五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の教え子 ヤキモチランナー

 五つ子の四女である中野四葉はお人好しで朗らかに笑う子だ。

 

 普段からニコニコと笑顔を絶やさずその場の雰囲気を和ませ、アグレッシブに活動する頼れる存在だ。

 

 人助けという面倒事が趣味なのか、困っている人には積極的に声をかけていくことで学校内では運動部の助っ人としての名声を高めている。

 

 お陰で放課後のあいつは多忙な身の上である。もはやご当地ヒーローといった感じ。過剰に運動面に優れているところが性質が悪い。

 

 仮に俺とあいつが同級生だったとしたら、絶対に反りが合わないだろう。俺は絆されないからな、あんな脳筋馬鹿に。

 

 学生当時の俺は他人を毛嫌いしていた性分なので、四葉のその心中は心底理解できず。

 

 しかも俺があいつを呼び出せば既に周りの連中が予約済み。待ち時間が一日を超過する時もあって、肝心な時に逃げられる困った生徒だ。

 

 何せ、他人に目を向けてばかりのお人好しの化身である四葉は…五つ子の中で成績は最下位だ。

 

 土日の勉強会には比較的顔を出してくれているのに、2、3日目を離すと溜め込んだ知識が日々の労働で吹き飛ぶらしい。そしてその危機感もないとのこと。

 

 四葉から口煩い保護者だと嫌悪されているのなら割り切っていただろう。俺もあいつの高校生活に深く干渉したくはない。

 

 だが…四葉は…一目見ただけで分かってしまう程、この上杉風太郎先生を慕ってくれているらしく。

 

 思い出のお兄ちゃんと再会できたことに、歓迎の声を逸早く最初に伝えてくれたこともあって…放っておけるはずがなかった。

 

 結局は四葉に振り回され、小言を述べてはあいつに逃げられる。そんな日常を繰り返している。

 

 

 

 ご自慢の生徒ですね、なんて運動部の顧問にお褒め頂いた四葉を職員室に呼び出した時の話だ。

 

 

 

「やれやれ

 運動部の助っ人を兼任どころか、大会全制覇したと聞いて頭が痛くなったぞ、四葉」

 

「えへへ、上杉さんに応援していただけるといつもの何倍も頑張れちゃいますから

 今季の四葉は一味二味違いましたね!」

 

「…今度の朝礼の表彰式、おまえ3回も壇上に上がるらしいな

 チーム戦と言えば響きは良いが、実態はおまえの独壇場じゃねえか」

 

「壇上なだけに!」

 

「…」

 

「…

 壇じょ――」

 

「おまえが壇上に上がるに連れて、小テストの点数が下がっているから頭が痛いって言ってるんだよ」

 

「そ、それについては…振り切れる科目にも限りがあると言いますか」

 

「体育極振りなのは構わんが、他の学科がボロボロなんですけど」

 

「…これはもはや、私は運動一筋で生きていくしかないですかね」

 

「生きていけたらいいよなー

 その前に3年に進級して卒業を迎えられたらいいなー」

 

「ご、ごめんなさい!

 助っ人頼まれると断れなくてですね…!

 こんな私でもお力になれるのなら、全力でお応えしたくて…!」

 

「前も聞いた

 もう先生知りません、説教するのも疲れてきた…」

 

「そんなぁ…見捨てないでくださいぃ…!

 テスト前に上杉さんに教えてもらえば大丈夫だと思ってたんです、ごめんなさいぃ!」

 

「…俺頼みかよ、まったく」

 

 

 

 もはや常習になりつつある五つ子の職員室呼び出し。問題児を抱える教師には慣れた日常で、ちらほらと苦笑する教師陣が見えた。

 

 運動面で大いに活躍する中野四葉は…誤魔化さずに言えば成績不良。運動馬鹿である。

 

 普段は明るい笑顔でチームを引っ張るエースと賞賛されているが、教科が変われば顔を青褪めて項垂れていく補欠組である。つまり赤点常習犯。

 

 ニコニコ顔が一転、あたふたと涙目になる哀れな生徒が教師に縋っている。谷底に突き落としはすれど、どうしようもない奴の悩みに向き合うのが教師である。

 

 

 

「…おまえにスポーツの才能があるのは誰の目から見ても明らかだ

 素養はある、後は技術を補えば…オリンピック選手とまではいかなくても

 江場先生のように教職やインストラクターの道などを視野に入れておけば、そう仕事に困らないだろう」

 

「はぁ…

 でも厳しいとは聞きますよ、お金もなかなか稼げないとか」

 

「…」

 

「オリンピックなんて夢のまた夢ですよ

 子供の頃から一つの競技に人生を捧げた人たちが、小さな枠を競い合って挑戦できる偉人の職業なんですよ」

 

「…」

 

 

 

 貶してばかりでは可哀想だと思って、持ち上げた話題を振ってみたら…冷静に返された。何を戯言を…なんて顔で横に振っている。

 

 アウトドアとインドア。業界が違うと得て知る知識も様々で。交じり合わない油と水のような関係でもあって。

 

 …理解が乏しいことこの上ないですねー なんて露骨に冷やかしの視線を向けられるとむかっとするぜ。

 

 

 

「しかも、引退して全く関係ないお仕事に就く選手もいっぱいいますよね

 私にできるとはとても…」

 

「分かってるのなら学力にも目を配るべきじゃねーのか

 何だったんださっきの俺のフォロー、台無しにしやがって、嫌がらせか」

 

「まだ高校2年生なのに進路のお話は勘弁ですのでお願いします許して下さい」

 

「五月を見習え、あいつはもうオープンキャンパスをハシゴしてるんだぞ」

 

「…それって上杉さんとでかける口実じゃん…デートコースじゃないですか」

 

「そういうデートなら、俺はむしろ歓迎してるぜ」

 

「はい! なら四葉もいきます!」

 

 

 

 ならって何だよ…デートとは名ばかりの人生相談みたいなもんだぞ。

 

 そもそも陸上に関する進路相談なら江場のヤツに言えばいい。おまえを絶賛していた陸上部顧問だ。そっちのほうが知識面は勝っている。

 

 だというのに…手を真っ直ぐに上げて期待の眼差しを向ける四葉。やはり五つ子、その熱意は五月に似て静まりそうにない。

 

 

 

「…大学、目星つけとけ」

 

「ほ、本当にいいんですか? やったぁー!

 三玖にも情報共有しておきます」

 

「ややこしくするんじゃねぇ…」

 

 

 

 効率や適材適所なんて度外視な四葉は両手を上げて喜びを露わにする。リボンを揺らして職員室で跳ね回っている。体育系の大学を調べておかねえと…

 

 こいつらの相手をすると、身内贔屓をしているとあらぬ噂が広まってしまう。

 

 その誤解を生む筆頭がこいつ、四葉だった。何でって一番テストの点数低いからだ。三玖もまた然り…あいつは成績とは別の理由だが。

 

 四葉の運動神経は抜群で、同学年だけでなく上級生の記録を超えて活躍している。大学からも一目置かれ、3年になれば推薦の枠を得られるかもしれない。

 

 陸上だけでなく他の競技の大会でも助っ人として借り出され、オールマイティでエースの座をコンプリートしている本校の期待の新星である。

 

 その大会には俺も度々顔を出して応援している。観客や対戦相手が四葉に注目し感嘆とした声を上げる光景は少し心地良いもので好きだったりする。

 

 逆に俺が行けなかった際は、その日の夜に長々と四葉の感想を聞く事になる。普段は礼儀正しく控えめなくせに、しつこく自己アピールを迫ってくるのだ。

 

 その理由はごく単純なもので。その根源たる感情は…もうしばらく四葉に必要なものなのかもしれない。

 

 今まで向けられなかった、家族や他人へ向ける気持ちだから。彼女が飽きるまで、満たされるまでは付き合ってやろうと思っている。

 

 その理由となった経緯を話すとしよう。

 

 

 

 四葉がまだ高校1年生の頃。スポーツの秋ということで、四葉から陸上部の大会があると電話で知らされた日の話だ。

 

 

 

「夜分遅くに失礼します、上杉さん

 私、今週の土曜日は陸上部の大会があるので勉強会参加できなくて…」

 

「ん? 今週は勉強会はなしだって言ってなかったか」

 

「あれ? そうでしたっけ?

 すみません、私の早とちりでしたか

 あぁ、でもよかった

 元からないのなら心置きなく大会に行けますね…あぁよかった…」

 

「ふ…何だ、ただ断るだけでやたら緊張しているようだが

 そんな弱腰じゃ惨敗しそうだな、勉強していた方が有意義なんじゃねーか?」

 

「んなっ ちゃ、ちゃんと勝ってみせますッ

 日頃の成果を発揮して――え、どうしたの三玖?

 あ、お風呂…

 え"  お、お友達だよ! 学校のお友達! すぐに入るよー!

 ――すみません、お風呂の番回ってきちゃいました」

 

「…ああ」

 

「上杉さん、それではまた来週お会いしましょう!」

 

「はいはい…おやすみ」

 

「…えへへ、電話越しだとなんか…レアです

 おやすみなさい!」

 

 

 

 普段、緊急の要件がなければ電話などしない五つ子との関係。ただの日常の挨拶を口にしただけで四葉は快く返してくれた。

 

 学校が違う者同士、出会える日は週末の休日くらいだ。そのような希薄な関係から、土日は大体が五つ子との予定で埋まっている。

 

 しかし今週に限っては俺に外せない用事ができてしまい、主催者がいないということで中止することになった。

 

 そして当日。俺はその用事の為にスーツを羽織って会場に辿り着いた…のだが、妙に覚えのある声が飛んできた。

 

 

 

「あー!? やっぱ上杉さんいたーっ!!」

 

「あ? ぐはっ!?」

 

 

 

 紅葉や銀杏が秋の風と一緒に吹き飛んでいく中、地に落ちた葉っぱを舞い上がらせた突進をもろに食らった。

 

 こんなことを平然とするヤツは俺の人生の中で極一部に限られる。

 

 そしてこの力技…女子相手でも掴まれたら剥がせないこの感覚はたった一人。

 

 

 

「よ…四葉? おまえの大会ってここだったのか

 つーか、競争する前に全力疾走するなよ…息切れてるじゃねーか」

 

「こ、これは…っ

 ちょっと、持病といいますか、アレですよアレ、条件反射的な」

 

「血の臭いをかぎつけた鮫か…走らないと死ぬのか

 しかし、まさかばったりでくわすとは…って、随分と張り切ってるな

 リボンの位置ずれてるぞ、少しは落ち着け」

 

「あはは…かたじけないです

 見失う前にって思ったらつい走っちゃって」

 

 

 

 突撃をかまし、無礼をしでかしてきたのは四葉だった。このノリは小学生の運動会のそれに近い。アレって何だよアレって。

 

 身嗜みには気を遣う子でも、突然の走り込みで髪が乱れリボンがずれていた。

 

 変に曲がっているとらしく見えないので、渋々そのリボンを手直ししてやった。

 

 

 

「上杉さん、応援しに来てくれたんですね

 もう、いつもは私に格別冷たいくせに…

 飴と鞭を理解しているとは…やりますね、四葉感服です」

 

「え? あ…あー…

 すまん、四葉…今回は別件で」

 

「別件って…ふっふっふ

 この会場で、走ること以外に何をする気なのでしょうか

 その程度の照れ隠し、お見通しですよ上杉さん!」

 

「いや、学生のおまえらはそりゃあ…走ること以外やることねーだろうけどよ…」

 

「…」

 

「…嬉しそうだな、おい」

 

「ちょっと…にやけるのが止まりません

 それも上杉さんですし、今日は最高の勝負日和です! 俄然やる気出ましたぁ!」

 

「俺はもう心が痛くて居た堪れない…」

 

 

 

 人が説明する前に有頂天になってやがる。お陰で後ろめたくて事情を打ち明けづらい。

 

 今日は関東の高校陸上部が集る大会の日。朝から競技場付近は高校生だらけで忙しないわけで、立ち話しているほど暇ではない。

 

 

 

「上杉せんせー 部員全員集りましたー!」

 

 

 

 運動部の溌剌とした声は外野の声だらけの中でも行き届く。

 

 振り向くとジャージを来た女生徒が手を振っていた。服装から見て分かる、俺の学校の生徒である。

 

 身内と和気藹々としている様を見られると恥ずかしいので、四葉を引き剥がしておく。

 

 

 

「…部員? 先生?

 あれ、上杉さんって陸上部の顧問とかだったりします…?」

 

「…顧問が急遽不在になって、俺が代わりに引率を任されている」

 

「あー つまりお仕事ですね、義務でしたか

 お仕事いつもお疲れ様でーす」

 

「…」

 

「…

 えぇえええええ!?

 じゃあさっきの私、ぬか喜びじゃないですかっ!!

 何でですかぁ! 四葉の応援に来てくださいよお兄ちゃん! 四葉のぉ!!」

 

「うお!? おま、急に何だっ 子供みたいに我侭言うなっ!」

 

「普段子供扱いするくせにぃ!

 う、嬉しかったのに! さっきの幸せは何だったんですかぁ…!」

 

「う、上杉先生…お知り合いですか?

 旭の子…ですよね

 というか…上杉先生、キャラ変わってるような」

 

「す、すぐに向かうから集合場所で待機しててくれ…」

 

 

 

 こいつ、駄々をこねるのは良いが俺の社会人としての立場を壊してくれるな。篭絡されてはやらん。

 

 普段鬼教師として恐れられたりする立場なのだが、まだ教師として若い俺にとっては良い加減な威厳にもなっているんだ。潰されると困る。

 

 遊んでばかりいられるわけがなく、続いて走って現われた女生徒が申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

 

 

「あの…上杉先生、すみません

 一年の子が体調崩しちゃってて」

 

「先生、今日はうちの顧問の代行なんだから

 こっちに来てくださいよ」

 

「あ、ああ…わかった」

 

「よ、よりにもよって女子陸上部じゃないですか…

 今日の敵だし…上杉さんも敵だし」

 

「四葉、すまないが…これも仕事だ

 今日俺たちは会わなかったということで、忘れようぜ」

 

「…上杉さん、どっち応援するんですか?

 私とあの方々」

 

「…まあ、仕事だし

 それに俺の教え子でもあるから」

 

「…ぐ、ぐぬぬぬ…」

 

 

 

 生徒に呼び出されその場を後にする。心底納得いかないといった四葉を置いて。

 

 歩んで四葉と離れて行く中、あいつはずっと立ち続けて俺のほうを見ていた…と思う。遺恨が残りそうだな…

 

 身内に気を遣ってばかりではいられず、電車酔いした生徒の看病を含めて生徒たちの引率で手が離せなかった。

 

 だがそんな最中でも、遠目で四葉の学校の女子陸上部の姿が見て取れた。相変わらずあいつは仏頂面で、周りの生徒たちが心配そうに声をかけていた。

 

 

 

「お相手が2年の先輩方なので…1年の私は穏便にいこうと思いましたが

 もう頭に来ました、全面戦争です

 全力出します」

 

「え? 中野…さん?」

 

 

 

 えらい睨まれていたがもう諦めた。この距離でも俺を視認している身体能力が恐ろしい。

 

 数々の競技が執り行われていき…迎える徒競走、200m走。

 

 俺の生徒の他に四葉も出場するようで、上級生である2年が並ぶ横で位置についていた。

 

 昔は「位置について」「用意」から走っていたが、最近では英語で発声されるらしい。彼らが走り始めた瞬間を見逃してしまっていた。

 

 同速のように見えていた選手たちから…一人ずば抜けて群から抜け出ていった者がいた。

 

 

 

「あいつ…はっや…」

 

 

 

 見間違いようがなく、一位でゴールしたのは中野四葉。恩師の娘だった。

 

 200m走の女子日本記録は確か22秒か23秒だと聞かされたが…それに近い記録が出てるんだが…? 会場がどよめいてるんだが?

 

 四葉に声をかけて真相を問いたくなったが、ひとまず…膝を曲げて露骨に落ち込んでいる我が校の生徒が心配であった。

 

 

 

「何よあの子ぉ…もうオーラが、隣で怖い顔してオーラが…

 こ、怖かったぁ…そういう勝負じゃないからこれぇ…

 陸上の鬼神とか、もうそんなレベルだよ…1年生とか絶対ウソだよ、偽装だってば

 日本記録とか化け物じゃん…」

 

「…あの…上杉先生ってあの子とお知り合い…なんですよね?」

 

「…身内がすまない…」

 

 

 

 四葉の隣で走っていた子がガン泣きしている…配置についた時には既に、四葉の不機嫌MAXな怒気に蹴落とされていたらしい。

 

 走っているあいつの姿は普段の和やかな雰囲気は一切ない、真剣そのもので勝利を掴み取る鬼のようだった。

 

 その本人が他の選手に紛れてこちらを見ていた。何をしているのか、俺も目を配ると視線が衝突した。 

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…ふんっ!!」

 

「いや、子供かよ…

 そんなに応援してもらいたかったのか…姉妹呼び出せよ」

 

 

 

 そっぽを向かれ、リボンを揺らして退場して行った。人騒がせな四女だ。俺の生徒を泣かせやがって…

 

 機嫌を損ねたのは明白。俺がわざわざ応援しに来たと勘違いして、上げて落とされたと知って羞恥心もあったのだろう。

 

 和解が必要だと思い、大会閉会後に四葉と話をしようと思ったのだが…見つからず。

 

 色々と聞き回って、最終的に辿り着いたのは…いつぞやの公園のブランコだった。

 

 

 

「ここにいたのか…好きだな、おまえ」

 

「う、上杉さん…」

 

「探し回ったぞ、電車に乗ったことを知らなければ延々と会場の周りを探っていた」

 

「…何の用ですか、裏切り者ぉ…」

 

「根に持つな…

 あいつらに結果報告していないんだろ、一位取ったのにもったいない

 二乃に教えたらお祝いするって張り切ってたぞ」

 

「…もう気分失せちゃいました…

 誰のせいか分かってますよね」

 

「今日のおまえ、すこぶる機嫌悪いな」

 

「悪くもなりますよ…っ」

 

 

 

 勘違いして八つ当たりされても困る。女子高生の心情は複雑なようで、ギコギコと立ち漕ぎでブランコが揺らされていた。

 

 四葉の気が収まるまで、その鎖が静まるまで隣のブランコに腰かけて見つめていた。四葉は時折俺の視線を見て、空を見上げて誤魔化していた。

 

 

 

「とう…っ」

 

「…」

 

「記録は…イマイチですね…」

 

 

 

 ガシャンガシャンと耳障りな音と共に、四葉は華麗に着地を決めた。

 

 だいぶ飛んで行ったが、四葉はお気に召さなかったようで地面に付けた痕を踏み荒らして消していた。

 

 気が済んだとなれば、四葉はこの後帰ってしまうだろう。閉ざしていた口を開けて…そろそろ言わないといけない。

 

 

 

「…あー その…何だ」

 

「…」

 

「…優勝おめでとう

 おまえ、凄いな

 あんな走り…あんな真剣な顔して走るんだな」

 

「怖いとか思ってませんか…先輩方に言われたから自分でもわかってますよ」

 

「鬼気迫ると言った表現が似合うな…あれは」

 

 

 

 可憐な女子高生を目指しているのなら、即改めるべきだと咎められるものだが…その必要はないだろう。

 

 四葉とて落ち込んでしまうだろう。現に今俯いているし。

 

 しかし、率直な感想を言わせてもらえれば…

 

 どこか母親に似て真剣で、真っ直ぐに前を向いて一直線に目指す姿は…見惚れるほどに。

 

 

 

「…かっこよかったぞ」

 

「…そうですか」

 

「詫びも込めて何か祝いたいんだが…何か希望はないか?」

 

「…サプライズとかないんですか、まったくもう」

 

 

 

 やはりお気に召さないらしい。何の手応えも得られず、四葉は俺を置いて公園の出口へ向かっていく。

 

 運動神経の良い子だ。急な方向転換は軽やかに、踵を軸に踊り子のようにいじらしく回って…俺へ視線を返す。

 

 

 

「と言われても…何がいいんだろ

 …何がほしいんだろ、私」

 

「…」

 

「…では

 褒めて…ほしいです

 このままでも良いんだって、確証が…安心すると思うんです」

 

 

 

 考えすぎると妙な事に突っ走ってしまう子だ。

 

 手にした成果を評価して、成功したら褒められて、失敗したら怒られて。この子が求む対価を誰かが払わないといけない。

 

 俺はブランコから立ち上がり、四葉の頭を撫でた。

 

 

 

「よく頑張ったな」

 

「…はい」

 

 

 

 …やはり、まだまだお子様だ。

 

 と一括りに完結できればどれほど楽だったか。これまでの道のりを思い返せばこいつの面倒臭さはそんな一言で片付けられなかった。

 

 

 

「仕方ねえ、サプライズ考えとくか

 今日は二乃が飯作ってくれてるんだ、帰って報告してこいよ」

 

「あ、上杉さんも来てくださいよ

 五月や三玖は勉強会なかったの残念がってたので」

 

「ああ…ならご相伴に預かるか」

 

「ついでに、上杉さんが裏切ったことも教えとかないといけないしー」

 

「…根に持つな」

 

「ししし」

 

 

 

 人を困らせることに、じゃれつくことに嬉しそうに笑う四葉は俺を置いて走って行った。

 

 見守っていると、向こうから「早くー」と手招きされてしまった。仕方なく小走りで合流するしかなかった。

 

 社会人になれば理不尽も、不釣合いな対価など山のように積もっていく。

 

 高校生でも…いや、学生には彼らなりの独自の悩みがある。四葉もまた同じく、甘えてばかりでは他者とは見劣りされてしまうだろう。

 

 だが、いつかおまえが誰かに与える時。この思い出が必要だと言うのなら、誰に咎められようと今は精一杯子供扱いしよう。

 

 間違った方向に進まないこと。それはとても難しく、一人では辛いから。

 

 それを知っている四葉はきっとその先。彼女が求める者に求められ、愛され、小さな約束でも両手一杯に抱えて。

 

 面倒くせぇことに…対等になったその先に、やっと四葉自身の願いを口にしてくれるだろう。

 

 その時には。四葉が選んだ者がその願いを叶えてくれることを…多少不服ではあるが、彼らの幸せを祈ろう。

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