を言うかと思えば。亡くなった母親を不憫に思う娘は勘違いをしている。
おまえ言ったよな、俺が作ったことに意味があると。
なら、こうも捉えられる。
何かを得たいんじゃないんだ、本質は。
「愛娘が美味しい物を食べて、喜んでいたとしたら
あの人はきっと満足している
そういう人だったと俺は記憶している」
「…」
「だから、あの人にとっての一番は…
風邪ひいたり、怪我したり、落ち込まず、泣くこともなく、健康に過ごしてくれれば」
「あ、あんた…」
「それでいいんじゃねえか」
人は幸せになりたいんだ。その形は人それぞれ。
五人なら五通りの答えが。例え顔はそっくりの五つ子でも。
幸せは不確かなものだ。もう既に亡くなった人の気持ち。赤の他人が代弁するのはおこがましいもの。
だが、娘を一番に思っていた人だ。己の幸せよりも願っていたものは、亡き後にもしっかり示されている。
二乃はただ俺を見つめ、どしっと腹に拳をくらった。
「むかつくのよ…
知らないくせに、言い当てるなんて」
「?」
「言っとくけど、まだ食べてないんだから
見栄えが良くても味が悪かったら承知しないわよ」
「そりゃそうだ
じゃあ食べるか、採点よろしく」
「ず、随分と余裕じゃない…」
あまり長話をしていると腹を空かせた五月に文句を言われそうだ。見れば窓の向こうでは既に準備を終えて待っているようだった。
二乃と一緒にリビングに戻り、食卓につく。
手を合わせて、六人で夕食となる。見慣れた日常でも欠かせない一時を過ごすことになる。
「じゃあ先にタルト貰おうかしら」
「いきなりか」
「だって気になるじゃない
それに五月が言ってたでしょ、疲れた時がベストコンディションよ」
「二乃が食べるのなら私ももらおっかな
フータロー君、ちょうだい」
「ちょっと、私の為のタルトよ
はい上杉、私のもお皿によそって」
「フータロー、私も食べたい りんご、大きいほう」
「上杉さんっ 四葉も!」
「当然、私もいただきます」
「五人一気に皿を向けるな、順番だ順番」
主食を差し置いてデザートに手を出す五つ子にはテーブルマナーを教えてやるべきだろうか。
だが悪い気はせず、仕方なく五人の皿を受け取ってタルトを分けてやった。
揃ってタルトを齧る五人。料理人の俺はその反応を固唾を呑んで見守るしかなかった。
妙に肩肘張ってしまい、俺自身タルトを口にしても味なんて理解できそうになかった。
「うんっ バッチリじゃんフータロー君、美味しいよこれ」
「調度良い甘さ…私でもいっぱい食べれる」
「はむっ 上杉さんのお菓子美味しいよっ」
「こんな特技披露しなかったなんて勿体無いです
是非、また作ってください」
「…そうか」
五つ子の感想を聞いて、おかしなほどに力が抜けていく。
ほんのりと温かいタルトは好評なようで何より。甘い物が苦手な三玖も食べ切ってしまいそうだった。
五月は既に二つ目に手を出そうとしていて、続いて四葉も取られまいと手を伸ばしていた。
…それで、二乃。さっきから…だんまりなんだが…ダメなのか?
「…何情けない顔してるのよ
合格よ、合格
何よ、できるじゃない…」
「そうか…よかった」
「ま、これでお師匠様復帰ね」
「ありがたいことにな」
「…反応悪いじゃない、もっと喜びなさい」
「いや、喜んで貰えるのは嬉しいが…昔とは違うんだ
もっと美味しかったと思うんだが…なぜだ…
わかるか、二乃?」
「私に聞かれても…正直味まで覚えてないわ、美味しかったのは覚えてるけど」
「…昔を取り戻せると期待していたんだが…駄目だったか」
「…
もうっ そんな辛気臭い顔して
美味しいじゃない、ほらあんたも食べてみなさい」
まだ口にはしていないが、特に何ら上達していないのだから味は大体察している。
しかし不満げな顔をしていたのがお気に召さなかったようで。二乃は顔をしかめて椅子から立った。
そのままタルトを手に俺の口元に寄せてくる。
見上げれば、悪魔ではなく小悪魔のような。男心を弄ぶような勝気な笑みが見える。
「ほら、手が疲れるでしょ
恥ずかしがってないで、早く」
「…あぐ」
「おっと、零れる」
降参してタルトに齧りつく。ボロボロと生地が零れてしまい、二乃が慌てて手の平で受け止めていた。
手の平についた生地の欠片を皿に戻して…指先に付いたものを舐め取っていた。
無自覚か。咎めるような視線に意に介さず笑いかけてくる。
「どう? うまいっしょ?」
「…うまい…」
俺の返事に満足したようで、二乃は残ったタルトを俺の皿に置いて席に着いた。
「――って、何でこんなに減ってるのよ!?
ちょっと! 私が上杉に頼んだんだから自重しなさいよ!
もう…もう、もーッ!」
既に残っているタルトの数が少ないのを知って、二乃は慌てて二個目のタルトを回収していた。
三つ食べるつもりだったのか、それでも尚姉妹に憤慨している。
注目が逸れたから、助かる思いだった。
二乃に食べさせられたタルトの味は…甘くて、温かくて、うまかった。
その味は、二乃との最後のお菓子作りに作った、あのタルトにそっくりだったんじゃないかと。そう思わせる美味しさだった。
二乃を囲んで賑やかな五つ子たちには知られなくて良かった。
「…単純な答えだったな」
誰の為に作るのか。誰と一緒に食べるのか。
そんな隠し味を忘れていたなんて。知られればきっと生意気なほどに笑われてしまうから。
「林檎のタルトか
そうだね、確かに一時期メニューからなくなっていたよ」
翌日。五月と二乃との約束通り、昼過ぎのおやつ時に例のケーキ屋を訪れていた。
何名様ですかと聞かれたら六人と答え。男一人に女子高生が五人ともなると…1テーブルでは狭い。
二つに分かれるのも気が滅入る。人気店である店内は客が多いらしく、俺は一人でカウンター席に着くことにした。
コーヒーを口にして、背後から聞こえる声に耳を傾ける。先日のお菓子のお礼を店長に伝えているところだった。
「二乃がお気に入りだったようです」
「人気なかったのかな…?」
「それはないわ、あんなに美味しいんだもの
店長、地味にショックだったのよあれ」
「そう言われてもね、こっちにも事情があったんだよ
二乃ちゃんがもっと早くうちに働きに来てくれていたら、変わっていたかもね」
「…? つまり人手の問題だったのですか?」
「お金に困っている感じはしなかったなー ほら、こんなに人気上がってるし」
「お陰様でね
あれが取り止めになった理由は…
………」
…なぜか、店長と視線が合った。何ですか、元アルバイトに何の用だ。
居た堪れない雰囲気になってきたので渋々背中を向ける。ついでに五つ子からの視線も感じて気まずい。
店長は溜め息を一つ。声を小さくして五つ子に打ち明けた。何を言うつもりだあんたっ
「あれ、一時期ね
上杉君に任せていたんだがね」
「上杉?」
「彼が高校を卒業してバイトを辞めたことを機に、林檎の品はリニューアルしたんだ
当時…一番美味しく作れたの、僕の次に彼だったのさ
林檎のタルト、に限った話だがね」
「――ッ!」
「いった…っ!?」
ぱしっ と乾いた音が聞こえて振り返る。背中を叩かれたのか、三玖が悲鳴を上げて仰け反っていた。
「二乃…何なの急に…ッ!」
「やっぱ上杉凄かったのよ…っ
私の先生だったんだもん」
「…」
「なーにが、作れないんだ…よ
ほんと焦らせるんじゃないわよ、ほんとに…
はぁ…」
「…うん」
そして、なぜか二乃が滅茶苦茶飛び跳ねていた。何をやっているんだあいつは。
だが、八つ当たりを食らったはずの三玖と喧嘩にならなかったのが不思議だった。二人の声が遠くて聞き取れなかった。
そんな二乃と三玖の反応に店長は苦笑する。
「僕自身驚いたさ、最初は酷かったんだよ彼
自信作を持って来られて食べてみたら生だったし、売り物にできるまで道のりは長いものだと思っていたら
ある時からめきめきと上手くなってね…ふ」
「? そんなにおかしな理由だったの?」
「いや、僕も見習おうと心に誓ったんだ
食べさせたい奴らがいる
彼はそう言っていた
その意図はすぐにわかったよ」
「………」
聞こえてしまった。店長に十年前の醜態を暴露されてしまい、もうあちらを向くことはできそうになかった。
だが…店長から、自分の次に一番だと言われて…嬉しかった。
もう既に過去のこと、腕は寂れてしまっていたが…やはり嬉しかった。
隣の席に誰かが座ってきた。目を配れば、二乃だった。
「凄いじゃない、高校生でアルバイトなのに
ここ、店長の他にも本気でパティシエになりたい人いたでしょ」
「あ、ああ…その人たちに教えて貰えたから…上手くなったんだろうな」
「…ふふ、ふふっ」
「…おかしな話だったか?」
「いいえ」
客と客、近すぎず遠すぎず、適度な距離が置かれた中で何を面白おかしく笑うのか。
注文していたケーキが配られる。二乃の分は一花がこちらに持ってきてくれていた。
俺が頼んだのは白い生クリームの甘いショートケーキだった。昨日に続いて疲れていたから今日は甘いものが食べたかった。
「いいこと聞いちゃった」
「…」
「今度は何をお願いしようかしら」
頬杖をついてこちらを見つめる生徒は、やはり小悪魔のような笑みを浮かべている。
もう高校生時代の熱意なんて残っていない。誰かの為にとはいえ、あそこまでのめり込める気力はない。
二乃が選んだケーキは、流石に二日続いてタルトはないか。チョコレートのザッハトルテだった。
過去に誰も食べたことのないようなデザートを。そんな注文を受けて生まれたケーキだったか。
こんな小さな甘いお菓子には、作った人の熱意と努力、誰かの為にという奉仕の気持ちが込められているのなら。
ケーキは人を笑顔にする。貧乏人には掛け替えのない思い出になる。
「上杉」
「…何だ、二乃」
「今度は一緒につくろ?
私も作りたくなっちゃった」
「…いいぜ」
実に心地良さそうに、照れくさそうに笑ってくれた。
いつもそうやって天使のように笑ってくれるのなら、苦労はないんだがな。
古く寂れていた時計の針が再び動き出した。時刻は3時になった。
もう俺の手からは甘い匂いはしない。
だが遠からず、いつか。教え子の手に付いた甘い匂いが染み込んできてしまうのかもしれないな。
そんなほんの少しビターな感情に目を逸らして。
二乃と俺は二人並んでケーキにフォークを刺して、ほんの少しの幸福の一時を味わう。
「家事を担ってくれるのは嬉しいが…正直、親として複雑だったでしょう
自分がしたいことを、もっとして欲しいと
…だが
優しすぎるんだ、二乃は」
焼香の香りが身に漂う中で、恩師の墓石の前で風太郎は話を終えた。
親としてしてあげたかったこと。数知れない親としての苦悩は俺には分からない。
貧乏だったせいで、子供が親にしてあげられないこともあった。金でも物でも、したくてもできなかった。
それでも優しくあり続けることが、どれほど難しかっただろう。あの子たちの苦悩も数知れない。
二乃は今でも家事を担っている。当番制でもこびり付いた習慣がそうさせるようだ。
だから俺は今でも…あいつとよく出かけていますよ。きちんと文句を言ってもらわないと困る。
「三玖は…あいつには何度も驚かされましたよ
五人の中で一番気が弱くて心配事が絶えなかったが、存外思い切りの強い子だった
姉妹と貴方に隠れて、一人で頑張っていたんだろうな」
恩師には後三人の娘がいる。風太郎は苦笑しつつ、思い出話を続けた。