五等分の園児   作:まんまる小生

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五等分の教え子 義兄×義父×母の教え子

 三玖の拘りはさておき、向かったレストランの屋外のテーブルに付いて手早く食事を済ませた。五月が物足りないとかほざいていたが、パレードがある為切り上げさせてもらった。

 

 もう既にパレードを見る人だかりで道は塞がっており、良いポジションを探した頃には音楽は流れており、もう先頭の一行が通り過ぎていた頃だった。

 

 踊りと音楽、そしてこの夢の国の主役たちが手を振ってパレードを盛り上げてくれていた。

 

 その光景を目を輝かせて見つめる子がいた。もしや、こういったものに憧れているのだろうか。

 

 

 

「ああいう仕事してみたいなぁ」

 

「…就職希望か?」

 

「うーん…いえ、興味があるだけです」

 

 

 

 この場で就職とか、夢を粉砕する発言だったかもしれない。俺と四葉はお互いに近寄って声を潜めて話した。

 

 四葉は体力はあるし、運動神経も良い。笑顔も上出来だ。この仕事は特殊であるが望み薄なものではないだろう、恐らくだが。

 

 

 

「高校2年の時点で興味があるというのは良い兆しだ

 願望で終わらせず、少しでも調べておくんだな

 もしかしたら転機かもしれないぞ」

 

「…そうですね、この後聞いてみましょうか」

 

「…え

 聞くってまさか…本人に?」

 

「はい、将来一緒に働きたいですってミッ――」

 

「夢の国ぶち壊すな」

 

 

 

 ええい、四葉の頭にリボンがないことが今は口惜しい。手っ取り早く口を塞ぐ良い方法だったのに。仕方なく四葉の口を直で塞いでおく。

 

 不毛な雑談は程々にして、パレードを眺めているとあっという間に終わってしまい。

 

 人だかりが解散していくので、俺たちも見るもの見たことだし各地を回るとしよう。

 

 と思っていたら、いつの間にか五月と二乃がいなかった。辺りを見渡すと、何やら首からぶら下げていたり、両手に抱えた二人が戻ってきた。

 

 

 

「ポップコーンとチェロス買ってきたのでどうぞ」

 

「流石だな、パレードに目もくれていなかったとは」

 

「パレードの時は比較的混んでないので狙い目です」

 

「三つも回ってきたの? 大変だったんじゃない?」

 

「二乃がパレード放って買いに行くのは意外…」

 

「五月と同類にしないでくれる…?

 まあ…五月が食べたがってたし、両手で持っても全員分買えないからついて行ってあげたわ

 はい、あんたたちの分」

 

「わー 二人共ありがとー!」

 

 

 

 ポップコーンを三種、チェロスやらクッキーアイスまで色々と買い込んできた二人はそれぞれ全員に配っていく。

 

 ひとまず俺は二人からポップコーンを回収すると、さっそく目を付けた四葉が寄ってきた。

 

 

 

「キャラメル味、食べてみたいです」

 

「…両手の食ってからにしろ」

 

「うぅ…今はキャラメル気分です」

 

「そこは五月に似なくていい…

 …だったらほら、口開けろ」

 

「え? えへへ…あーん」

 

 

 

 キャラメル気分なのは良いが頭までお花畑になってないか呆れてしまった。仕方なくその口にポップコーンを放り込んでやった。

 

 キャラメル気分は解消されたら羞恥心を自覚したようで、四葉は早々と背中を向いて去っていった。恥ずかしいのならやらなくていい。

 

 

 

「…」

 

「…おまえもか、二乃」

 

「いや、いらないわよ、ぶっとばすわよ」

 

「投げるから食ってみろ」

 

「曲芸かっ

 勘違い男はモテないわよ、自分で食べるし」

 

 

 

 食べたいのは本当らしく、器の蓋を開けると二乃と三玖が手を沿えて口にした。三玖の反応が早くて横槍を入れられた二乃が睨んでいた。

 

 一口ポップコーンを食べた三玖は、ずいっと自分のチェロスを俺の口元に向けてきた。

 

 

 

「代わりにあげる」

 

「…」

 

「食べていいよ」

 

「…じゃあ、遠慮なく

 …うむ、うまい」

 

「うん…良かったね」

 

 

 

 二乃からはうわぁ…とジト目で見られつつ、俺は三玖が手に持つチェロスに齧りついた。

 

 咀嚼するだけの俺をじっと見つめるだけの三玖が考えていることは俺にはわからん。

 

 …とりあえず、俺が食ったチェロスは俺に手渡されることはなかったので、後は自分で食ってしまうらしい。

 

 先から俺に向けていた二乃の目が今度は三玖に向いた。

 

 

 

「…で

 あんたが回収したそれ、どうするの」

 

「………

 ん」

 

 

 

 三玖は二乃の質問に黙ったまま、おもむろにかじった。

 

 相手が目の前にいるってのに大胆な奴。俺の視線にも気づいた三玖は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。これは呆れていいのだろうか。

 

 

 

「食べやがったわ、この子…」

 

「う、うるさい

 フータローは家族なんだからノーカン」

 

「あんたが言ってもねぇ」

 

「…

 …ぅ…ぅぅ…」

 

「…いや

 最初の一口は間接キスだけど、二口目以降に羞恥心を宿らせる意味がわかんないわ

 もうしちゃってるわよー? 間接キス

 感想を聞いてみたいなー?」

 

「ほっといて」

 

「三玖は高校生してるねぇ、青春青春

 でもって二乃がまんまヒューヒューうるさい悪ガキの小学生」

 

「その例えやめてくれる!?」

 

「…も、もうフータローにあげる…二人してしつこい」

 

「いいのか? じゃあ貰うぞ」

 

「おや…フータロー君、それ三玖が食べた後――」

 

「んあ? 人が口つけた物を食う度にいちいち躊躇うかよ

 飲み会では多々あ――」

 

「――女の人?」

 

「あ、ああ…まあ、酒とかたまに…飲んだことないものを注文すると飲み合いに――」

 

「聞きたくなかったー! 私たちのお兄さん穢されてたー!」

 

「失礼な」

 

「フータロー やっぱそれ返して」

 

 

 

 両脇から騒がしいことこの上ない。間接キスを意識するなんて学生までに決まってるだろ、社会人に何を求めてやがる。

 

 一花と三玖が憤慨して抗議してくるので助けを求めようとしたら、他の三人は背を向けて移動を開始していた。最近五つ子の適応力が高まってきて非常に困っている。

 

 というかマジで置いてかれそうだ。ぎゃーぎゃー喚いている二人を宥めて、その背中を押して合流せざるをえなかった。

 

 俺たちが走っている様を見て二乃と四葉、五月は突然走り…もとい逃げやがった。ええい、誰も遊んでやっている覚えはないってのに。

 

 小走りで向かったのはメリーゴーランド。観覧車、ジェットコースターなどの遊園地には欠かせないアトラクションの一つであろう。

 

 子供向けと思っていたら、案外大人も行列に並ぶほど人気のようで。二乃の希望ということで俺たちも乗ることになるのだが。

 

 

 

「おまえら乗ってこいよ、写真撮ってやるから」

 

「良いのですか、上杉君? せっかくですしご一緒に」

 

「記念だ記念、撮ってやるから行ってこい」

 

「なんかお父さんみたいですね、ではお言葉に甘えていきましょーっ!」

 

 

 

 写真担当を申し出て五つ子たちと一旦別れた。あまり気乗りしなかったし、写真でも動画でも撮ってやったほうが喜ばれるだろう。

 

 俺と同じような立場の人間は多く、円形の舞台を見渡せるベストポジションを探って、あいつらの出番を待っていた。

 

 カツカツとヒールの足音を耳にすると、隣に人の気配が。異様に距離が近いと思ったら…なぜか二乃がいた。

 

 

 

「え…おまえ乗らないのかよ、アレ」

 

「私はパス」

 

「おまえが行きたいって言って来たのに?」

 

「いいのよ」

 

「…」

 

「…

 なんか…昔はもっと大きくて、リアルで楽しいイメージがあったけど…

 随分と小さいものね、メリーゴーランド」

 

「興が冷めたか」

 

 

 

 何かと夢見がちなこいつだ、大方…白馬に跨る王子様でも思い浮かべていたのかもしれん。これは流石に子供扱いか…

 

 子供の頃となれば背丈も低く周りの景色が大きなものに見える。物珍しい物には好奇心と期待が膨らむものだ。

 

 当然ながら子供の視線とは大人のそれよりも随分と下にある。その分視野が狭く、一つの小さな舞台でも広く大きな世界に見えることがある。

 

 高校生となった今ではその魔法の効果が切れてしまったのだろう。要領を得ない二乃のその横顔には落胆は見えず、どう声をかけるか迷う。

 

 俺の心中を察した二乃は苦笑して、腕を組んで会話を紡いでくれた。

 

 

 

「何よ、一生乗らないとは言ってないわよ?

 次の機会は彼氏とのデートにでも取っておくわ」

 

「…この際聞いておくが、おまえの男に対する希望ってどんなの」

 

「なに、恋バナのつもり? あんた急かしてくるだけでつまんないのよねー」

 

「嘘つけ、俺の女性関係漁っておいてよく言う、何度おまえに笑われたか

 今回はおまえの話を聞かせてもらおうか」

 

「根に持つ男は嫌われるわよ、でもフェアじゃないし乗ってあげようじゃない

 …そうねー

 カッコ良くて、ワイルドな感じがいいかも

 料理とか勉強とかできなくていいの、ちょっとダメなくらいで

 …私をずっと見てほしい、熱中してほしいの」

 

「へー」

 

「あんた…煎餅があったら齧ってそうな顔しないでくれる?」

 

 

 

 急に熱を帯び始めたおまえについていけるか。恋の意識が高い二乃は思いを高ぶらせていたが、俺の態度で熱が冷めていったようだ。

 

 二乃の場合、所謂ハイスペックな男を求めるのかと思っていたら案外違ったらしい。顔は選ぶんだろうけれど。

 

 しかし納得はある。女性は弱みがある男を好むと聞く。完璧無敗の100点満点の男はお呼びではないらしい。

 

 ダメ男を甲斐甲斐しく世話をする二乃か…こいつの場合相手がヤンキーでも十分ストライクゾーンだろうし、その可能性は高そうだ。

 

 ふと、俺と二乃を呼ぶ声に振り向くと四葉たちが手を振っていた。調度今からメリーゴーランドに乗り始めるところのようだ。

 

 携帯のカメラであいつらの姿を撮りつつ、二乃との恋バナ兼人生相談を続けるとする。

 

 

 

「確かに、おまえには調度良いかもな」

 

「…どういう意味よ、なんか棘がある感じ」

 

「悪い意味ではないぞ、おまえの面倒見の良さは人並み以上だ

 お節介ではなく、相手の空気を読んで的確な振る舞いができる

 現に俺は何度もおまえに助けられてきた、嫌味ではない」

 

「…そ、ならいいわ」

 

「その分、気づいてもらえず…徒労に終わることもあるだろうがな

 だが、おまえがそれを望む限り、相手から求められるよう尽くすことは間違ってはいないだろう

 消極的に男について回るよりかは、正直安心する」

 

「…あんたからしてどうなのかしら

 そういう男の子が私の恋人だとしたら…頼りないから任せられないとか言わない?」

 

「…」

 

「…」

 

「…認めるか、否かは別として

 俺が気を置く必要がないほど、おまえがしっかりしているのなら

 おまえを信じよう…とは思う」

 

「…ふーん」

 

 

 

 冷めた反応…俺なりに考えた答えだというのに、二乃には澄ました顔して聞き流された。クズ男だったら絶対反対するからな、てめぇ。

 

 …となると、だ。明確に二乃が将来像を見出しているのなら、今後の付き合いも考えたほうがいいか。

 

 あまり五つ子と親しく接していると、窮屈に感じるだろうしな。今日は良い思い出になるだろうが、帰ってからは今一度距離感を見直したほうが良いか。

 

 ぐるぐると回っていく馬や馬車たちを眺めつつ、幻想的な光景とは間逆に俺と二乃は現実を見通してばかり。二乃には今のこの光景を視認できていなさそうだった。

 

 五つ子と再会してもうじき一年。過保護と呼ばれることもあれば、冷たいと怒られることもあった。どれもお互いが距離を詰めようと歩み寄ったことで生じた我侭だった。

 

 だがそれも潮時が近いらしい。

 

 

 

「俺はあまり世話を焼かないほうが利口か」

 

「まあ…そうね…学校でもすぐに噂されちゃったもの

 でも事情が事情だし、あんたは悪くないわよ?」

 

「余計な気を遣わなくていい、そもそも俺がおまえらの面倒を看る期間も限定している

 高校卒業した直後に自立しろと言って目を離すのは…現状から考えると酷でしかないだろ

 一人立ちを促すのなら、適正な距離を保つべきだとは分かっているんだが…」

 

「…あんたがいなければ、一年前に無理矢理にでも自立するしかなかったのよね

 わかってるわよ、あんたの心配事なら

 四葉と三玖…五月もあんたに甘えてるし

 一花くらいよ、自立できそうなのは」

 

「おまえは?」

 

「…」

 

「…

 それに…今わかったが

 おまえの好みって俺とは真逆だったな」

 

「…」

 

「…」

 

「…

 何見てんのよ、また回ってくるわよあの子たち」

 

「あ、ああ ちゃんと撮ってるぞ」

 

 

 

 せっかく遊びに来たのに、どうもぎこちない雰囲気になってしまった。

 

 やはり二乃との関係が一番分かりづらい。近ければ疎まれ、遠ければ怒って近寄ってくる。優しくも手厳しい。難易度の高い生徒だぜ。

 

 メリーゴーランドの回転が止まり、存分に楽しんだ四人が降りてこちらに向かってきた。

 

 空気を悪くしていると悟られたくないわけで、二乃も同じだろう。この後二乃は何食わぬ顔をして、器用にも五つ子たちと今日一日を楽しむのだ。

 

 と思っていたら…四人と合流する前に、彼女たちとは反対方向に引っ張られた。

 

 

 

「二乃…ッ!?」

 

 

 

 肩というか、腕周りの衣服を掴んで強引に連れて行かれた先は、先程姉妹たちが並んでいたメリーゴーランドの列。

 

 人は少なく、流れのままに舞台の上に進んでいった。意味が分からず、俺は二乃の腕を振り払った。

 

 

 

「おい二乃」

 

「ん」

 

「…なに?」

 

「んっ!」

 

「いや言葉」

 

 

 

 二乃が指を差しているのは馬が引く馬車の座席。めっちゃ怒ってるし、渋々我侭娘の言う通りに座ってやった。

 

 足場が動き出して、景色だけが変わっていく。外を眺めていると、合流し損ねた四人が手を振ったり携帯を向けてたりで何やら姦しかった。

 

 

 

「興味はなかったんじゃなかったのか?」

 

「…見離されたみたいで、嫌になるじゃない」

 

 

 

 向かいに座る子は両手を膝の上に乗せて、沈痛な顔色を浮かべていた。

 

 母親を亡くした家庭の事情を考えれば俺の支援が途絶えることを怖がるのは仕方ないことだ。

 

 かといって、依存されては困るし、俺がその立場を利用して五つ子たちの信頼を得るのも卑怯だとは思っている。

 

 その加減ができておらず、俺も昔の名残から可愛がってしまう悪癖がある。それに安心感を抱いてくれるのは嬉しくも、彼女たちの実りにはなれない。

 

 …やはり分かりづらい。どこが適所なのか、上手い距離感が分からず…結局二乃を傷つけてしまったようだ。ほんと、繊細な子だな。

 

 殊勝な態度で気落ちする二乃は、このままでは今日一日を楽しめそうにない。姉妹に気を遣われてしまえば余計に焦りが生まれてしまうだろう。

 

 

 

「おまえ、メリーゴーランド

 単に身内と乗るのが恥ずかっただけだろ」

 

「…

 しょ、しょうがないじゃない、こんなに子供っぽいとは予想外だったんだもん」

 

「ふーん…それで

 俺が相手でよかったのか?

 デートに取っておくとか言ってたくせに」

 

「う、うるさいわね! 代用よ代用 ううん、踏み台よ」

 

「おまえ俺のこと好きすぎだろ」

 

「はぁああああ!? ばっ ないわ!

 何ナルシストに目覚めてんの!? きも! 冷めたわー! 今めっちゃ冷めたー!!」

 

「お節介するのは止めないが、やりすぎると勘違いさせるぜ

 早く本命の彼氏見つけることだな」

 

「余計なお世話よ!

 また急かして、ほんと懲りないわね、最低

 大して恋愛したことないくせに、彼女いないくせに!」

 

 

 

 心底憎たらしいといった目で俺を睨む二乃は向かいに座っていた席から横に、俺とは斜めに向かって席を座り直した。

 

 適度な距離感は把握するにはまだまだ至れないだろうが、改善よりも改悪になることが多いだろうが、そう悪いことばかりではない。

 

 あまり好かれていないのは確かだ。昔の縁、保護者的立場にあるからこそ、この関係は成り立っている。どれかが消失すれば崩壊する脆い仲かもしれない。

 

 そんな仲だからこそ、二乃と会話を紡ぎ、他愛のない話をするだけで。 

 

 

 

「あー たのし」

 

「…

 この…図に乗って…二度と乗ってやらないわ」

 

「それは残念だ」

 

 

 

 俺がもう少し若かったら、仮にも学生だったら…果たして二乃にどんな感情を向けていたのか。

 

 後程見せてもらった一花が撮った写真は、存外悪くないものだったと思うのは…俺の自意識過剰なだけだろうか。

 

 腕を組んで睨みつけてくる二乃の口元が少し笑っているように見えるのもまた、俺の思い込み…ではないと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、四葉が取ってきたファストパスのアトラクションに乗ったり、途中再びジェットコースターに舞い戻ったりなど。

 

 だいぶ回ってきたところで、五つ子たちがお手洗いということで大人しくベンチに座って待っていた時のことだ。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

 女性のお手洗いを急かすなど非難を浴びる元なのだが…今に限ってはあの五人の内誰か一人でも戻ってきてくれと念じてしまう。

 

 俺の隣には女の子が短い足を浮かせてベンチに座っていた。それも、なぜか俺のほうをじっと見ているように感じる。

 

 何か気を引くような素振りがあったかと数分前の流れを思い返しても該当するものなし。お陰で居心地が悪くてずっと視線を逸らしている。

 

 せっかく夢の国に来ているんだ。怖がらせるような真似はしたくないわけで…当たり障りのないよう堪える他なかった。

 

 そんな大人の気遣いなどお構いなしに子供は見つめてくる。その視線が下に下りて…鈍感な俺はようやく察することができた。

 

 

 

「…気になるか?」

 

「…

 かわいい」

 

「ああ…こんなに沢山もあるとな」

 

 

 

 女の子が興味を向けていたのは、五つ子たちが買ったポップコーンの器だったらしい。愛らしいキャラクターがモチーフのそれを見ていた。

 

 まあ…五つもあるとな。五月がコンプリートを目論んでいるせいで手荷物が多くて困っている。トイレ中ということでベンチの上に集っているのだ。

 

 子供は手ぶらで、明らかに物欲しそうな目を向けている。まだ幼稚園かそのくらいか? 子供一人だと少し心配になってしまうぞ。

 

 

 

「何味が好きだ?」

 

「?」

 

「味だ、五つあるぞ」

 

「…」

 

 

 

 押し黙ってはいるが…身を屈ませたり足をすり合わせたりなど、照れ隠しに似た反応が見られた。警戒心薄いな少女。

 

 

 

「あまいの…」

 

「じゃあ…抹茶チョコなんかどうだ、少し食べていいぞ」

 

「いいの?」

 

「外では食べ物に釣られちゃ叱られちゃうけどな、内緒だ」

 

「ないしょ」

 

 

 

 蓋を開けると女の子は手を差し入れて一つ摘まんだ。

 

 ぱくっと不器用な手つきで小さなお菓子を簡単に口の中に収めた。甘い味は好めたようで黙って租借している。

 

 …ポップコーンを人摘まみなど、簡単に飲み込んでしまえる呆気ないもので…尚も子供は目を離さなかった。

 

 子供の親はまだ戻ってこないし。恐らく女子トイレは混んでいるんだろうな…仕方ない。

 

 

 

「もう一口いるか?」

 

「いいの?」

 

「一つも二つも変わらないからな」

 

「…ありがと、おじちゃ――」

 

「お兄さんだ」

 

「おにーさん」

 

「そう」

 

「ありがと、まほうつかいのおにーさん」

 

「魔法使い…?

 あ、ああ…これか」

 

 

 

 お兄さんはまだ20代だ。その点早々と察してくれたあたり、この子は賢いぞ。将来才女になれるぜ。

 

 魔法使いとは何なのかと疑問に思ったら、頭の帽子を指差して教えてくれた。こいつもまた子供の警戒心を削ぐ原因だったか。

 

 ポップコーンの蓋を開けたままにして子供の横に置いといた。開けっ放しだとしけってしまうのだが、この際致し方ない。

 

 どうやら打ち解けてくれたようで、片手でひょいひょいと摘まんでいく子供にお菓子の代金代わりに暇つぶしに付き合ってもらおう。

 

 

 

「お父さんとお母さんと来たのか?」

 

「おかーさんと」

 

「…お父さんはお家か?」

 

「んーん パパいないの」

 

「え」

 

「おしごと」

 

「あ、あー お仕事か

 そうか、一緒じゃないのは残念だな」

 

「うん…やくそくしたのに」

 

「…他の味、食べてみるか?」

 

「うん」

 

 

 

 どうやら小さな子供にもそれなりの悩みがあったようで、お勤めご苦労といった労いを込めてポップコーンを奢ってやる。

 

 子供をお菓子で誘惑しようとする男がいれば、その親なら走り出して我が子を守るだろう。小走りで向かってくる女性がいた。

 

 ここが夢の国でなければ果たしてどうなっていただろうか。子供の母親は駆けつけて頭を下げてきた。

 

 

 

「ご、ごめんなさい

 うちの子がご迷惑を…」

 

「いえ、私こそ勝手な真似をしてすみません」

 

「おにーさん、キャラメルがいい」

 

「こ、こら、こっちにおいで

 大人しく待ってるって言ってたのに…この子はもう…

 本当に申し訳ありません」

 

「このぐらい可愛いものでしょう」

 

 

 

 この子タフだな。母親が慌てて謝り倒しているのにポップコーンしか眼中にないらしい。最後の一口ということで恵んであげた。

 

 子供がベンチを降りて地に足をつけた頃、ようやく俺の待ち人も来たようだ。この場で男の俺だけでなく女子が傍にいるのは印象がだいぶ変わる。

 

 しかしだ…俺の同行者は顔がそっくりの五つ子なわけで。五人も同じ顔をした女が揃って寄ってきたことに親子が驚いて警戒してしまった。

 

 

 

「戻ってきたか」

 

「え、えっと…この人たちは…」

 

「あ、怪しいものではありませんよっ」

 

「こいつらは俺の――」

 

 

 

 子供まで母親の傍に寄って怖がっているので、その緊張を解こうと説明を入れるところで思考が停止する。

 

 …話すには長くなるし、亡くなった母親の親代わりだと言っても後味が悪いだけだ。

 

 生徒と教師? 女子高生を連れ回す教師も何か怪しい臭いがするし、良い例えがない…

 

 もう面倒くさいので簡潔に済ませてしまおう。この回答に至るまで1コンマはいらず。

 

 

 

「娘です」

 

 

 

 俺の一言に、五つ子の顔がフリーズするのを見て取れた。

 

 結婚したことない俺がこんな台詞を吐く日が来るとは思わなかった。受けも悪く、内心超絶複雑だった。

 

 

 

「えぇえええええっ!!?」

 

「あ、そうでしたか…凄いですね、もしかして五つ子さんですか?

 すみません、まだお若く見えて」

 

「おにーさん、パパなんだー」

 

「…フータローの娘で通っちゃった…」

 

「なんか釈然としないわね…」

 

「上杉君の歳で高校生の娘などおかしいでしょう」

 

「そこまで私たちのお母さんと結婚したいか、フータロー君!」

 

「おまえら少し黙ってろ」

 

 

 

 ざっくり端折ったら熱烈なブーイングが飛んできた。もうこの説明で押し通りたいので五人の背中を押しやっておいた。

 

 ばいばーい と親子は手を振って去っていく。

 

 父親が不在でも子供の我侭に付き添ってあげる母親に、子供はポップコーンの感想を熱心に教えようとしていた。そんな姿が微笑ましい。

 

 手を振って見つめていたら、一花と二乃に両の耳を引っ張られた。次いで三玖と五月が目の前に仁王立ち。過剰に反応しすぎじゃね、おまえら。

 

 

 

「娘ではないでしょ、娘じゃ」

 

「面倒だからって説明を放り投げないでくれる?」

 

「あの状況で女遊びしてる男だとは思われたくない」

 

「…フータロー遊んでるじゃん、私たちと」

 

「親しく思っていただけるのは嬉しいのですが、子供扱いは納得いきません

 上杉君の年齢でお子さんがいたら、幼稚園ぐらいの歳じゃないですか」

 

「出会った最初は養子が良いとか泣きついてきたくせに…

 四葉も、見てないでこいつら止めてくれ」

 

 

 

 俺が身内になることが心底気に入らないようで、やたら噛み付いてくる四人を引き剥がす為に四葉に声をかける。

 

 しかしその四葉は俺と姉妹の視線を受けると、頬を掻いて苦笑していた。このお人好しが…

 

 

 

「でも上杉さん…やっぱりお子さんには甘かったですね」

 

「い、いきなり何だ」

 

「上杉さんって普段は怖い印象あるのに、子供の前だと凄い柔らかい目になるんですよ」

 

「…思い出補正入ってね、それ」

 

「申し訳ありませんが上杉君、さっきの女の子で立証されてしまいましたよ」

 

「…おまえら見てたな、趣味が悪い」

 

 

 

 俺が睨むと図星だったらしく、五人は視線を逸らして逃げていった。通りでタイミング良く戻ってきたわけだ。

 

 何やら四葉が上機嫌になっていて傍に寄られると気味が悪い。何か、お人好し連盟に加われと言いたいのか。絶対にお断りだ、そんな奇特な信条は。

 

 

 

「次、私の番っ」

 

「…それにしても、あんた随分と変わったもの選んだわね」

 

「老若男女、人気あるから

 後…次は私フータローと組むから、予約済み」

 

「好きにすれば? 別に私はあいつと組みたくないし」

 

「うん…行こう、フータロー」

 

「あ、ああ…引っ張らなくても行くって」

 

「…三玖、急に大胆になったね」

 

「何だかんだ大人しくても、拘りが強いからねぇ

 じゃあ、私たちも行こっか」

 

 

 

 三玖に袖を掴まれて足早に移動を始める。誰も邪魔などしないだろうに、三玖は早い者勝ちだと言わんばかりに引っ張ってくる。

 

 そんな妹の忙しない姿に二乃は呆れつつ俺の後をついて行く。続いて一花と四葉、五月も。揃って三玖の様変わりに苦笑していた。

 

 見え始めたのはカラフルな色をした建物。からくり時計がリズム良く音を鳴らして、顔のような形をしたものが回っている。

 

 アトラクションに乗ろうと近づいたところで気の抜けたような音が、ネジを巻く音と共に時計や砂時計が動き出して、三玖は驚いて目を向けた。

 

 何やら人形が出てきたが、三玖は振り返って俺を一瞥した後、再び俺の手を引いて奥へ歩いていく。興味はあっても目的を優先したようだ。

 

 

 

「メルヘンの塊だな」

 

「うん…でも、あの歌は好き」

 

「世界平和を謳うか

 戦国武将が好きな歴女なら、野心と人情が溢れる戦場を好むかと思っていた」

 

「…別腹」

 

「ま、俺も嫌いではない」

 

「…」

 

 

 

 創設初期からゲストに人気のあるアトラクションだ。幻想的な世界を楽しむのに理由はいらないだろう。

 

 他のアトラクションと比べて空いていた為、そうかからずに最前列へ辿り着くと水の通路が見え始めた。

 

 ライドには十数名乗れる。横に3人乗れるのなら六人で来た俺たちは3、3で分かれることができるのだが。

 

 

 

「フータロー」

 

「…」

 

「…と、隣…予約してるから」

 

「…ああ

 一花、いいよな」

 

「うん、二乃、一緒に乗らない?」

 

「はいはい」

 

「ごめん、二乃」

 

「謝ることじゃないわよ」

 

 

 

 三玖の要望ということで二人組となってそれぞれ座ることになった。まあ窮屈にならないのはありがたい。

 

 水の上で揺れる乗り物に降りてから、三玖の手を引いて座る。二人組にはなったが後ろには変わらず四人がいるわけで、三玖は恥ずかしながら座り込んだ。

 

 

 

「にしても、今日のおまえは張り切っているな

 学校でもそのくらい意識が高いと先生は嬉しいんだがな」

 

「…ジェットコースターもホーンテッドも…メリーゴーランドも

 カップル多くて雰囲気台無しだったから」

 

「い、いや…デートの定番だろ、ここは」

 

「前の席のカップルがスマホをこっちに向けて自撮りしていた時は殺意が湧く」

 

「…あの歌が好きとか言っていた奴が言うことじゃねぇ…」

 

「二乃も言ってた」

 

「あいつは絶対に言う」

 

「どういう偏見よ!?」

 

 

 

 背後の二乃に睨まれつつ、乗り物が動き出すと例の音楽が聞こえ始めた。

 

 小さな人形が各地の民族衣装を纏い、歌と踊りを見せてくれる。俺と三玖も、後ろの四人も口を閉ざして眺めていた。

 

 時折…三玖は俺のほうを見ては視線を逸らしていた。

 

 三玖がわざわざ手を引いて、一緒に乗りたいと誘ってきた場所だ。無言のまま終わってもいいのだろうが、果たして三玖が満足するだろうか。

 

 そんな心配を胸に、道のりも中盤に差し掛かったところで三玖は俺の肩を…服を掴んできた。

 

 

 

「フータロー」

 

「どうした」

 

「…また会えて良かった」

 

「三玖?」

 

「この歌、好き…子供の頃ここに来て、平和で仲良し…そうなったらいいなと思った

 でも一番は、フータローともう一度会いたいと思ってた時にね」

 

「…」

 

「…世界は狭いなら

 また会えるかも

 一緒に…来れるかなって思ってた…昔」

 

「…まったく、おまえは」

 

 

 

 何を言うのかと思えば、そんなことを。嬉しそうに言ってくれるな、おまえ。

 

 掴んでくる手に、俺も手を沿えて、その手を降ろさせる。掴まなくともしばらくは傍にいるという意味を込めて。

 

 

 

「スケール広げすぎだ」

 

「子供には広いよ

 たとえ、電車に乗れば会える距離でも」

 

「…そうだな」

 

「奇跡とかじゃなくて…いつでも自分の足で会えるのが一番、嬉しい」

 

 

 

 降りた三玖の手は、座席に落ちていた俺の手の平の上に覆いかぶさり、ぎゅっと掴まれた。

 

 後ろの姉妹からは見えない死角で、三玖は子供の頃にしていたように強く握り締めてくる。

 

 その手を見下ろし、三玖を見やると…照れくさそうにしながら、喜びを噛みしめて微笑んでいた。

 

 言葉はなく、恋人のように全てを共有し身を寄せ合うものではなく。

 

 小さな勇気を胸いっぱいに込めて示す好意に俺も苦笑していた。

 

 

 

「…」

 

「この歌、好き」

 

「…そうか」

 

 

 

 カップルらしい雰囲気などなくとも。俺と三玖は二人で静かに小さな子供の背を押してくれた世界を眺めていた。

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