光一は今日も今日とて任務に精を出す。
しかしそんな昼下り、光一はその日のやる気を一気に削がれた。
何故なら実家から贈り物が届いたと大淀から連絡を受けたから。大淀も光一のことを思うと大変心苦しいが、光一が「僕が処理するから遠慮なく知らせてほしい」と言うため、毎回知らせることにしている。
光一がいる鎮守府には定期的に何かしらの贈り物が届く。それは食べ物だったり、嗜好品だったりと様々だ。
しかし贈り主はあの母親。光一が好きな物を贈るのではない。夫とどこかに出掛けた際に自分から見て良い物だと判断したら、それを息子に贈るのだ。
あの母親はお世辞にも光一の趣味趣向を理解しているとは言えない。寧ろ知らないし、知ろうともしていない。
高い酒を贈ってくることもある。
しかし光一は一切酒を飲まない。母親が毎日飲んでは、酔う度に夫の姿を探して屋敷内を彷徨っていたから。
高い服を贈ってくることもある。
しかしそれは明らかに幼児サイズの服。あの母親にとって光一は何歳になろうが小さな子どものままなのだ。
他にも高級ブランドの鞄やバッグ、香水。時には大量の菓子や果物、食材と様々な物を光一に送りつける。
「また無駄遣いしたのか、あの人は」
贈られた品の箱を開け、無機質に冷たい眼差しでそれを眺めながらつぶやく光一。
今回あの母親が光一に贈ってきたのは積み木や組み立てて遊ぶブロックといった玩具だった。どれもブランドの名前が入り、質や素材に拘っているのが見て取れる。
しかしそんな物を何に使えばいいというのだ。
故に光一は一切の躊躇いもなく、それを鎮守府の裏庭へ手の空いた艦娘たちに頼んで運んでもらい、それらに灯油を掛けて、その場で火をつけ、燃やした。
いらない。素材やその物には罪はない。しかしいらない。何よりあの母親が自分を思って贈ってきた物なんて、この世にとって何の価値もないいらない物。
それを売るなり、恵まれない子どもに寄付するのも有りだろう。しかし光一にとってはあの母親がなんて自分は息子に優しい母親なんだろうという自己満足のために贈ってきた物がこの世に存在し続けるが大嫌いなのだ。そもそも贈り物を選ぶ際も自分の手に取って確認することもない。全て使用人に任せていることを光一は知っている。
食材ならまだいい。食材なら自分や艦娘たちで加工して食べてしまえばこの世から消えるから。母親が贈ってきた食材が自分の胃に入るのは今でも抵抗はあるが、艦娘たちがあの手この手で美味しく調理してくれることで、何とか受け付けることが可能になっている。
しかし残る物は別だ。故に光一はこういった場合は躊躇いもなく燃やすことにしている。
「………………」
揺らめく炎と黒焦げに染まっていく品々。
この思いも、あの思い出も、すべてこの品々のように消えてしまえばいいのに。
光一はそう思いながらそれらを見つめていた。
「本当に、無駄遣いだな……」
しかしあんな人でもこういう物を買うことによって経済には貢献している。今のご時世、こんな無駄遣いをするのは一握りの人間にしか出来ないのだから。
「ああ、目障りだ……早く燃え尽きてくれないかな」
左目の下の傷跡が疼く。いつもこの時はそうだ。
あの人をあの日以来母親だと思ったことはない。戸籍上母親にあたる人物としか思えない。父親のことは父親だと思いつつ、あんな人にまとわりつかれて哀れに思うほどだ。
胸の奥でドス黒い感情を沸々と静かに煮え滾らせていると、
「こんなところにいたのね、探したわよオチビちゃん」
ビスマルクが光一を探してここまでやってきた。
「ムッティ……」
振り返り、いつもと変わらない声色で言う光一であったが、ビスマルクはそんな光一を優しく抱きしめて、あやすように背中を撫でる。
「ごめんなさい、あなたを見つけるのが遅くなって。でももう大丈夫。もうあなたは独りじゃないわ」
「……うん、ありがとう。ムッティ」
背中に両手を回し、その胸に安心して顔を埋める光一。
ビスマルクはママ艦隊で頼れるムッティ。
着任当初は光一の女々しさについ小言を言いがちだったが、彼のこれまでの人生や彼が時折見せる寂しさ、そしてそれが普通ではないのにさも本人は普通のようにしている様を見て、『なら私が彼のムッティになるわ』とママになった。
「私の可愛いオチビちゃん。それが終わったら、執務室へ戻りましょう。プリンツがアブフェルクーヘンを焼いてくれたわ」
「それは楽しみだなぁ」
思わず顔がほころぶ光一。それを見て、ビスマルクは聖母のような笑みを浮かべた。
アプフェルというのは、ドイツ語でリンゴのこと。そしてアプフェルクーヘンは、アーモンドパウダーの風味が特徴のリンゴケーキである。
バターをたっぷり使い、しっとりして軽い口当り。ドイツの家庭で、日常的に作られる素朴なお菓子であり、料理の苦手なビスマルクに代わってプリンツが度々焼いてくれるのだ。
――
「はい、オチビちゃん、あーん♪」
「あー……んっ♪」
火の後始末をしっかりとしたあとで、二人は執務室に戻り、ビスマルクはひな鳥のようにただ口を開けて待つ光一の口におやつを運ぶ。
大きめにカットされたリンゴは甘さが増し、ブランデーの風味も加わって、光一の口を楽しませ、嫌なことを忘れさせてくれた。
「美味しい?」
「うん! あとでプリンツにお礼言いに行こうね!」
「そうね。プリンツも喜ぶわよ」
頭を撫で、また一口サイズに切り分けたお菓子を光一の口に運ぶビスマルク。
可愛い自分のオチビちゃんが、無邪気に笑っている。それがビスマルクはこの上なく嬉しい。
だからこそ、ビスマルクは光一にあんな目をさせる実母のことが憎くて堪らない。
血が繋がってない自分でもこんなに愛情を注げるのに、血が繋がっている当の本人が注げないのが不快で仕方ないのだ。
故にビスマルクは普通の親子ではしないだろう行為までする。
それは――
「はい、オチビちゃん……んっ」
「んっ……んぅ、ちゅっ……」
――口移しだ。
ビスマルクは料理が苦手。艦隊でマズミシュランシェフの称号を持つシェフIとシェフHほどではないにしても、レシピがいまいち理解出来ない。
なので他のママ艦隊のみんなみたいに愛する光一へ手料理を食べさせることが出来ない。
その末に編み出したのが、この口移しだ。普通の親子でも、恋人同士、夫婦間でもほぼやらないが、ビスマルクはやる。それも愛故である。
「美味しい?」
「うん! ムッティ大好き!」
「ふふ、そう。良かったわ、もっといる?」
「うん! ムッティ、ムッティ!」
「いい子ね、愛するオチビちゃん……愛してるわ、心から」
こうして光一はビスマルクムッティに骨の髄まで愛され、甘やかしてもらい、心の平穏が保たれるのであった。
ビスマルクがママしてるんですよ。凄いですよね。(やった張本人なのに他人事)
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