かれこれ教師となってから、誰かを乗せて車を運転する機会は多かった。
相手が教え子だったり、そのご家族なり、職場の先輩であったり。
しかし俺はマイカーを持ち合わせてなく都度車を借りていた。都内での生活ではバイク一つで十分だったのだ。
その反面、五つ子と再会し、五人も乗せて遠出する機会が急増したとなると…そろそろ車を買うべきなのか。ここ最近の悩みの一つである。
「あはは、皆寝ちゃってるよ」
「ああ…平穏で何よりだ、行きの最中に騒いでたら夜まで身がもたねえ
おまえも寝てていいんだぞ」
「んー フータロー君が私の寝顔に見惚れて交通事故を引き起こす可能性が」
「減らず口を…今更珍しくも何ともないだろ、おまえの寝顔なんぞ」
「そんなこと言える男性は世界にたった一人、君だけだよ」
「何だその臭い台詞は…授業中に寝てる奴が言える台詞かよ」
「何だかんだ飲み物取ってあげたり、話し相手になってあげるの嬉しいでしょ」
「…そういうことにしておく」
「ふふふ」
まだ空が薄っすらと明けかかっている早朝、珍しく寝惚けずに起きている一花を横目に俺は車を運転していた。
パークの開演前からあの長蛇の列に並ばないといけないので、朝早くに起きてレンタカーを走らせている。
助手席には五つ子の長女が座り、残る四人は後ろに座っているのだが…どうやら眠気に負けたらしく、あどけない寝顔を晒している。
惰眠を貪ることに関しては姉妹の中で最速記録を持つ一花が寝ずにいるとは、助手席でなければ秒速で寝てただろう。
世話焼きの長女は俺の話し相手を買って出てくれたのだ。その厚意に感謝しつつ、精々飽きさせないように俺からも世間話をもちかけた。
運転中は特に賑やかな会話などなく、他愛のない話題で時間を潰しているうちに目的地に着いた。
「うわー この駐車場も懐かしいですね!」
「小学生以来よね…お母さんに連れて行ってもらったっきり」
「母とは2回遊びに来た思い出があります
まさか上杉君と一緒に訪れる日が来るとは夢にも思いませんでした」
「うん…楽しみ」
「よーし! 今日はとことん遊んで一生の思い出を作ろう! いくぞー!」
「おー!」
まだ始まってすらいないのに女子高生共はテンションが高い。比較的クールな三玖までも一花の掛け声に合わせて手を上げていた。はっちゃけてるな…
車から降りてエントランスへ向かい、毎度恒例の長い列に並ぶことにする。車中泊までして楽しもうとする客もいるわけで、早めに来たとしてもガチ勢には競り負ける。
ただ突っ立って待たされるのは、とりわけ熱心なファンでもない俺には退屈だった。
一方で、五つ子はどこに行くか、何を食べるか談義することでこの待ち時間までもも楽しんでいるようだ。
入り口のゲートでしばし待っていると、特有の音楽が流れ始める。
日々のストレスやしがない現実から切り離され、目に映る建物が夢の国に変わり始めていく。
「あぁ…早くあのゲートを越えたいです…!」
「もうじき入れる」
「そのもうじきが長いんですよ
今か今かと時計を見てはそわそわする、この感覚がたまらないんです
皆さんと四葉が今、思いがシンクロしてます!」
「ランド歴浅いくせに仰々しい…」
「気持ちの問題です!!
上杉さんも盛り上がっていきましょー!」
忙しない四葉は俺の袖を掴んでは上空に振り上げて飛び跳ねていた。
こいつまさか…開園と同時に走るつもりか。俺を引っ張って。無邪気な子供の手が死神の手に見えて嫌な予感がし始める。
しかし走るような無粋なことはせず。順番を待ち、荷物チェックを済ませ、チケットを読み込んでゲートを潜り抜けた。
ついに夢の国へ足を踏み入れたぜ。当時まだ小さな子供だったらしい五つ子たちは、昔を懐かしむ思いを噛み締めながらゆっくりと歩む。
「うおおおおおおおっ!!」
「…」
一人、空気を読まず全力疾走している馬鹿がいた。どう見ても四葉だ。あのまま捕まっていたら俺を引き摺っていたかもしれん。
「…一人単独行動を取っているんだが?」
「ファストパス取ってくるってさ、四葉ならすぐに戻ってくるよ
私たちはそれまでに買い物をしよっか」
「買い物?」
「そうそう、夢の国を全力で楽しむ為に、私たちも夢の国の住人にならねば!」
「よくわからんが…今日はおまえらについていくわ」
四葉は競争率の高いファストパスを奪取するべく犠牲になったようだ。
もう少しその場の雰囲気を楽しんでもいいと思うのだが、ヤツはもう視界から消えてしまった。陸上部最速の足を遺憾なく発揮させている…
四葉を見送って向かったのは色取り取りの品が並ぶショップ。ファンシーなものばかりで、いかにもって雰囲気がある。
一花の言う買い物とは、女子が好きそうな…いや、見れば男性客もノリノリで買っているもので。例のカチューシャやファンキャップだった。
さっそく品を手にして、一花と二乃、五月はすぐに購入し頭に付け始めていた。
うんうん唸って手をこまねく三玖はまだ買っておらず。その頭に一花が大きな耳とリボンが揺れるカチューシャを被せた。
「わー 可愛いじゃん三玖ー!」
「…流石に恥ずかしい…私は帽子のほうがいい」
「何よ三玖、五人揃ってこれにするって決めてたでしょ」
「…もう少し、個性を尊重するとか」
「別に似合ってるからいいじゃない
私たち同じ顔なんだし、なに恥ずかしがってるのよ」
「あ、お揃いということでしたら…上杉君も輪に入れてあげましょうよ」
「は?」
三玖はカチューシャを付けることを恥ずかしがっていた。自己主張は最低限を好む三玖には派手な装飾は好めないらしい。夏祭りでもひょっとこのお面被ってたしな。
気乗りしない姉の気を紛らわそうと、五月は背伸びをして俺にまでカチューシャを被せてきやがった。
「…」
「…」
「…」
「…ぷ…」
「…何してくれてんだ…笑ってんじゃねえよ、二乃」
「ふ…く、くく…ひぃーっ 最高に似合わないわ、あんた…」
「爆笑するほどか
こういったものは、男よりも女のほうが愛嬌がある」
「えっ あ、まっ…ちょっと…フータローッ」
「…何だ、やっぱ悪くない
よし、それでいこうぜ」
「え、えぇええ…ご、強引…
じゃ、じゃあ…フータローのは私が選ぶ」
「いや、俺はいらない」
「仕返し…大丈夫、フータローに似合うの選んであげるから」
笑いを堪える三人を睨みつけ、頭の物を三玖に被せると言う程悪くはなかった。つーか可愛いもんだろ。
青色の大きなリボンが目を惹き、ネズミの耳が愛らしいカチューシャは存外三玖に似合っている。これでいこう、決定事項だ。
しかし何か釈然としなかったようで、意趣返しを込めて俺の分まで買われてしまった。選考の結果、魔法使いの帽子で落ち着いた。
四葉の分のカチューシャも購入すると、連絡を取り合って無事に全員合流した。
「取ってきたよー!
でも待ち時間だいぶあるから、どこか回って行く?
今ならまだ空いてるよ、ジェットコースターなんかオススメです!」
「初手からきついの乗るの? 最初くらいゆっくり楽しませてほしいわ」
「一番目にどこに行くか決めてなかったのか」
「こういうのはその場の空気で選ぶのが乙なものだよ、フータロー君」
「それで簡単に意見がまとまったことがないことを覚えているか?」
「わ、私は計画的に行こうと勧めたのですよ?
上杉君が疲れてしまいますから」
「さらっと俺をお荷物扱いしたな、五月」
「わ、私は上杉君を慮ってるんですけど!?」
「私はフータローと同じくらいのペースが性に合う…」
「私だってアトラクションに乗るよりかは歩き回って景観を眺めていたいです
おいしいものが沢山ありますし!」
「ブレないねぇ…五月ちゃん
学生ならもうちょっとアクティブに楽しもうよ」
…開幕早々に姉妹間で意見が割れているんだが。この間にも他の客が目当ての場所に向かって並び始めているのに、なんかもったいない。
昔は五人それぞれが似たような楽しみ方でも満足できていたのだろう。高校生となった今では各々求めている物が違うようだ。
望みのコースから逸れることにブーイングを出したのは、先程貧乏くじを引いて走り回っていた四葉だった。
「えー ビックサンダーダメなの? スペースも?
えー…じゃあ皆は何がいいのさ」
「…ここは一つ、皆から一つ希望を出してフータロー君に決めてもらおう」
「…じゃあ、おまえらどこに行きたいんだ
二人被ったらそれにしちまおう
一花から」
「ホーンテッドマンション♪」
「二乃」
「め、メリーゴーランド」
「三玖」
「イッツ・ア・スモールワールド…」
「…四葉」
「ビックサンダー!」
「五月!」
「ポップコーンですッ!」
「協調性が皆無だな、わかってたけど」
五人それぞれが挙げた項目は何一つ被らず。つーか五人目はアトラクションですらなかった。ただの食い意地だった。
こうなると知っていただろうに、着く前から決めておけば時間が削れずに済むのに。
…それを言うのは野暮か。意見が割れても五人は楽しげだった。
一花が振ってきたんだ、ここは俺が上手く舵取りすれば良いか。
「四葉が一仕事終えた後だ、ジェットコースターでいくか」
「ほんとですか!? 上杉さんに選ばれましたー!」
「ふーん、四葉贔屓ね 可愛がりすぎじゃないかしらお兄様」
「ビックサンダーとスプラッシュは…夜が好きなのに」
「うるさい、おまえらにはとっとと疲れてもらって後半楽させてもらうぜ」
「身も蓋もないわ…!」
「ではでは、四葉の案が通ったということで
マウンテン三つ制覇しましょー!」
「ポップコーンも買っていきましょう!」
「あんたの望みはどう転んでも叶ってたわけね…腹立つわー」
「ちゃっかりしてる…」
「ふふ…ポップコーンも全種制覇しなければなりませんから」
目的地が決まったことで、五人は喜怒哀楽様々な表情を見せて歩を進めていく。
ふと、一つ忘れていたことがあった。
五人が並んでいる内の一人、その肩を叩いて知らせる。
「四葉」
「はい? わわっ?」
「一人だけ仲間外れになってたぞ」
「あ…あー…
あはは、いつも付けてるので違和感なかったです…」
まだ手渡していなかった、四葉の分のカチューシャを頭にかけてやる。
…こう見ると、デフォルト装備のリボンが邪魔しているように見える。主張が激しい能天気頭になってしまった。
四葉も自覚があったようで、すんなりとそのリボンを取ってしまった。
「上杉さん、夢の時間が終わったら付けてくれますか?」
「…構わないが」
「では…それまで預けておきますね」
「…夢の時間…ね」
「はい、忘れないでくださいねっ」
照れ隠しを潜めつつ、四葉は俺にリボンを差し出した。
どこぞのシンデレラは魔法の時間が終わるとガラスの靴だけ残して去ってしまった。
返すのはいいが探す苦労まで担わせくれるなよ。そんな苦笑を抱いて、その約束の時間が来るまで預かっておこう。
「ぐっ ちょっ ぱっ!」
目的地であるビックサンダーの列に並ぶ最中、横に二人並ぶアトラクションということで二人組に分かれる班分けが行われた。
結果、俺は五月と一緒に乗ることになった。しかも最前列で見晴らしは最高といったところ。
ゴトゴトと線路の上で揺らされ、周りの岩が騒がしい中登っていく。その間、俺は隣の五月の顔を眺めていた。
「…」
「…顔が強張っているぞ、五月」
「ひ、久方ぶりなので…緊張しますね
ね、念の為…念のためです
手を握っていてもよろしいでしょうか?」
「あ? 聞こえないぞ」
「え、えっと…手を握って」
「聞こえない」
「て…手っ!」
「何?」
「手!! あ、もう落ちちゃ…!」
「手?」
「手って言ってるじゃないです――かぁあああああ!?」
もごもごと俯いては怒って、急に手を掴まれたと思えば、劈く五月の悲鳴が俺の耳を直撃した。
長い髪が乱れて振り回された五月はジェットコースターの勢いに蹴落とされ顔が引きつっていた。
こいつが小学生だったら泣きついていただろう…いや、マジで泣きついてきやがった。
暴走機関車から降り立つと、五月は呻き声を上げてベンチに座り込んだ。
「大げさな…小学生じゃあるまいし、いや小学生以下か」
「違います、上杉君が意地悪ばかりするから楽しむ暇なんてありませんでした
上杉君のせいで台無しです、どうしてくれるのですか」
「俺の手見てみろ、くっきりと手痕付いちまったじゃねえか」
「…きょ、今日だけは意地悪は厳禁です…
食欲もなくなってしまいました…ポップコーンはお預けです…」
「…はいはい」
今日一日の楽しみが減った気分だ。という俺の考えを見通した五月により一層睨まれてしまった。
「…途中から五月、フータローにべったり…文句言える立場じゃない…」
「や、やっぱ絶叫系はいいね! すぐに次いこう、次!」
「じゃあ…次はスペースマウンテンにする?」
「あの…本気で連続でいくんですか…?
私、絶叫系は苦手で…」
「小学生のあんたは余裕で回ってたんだから死にはしないわよ」
「あの時も四葉に連れ回されたんですよ…!
私泣いてましたってば!」
「お母さんに張り付いてたっけ、五月…
結局最終的には一番楽しんでたのが五月っていうのがいつものパターン」
「そうだよー五月ちゃん、疲れた私を引っ張ってビックサンダー周回したじゃん
流石に演技なのバレバレかなー
さっきも絶対楽しんでたでしょ、二重の意味で」
「五月も慣れれば楽しさを思い出すって、一緒にいこ!」
「あ"あぁぁぁ…上杉くーん!! わ、私は本当に苦手で…! 助けてください!」
「四面楚歌か…五つ子なだけに」
「どこも上手くありませんよ!?」
だいぶヘイトを買っている五月は、涙目で訴えても無効となり姉四人に連行されていった。四方を封じられ引き摺られる様は何とも痛ましい。
続けて向かったのはもう一つの絶叫系アトラクション。真っ暗な空間を高速で走り回るヤツ。
列に習って進む中、やはり末っ子の顔色はよろしくなかった。
「上杉君…さっきの延長戦ということでここも私と一緒に――」
「「「「ぐっ ちょっ ぱっ!!!」」」」
「あぁ、酷いです! 鬼だよこの人たち!」
「…」
お次の班分けは、一花が隣となった。決まってすぐに俺の腕を掴んで引き寄せられて妹を挑発するあたり、意地の悪いお姉ちゃんだった。
またしても最前の席で、暗くて危ないからと一花に手を引かれて座ることになった。
こっちは先程の山の中を走り回るものではなく、狭い空間かつ暗闇の中を進んでいく。時折派手な照明が壁を走っていって眩しい。
暗い中でも分かるのは、ガタガタと上り詰めていること。もうじき落ちるはめになる。
「ふふ、怖かったらお姉さんの手を握ってもいいんだぞ」
「…」
絶対に言うと思った。その台詞を言いたいが為に班分けから外れると不機嫌になってたのか。
生意気に笑って、視野が暗い中俺の顔色を窺おうと近づいてくる。吐息まで頬に当たってしまう距離だ。
真面目に取り合うのも面倒なので、その手とやらを思いっきり握らせてもらった。
「へ…?
あ、あのフータロー君…怖いの…かな?」
「…」
「あはは、仕方ないなー
怖いんじゃあ…うん、お姉さんが守ってあげなくちゃね」
「…はっ」
「あ、あっー! 今、鼻で!
お姉さんをからかったな――ひぁあああああっ!!」
真横を向いていると、もう間もなく落ちることに気づかなかったようだ。
急加速し急激に角度が変わって揺らされると、一花は悲鳴を上げて俺の肩を両手で掴んできた。
暗すぎて正直何もわからんが、一花がひたすらくっついて耐え忍んでいたのは肌でわかった。
途中からは楽しさが勝ったようで、これでもかというくらい腕に抱きつかれて笑っていたのを暗がりでも窺えた。
「…よしっ」
「何がよし、よ
目の前にバカップルがいると思ったら身内だった時の気まずい空気、どーしてくれんのよ」
「あはは、むかつくよねーバカップル 駆逐されろーって私も思う思う」
「今はあんたにむかついてんのよっ」
「に、二乃落ち着いて、楽しかったからいいじゃん」
「五月もう離して…」
「す、すみません…やはり心から楽しめなかったです…」
「二回目以降は溌剌とした顔してハシゴするくせに…」
地に足を着けて太陽の光を浴びた一花は、拳を握ってお天道様に勝利を宣言していた。何やってんだあいつ。
後ろに座っていた四人は四葉を除いてそれぞれ微妙な顔をしていた。特に五月は覇気を失い、それに付き合わされた三玖は気力を削がれていた。
二乃はご満悦な一花に物申すが、憑き物が落ちた一花は二乃の小言に笑顔で返した。一人勝ちしてご満悦のようだった。
「じゃあ最後のアレいきましょう!」
「あ、あれですか…あれこそ私、上杉君でないとダメな気がします…」
「思い出すねー 皆初めて乗る時はお母さんと一緒じゃなきゃムリって言って
お母さん五回乗るはめになったんだっけ」
「あの人五回も乗ったのかよ…かわいそうに」
「懐かしいわね、しかもママったら落ちてもびくともしないのよ
五回乗って毎回同じ顔が写真に写ってたわ
なんだかんだ、最後は皆で笑ってたっけ」
思い出話に花を咲かせながら辿り着いたのは…落ちたら濡れるアレ。
山に近づいていくと滝から落ちる人間の声が聞こえる。記憶を辿っている五月は絶叫を背にして視線を泳がせていた。
「ぐっ ちょっ ぱっ!」
「…!!
あぁ…っ 上杉君、良かったっ!」
「はい、やり直し
前のペアと被ったらやり直しで」
「うん、それがいい」
「――」
「はい五月戻ってー」
「五月ちゃん、大人になる時が来たんだよ」
五月と組むかと思いきや、二乃から即効駄目出しが飛んできて無効となった。い、五月が真っ白に燃え尽きてやがる…
往生際の悪さが祟ったのか、一花と五月と組むことになっては再戦となり、決まるまで延々と手を振り続けること数分。
最後に一緒に乗る相手は四葉となった。
「ふっふっふ…後詰はこの四葉にお任せください
怖かったらどうぞ、私と腕を組みましょう」
「…おまえなら滝から落ちても生還しそうだな、生身で落ちてもいいんだぜ」
「その時は上杉さんと腕を組んで落ちますね」
「地縛霊に取り憑かれた気分だ…」
「写真撮影もありますし、良い写真が撮れそうですね」
「あんたたち心霊写真撮りたいの?」
「お二人共、この場所に似つかわしくない発言は控えてください」
何やら心中されそうなことを笑顔で宣っていたが、四葉はテンションを高めて俺の背を押していく。こいつと海や川に行った時は要注意かもしれん。
ビックサンダーとスペース、その二つよりも人気が高いようで。長い列に並んでようやく順番が回ってきた。
人数の都合で前にいた四人と俺たちは別れて乗ることに。結局また最前列かよ、当たり引きすぎだろ俺。
先の一花の真似事か、四葉は俺の手を取って水の上で揺れる座席までエスコートしてくれた。
………
「これ逆じゃない?」
「ですかね」
細かいことは気にしないタイプのようで、俺の苦情はニコニコとした顔で跳ね返された。別にいいけど、彼氏できた時にはしてやるなよ、男が廃ってしまうから。
四葉と並んで座り、水の上を渡っていくと物語が始まる。笑いの国とやらを探すうさぎと、それを追うきつねとたぬきの物語が。
流れていくお話を横目に、四葉はちょんちょん、と俺の肩を叩いてきた。何だ、うさぎに感情移入でもしたか。
「上杉さんは何回か来たことあるんですか?」
「あ? ああ…前の勤務先では学年行事にあったんだ
2年と3年でそれぞれな ほぼ毎年一回は来てる」
「お、お金持ち…」
「私立では珍しくないさ」
「じゃあ…上杉さんは生徒さんと何回か経験してたんですね」
「ああ」
「…」
「気に障ったか」
「い、いえっ」
「つっても仕事だから気の抜けない夢の国だったんだぜ?
問題が起きれば責任問題が絡む現実世界へおかえりなさい、だ
出禁にされた高校もあるんだ、教師はろくに遊べない」
「こ、ここまで来てお仕事が付いて回るのは嫌ですね」
社会人となり、私立の高校教師となってからは何度か訪れることがあるテーマパークではあるが、楽しいだけの思い出ではなかった。
苦い思い出がちらほら。騒がしくも楽しいこともあった。かけがえのない教え子たちとの思い出がある。行事に参加できて良かったと思っている。
さりとて、総じて言えるのは…どれも煌びやかな世界を歩き回って、貧乏とは程遠い娯楽に浸っていたこと。
その期間はおよそ五年。それはつまり…五つ子と、先生が苦しんでいた時間でもあるはずだ。
「おまえらが贅沢できない日々の中、俺が遊び呆けていたと思うと心苦しく思う」
「えっ!?
いえいえ! それはちょっと違うというか…」
「…まあ、これは建前みたいなものだ」
「…?」
度が過ぎる負い目だ。逆にこれは彼女たちを哀れんでいるとも言える。語るべき内容ではない。
仮に自分が不幸に陥ったことを逆恨みし、誰かを道連れにしようと考える輩は五つ子の中には一人もいないだろう。
わかっているのだ。だが、対等であり、平等であるには…俺は示さないといけない。
努力し、幸福を得られるはずだったあの六人に。
人より幸が薄いというのなら、俺が人並み以上になるように引っ張り上げてやりたい。その姿を見させてほしい。
「先生の代わりとなった今では、おまえたち5人にはこの先楽しんでもらいたい」
「…」
「…辛酸をなめてきた分、甘ったるいくらいにな
どこへでも連れていってやる」
そう思えば何のこともない。金のかかる娯楽なんて、好きなだけ連れて行ってやろう。
俗なやり方で滑稽かもしれないが…それが俺にできる愛情の示し方になる…と思っている。恥ずかしいから口にはできん。
子供たちが負担に思う必要もない。俺にもメリットのあるものだから。
「それにだ、行事だと夕方には帰っていた
今回は夜の花火が拝めそうでよ
正直楽しみなんだ、一緒に見ようぜ」
「上杉さん…」
その意思表示に、俺は四葉の手を掴んだ。
「上杉さん…!?
だ、大胆ですね…私は単純なので…お手柔らかにお願いしたいです…」
「…」
「うわぁっ!? も、もう! からかわないでくださいよ!
私が男の人の経験少ないって知って遊んでますね!」
赤面して明らかに意識しまくっている四葉の手を、より強く握ってしまう。
恥ずかしいから口にはできない。
が、しかし…情けないと分かっていても人間は縋ってしまう時がある。たとえ十歳年下が相手でも。
「すまん、やっぱ怖い」
「…
え」
「…」
「え、え、えええええっ!?」
もう視界の向こうには白い光が、揺れる岩壁と水が落ちる音が耳に響いて喧しく…徐々に高所へ登っていく。
四葉はぽかんとした顔をして、眼前の出口と俺の顔を交互に見やって慌て始めた。
ガタガタと揺れて、最初は小さく狭かった出口が今では広々と解放され、青空と地上を一望する絶景を垣間見た。
もう見たくなくて顔が拒否している。高所恐怖症というわけでもないのに、これだけは苦手だ…!
「こ、これだけは乗りたくなかった…!」
「上杉さん口数が多いと思ったらそういう…あ、もう落ちますね」
「ぎゃぁあああああああ!!!」
「わあぁあああああああ!!!」
落ちる寸前、意地悪なことに四葉は両手を上げやがった。情けなくがっしり掴んでしまっている俺の手ごと。
落ちてしまえば何のその。降りて全員と合流すれば笑って感想を言い合って、例の写真を見に行った。
映し出された写真にはこれでもかと楽しんでいるような二人の姿が残っていた。ひとまず俺の虚勢がバレない程度の偽装が保たれていた。
お陰で俺の年上としての威厳は損なわずに済んだ…のだが、小悪魔はまたもや意地の悪そうに、ニヤニヤと笑って近寄ってきた。
ちょいちょいと手招きされる。俺から来いと言わんばかりのこき使いようで、渋々四葉の口元に耳を寄せるはめになった。
「上杉さーん、私をあれだけ散々弄んでたのに…最後なんて言ってましたっけ?
こわ…あれれ? 怖いって? おんやー?」
「くっ…!!」
「あはは、いつもは冷たいお兄さんな上杉さんの、ちょっと可愛いところがバレてしまいましたねー
今度来る時も皆にバレないように私と乗りましょうねっ」
「あーもう勝手にしろ…いっそのこと殺せ…」
「ししし」
「心底楽しそうだな…言いふらしたらおまえを掴んで滝から落ちてやろうじゃねえか」
「それもう証拠写真です、殺人の」
十歳も下の子供に嘲笑われるとは…なんともみっともない。
しかもこいつらの母親は平気な面して五回乗っていたようだし。このような無様をあの人に見られていたらと思うと本気で死にたくなっていた。
…一方で四葉は平気なようで。加えて一花も二乃も三玖も…五月も何だかんだ楽しんでいたようで。五月の奴、苦手だとか言って泣きついてたくせに…
これからは迂闊に子供扱いして馬鹿にはできないと、自分を戒める他なかった。あまりの屈辱でしばらくへこんだのは内緒だ。
「ようやく四葉のご希望が叶ったというわけで、次は私の番だよっ」
「絶叫系の次はホラーか」
続いて向かったのは一花が言っていた怖いマンションのアレ。映画にもあったアレ。これもまた人気でそこそこ長い行列が続いていた。
蝙蝠の形があしらった入り口のゲートや、木々の奥に経つ洋館などを目にしつつ進んでいくと、オルガンが不気味な音を奏でた。
ドアを閉じられ、来た道も塞がれてしまった。
ガチのお化け屋敷に比べたら生温いものだが、雰囲気を楽しんでいる五月には多少の効果はあったようだ。
「ここも怖かった思い出が…お母さんにひっついてました」
「ほんとお子様ね」
「ち、違うんですよ 子供の頃のトラウマなんです
あの声が…普通の写真が実は恐ろしい光景の一部分だったり
恐怖を助長させる演出が嫌いなんです…っ
映画なら平気ですけど、歩くじゃないですかっ 自分でッ」
「五月ちゃん、くっつくのはいいけど歩きづらいよ
四葉代わってよー」
「いいけど、私間近で見るから五月が泣くよ?」
「えーっ 私が来たいって言ったのにーっ」
「い、一花ぁ…! どうか見捨てないで下さい
うぅ…暗いし不気味ですし、緑色の明かりも不気味だった記憶が」
「それ非常口だよね…」
「どこにでもある色じゃないの
この調子だと今年の林間学校の肝試しは大泣きね」
「あはは、男の子が相手なら保護欲がそそられるかも?
それまで良い人を捕まえておくんだよ、五月ちゃん」
「い、一緒に行ってくれる人はいないのですか…ッ
あ、あぁ…行かないで一花ッ
う、上杉君、お隣失礼します…!」
「え、待って
今回も公平に二人組を作るんじゃ…フータローと組むのは二乃か私――」
「私死んじゃいます…ッ!」
周りの人たちに迷惑にならないよう五つ子はめっちゃ小言で言い合っていた。お陰で周囲の人たちに苦笑を誘ってしまっている。
味方がいないことを察した五月が距離を置いていた俺に駆け寄ってきた。怖い物全般苦手なんだな、こいつ。泣き出されないよう見てやらないとダメか。お子様め。
俺の腕を胸に抱いて震えている五月は一見、守ってやりたくなる印象が芽生えるかもしれない。が、一花が言っていた通り、くっつきすぎて歩きづらい。俺の片足に張り付かんばかりの必死さだった。
五月は無言で人の流れについていく。唸ったり喚いたりしないあたり、楽しんでいる人たちへの配慮はあるようだ。
のろのろ歩くものだから連れを強引に引っ張っていく。見れば腰よりも小さな子供二人が手を繋いで歩いてるし。
あれを見てると、こいつのポンコツ具合が際立つな…
「まだ小さい子供が一人で平然としているのに…
おまえをお化け屋敷や心霊スポットには連れて行けないな」
「そんなところに連れて行く予定があるんですか…ッ
でしたらお家に残ってます…」
「その二つはともかく、ここはまだ易しいだろ
せめて楽しめるくらいには慣れておけ」
「…将来性が見込めません、損得を考えたら損しかありません
ですが…怖がりなのは自覚しています
お母さんは無表情でしたし…私も同じくらい余裕を保ちたいです…」
「先生なら澄まし顔でスタスタ行きそうだよな
母親ね…現状だと、おまえが結婚して子供ができたとして
その父親は両脇に挟まれて歩きづらそうだ」
「し、失礼ですねっ その頃には克服してみせます…!」
「なら彼氏でもできたら練習するんだな」
「彼氏なんて催促されても困ります
う…上杉君でいいでしょう…練習ぐらい」
「こうも距離感が近いとおまえの将来が心配だ…これが常習化すると面倒なだけだ
…ん?」
アトラクションに乗るために順番待ちしつつ、軽く説教をしていると不意に左腕を掴まれた。五月とは反対側の腕だ。
振り向くと、なぜか三玖が俺の手を取っていた。膨れっ面で。
「何のつもりだ」
「今なら子供役引き受ける」
「…」
何を競おうとしているんだこいつは。妻子どころか、同年齢だと成立しねえだろうが。二股かけてるか妻と愛人のそれだろうが。
この考えもおかしいか。五月と結婚とかありえない将来設計を前提にしたせいで頭が混乱しているな。
女子高生に両脇を抱えられる男などろくなものじゃない。五月はびびってくっついてくるし、三玖は不機嫌を拗らせて負けじと迫ってくるしで暑苦しい。
「…子供は平気みたいだし、お母さんの面倒を看てやってくれ」
「ふぇ…? ま、待って…ッ
離さないで――お、鬼ィ…!
み、みみみみ三玖ぅ…!」
「うわ…お、おも…きつい…っ
や、薮蛇だった…」
子守二人からようやく解放されて楽になった。五月の相手は交互に担当することにしよう。
もうそろそろ乗るところで、間もなく掴んできた一花に捕まってしまった。マジでこいつら面倒くさいな。
「お姉さん怖いなー あードキドキするなー
あれ、でもこの心臓の高鳴りは…恋? 恐怖?
これはもう男の人に手なんか掴まれちゃったりしたら…つり橋効果で惚れちゃうかも?」
「…二乃」
「イヤよ、そんな色ボケしたお荷物擦り付けないで
四葉、一緒に乗りましょ」
「いいけど…三玖が代わってほしそうな目してるよ?」
「仲が良くていいじゃない、行きましょ」
「大概酷いな」
結局一花と再び乗ることになり、二人乗りの椅子に座ってアトラクションを楽しむことにする。
「五月ちゃんってば随分とお兄ちゃん子になっちゃったね
お母さん子だった頃のまんまだよ」
「将来が不安でしかない」
「…まあ…半分本気、半分は見栄じゃないかな?」
「見栄?」
「君と接する方法、十年も差があるから戸惑ってるんだよ
それに五月ちゃんも男の子と親しくないからさ、十歳年上の君との関わり方が不明瞭なんだよ」
「今更?」
「そう今更、今更続けてきたものを修正できない
君と再会して助けられてきたから…そこから変わる一歩が怖いのかもね
君に甘えてるのが楽なのもあると思うよ?
でもそのままではダメなことは…あの子が一番気づいてるし、焦ってるかも」
「…」
「五月ちゃんならちゃんと…立派に成長してくれるよ
だからフータロー君はあの子を信じて、優しくしてあげてほしいな
優しくしてあげた分、必ず良い子になってくれるから」
「…それを言う為に俺を誘ったのか、わざわざ」
「まあね
それとも、本気で誘ってほしかった?
それはスペースマウンテンでからかったこと反省してからかなー」
「律儀だな、流石は長女」
見栄と言ったら一花も該当するだろうに。こいつの俺への態度も冗談半分虚栄のそれだ。
一花が選んだアトラクションだというのに、当の本人は楽しむよりも妹のお節介で気が散っているようだった。
一花らしいと言えば微笑ましい話。しかし、自分を棚上げにして世話を焼く振る舞いは賛同できたものじゃない。
二人乗りの椅子が回転する。コースも終盤で向かいの鏡には、一花と俺の他にケタケタと頭を揺らして笑う亡霊が写っていた。
その横で、後ろから続いてくる五月と三玖が写っているのだが…五月は半泣きになって三玖にしがみついていた。
その三玖がもうげんなりとした姿で俺たちを睨んでいた。困った妹分に俺と一花は揃って苦笑していた。
乗り物を降りて外に出た時には三玖はご立腹、五月はぐったりとしていた。担当を変わらないと怒られてしまうな。
「もうちょっとでパレードだよ!
今日の目玉です、見過ごせませんね!」
「それならご飯食べてから行こっか」
「ご飯ですか…っ!」
「あ、生き返った」
「どうせこうなるとは思っていたわ」
「どこに行きますか!?
あ、ついでにポップコーンも買いましょう! 忘れるところでした」
「んー あまり時間ないし一番近いところに行こっか
五月ちゃん、どこがいい?」
「ここです! 目星はつけていたんです! ここに行きましょう!」
「せっつかなくても誰も反対なんてしないわよ」
「頑張って耐えてたもんね」
どうやらパレードが近いようで、手早く昼食を済ませて見に行くつもりのようだ。
先までグロッキーにとぼとぼと歩いていた五月が背筋を伸ばして三人の姉妹の輪に加わっていた。今日一番目が輝いていた。
一方で、二回連続末っ子の面倒を看ていた三女は不服そうに身内を見つめていた。先程しがみついて泣いていた奴が手の平を返して楽しんでいる様が気に食わないようだ。
「…」
「行かないのか、置いてかれるぞ」
「フータロー 一緒にいよう…」
「ちょ、直球だな…お疲れ様」
「五月に引っ張られ続けて疲れた…
今は憩いが欲しい…」
「…じゃあ、少し離れて後を追うか」
「そうしたい…」
体力のない高燃費な三玖はガス欠に陥っているらしい。猫背になって一行に付いていく様を見て苦笑してしまった。
俺に笑われたことを知って、やや赤面して三玖は背筋を伸ばした。やばい、これ以上怒らせると機嫌直すのに苦労しそうだ。
「フータロー…その
私が選んだの…その番が来たら」
「ああ、イッツ・ア・スモールワールドだったか」
「うん…その時は、一緒に乗りたい
楽しみにしてたんだ、フータローの隣にいたい」
前を向いたまま、俺へは背中を向けたまま三玖は頼み事を呟いた。
これまでの四回、一度も隣にならなかった訳だが…三玖が残念がっている姿を何度も見てきた。度々視線を向けていたことも。
我慢ならなくなったのか、運頼みでは満足できないのか。三玖は俺の隣を予約してきた。
普段は怖気づいて身を引いてしまう三玖には珍しく勢いのある誘いだった。恐らく視線を合わせたらこのお誘いは消え果ててしまっていた。
「いいぜ、その時は一緒に乗るか」
「…ッ…」
「まあ…なんだ…楽しもうぜ
今日だけじゃないだろ、こういう機会は」
「そうだといいな…」
「焦らなくていい、おまえが答えを導き出すまで時間かかるだろうしな
また連れて行ってやる」
「…あ、ありがと…フータロー」
「ああ」
「…でも一緒に乗ってね」
「…」
「の、乗ってくれるよね?」
「はいはい、予約されました」
「うん、予約…」
今回の一見ですこぶる信用を失ったらしい。惜しむ程のものじゃないと伝えたのに、最後に念押しされてしまった。
約束を一つ結ぶと三玖は俯きがちだった表情がややマシになったように見える。
恥ずかしがり屋は健在で、不貞腐れた態度から出た我侭を今更思い出したらしく、向こうの四人から声をかけられると三玖は急いで走っていった。