提督は艦娘の母性に救われる《完結》   作:室賀小史郎

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ママ艦隊

 

 光一が本部の正面玄関を出ると、彼のすぐ目の前に黒塗りの車レジェンドが止まる。

 運転席から現れた初老の男性に光一は思わず眉をひそめた。

 

 その男は甘江家に仕える執事長で名は北野久良(きたの くろう)と言い、光一を幼い頃から世話してきた人物の一人。

 

「お迎えに上がりました。光一坊っちゃま」

「……僕は迎えなんて呼んでないけど?」

「幸子様と光太郎様が是非ともお祝いの言葉を直接申したいと。ひいては細やかながら一家で久々に食事をと」

「お祝いの言葉なんて要らないし、そもそも会いたくない。僕には次の任務がある」

「坊っちゃま……」

 

 光一は北野ではなく、後部座席のスモークガラスの方を向いて言う。

 その声色はややキツく、棘がある。北野はそんな光一に憂いを含んだ目で見つめた。

 

「光一!」

 

 次の瞬間、後部座席のドアを開けて明るい声を上げる和服の女性が現れる。

 彼女の名は甘江幸子。甘江家の後継者で光一の母。身長は145センチだが膝裏まであるストレートの黒髪が印象的な大和撫子。

 

「……止さないか、幸子」

 

 そのあとから姿を現し、幸子の肩を優しく叩くグレーのスーツを身に纏う男性。

 彼が光一の父で、元海上自衛隊潜水艦艦長を務めていた甘江光太郎だ。

 身長は172センチで、長めのスポーツ刈り。引退した今でも体格がガッチリとしたナイスミドルだ。

 

 この夫婦の年の差は十二。幸子が四八で光太郎は六〇。

 二人の馴れ初めは割愛し、光太郎が婿養子。

 甘江家は代々続く呉服屋の一方で洋服ブランドも海外展開している。資産も多く、実家も別荘も豪華な日本家屋で、光一も小さな頃は良く迷子になっていたし、今でも入ったことのない間がある程。

 

「…………なんか用かな?」

 

 そんな実の両親に対して光一の声色はより冷たく、重々しい。

 対して母幸子はニコニコしながら夫光太郎に寄り添い、

 

「何って久良から聞いたでしょう? お祝いにお食事しに行きましょ! あなたいつまで経っても帰って来ないんだもの!」

 

 先程北野が告げたことを直接光一に提案した。

 

「ごめん。無理なんだ。これから次の任務があるから」

「あら? 戦争は終わったのに? テレビで言ってたわ」

「……終わっても、この平和を維持する必要があるんだ」

「ふーん、でも急いでやるお仕事じゃないでしょう? 艦娘……だったかしら? その子たちも休みたいでしょうし、今日くらいいいじゃない。全然会いにも来てくれなくて、ママ寂しいわ」

 

 幸子がそう言うと、光一は怒りが一気に冷めて寒気がする。

 以前の事など本気で何もかも忘れてしまっているようで、光一はある意味で母のこの神経の図太さが羨ましい。

 

「……父さんが居れば、母さんは大丈夫でしょ。今も昔もこれからも」

「まあまあ光一ったらぁ。パパに嫉妬してるのぉ? でもしょうがないでしょう? ママの一番はパパだもの!」

「幸子……」

「なら余計に僕に構う時間が惜しいはずだ。僕は任務があるから、二人でな・か・よ・く、い・つ・もみたいに過ごしなよ」

 

 それだけ言うたと光一は父光太郎に敬礼し、北野には会釈して急ぎ足でその場をあとにする。

 残された者たちはなんとも言えない表情を浮かべるが、母幸子だけは「大人になったわねぇ」などと言ってニコニコしていた。

 

 ――

 

 光一は軍の送迎車に乗り込むと、自分の鎮守府へ向かうよう指示を出して、即座に前髪を下ろす。

 もう痛みなどないはずの傷跡が、まるで傷を負ったばかりのように痛み、光一は奥歯をギリギリと食いしばった。

 光一は母が大の苦手なのだ。

 その理由はこの傷跡と大きな関係があるから。

 

 ◇

 

「では甘江少将殿、自分はこれで失礼します」

「はい、送ってくれてありがとうございました」

 

 運転係と別れ、光一はやっと自分の居場所である鎮守府へと戻ってきた。

 車を見送ったあとで正門を潜れば、

 

「お帰りなさい、提督」

 

 光一が初めてケッコンカッコカリをした飛鷹ことお母さん、

 

「お帰りなさい、僕ちゃん」

 

 次にケッコンカッコカリをした加賀ことおっかあ、

 

「ご苦労じゃったのぅ、愛しき妾の坊よ」

 

 次にケッコンカッコカリをした初春こと母上、

 

「お帰りなさいませ、光一ちゃん」

 

 次にケッコンカッコカリをした妙高こと母ちゃん、

 

「遅かったわね、オチビちゃん」

 

 次にケッコンカッコカリをしたビスマルクことムッティ、

 

「一人で寂しくなかった、マイベイビー?」

 

 次にケッコンカッコカリをしたアトランタことマミー。

 

 光一のママ艦隊の面々が優しく出迎えてくれた。

 そんな光景に光一は思わず頬を緩め、飛鷹の胸の中にダイブするのだった。




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