「お兄ちゃん…よりにもよって人生一番の晴れ舞台の結婚式で、しかも自分の生徒さんにからかわれてたなんて」
「誰から聞いた、あいつらチクったな」
「挙句の果てに教え子に先を越されちゃうなんて」
「二十歳そこらで早々に結婚するほうが稀だからな
つーかおまえと同い年」
「…」
「…」
「妹は悲しいよ、いつかお兄ちゃんを私の結婚式に招いていいか考え物です」
「おい、同い年さん 彼氏はいるのかな?」
「私の話はいいから」
遅刻した待ち人を健気に待っていた人間に駄目出しする冷血女がいる。俺が家を出る時は寂しがってくれたのに…兄は複雑だ。
この歳になると身内からの圧が鬱陶しくなる…その小言は正月で散々聞いたというのに。
テーブルを挟んでお節介な刃を飛ばしてくる女から間合いを取る。心のゆとりを得るべく温かいコーヒーを頂く。
ご指名の店でゆったり約束の相手を待っていたのだが…このコーヒーのお陰で退屈はしなかった。
「ここのコーヒーうまいな おまえが言うだけはある」
「えへへ、最近見つけたんだ、このお店」
「苦味が差程強くないのがいい
この旨さなら高校生の俺でも好んで飲めていたな、もっと早く出会いたかった」
「気に入ってくれたようで嬉しいな
でもね、今日は苦味たっぷりのお話が沢山あるから
お砂糖いっぱい入れたほうがおいしいよ、今日限定で」
「店の品物に細工するのは良くないぞ、らいは」
「危機感って知ってるかな、お兄ちゃん」
「…猛烈に今すぐ帰りたいぐらいには知ってる」
「もうっ…」
俺がチケットを渡した後日、休日に五つ子と妹は遊園地に遊びに行った。
そのお礼がてら、ご飯を奢ると可愛い妹に誘われて今日に至る。
地元の駅前の喫茶店で、店内の落ち着いた雰囲気は俺も好めるものだった。
呼び出した用件は遊園地のお礼だけではないようだな。顔を見せれば身内は結婚を急かしてくる。
独り身の男にはこれが辛い、実家に帰りたくない理由である。
「前にさ、五人皆が大学生になった頃には結婚してるよーって話しちゃったんだよね
なんか…無理そうだね、私も発言に気を配るよ」
「…マジでこの話題がずっと続くのか?」
「…はぁ、私もそんなに鬼じゃないよ
でもさ…零奈さんはもういないんだよ
…お兄ちゃんには、幸せになってほしい」
「…心配かけてすまん」
「ううん、まだ一年も経ってないからね…忘れられないよね
今すぐとかじゃなくて、今の内にお尻叩いておけば調度良いくらいかな」
「そんな計画性は求めていない…
だが、おまえの発言に沿うことになると思うぞ」
もう自分一人だけの人生ではないことは分かっている。らいはも同じく、一番に考えているのは恐らく五つ子のことだろう。
五人もの女子高生の将来を支えるには己の立場を早急に安定させたいところ。その為の一つの要因として…結婚も考えられる。
できるかできないか、それは別として俺自身も少しは考えているつもりだ。
「あいつらが大学に行くなり、就職するなり
高校を卒業して、母親の死から完全に立ち直った頃には…俺も気が変わっているかもしれない
先生の遺産含めて、金銭面は一花に管理してもらうつもりだ…その時には俺は不要となる」
「だと…いいのかな」
「…もうあの人に執着する意味もなくなっちまったしな」
「そう、だね…うん
お兄ちゃんはほら、年下にはモテるみたいだし、そう悲観することないって
まあ…お兄ちゃんのタイプは年上かもしれないけど…
というか、お兄ちゃんってどんな人が好みなの?」
「…包み隠さずに言えば
俺だけを求めてくる存在、かな」
「あ、えっと、話題変えるんだったね」
「変える前に会話しようぜ」
「歪過ぎて、選ばれた彼女さんが不憫に思えた
というかそれって、零奈さんを好きになった理由にならないでしょ」
「…」
高校時代、憧れていた…好いていた恩師は去年の夏に亡くなった。
今はその恩師の五人の子供たちを見守ることに専念している。結婚願望など皆無、恋人を作ろうなど思わない。
らいははその点察しているようで、これ以上の追求はなかった。話の切り上げ方が雑過ぎたがな。
つーか今時30代からでも遅くはないだろうに…単純に心配かけているだけか。何も言わないでおこう。
久しぶりの…いや、めったにない妹との外食だ。話すのなら明るいものが好ましいだろう。
「らいは、一つ相談したい
あいつらに何か贈り物を贈るとして、何か無難なものはないか?」
「急にどうしたの?」
「特に深い意味はない」
「えー ほんとに? 怪しいなー」
あの子たちは遊園地にらいはを誘って、存分に楽しませてくれたんだ。
さらに俺にも土産を買ってきてくれたしな。各自バイトで稼いだ金で。
五人で一つではなく、各自俺に買って渡してきた。お陰で袋が重たかった…
各々俺の好みに気遣ってくれた一品で嬉しいものだった。
だが、ふと考えた。俺からあいつらに何かプレゼントするとして、喜ばせられるのか。
クリスマスや誕生日プレゼントは喜んでもらえたが、レパートリーが乏しいと次に困る。困ってからでは遅い、早めに手を打つべきである。
そこで選ぶべき相談相手は我が妹である。
育ちは貧乏のそれでも、今では流行り物の情報に目敏い女子大学生だ。頼りにしているぞらいは。
「うーん、女の子同士なら自分の愛用の化粧品勧めたり、似合う洋服とか選べるけど…
良い年した男の人に貰うとね…」
「駄目なのか? つーか化粧品はハードル高い」
「まあ喜ぶ子はいるし、三玖ちゃんと四葉ちゃんならOKかも…?
でも…なんかマーキングされてる感じがするというか
言ってもないのに好みを当てられてると、それはそれで怖いと思う」
「マジかよ」
「というか、むしろ女の子はしたい側」
「ん? 何を?」
「マーキング」
「…」
「えへへ、ちゃんと私が買ってあげたお洋服着てくれてるのポイント高いよ?
貰った物は使ってるところ見せないとね、彼女できたら」
「マーキングされてるのね、俺」
テーブルの向かいから手を伸ばされ、らいはに袖を摘ままれる。
今着ている服は、以前らいはが俺に買って与えたものだ。普段は着ることはない所謂、勝負服ってヤツ。
わざわざ買い物に連れ出され、長いこと着せ替え人形をさせられ厳選を終えたものだ。
らいはが気に入っているだけあって様になっていると自分でも思うのだが…
…自意識過剰かもしれないが…やたら人の目を集めているような気がする。なので頻繁には着飾ることは好めていなかった。
しかし、これで一緒に過ごす女…今日に限っては妹だが。気分が良くなると言われては着る他ないだろう。
「お洒落は自分だけじゃなくて、相手をリスペクトすることにも繋がるからね
一緒に楽しんでもらおうって気持ちが大事なんだよ」
「…」
服に金をかけたくない気質なのはお互い様なのにな。何かと世話焼きな妹だ。
この手の話題は以前に一花にも言われたな…せっかく買ってあげたのに着て欲しいと文句を言われた。
あれか、マーキングのつもりだったのか、そういう魂胆だったのか…?
なんか話が逸れたな。俺の問いに妹も回答を導き出すのが苦しいようで、開き直った返答が届いた。
「プレゼントかー
私は好きな人からなら何でもいいんだけど、あの子たちはどうだろうね
もう本人に聞いちゃえば?」
「物を買い与えると知られたら遠慮されそうなんだよな…
だが不要な物を渡すよりかは確実か、五月に電話してみる」
「今から?」
「聞いた上でおまえの意見を交えて買えば勝ち確」
「お、奥手すぎる…彼女できた時の経験値にしてよ?」
優柔不断な男だと妹に呆れられているが無視。今日はこの話題で押し通らせてもらうぜ。おまえにリードされると面倒なこと言われそうだ。
この春に地元の近くに引っ越して、距離的にはあいつらと近しくなったが…あいつらに割いてやれる時間は多くはない。聞ける内に聞こうと五月に電話する。
五月の欲しい物…参考書か? それとも食べ物か…食い物で釣るのは簡単だが渋い顔されるんだよな。完食しても。
二人して黙って五月の応答を待つ。
店内のBGM以外に微かに来店客の携帯の着信音を耳にする程に集中していた。
…コール音が流れること十数秒。応答はなかった。いつもならすぐに出るくせに…
「出ない、だと…こんな時に
勉強に詰まった時は毎度電話してくるくせに薄情な」
「お兄ちゃん、もしやウザがられてるんじゃ
五月ちゃんだけ勉強教えるのハードみたいじゃん」
「あれはあいつの自主性があってのことだ」
「お兄ちゃん高校生の時は完璧主義だったし、五月ちゃん追いつくのに必死なんじゃない?
女の子なんだから、もっと優しくしてあげるべきだよ」
「おまえ、大学受験でスパルタで勉強教えた時のことを根に持ってるだろ…
そこまで言うのなら、おまえが電話してみろ」
「自分で聞くんじゃないんかーいっ!
でも、ほら…五月ちゃん忙しかったのかもしれないし、今は出れないかも?」
「じゃあ一花に
おまえが出たら態度を改めようじゃねーか」
「何の勝負なのかな…
でもいいよ、お兄ちゃんの態度が軟化するのならやってしんぜよう」
肝心な時に役に立たない末っ子はもう知らん。あいつは他の姉妹と違って会う機会は豊富なほうだ、別の機会で聞くとする。
思わぬ疑惑をかけてくる妹の批難の目は完全に誤解だ。俺が休めと言ってもあいつはしつこく質問を投げかけてくるんだぞ。
俺に代わってらいははスマホを取り出し、一花に電話をかけた。この際目的が成せれば何でもいい。
一花が求める物…何だ? あいつは女優の仕事で五人の中で一番小銭を稼いでいる。そろそろ小遣い稼ぎとは言えない程の額になっているようだがな。
欲しい物があるのなら自分で買うだろう。俺の衣服や贈り物に散財せずに。この件はらいはから咎めてもらうべきか悩みどころだ。
…コールすること十数秒…いや、二十秒を切った。
…だいぶ長ったらしく待っていたが、ようやくらいはは通話を切った。
可愛い妹分の素っ気ない沈黙に、らいはは黙ってコーヒーを一口含んだ。
誤魔化しているようだからずばり言ってやろう。
「嫌われてるな」
「ご、ご、ご多忙なのかも
女優業だもんね、忙しいなら出れないよねー 今まっ昼間だし!」
「今日、あいつは仕事ないぜ
怠け者のあいつのことだ、おまえだと知って無視したんだろ」
「はい次! 今度はお兄ちゃん!
二乃ちゃんに電話して!」
「何でよりにもよって二乃なんだ!
そう安々と出るわけないだろ! 四葉にかける」
「あ、あぁ…四葉ちゃんなら出てくれると思ってたのに…!
先に取るなんて卑怯! 純朴な四葉ちゃんに逃げるなー!」
「おまえと二乃は仲良いだろうが…!」
「二乃ちゃんにも優しくしてあげなさーい!
よく相談受けてるんだからね、お兄ちゃんのこと!」
二乃が聞いたら怒り出しそうなことを口走っていないか?
この際追求はしないでおく。今は四葉へ電話する権利を確保せねば。
妨害に走るらいはにスマホを掴まれるが、ふんじばって逃れる。とっとと四葉に電話してしまおう。
もはやあの五つ子からの信頼度を競うゲームになっている。妹は至って五人を可愛がっているからな、さぞ兄が憎いだろうよ。
お人好しランキング第一位のあの四葉だ。俺の電話に出ないわけがないぜ…
信じてるぜ、四葉! 良い子にしてたらお兄さん好きな物買ってやるぞー
あいつのことだ、欲しい物を訪ねられても人の懐事情ばかり窺って正直に言わないだろう。長期戦を覚悟しよう。
覚悟したところで…電話をかけているのだが…一向に出ない。
お人好しだろう、おまえ! ここぞという時に発揮しないでどうする!
「時間切れでーす 嫌われてるってことで確定でーす」
「四葉…ッ! なぜ出ない…!」
「ちゃんと優しく、思い遣ってあげないと女の子は振り向いてくれないよ
お兄ちゃんは隠しているつもりでも、みんな内心気づいているんだから」
「どういうことだ…」
「さてさて…残るは二乃ちゃんか三玖ちゃんか…
よし、ここは比較的社交性のある二乃ちゃんでいこう」
比較的社交性がないと言われているぞ三玖…もっと陽気になれという三女に対するジレンマは俺も妹も同じなようだった。
これは負けたか…二乃はらいはを慕っているんだ。料理でも買い物でも一緒しているらしい。一花と違って趣味の合う姉妹の絆は強い。
スマホを耳に翳しているらいはの姿を指を咥えて見ていることしかできない。嫌悪の烙印を押されるのも時間の問題だった。
「…」
「…」
…らいはの額に汗が。
店内の音楽の中の雑音まで正確に耳に入る。そのくらい静かだった。
諦めの悪い奴からスマホを取り上げる。画面を確認すると、時は2分を刻んでいる。二乃からの応答はなかった。
絆が活かされることはなかったようで、らいはは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
可愛がっていた妹に裏切られた気分なのだろう。惨い仕打ちに泣き崩れている。
「二乃ちゃん…どうしてぇ!!」
「態度を改めるのはおまえだったようだな
ご愁傷様、下がった評価を取り戻すのは骨が折れるぞ」
「あぁ…しつこかったのかな私…楽しんでもらえてると思ってたのになぁ…
うぅ…ぐすっ…」
「ら、らいは? たまたま手が離せなかっただけかもしれないぞ?
本気にするな?」
「お情けなんていらない…!
次、お兄ちゃん
三玖ちゃんに電話して」
「お、おう…」
「…あぁ…二乃ちゃん、一花ちゃん…反省するから許してぇ…」
「哀れだ…」
ガチでへこんでいるらいはは早くトドメを刺せと俺のスマホを指差す。
五月、一花、四葉、二乃が音信不通。これはこれで心配の種が生まれたのだが…ひとまず三玖に電話するか。
あいつが求めるものか…
あの夏に思い出話をしてからというもの。有耶無耶なまま、ぬるま湯に浸かっている温度がお互いを不愉快にさせる時があった
…あいつから嫌われているか。答えはNoだと思いたい。
その考えが自意識過剰だと思い込んで、三玖から距離を置くことは返ってあいつを悲しませる可能性があった。
卑屈で、優しい子なんだ。だからあれほど姉妹から愛され、慕われている。
しかし、嫌われていない、という根拠にするには現実的ではない。十年前に出会い、再開してからまだ一年も経っていないんだ。
俯いてばかりのあいつが、俺をどう思っているのか…理解はできていない。
「…逆に恥ずかしがって出てくれないかもね、三玖ちゃんの場合」
「それはありえる
電話でも何でも、二人きりだとあいつタジタジだし
この勝負、一番勝率が低いのは三玖だ」
「純情だね、三玖ちゃん…
これは逆に電話に出てくれたら何かお礼するべきだよ」
「お礼、ね…」
「プレゼントとかじゃなくて、思い切ってデートしてあげたら?」
「…それをあいつが望むのなら構わないが…それこそ望み薄だぞ」
「それもそっか…もうおじさんだしね、お兄ちゃん」
「まだ20代だ」
からかい半分に笑う妹の言葉を軽くいなして電話する。
電話一本で大げさなものだ。これで全員忙しくて出れませんでした、ってオチだったら上杉兄妹は道化でしかない。
四人が駄目だったんだ。全員用事が…もしかしたら五つ子全員で遊んでいるかもな。あまり期待はしていなかった。
コール音が鳴って数秒。
思いの他、早く途切れた。
「…」
「…三玖か?」
「…」
電話は通じたが…無音だった。
三玖が電話に出たことに、敗北したはずのらいはが喜びの万歳をしていた。兄思いの妹で、つい笑ってしまった。
しかし…先から返事がない。何だ、何かおかしいぞ。
あの四人は電話に出なかったし、もしや何かトラブルに巻き込まれているのか?
そう思って耳を澄ませて音を拾うと…聞き覚えのある音楽が聞こえた。
…耳にスマホを当てている、その反対側からも同じ音楽が聞こえている。
まさか、と脳裏によぎる。
問い詰める前に、向こうから吐息が聞こえた。
「で、デート…」
「…」
「の、望むのなら…してくれるんだよね」
「…おまえ今どこにいるんだ」
通話してから公開していない情報が、なぜか三玖に知られていた。
これ以上電話する必要はないらしい。通話相手のか細い声よりも大きな足音が幾つも聞こえる。
向かいのらいはも顔を強張らせている。振り向けば…俺も顔をしかめてしまう。
「こ、こんにちは…っ」
「おまえら…」
「五月ちゃん…というか、皆揃って」
音信不通だったはずの五つ子が揃ってこちらに歩み寄ってきていた。
電話先の相手は、思っていた以上に近くにいたようだ。
「もう…三玖の薄情者、一人だけ良い思いして
これから面白いところだったのにさー」
「み、皆来てたの? 気づいてたのなら声かけてよー!
来てるのなら一緒に来たかったのに」
「らいはお姉ちゃん、ごめんね?
あそこまで落ち込むとは思ってなかったのよ」
「先日、らいはお姉ちゃんがこちらのお店を勧めていたのでさっそく来てみたのです
まさかお二人も来られているとは思わず」
同じ店内にいたようで、俺たちは五つ子から盗み見されていたようだ。趣味が悪いぜ…みっともない姿を晒して笑われていた。
俺たちの会話は筒抜けだったようで、どうやらデート発言に三玖が乗ってきて計画が破綻したようだ。ナイスだ三玖。
「…ッ!」
「…電話は切っていいか、三玖」
「う、うん…もういい」
当の三玖は電話の内容がアレだった為、俺と目を合わさず、一花の背中に隠れている。
…実は嫌われていないか疑わしい態度だ。よくわからない奴。
しかし、先程のらいはとの話を踏まえると…やはり何かしら俺に対して不満はあるのだろうか。
普段この五人は図々しく迫ってくるのにな。あれが演技や建前だとしたら反省するべき点が俺にあるのかもしれない。
「声をかけたくなかったか、嫌われているのは本当のようだぞ」
「やっぱそっか…そうだよね…」
「お、大げさだよ二人共
フータロー君にもお姉ちゃんにも感謝してるし、遊園地楽しかったよ?」
「そ、そうだよ! 二人は私たちの大切な人ですから…!
その…声かけづらかったのは…あはは」
「…」
「何だよ、はっきり言え」
「そういう態度が駄目なんだってば、お兄ちゃんっ」
五つ子たちは俺を見ては目を逸らしたり、何かありますと訴えているようなものだ。妹の咎めを聞き流して問い質す。
苦笑する一花が観念したようで、近寄ってくると耳に触れられた。
不躾な振る舞いで触ってきたのは、耳に飾られた無機質なそれだった。
「フータロー君がお洒落してるからさ
鬼教師がピアスまでしちゃって」
何かと思えば、俺の身なりの物珍しさに萎縮していたらしい。
俺の外見で五つ子が怖気づく因果関係が全く分からず。ただただ触れられる耳がくすぐったくて振り払う。
「べ、別にいいだろ、俺が何を着ようが」
「そ、そうだけど…声かけられなかったのはフータロー君のせいだよ?
まさか彼女さんとデートなのかなーって思ったら、声かけられるわけないじゃん」
「この三人がうるさかったのよ
この目で確認するまで帰れないとか言いだして」
「…」
「き、気になるに決まってるよっ
あの上杉さんだよ? いつも地味な服着て来るのに」
「事と次第によっては、私たちも彼とのお付き合いを考えなくてはいけないでしょう
…五人も子供を養っているなんて、お相手に知られたらどう思われるか」
「いないって常々言っているだろうが…」
「そう言われてもねー
だってフータロー君カッコいいし、女の子は放っておかないでしょ」
「はぁ…?」
「立ち話は何だし、隣空いてるから二人共来てよ」
妙なところに気を遣っていたらしく、五人は俺の交際関係を探っていたようだ。服装一つで騒がしいことこの上ない。
お洒落と言ってもな…らいはが選んだ服を着ているだけだ。今日の約束の相手もらいはだし。
らいはとの会話は聞いていただろうに。一花は構わずべたべたと触れてくる。四人からも見つめられて羞恥心が高まるだけだった。
店員に声をかけて俺とらいははテーブルを移動することになった。五人が隠れていたテーブルの隣に席を取らせてもらった。
意欲的ではない俺と三玖を残して各々座っていく女子たち。結果、俺と三玖は隣に並んで座ることになったのだが…
…避けられてるな。横目で見られては目が合い、俯いてを繰り返して。
異様に距離を置いて座る三玖にどうしたものか悩まされる。しかも三玖だけでなく、さっきから子供たちにチラチラと見られてるしな…
「…非常に居辛いんだが、やっぱり疎まれてるか」
「あんたのその格好がレアなだけよ
半年ぐらい一緒にいたけど、あんたがお洒落してるところ今日初めて見たわ」
「似合わないってことか」
「い…いいんじゃないの
いつもの暗い印象がだいぶマシになってるわ
今度からその格好で来なさいよ」
「あは、二乃からOKが出るなんてよっぽどじゃん」
「うっさい、比較的マシになっただけッ
馬鹿みたいに見惚れてるのは三玖ぐらいよ、一緒にしないで」
「み、見惚れてなんかないっ」
「にしては距離ありすぎでしょ、ほんとお子様ねー」
「こ、これはフータローが座りやすいように…
普通にできる、ほらっ」
二乃のお墨付きだと…身内贔屓もあるのだろうが、正直意外だった。
…つまり、あれか。これは単に見違えた俺のこの姿が物珍しくて気になる、と。
何だ、思っていた以上に初心な奴らだな。まだまだお子様だと煽り半分、少し嬉しかったりした。
変に意識してしまっていると二乃から暴露されて三玖は反抗し始める。
意識していないと否定して、間を開けて座っていた三玖との距離が近づいた。意固地な奴。
「らいはお姉ちゃんが選んだのよね? 良いセンスしてる、流石だわ」
「お兄ちゃんいつも地味で安いのしか買わないからね、説得するのに苦労したよー」
続いて今度はこの服をチョイスした張本人に視線が向く。
興味があるようで五つ子に問われるとらいはは事の経緯を説明した。
「去年だったかな…私が飲んでて、そのお店からお兄ちゃん家が近かったの
泊まらせてもらう流れでお兄ちゃんに迎えに来てもらったんだ
…でも…その時に友達のほぼ全員に言われちゃったんだよね…」
「…い、嫌な予感がしますが…何を言われたのでしょうか…?」
「お兄さん、地味だねーって」
「「「「「あぁ…」」」」」
「納得しちゃうのね…当時妹は悔しくて泣きそうでした」
「嘘つけ、帰ったら愚痴りながら飲み直してただろうが」
「あんた、ちょっと黙ってなさい、今良いところでしょうが」
「良いところなのか!? 俺がこっ酷く貶されてる話なんですけど!」
「フータローはカッコいい、今でも十分」
「そうなんだよねー
内面はともかく、別に悪くはないし…彼女ももっと早くできるはずなのに」
「…彼女は…
そこまではカッコよくないと思う」
「あんたも面倒臭いから黙ってなさい」
五人揃って頭痛を抑えるような顔をされてしまった。地味で悪かったな。
今日は散々な日のようだ。昨日といい、先週の結婚式といい…ここ最近不運続きだ。全部恋愛絡みなのが憎い。
女子トークに混じるのは愚かな行為でしかない。大学の飲み会で散々経験している。黙って2杯目のコーヒーを注文する。
盛り上がっているのは確かなようだ。らいはは拳を握って当時の不満を吐く。
「もう私カチーンときちゃってね
だから見せつけちゃいました、お兄ちゃんお洒落バージョン!」
「上杉さんお洒落バージョン…!」
「また飲み会があって、迎えに来てもらったんだよ!
いつものバイクに跨って再登場!」
「そ、それで結果はどうでしたか?」
「ふっふっふ
メアド教えてって言われたけど全部断ってやりました」
「ナイスお姉ちゃん」
「なんかスカっとしたわ」
「卑屈すぎるだろ」
おまえら全員地味で納得していたくせに…これ以上は黙っておくべきか。
汚名を返上したことに喜ぶ女子の隣で、何やらご立腹になりつつある末っ子がいた。
「子供っぽいですが…人を外見で判断するような方が上杉君と仲良くされていたら…
…やっぱりムカつきます
母と正反対ですし、断固拒否です」
「私も五月と同じ! 上杉さんには良い人と幸せになってほしいもん!」
「…なんか、余計にお兄ちゃんの婚期遠のいてる気がしてきた
ハードルもうちょっと下げてもいいよ? 高望みは自滅しちゃうって」
「いけません、少なくとも上杉君を心身共に支えられる方でないと」
「私より姑しちゃ駄目だよ五月ちゃん…」
姦しくヒートアップする女性陣を眺めつつコーヒーが届いて口にしていると、さっきから黙っている三玖がこちらを見つめていた。
…意識していると見て分かる態度だが、それを隠せない自分自身が恥ずかしいようで。さっきから忙しない様子だった。
いつまでも無言のほうが居た堪れないらしく、三玖はゆっくり口を開いた。
「フータロー、ピアスもしてるんだ」
「あ、ああ…つってもこれは子供の頃もしてた」
「…」
「…若作りに見える? 似合わないか?」
「まだ20代でしょ」
「まだ20代だ」
「…似合ってる、けど…フータローっぽくない」
「同感だ」
「た、たまになら良いと思うけど…
外に出る度にそれだと…ちょっと困る」
「そうか」
「うん…困るから、たまにで」
「そうする」
三玖にとってはお気に召さないようだった。控えめな男が好みのようでお断りされてしまった。
三玖から声をかけられたのが良い頃合か。
恐らく気にかけていただろう…礼の話をするか。
「三玖」
「…っ…うん…なに…?」
あまり大きな声だと外野が喧しくなる。今はらいはの思い出話に五つ子の興味が向いている今がチャンスだった。
三玖の耳元に手を沿える。三玖は最初は驚くも、意図を察してくれておずおずと身を寄せてきた。
内緒話。ほんの少しの背徳感が心臓の鼓動を早める。素っ気ない態を装う三玖の顔は赤かった。
「デート、するか?」
「!?」
わかりやすっ ついでに周りにバレるだろ。
三玖はより一層頬を赤らめて勢い良く振り向いてきた。
お陰で俺の指が三玖のヘッドホンに当たって音を立てた。
異音を耳にした姉妹四人とらいはから注目を浴びてしまった。
…話はこれまでのようだ。やってしまった、と三玖は右往左往し、俯いた。
こうも視線を集めてしまったら三玖から答えを聞けるわけがない。
しかし、屈んでいた身を離すと、袖を引っ張られた。
視線を戻せば、三玖が俺の目を見据えて、震えながらも口を開いた。
「…す…
す…」
「…」
「…する…
しよう、デート」
「…マジか」
まさかの事態。あの三玖がデートを求めるとは。
いや、俺もそう軽い男じゃないし…経験は少ないが…客観的に驚いてしまう自分がいて、呆気に取られていた。
「お、お願いします」
「あ、ああ…なら、どこか希望はあるか?」
「…あ、ある
私が決めていいのかな…?」
「ああ、構わない…元よりおまえの好みを知る為の電話だったし」
「…なら」
お、おお…今日は押しが強い。戸惑いよりも、日頃謙虚な三玖の変化に感心してしまう。
デートを希望して、場所までも選んでくれるとは。その勇猛な振る舞いに女子五人は固唾を呑んで見守っていた。
「遊園地とか? 昨日は三玖も珍しくはしゃいでたし」
「定番のランドでしょ」
「他には…スポーツジムとかかな」
「食べ歩きするだけでも十分楽しいですよ」
「というか…私たちにプレゼントしてくれるって話どうなったのかな」
「私ランド希望しておくわ」
「ふ、二人きりで行くのですか?」
「げ、そ…そうなるのね…息が詰まるから無理無理無理」
「私は上杉さんとロードバイクでキャンプとか行きたいなぁ」
「一応考えておこっか、三玖だけずるいもんね」
「こら、静かにして」
訂正。黙って見守る気はなかったようだ。
各々希望を述べているが、おまえら俺とらいはの電話を無視しやがったから無効だ。
あの三玖がデートすると聞いて黙っていられない気持ちは分かる。らいはに指摘されると茶化さずに見届けていた。
果たして三玖はどれを選ぶのか。
五つ子の好みは五人五色。聞き逃さないように三玖の答えを待つ。
視線を泳がせていた三玖は、答えを決めた。
また恥ずかしがって俯くのかと思っていたら、ふっと笑っていた。
「フータローの家がいい」
「…」
貧乏人にとって娯楽ほど贅沢で無駄なものはなかった。そんな高校時代を俺は過ごしてきた。
そして、三玖を含め五つ子たちもまた、小さく狭い家で母親と暮らしていた。
多くは望まないのはわかっていたんだ。
「…わかった、任せろ
おまえを楽しませてやる」
「…っ」
四人が言っていたように、楽しめる場所は他にもあるだろう。その贅沢な一時を既に体験しているのなら、選びたくなるだろう。
気を遣わせているのだろうか。金のかからない場所を求められると、男の甲斐性のなさを指摘されているようなものだ。
しかし、気を遣うなと咎める言葉は消え失せた。
「待ち遠しいな」
恥ずかしげに。これだけで十分だから。ここに行きたかったんだ、と。
頬を赤らめて、やっと言えた…と小さくも掛け替えのない達成感に微笑む女が…いじらしかった。
思い出話を一つしよう。
十年前、三玖と最後のお別れをした日だ。
あの子が望んでいた、白い雪で作ったかまくら作り。
小さな穴の中で座り込む俺の腕の中で、三玖は物珍しそうに完成したかまくらを堪能していた。
くらい、でもあったかい。三玖は楽しげに笑ってくれたな。
今を楽しみ、これからも、ずっと一緒にいられると信じていただろう。
お嫁さんになりたいとまで言ってくれた子供に、お別れになると告げた日だ。
「フータロー、いっちゃうの?」
「…ああ
いつかお別れになる、ずっとは遊べないんだって教えたことがあったよな」
「…もう、あえないの?」
「段々と、会う回数は減っていくだろうな
俺も今年から受験だ、忙しい
…幼稚園の迎えも必要ないしな」
「…」
かまくらの中は温かい。それでも三玖は寒さから抗うように、俺の手を掴んでしがみついてきた。
当時の俺は、どう話したらいいのか、上手な言葉を選んでいた。
だが結局、傷つけることには変わりないと知って諦めた。
泣きそうな子の髪を撫でていた。
何も寂しがることじゃないんだ。これから楽しい人生が、新しい友達が待っている。
悔やんで泣いてばかりじゃ誰も近づいてくれない、何も掴めない。だから背中を押してやりたかった。
こんな拙い男でも、おまえと出会えて良かったと思っている。
それでもやはり、小さな子供は…嫌な現実には泣いてしまうほど弱くて。
「やだ…もうあえないなんて、やだっ…!」
「三玖、人は…いや
俺も、おまえの母親も、らいはも
出会って、別れて、それを繰り返してきた
でもな、寂しいって気持ちは誰かが必ず助け出してくれるんだ」
「やだっ! やだやだっ! やだぁっ!」
子供が大人に縋る様は、いつ見ても痛々しいものだ。
小さなかまくらの中で、三玖の泣き声が反響する。
手放せば終わりだと分かって、三玖は懸命に掴んでは離さない。引き止めようと精一杯願いを叫ぶ。
「たすけてくれたの、フータローなの!
いっしょにいるって! いってたのにぃ!」
「…三玖、俺はな、酷い奴なんだ
おまえの知らないところで、いっぱい悪口も言ってきた、酷いこともした
おまえにはもっと…優しくて、おまえの悪いところを肯定して
ちゃんと手を掴んで、引っ張ってくれるような
そんな男が似合ってる」
もう涙と鼻水で崩れた泣き顔で、行かないでと三玖は必死に掴んでくる。
無垢な子供を期待させておいて裏切るような、そんな悪い男に捕まっちゃもったいないぜ。
五つ子全員に言えるが、もし俺と同い年だったら…俺は嫌われていただろうな。
子供は大人の都合に逆らえない。恩師との約束の為に俺は愛らしい五人の子供を切り捨てることを選んだ。
三玖はただ泣くことしかできない。
甘い戯言を囁いても、認めようとしない頑固な子供だった。
その根源が好意だから、三玖は諦めようとはしてくれなかった。
「フータロー…ふーたろぉ…!
ぐすっ…ひぐ…あぁああああっ!」
「…良かった
以前のおまえは泣きもしなかったよな」
以前の、自分に自信が持てない頃の三玖だったら。
きっと、恩師に抗議して…あともう少しだけ、こいつの傍で見守っていたかもしれない。
「置いてかれるのが怖かったんだよな
足、遅いもんな…まったく」
「ひぐ…うぇぅ…」
不要な物は捨てていけ。呪詛のような己の言葉が蘇る。
こんな小さな子供にそんな惨いものを押し付けている自分が情けなかった。
だから、こんな俺に振り回されることなく…強く生きてほしい。
泣いて、必死に泣いて、諦め切れない子を抱きしめる。
辛い思い出よりも。もしこの先俺のことを思い出してくれるのなら。
その時には笑っていてほしい。
「大丈夫さ、三玖
今は置いてかれて、寂しくても、おまえには家族がいる
…好きな人もできるさ
そいつはちゃんとおまえを待ってくれるから
おまえだけを求めて、おまえが求める人と出会えるはずだ」
「…う、ぅ…フータロー…ッ」
「もう、転ぶんじゃないぞ」
もう見守る役目はなくなってしまった。
その後の三玖の心情は窺い知れない。
結局、三玖は泣き疲れて眠るまで…俺を掴む手は離さなかった。
俺の腕の中で、目元を腫らして眠ってしまっていた。
夢を見る小さな子供を背負って、母親の腕の中へ返した。先生は頭を下げてお礼を言ってくれたっけな。
それから四葉、五月にも別れの言葉を済ませて…思い出は終わった。
思い出の次に目にしたのは、恩師の亡骸の傍で泣き崩れる五つ子たちの姿だった。
過去の繋がりなど無いに等しいだろう。二乃からは…母親が孤独死した原因は俺にあると詰め寄られたしな。
三玖は覚えてくれていたが、どれほどの影響力があるのか。
その答えはまだ、彼女からは得られていない。
「よう、よく来たな」
「や、約束の日だから…デートの」
もう会えないことにわんわん泣いていた子供は、今は高校生。
玄関のドアを開くと、着飾った様子で頬を羞恥で染める三玖が待っていた。
お家デートを希望され、今日を迎える。
お早い到着で、今の時刻は10時。気合入っている様子だった。
もう…一方的に別れを告げたとしても、家に押しかけられてしまうな。子供のほうが可愛げがあるってもんだ。
「どうした、上がってこいよ」
「…その」
「?」
ドアを開いて、もじもじと居心地悪そうにしている三玖を中に招いているのだが、一歩も前に進んでいなかった。
この期に及んでお断りされるのだろうか。初心な奴には初っ端からお家デートはハードル高かったかと苦笑してしまう。
だが、勘違いだったようで。
あの日、俺との別れに最後まで抗っていたのは…何も三玖だけではなかった。
「じゃじゃーん!」
「お邪魔するわ」
「…」
「…」
…お節介極まりない姉二人が…一花と二乃が開いたドアから顔を覗かせていた。
「ごめん、フータロー…その、私…呼んじゃった」
「…まさかデート同伴がルールか、五つ子」
「二人っきりでお楽しみのところ残念だったわね」
「ごめんねフータロー君、三玖にはのんびり、ゆったり仲を育むのが良いと思って」
「何を危惧しているんだ、チビっ子共…」
過去の俺の言葉は合っていたようだな、これほど世話を妬きたがる家族が妹を見離すことはなかっただろう。
変にデートを意識して、姉二人に頼ったようだ。困った奴だ。
仕方なく了承して、追加の二人を招いた。許可が下りた二人は立ち竦んでいる三玖の背中を押していた。
調度良かったんじゃないか。三玖にはこのくらいが…デートと言ったが、どこまで本気なのかまだわからん。
ずっと支えてくれていた家族がいれば、三玖も気兼ねなく過ごせる。
三玖が無理せず笑っていられるのなら、それが一番だろう。
「今日は一日よろしくね、フータロー」
「ああ」
三玖は今日この日に何を期待し、俺はその期待に応えられるのか。
無粋な姉二人がそれを見極めてくれるらしい。賑やかなものだ。
ただ、もしも望んでいいのなら…あの時泣かせてしまったこいつの気持ちを汲めるような。
そんな優しい一日を過ごせますように。子供に無責任にも押し付けた…甘い戯言を叶えてみせよう。