甘江艦隊は数ある防衛海軍艦隊の中でも、無類の強さを持つ。
それは一重に光一の並外れた戦略眼と采配能力によるものが大きい。
しかし甘江艦隊の栄光ある第一艦隊。通称ママ艦隊は我が子を守護る母の如き強さがある。
その第一艦隊旗艦は軽空母の飛鷹。甘江艦隊初の空母にして、長きに渡り光一を支えているママオブママだ。
飛鷹は電、初春に次いで着任した最古参勢。
提督へ対する第一印象はしっかりとした提督。というもの。
しかし着任して一週間、二週間と時が経つに連れて、夜な夜な光一がむせび泣く姿を定期的に発見することになった。
飛鷹は当時、艦隊唯一のお姉さん。故に夜間見回りや夜間警備は飛鷹の航空隊が担っていた。ただ飛鷹にも休息は必要で、飛鷹が休んでいる間は艤装妖精たちが任務にあたってくれていた。
提督が泣いていた理由は、無性に込み上げてくる母親への寂しさや憎しみによるもので、光一は勉強だったり任務だったりに打ち込むことで自身の情緒を保っている。
しかしそればかりやっていることで、手隙になることも多々あった。そんな時は心を蝕んでくる不安にただただ涙を流していた。
飛鷹は考えた。提督が笑顔になれる方法を。笑顔まではいかずとも、泣かないでいられる方法を。
飛鷹だけでなく、電や初春も彼が泣いている理由を本人から聞いているが、何もしてあげられない。
そして飛鷹が出した答えが、
「もう、あなたって子は……どうしてちゃんとお母さんの言うことが聞けないの?」
「だって……」
「だってじゃありません。あなたはまだまだ赤ちゃんなんだから、お母さんに抱っこされてなさい」
「はぁい……」
光一が寂しくないように、自分が彼の母親になることだった。
それはもう過保護を超越する超超超過保護。
オムツ交換は当たり前だし、咀嚼して口移しもするし、おしゃぶりもよだれかけも完全武装させる。
それでいて本人は光一の補佐を完璧にこなし、海戦となれば空戦から対空戦、雷撃、爆撃、索敵と右に出る者がいない。対空射撃なんてさせたらあの秋月型姉妹たちよりもハイスコアを記録するし、航空戦となれば正規空母よりもハイスコアを叩き出す上、航空魚雷の命中率は空母勢トップの99.67%を誇る。
当然、撃墜数も艦隊に所属する全艦娘の中でトップ。母は強しという言葉を体現しているような存在。それが飛鷹である。
そんな飛鷹は今日も光一を第一に考え、行動し、抱っこ紐で光一を抱きかかえながら散歩をしていた。
なのに光一は今日に限っては歩きたがるため、飛鷹が厳しく注意したところ。
傍から見れば『いや、歩かせろよ』『ここまでする必要ねぇよ』とツッコミを入れたくなるが、ここでは誰もそんなツッコミをしない。あの曙や満潮、霞といった厳しい態度を取る者たちですら、その光景さえ目を瞑れば理想の提督なので黙認するほど。
仮に提督に対して苦言でも呈してしまえば、光一がどれだけ守護らなければいけない存在なのかをママ艦隊の面々から四六時中ずっと説明させることになる。本当ならば一ヶ月掛けて説明することを、飛鷹がかいつまみかいつまみ、やっとの思いで一週間にまで短縮してである。
ただ着任したばかりの艦娘たちは誰もがツッコミを入れてしまうため、ある意味で着任した者たちが通る研修期間や登竜門みたいなものと化していた。
因みにこの研修期間を受けなかった猛者は金剛、大和、伊勢、長門、陸奥、アイオワ、翔鶴、天城、鳳翔、大鯨(現龍鳳)、アクィラ、イントレピッド、龍驤、日進、瑞穂、古鷹、羽黒、三隈、龍田、名取、由良、睦月、菊月、三日月、狭霧、潮、雷、初霜、時雨、山風、親潮、浦風、夕雲、浜波、早波、グレカーレ、ジェーナス、松輪、佐渡、まるゆ、伊13である。
研修期間を洗脳期間の間違いなのではとお思いだろうが、これは決して洗脳期間ではない。洗脳期間ではない。
「今日はどうせもうお仕事終わってるんだから、あなたは甘えてればいいの。あ、そろそろおっぱいの時間ね」
飛鷹はそう言うと、近場のベンチに腰を下ろし、おもむろに胸元をはだけて乳房を露出し、光一の口元へ持っていく。
「はい、どうぞ♪」
「あむ……ちゅう、ちゅう……♪」
何だかんだ光一も母なる乳房を前にしては抗えない。
実際に母乳が出ている訳ではないが、こうすることで光一の精神は和らぐし、飛鷹も安心するのだ。
「上手に吸えてるわね、いい子いい子♪」
「ちゅうちゅうちゅう♪」
我が子の頭を優しく撫で、深い愛情を注ぐ飛鷹。
「ぷはぁ」
「もういいの?」
「ん〜……あと少し。あむ」
「よしよし……たくさん飲んで健やかに育ってね」
それから暫く光一は飛鷹に甘え、背中をとんとんと優しく叩かれ、また散歩を再開する。
因みにこの授乳は飛鷹だけがすることが出来る特権中の特権。もしも他の者がすれば、光一は泣き叫ぶのだ。
「んんぅ……」
「あらあら……」
散歩中、光一は微睡んでくる。何だかんだこの授乳タイムは光一にとってとても心安らぐ時間なので、それが終われば自然とおねむになるのだ。
当然、それを見逃さない飛鷹は光一が完全に寝落ちするまであやし、眠ったところでそっと我が子を起こさないように、鎮守府本館の一階に設けたお昼寝スペースへ運び込むのだった。
「すぅ……すぅ……」
「んふふ、かわいい〜♪ 流石は私のオチビちゃんね!」
「眼福とはまさにこのことよのぅ♪」
「これだけで一俵飯を食べられます……」
「永遠と眺めていられるわね、これは……」
仮眠室改め提督専用お昼寝室。そこには大人用のベッドであるが、赤ちゃん用のベッドと同様に落下防止の柵が設けられている。
飛鷹を始め、ママ艦隊の面々は忙しい時間の合間を縫って一目我が子の健やかな寝顔を見ようと集まった。
「皆さん、光一ちゃんが目覚めてしまいますから、もう少しお静かに」
「そうよ。おしゃぶりはしてても、この子寝起きはぐずるんだからね」
妙高と飛鷹の注意に四人はすぐに口を噤む。我が子の睡眠を母である自分たちが妨げては、戸籍上母とされるあの屑と同じになってしまう。
しかしいくら口を噤んでも、愛らしい我が子の寝顔の前ではどうしても頬が緩んでしまう。
皆はそれだけ我が子のことが愛おしくて堪らないのだ。
光一は寝起きにぐずる。しかしそれは今まで抑えてつけていた母へ甘えるという行為が現実となり、存分に甘えているだけ。
故に母たちはどんなにぐずろうがおおらかな気持ちで受け止めているし、それすらも愛おしい。
『みんなあなたを愛してるから……安心してね』
母たちが慈愛に満ちた声をかければ、光一は薄っすらと笑みをこぼすのだった。
この作品はこれを最終回にしたいと思います。
もう少し毒母への報復とかママ艦隊やそれ以外の艦娘たちからの甘やかしを予定していたのですが、私の今の精神状態ではこの作品を書いて行くことは困難だと判断したため、中途半端ではありますが最終回とさせて頂きます。
楽しみにしてくれていた読者の皆様には、本当に申し訳ないです。
最後まで読んで頂き本当にありがとうございました!