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自分が明確に死んだということを認識したのは、結構時間が経ってからだったような気もするし、案外すぐだったような気もする。
あたたかい湯船に全身浸かっているような心地よさを「羊水の中にいる」のだと認識したのは、自分の死を認識したのとほぼ同時だった。
なるほど転生ものですね完全に把握した。
俺はなろう小説が好きだったので、すんなり納得した。
やっぱり剣と魔法? それともSF? それとも現代学園もの?
ワクワクして来世に期待できたのは、短い時間だった。
何しろ、産道を通って生まれてくる前に、胎の中から取り出されてしまったからである。
つまり堕胎。
ワァ! 時代と宗派によっては死罪!
み、水子転生!?
それはさすがに新しいな。始まる前に冒険終わっちゃったじゃねえか。
発想は新しいが倫理的に編集部もアウトって言うんじゃないかな。
堕胎されたというのにまだ意識のある俺は、羊水に似た液体が詰められた容器に移された。
目も開いていないのに不思議と外界を認識することができる。
そこにいたのは、俺と同じように容器に詰められた胎児がふたつ。
わ、ワァ! こんな兄弟との初めましては嫌だ〜上級編〜!
悲しい時ー! 悲しい時ー! 自分含め兄弟全員が堕胎されてる時ー!
想像すら困難な状況を我が身に体験させんな。
というか。
いや、想像は、微妙にできるというか。
もしかしてこれ、まだ全部揃ってない
前にふたつあるということは俺、
ワァ! つまり呪術廻戦!
なろうだけでなくにじファンも通ってきているのですぐにわかった。
俺はこういうのに詳しいんだ、Arcadiaも読んできているからな。
え? 最近の若い子はハーメルンにいるの? SS森きのこじゃなくて?
しかし漫画転生の中でも、呪術廻戦かぁ。
人生ハードモードすぎるだろ俺が何したっていうんだ。
そもそも半分しか人じゃないから人生って言っていいのかも自信ねぇ。
待てよ。俺の記憶が正しければ、呪胎九相図って150年間は胎児として過ごしてたはずだ。
嘘だろ……150年このまま……?
暇すぎて頭が狂うわ! 馬鹿野郎! どんな苦行だよ!
……ハッ!
先輩胎児からの微弱な思念を感じる!
明確な言語ではないが、確かにそこに血を分けた存在が”いる”という安心感がある。
なるほど。
俺はひとりじゃない。兄がいる。
そんでもって、この地獄におそらく弟としてあと6人放り込まれてくる、と。
容器の中から出られない以上、自分や兄弟に何をされても何もできやしない。
うわ。誰だよこんな設定考えて実行したの。
鬼? 悪魔? 呪霊?
うんそうだね、加茂憲倫だね。
加茂憲倫——史上最悪の呪術師、御三家の汚点と呼ばれ、俺たちの母親を現在進行形で弄んでいる呪術師だ。
よし、殺そう。
俺はそれだけを思って、150年をやり過ごすことにした。
——いや嘘、前世の漫画やラノベのこととかも思い出して暇つぶしにしてました。
※ ※ ※
産道を通って世界に生まれ出るというよりは、むしろその逆。
産道を押し戻って、世界から排除されるような感覚と共に、俺は受肉した。
まあそりゃそうなのだ。
俺という胎児を、ツギハギだらけの新人呪霊野郎が無理矢理一般人の口の中に押し込んで飲み込ませたのだから。
産道じゃなくてこれ食道だからね。
オエッ! しかも男のだし! せめて美女にしろ!
これで受肉しちゃう俺も俺だよ。
「やぁ。起き抜けに申し訳ないんだけどさ、ちょっとお遣い行ってきてくれない?」
「え、ヤダ」
やべえうっかり素で答えちゃった。
この世に誕生しての最初の一言が「え、ヤダ」になっちゃったんだけどどうしてくれんだよこのフランケンシュタイン野郎。
生まれた瞬間に「天上天下唯我独尊」って言ってブッダの再降臨演じようと思ってた150年前からの計画が台無しだよ。
真人はコミカルに顔を歪めると、悪態をつく。
「夏油! こいつ生意気ー!」
「生まれたてなんだから勘弁してあげなよ。赤ちゃんに本気で怒るのは大人気ないだろ」
状況の説明。
俺たち特級呪物・呪胎九相図の1から3番は、原作通りまんまと呪術高専から盗み出されてしまった。
夏油たちの手により一般人を犠牲に、まず俺が受肉を果たしたというところである。
この状況において、いちばんの問題がある。
目の前にラスボスと主人公の宿敵みたいなのがいること——ではない。
俺の姿が原作まんまだってことだよ。
つまり口が二個あって目や鼻からダバダバ血を流している、丸に手足生やしたCERO:Z指定カービィみてえだってことだよ。
馬鹿野郎! こういうのって普通前世あったらもっとこう……あるんじゃないの!?
そういう転生チート特典はないの!?
あ、ない? ないですね……当然のように把握できた自分の術式も原作通りですね……。
名前を蝕爛腐術。
術式の大元は「分解」だが、ざっくりいうと自分の血液を媒体に相手の傷口を腐らせる術式というイメージだろうか。
どれだけ頑張っても最終奥義が背中に血液で蝶々の羽生やすことなので、空飛ぶクソグロカービィになるだけですね。
見た目怖いしそれなりに強いかもしれないけど、ラスボスにも主人公にも対抗できねえ。オワタ。
生まれて間もなく死ぬじゃねえか、ふざけないでください。
「血塗。あまりわがままを言わずに、初めてのお遣いをお願いするよ。兄弟に会いたいだろ?」
「なんでそれがお願い聞く理由になんのかわかんねぇからヤダ」
ちょっと、生まれて初めて俺の名前を呼んだ人間が夏油になっちゃったんだけど。
最初は兄弟が良かったー!! ヤダー! こいつらにどんどん思い出を汚されていくー!
生誕1日目から散々だな! もうヤダ! ママのお腹に還りたい!
「こいつすごく頭悪いね、役に立つの?」
「ハー!? 人を物みてえにいうなツギハギ野郎! 吐血するぞ!」
「へえ? 俺に血を吐かせるって?」
「いや吐くのは俺」
「お前かよ」
というかもうすでに吐いてる。口から勝手に血が出てる。
なぜオートで口から血液がこぼれているんだ、どういう身体構造なんだ。
一応唾液みたいに飲み込もうと試みてんだけど、生産量に対して飲み込める量が足りてねえんだよふざけないでください。
気のせいか血を飲み込むと目と鼻からじわっと血液が垂れていく気がするんだけどそこ連動してんの?
いや通常の人体はたしかに口も鼻も目も繋がってるのは知ってるけど、でも唾飲み込んで目から唾出ないだろ。
これも俺が赤ちゃんだからなの?
誰かよだれかけ持ってきて。
真人とのやりとりが漫才みたいになってしまったが、間違ったことは言っていない。
吐血するのが原作俺の攻撃なんで……え、俺の術式、ネタだと思われた?
めちゃくちゃムカつくな……渋谷ハロウィンにいてもおかしくないレベルの仮装フェイスのくせしやがって。
ちなみに俺はコミケじゃないと見れないレベルのコスプレみてえなボディだ。
「お願いするなら交換条件だろ、バーカバーカ。そんなことも知らないくせに俺より人生経験長いのー? プププー!」
「ア?」
真人が真顔だ。
「真人」
「あーもう、わかってるよ! バカにもわかるように言ってやる、お前の兄弟にも受肉させて欲しいなら言うこと聞けって言ってんだよ、バーカバーカ」
ベロベロバーとやっている真人、完全に「大人気ない」という概念の擬人化なんだがお前それでいいのか?
人の呪いなんじゃなかったのかお前。
「オトナのくせして交換条件が何か知らねぇの? お互いにやって欲しいことをやってあげ合うから交換条件って言うんだぜ。お前らの言うお遣い。俺の兄弟の受肉。それってどっちも『お前らがやりたいこと』だろ」
受肉させる前からわかっていることだ。
夏油たちが盗んできた呪胎九相図の中じゃ、3番が最弱——ククク呪胎九相図の中じゃ俺が最弱……とかってふざけてられねえ。
最強がいいよ! うわーんお兄ちゃんラスボスがいじめるよぉ!
俺は捨て駒として使われる程度の存在だ。
だから戦力として欲しいのは1番——脹相であるはずなのだ。
俺の発言に、夏油が眉を上げて感心した風だ。
「おや。この中じゃ呪力も大したことないし、人型でもないからもっとバカだと思っていたよ」
「お前ストレートに失礼だな殺すぞ」
それは俺がいちばん思ってんだよ黙ってろ。
「苦労して俺たちを盗んだのに受肉もさせないで放っておくと思うわけないだろバーカバーカ、もっと考えろ」
「こいつ改造していい?」
「真人」
「ちぇっ」
ちなみにマジでこいつ要らないと思われて戦闘になったら瞬殺される確信があるので、ゴネるのはほどほどにしておこうと思っている弱腰の俺だよ。胴体が丸いから腰はないよ。プリプリのケツはあるよ。
「で、私たちに何して欲しいんだい?」
「お前じゃなくてそっちのツギハギ」
「ア? 改造なら無料でしてやるけど?」
「マジ? じゃあやってくれよ!」
真人はイラだっていた顔を一変「……は?」と間抜けなものにした。
それでもイケメンだからマジでムカつくな爆発しろ。
こっちは色違いカービィ(1000倍美化した言い方)だぞ。
「ここにいる脹相と壊相なんだけど、受肉後の姿が、なんと俺と——」
「お前と?」
「まったく似てない! ヤダー! 兄弟なのに!」
ツインテールのイケメンと、どこかの二丁目でなら間違いなくイケメンの兄貴を持った俺の気持ちになってみろ。
……なってみろと言ってみたものの達人級の共感能力を持っていないとその気持ちは察せないだろうから今のはなしだ!
「
「俺にはな。だから似せて欲しいんだよなぁ! お前魂の形変えられるんだろ! 見てたぞ!」
俺はキメ顔で言った。
「俺を兄似の美形にしてくれ」
「どうする、真人?」
キメ顔はスルーされた。
「さすがの俺でも肉体を見たこともない奴に魂を似せられるわけないよ」
「じゃあ受肉させて姿見てからやればいいだろ」
「はあ? そしたらお前ら逃げるかもしれないでしょ」
「はあ? 逃げるがぁ?」
「逃げるんじゃん!」
ハッ!
しまった、俺の2つあるお口が素直すぎるあまりについ本音を。
自分の姿形がイケメンになれるのは魅力的だが、ラスボスの前で味方蘇生させてから逃げられるならそっち優先するに決まってるだろうが。
ブスも三日で慣れるって言うだろ。言うよな?
俺はまだ一日目だから動揺してるだけであと二日後には愛着もててるはずだから。
二日後に生きてるかわかんねえけど。
「約束の反故が心配なら縛ればいい。前もやっただろう」
「こいつと縛り結ぶのやなんだけど!」
「俺もヤダ! でもそっちの糸目とはもっとヤダ!」
「あらら、嫌われちゃった」
ラスボスと取引なんて死亡フラグのトップ10入りだろバカ。
「あとお遣いとかクソだるいからヤダ。もっとこう、プギャーってできるやつがいい」
「ぷぎゃー?」
「俺と勝負しろツギハギ! 勝ったら言うこと聞け! 負けたら言うこと聞いてやる!」
「へえ、面白いじゃん」
「へえ、おもしれえ女」発言いただきました!(女とは言っていない)
これは勝利台詞なので言わせた方が勝ちだ、俺の経験上そう。
ネタで自分から言ったことしかねえけど。
ククク……しかしこの俺にも特技くらいはある。
前世から特筆すべき特技もない、転生チートもない、150年間胎児として兄弟とのぼんやりとしたテレパシー的なものだけを頼りに生きてきたしがない俺にも、勝てる土俵というのが存在するのだ!
「五目並べで勝負だ!」
「……はぁ?」
この後めちゃくちゃ勝利した。
※ ※ ※
「うがー! もっかい!」
ツギハギ呪霊が、本格的にフランケンシュタインみたいなうめき声をあげるようになるまでボコボコにしている俺である。
殺し合いなら瞬殺だがボードゲームなら勝てるのだ。
「この再戦で勝てても言うこと聞いてやらねえけどそれでもいいのか?」
「もうそういうのどうでもいい! もっかい!」
五目並べで瞬殺したあと、もっかい! と駄々をこねる真人に、じゃあ次はオセロねとボコボコにし。
そのあとも、チェス、将棋、囲碁でボコボコにし。
この辺りで結局まだ縛りを結んでいなかったのを思い出し、正式に「俺が勝ったら兄譲りの顔に改造しろよ!」と縛りを取り付け——代わりに真人から「じゃあ俺が勝ったら俺がお前の兄だからな!」とかいう意味のわからない条件を出されたが、全く負ける気がしなかったので問題がなかった。
もちろんそのあと将棋崩しで勝った。
縛りの条件は果たしたが、真人に「やだやだもっかい!」とすがられたので、なぜかこの部屋に置いてあったジェンガ、マンカラ、バックギャモン、モノポリー、ダイヤモンドゲームなどなどなどなど——全部でボッコボコにしてやった。
大人気ない?
フハハ! 何しろ大人じゃねーからなあ!
こちとら生後8時間だオラ!
「真人、ちょっと」
「はあ? 夏油何? 俺今忙しいんだけど」
「いいから、ほら。ちょっとだけ」
「わかったよもう。お前、逃げないでよ。絶対負かすからな!」
「プププ! 何年かかるかなぁ!」
夏油に引っ張られて退出していった真人を挑発しながら見送り、一人になった俺は急に冷静になった。
……何やってんだ俺。
クッ! 150年ぶりに肉体を得てついついはしゃいで全力で遊んでしまった!
兄弟たちはまだ誰も受肉していないというのに!
ウワー! 一人だけ抜け駆けしちゃった! 俺のバカ! 裏切り者ー!
でも脳内で仮想ボードゲーム盤作って、一人二役の自分vs自分で延々遊んでた150年があるんだから多少はしょうがないよな。
150年のやりたくもねえ修行の成果を見せびらかして俺TUEEEできそうな機会が巡ってきたらついつい飛びついちゃうよな。
俺TUEEEが戦闘じゃなくてボードゲームなのがマジでくだらねえんですけどね。ハハ。
死ぬほど今更だけど脳内で戦闘シミュレーションしてればよかった。150年前に気づいて、俺。
戦闘は立体的だから脳内シミュレーションがそんなに役に立たないって?
ううんそんなことない、そうじゃなかったら俺将棋崩しで勝ててないから。
将棋崩しの脳内シミュレーション、一億回やっておいてよかったね。
ちなみにジェンガは千回くらいやってる。
「戻った! はいこれ約束!」
「おかえりぃいいえええええ!?」
戻ってきた真人に勢いよく頭を掴まれたかと思うと、メキメキメキッと派手な音を立てながら俺の体が変形していった。
ノータイム無為転変!?
やるなら予告しろ、術式はただいまの代わりにはならねえからぁ!
「ちょ、バカー! お前俺のお兄ちゃんたちの顔知らないだろ!」
「さっき知った、てかお前の後ろにいる」
「えー!?」
振り向いたらそこにいた。
ウワ! 原作通りだ! ウワー!
ツインテールのイケメンと、どこかの二丁目でなら間違いなくイケメンの兄貴だー!
てかいつのまに受肉させてんの言ってよぉ!
誕生の瞬間見せてよぉ! ハッピバースデートゥーユー歌わせろよ!
とにもかくにも、俺は念願の兄たちの下へ駆け出した。
「脹相お兄ちゃーん!!!!!!!!!! 壊相兄者ー!!!!!!!!!!!」
「俺との勝負が先でしょ?」
「ぐえっ」
真人に髪を掴まれ、首ががくんと上を向いた——待て、髪!?
さっきまで星のカービィと呼んだら訴訟が発生しそうな見た目だった俺に髪の毛が!?
「いって! 離せバカ! せっかく髪生えたのにハゲになるー!」
「なにそれウケる」
離すどころかむしろ引っ張る力を強めたので、俺が本格的にハゲになることを覚悟した瞬間。
「
「おっと」
天井しか見えていなかった視界に、赤い一閃がよぎった。
お、お兄ちゃーん! お兄ちゃんがお兄ちゃんをしているー!!
「んベッ」
長兄の素晴らしい活躍を目に焼き付けたいところだったが、真人のものであろう血液が上を向いたままだった顔面に派手にぶちまけられたので無理だった。
いやお前呪霊だから血とかないはずだろ。嫌がらせか。嫌がらせだな!?
血液での目潰しなんてどっちかといえば俺がする方なのにされててどうするんですか。
俺こんなんばっか! もうヤダ! 子宮帰る!
目をこすりながらペッペッと口に入った血を吐き出していると、誰かに抱き上げられたので真人だと思った俺は「ムキャー!?」と猿みたいに叫んだ。
「暴れないで、血塗」
「あ、あにじゃブベッ」
布かなんかでゴシゴシ顔をこすられたので俺の発言はキャンセルされた。
一応生誕後の初対面がこれなんですけどいいの? 俺はね、よくない。
「戻せ」
「は? あいつが頼んできたんだよ、俺は叶えてあげただけだし」
「死ね」
聞こえてくる会話めちゃめちゃ物騒なんだけど大丈夫?
大丈夫なわけなかったよな。
顔を拭かれていた布の動きが止まったので恐る恐る目を開けてみると、視界には壊相兄者のドアップがあった。
思ってたよりも圧がすごくて「はわわ……」とかいう女の子のような声を上げてしまったじゃないか。
俺が顔を拭かれた布は、壊相兄者の手首についているあの、なに? シャツの切れ端……いや、袖の端っこみたいな……あそこだったらしい。
白いのに血まみれにして申し訳ないが、なんか複雑な気分だ。
壊相兄者、受肉早々、そのエチエチバーテンダーみてえな服どこで入手してんの?
「顔しか注文つけてこなかったけど、体もちゃんと人間っぽくしてやったのにさー」
そういえば、と自分の体を見下ろせば、なるほど確かに人間のそれになっていた。
ただし全裸である。
そうだよね、俺元々全裸だったもんね。
ノーマルカービィは服着てないもんね。
なおさらなんで壊相兄者はそんな格好を……。
まさか子宮の中でもその服を……? 生まれる前から着てる装備……? インド神話……?
というか。
俺の体めちゃめちゃに縫い目入ってるんですけど……。
なにこれ、こんなの注文した覚えないんですけど。
は? なんで俺フランケンシュタイン2号にされてんの?
キャラを被らせるな! キャラの立ち方的に真人が勝つだろずっけえぞ!
「喧嘩はその辺にしなよ。兄弟水入らずで話す時間が欲しいだろ?」
「こいつを殺してからにする」
脹相お兄ちゃんは夏油の制止を気に留めず、戦闘態勢をとったままである。
お兄ちゃんの真人への殺意メーターが振り切れてるんだけどなぜだろうか。
それ原作で虎杖に向けてたやつじゃね?
真人の無為転変で変えられた俺の姿がそんなに気に食わなかったんだろうか。
いや俺もちゃんとは見れてないからわからないんだが。
そもそも、そういうのなしにしても本能的に真人は嫌いだが。
「真人を殺すなら協力関係はなしってことになるかな」
「……。……」
いやめっちゃ悩んでる。
めっちゃ悩んでるじゃんお兄ちゃん。
こんなに優柔不断な脹相をみるのは初めて。
というか肉眼で見るのが初めて。胎児の時目開いてなかったから。
「……行くぞ。壊相、血塗」
「わかったよ」
「あ、うん」
あの、全裸の俺をほぼ全裸の壊相兄者が抱えてるの絵面的に厳しいので脹相お兄ちゃん代わってくれませんか。
直接肌と肌が接触してなんかゾワゾワするんですけど……。
※ ※ ※
「非常に不本意だが、あいつらとは協力関係になる。非常に不本意だが」
2回言った。
「2回言うほど嫌ならやめといた方がいいんじゃないの兄さん」
そうだよ兄さんあいつら俺ら捨て駒にするし。
とは正直に言わない。脹相お兄ちゃんの顔が怖えからである。
顔の造りが怖いということではなく、明らかに怒気をはらんでいるのである。
俺そういうのわかる、兄弟だし。
「呪霊が思い描く未来の方が俺たちに都合がいい。それから……」
「それから?」
「近くにいる方があいつを殺しやすい」
いやそれ協力関係なのかな。
「血塗」
「ひゃい」
あ、これ怒られるやつだ。
感動の兄弟再会? 初対面? をぶっ飛ばして、兄弟最初の説教を受けることになるとはな。
まあしょうもない理由で迂闊に縛りとか結んじゃったし……仕方ないよな。
でもボードゲーム無双とイケメンになれる魅力には抗えなかった。
「あいつを兄にする気だったのか」
えっ怒りポイントそこなの。
「俺絶対勝ってたからそうはならねぇよ」
「そういう事が聞きたいんじゃない。お前は、あいつが兄になったところを少しでも想像したのか」
「えっしてない」
脹相お兄ちゃんのクソデカため息、惚れ惚れしちゃうね。
絶対に勝てる自信しかなかったから負けた時のこと一秒も想像してなかった。
「でもあれが兄になっても、お兄ちゃんたちが兄じゃなくなるわけじゃないだろ?」
「血塗、しかしアレがあなたにとって私達と同格の存在になるということだよ」
「それは、んー」
真人が兄。真人お兄ちゃん。真人兄者。
少年をかわいがる真人……どうしてもチラつく吉野順平。
「えっヤダ! ウワ! ヤダー!」
「……今気づいたのか」
オエッ! 想像したら気持ち悪ッ!
「俺たちは三人で一人だ。そこに部外者を入れるな」
脹相お兄ちゃん原作で……いやなにも言うまい。
「お兄ちゃんは真人殺したいんだよな?」
「名前を呼ぶな」
名前呼ぶことまで禁止されんの。
でもツギハギとはもう呼べないんだよな。なぜなら俺も首から下ツギハギだから。最悪である。
「じゃあ俺夏油の方殺す!」
「血塗には無理だ」
「即答!?」
兄弟ってもっと優しいと思ってた……そんなことなかった……厳しい……。
まぎれもない事実なんだけどな。俺にラスボス倒せるわけないんだけどな。
真実をきっちり教えてくれるのもある意味優しさということか。
「じゃあ、じゃあ、俺お遣いひとりで行ってくる!」
「ダメだ」「ダメだよ」
「ダブルで拒否!?」
ここが新喜劇だったら俺はズコーッとやっているところである。
「はっきり言うけど血塗はバカだよ」
「本当にはっきり言うなー!?」
兄者の声色がどこまでも優しいのが逆につらい。
真剣に、心から俺を心配して言っているのだと伝わってくると同時に、「あ、マジでバカだと思ってるんだな」と理解してしまうからである。
なんで! 俺がなにしたって言うんですか!
……生まれて速攻真人とぶっ続け8時間ボードゲーム大会! うん! バカ!!!!!!!!!!
「だからひとりにはできない。ここで兄さんと留守番しておいで」
よ、幼児への対応だ……。
この後知らない人が来ても扉は開けないようにって言われそう。
「待て壊相。俺がいるとはいえ、あれのいるここに血塗を置いておく方が心配だ。お前が連れて行け」
とうとうあいつでもなくあれ呼びである。
「うん。あの程度のお遣いなら、血塗がいても問題はないと思うよ」
「足手まといみたいに言うー! なんでー!」
胎児時代、脳内で2年間ひとりマルバツゲームやり続けたりしてたのバレてんのかな。
「まひっ……あれのいるとこにお兄ちゃんひとり置いていく方がダメだろ! 殺しちゃうだろぉ!」
「……まだやらない」
「まだって言ったー! 壊相兄者ー!」
少し悩んだ素振りを見せた兄者だったが、すぐに頷いた。
「やらないと言っているので兄さんを信じよう」
まあそうだよな、圧倒的に俺の信用度低いもんな。
赤ちゃんの判断なんて信じられないよな。
誰が赤ちゃんだよ!!! 俺ら全員だよ!!!!!!!!
「頼んだぞ、壊相、血塗」
「任せて兄さん」
「頑張るけどぉ……」
自信のない返事になってしまった。
お遣いというのはすなわち宿儺の指の回収だ。
つまり、そのお遣い主人公ズいるだろ? 負けイベントじゃん。
というか死にイベントじゃん。命日じゃん。
あ、そうだ。
「それより俺服欲しい! 夏油に聞いてくる!」
「待て」
「血塗、さっき殺すと言った相手に服をもらいに行くんじゃありません」
やべえ、もはや兄というよりパパとママだ。
精神的落ち着きと面倒見の良さもそうだが、何より体格差が——そうなのだ、体についての詳細を真人にお願いするのを完全に失念していたため、適当に作られた体、幼児体型なのである。
ただでさえ戦闘に自信がないのに背を低くしてさらにやりにくくすんな!
「まひっ……あれにめちゃくちゃ小さくされちゃったからこれから弟が受肉したら身長抜かされるかもしんねぇ。そしたら兄としての尊厳失っちまう……」
「兄としての尊厳はもう……」
「もうすでに!?」
壊相兄者の発言に俺はひっくり返って「はわわ……」と女の子のような声を出した。
※ ※ ※
脹相お兄ちゃんの真人への敵対心が、原作より圧倒的に高い理由はなんだろうか。
真人に変えられた俺の姿が兄的にアウトだったのだろうか。
俺としても縫い目は最悪だと思うが、見た感じ人間っぽくなったので一旦満足なんだけどな。
イケメンというよりカワイイになってしまったが。
さて、俺たちのお遣いだが、宿儺の指の回収である。
一体どこからの情報なのかは知らないが、八十八橋にあるというので、俺と壊相兄者でやってきた。
ここで頑張らないと俺たちは死ぬ。
俺が思うこの局面の切り抜け方は、漁夫の利を狙うことだ。
八十八橋には宿儺の指を取り込んだ呪霊がいる。
原作では未完成の領域展開で伏黒が単独撃破したが、その後気絶するほど困憊している。
その状態の伏黒からならば簡単に指を回収できるだろう。
ただし、その状態にするには、伏黒を単独にしなければならない。
虎杖と釘崎をあの場から誘い出す囮役が必要だ。
もう片方は潜伏して、伏黒の様子を見ていればいい。
まあ流れはだいたい原作と同じような感じになりそうではあるが、相手の撃破ではなく、時間稼ぎをメインにすればこちらの致命傷を避け、指回収からの逃亡くらいはできないかなあという俺の作戦である。
問題は、作戦を提案する前に壊相兄者とはぐれたことだ。
「へえ〜思ってたよりも橋高いな〜、ここからバンジージャンプしたら楽しそ〜」とか言いながら橋の下覗き込んで、「兄者もそう思うだろ?」と振り返ったらいなかった。
まったく兄者ったら、いい歳こいて迷子だよ。
いやまだ赤ちゃんだからいい歳とかじゃないか。
「うわあああああん! 兄者ああああああ! どこおおおおおお!」
俺がいない間に兄者が主人公たちと遭遇して死んだらどうしよう。
しばらくは迷子の鉄則「その場から動かない」を遵守していた俺だったが、兄者が死ぬ想像でじわじわと不安になり、探しに行くことにした。
橋周辺を叫びながら歩き回り、とうとう血ではなく涙で視界を滲ませながら足を踏み出した瞬間、何かを越えた感覚があった。
「兄者どこおおんええええ!?」
「子ども!?」
驚いた顔で俺を見る、呪術廻戦のキービジュアルキャラクターが3名。
俺の方が主人公と先に接触してしまったので普通に死ぬかもしれない。
「虎杖、待っ——」
俺の姿は幼児だが、術師が一見すればただの幼児でないことくらいはすぐにわかる。
何しろ人間と呪霊のハーフであるので、兄たちに比べたら低いが呪力はあるのだ。
それを指摘しようとしたであろう釘崎の腕を、突如伸びてきた見覚えのあるたくましい腕が掴んだ。
「あっ……」
ヤベ、うっかり兄者って呼ぼうとしてしまった。
慌てて自分の口を手で押さえる。
主人公一行はまだ俺に関して敵かどうか見定められていないし、あの腕の持ち主との関係性もわかっていないのだろうから、何も言わずに無力な幼児でいるべきだ。
「釘崎!」
「虎杖、釘崎を追え! こっちは俺でなんとかする!」
「この子は!?」
「……それも俺がなんとかする! 釘崎優先!」
な、なんとかされてしまうー!
兄者の腕に引っ張られ、呪霊の結界から出て行った釘崎と、それを追って飛び出していく虎杖。
完全に原作の流れだ。
つまり。
「し、死ぬー!」
兄者が。
しかも俺がいないので完全に一対二の構図である。原作よりもダメなのでは!?
無害な子どものふりをやめて今すぐに兄者を追いかけるべきだと、俺も結界の外に出ようと——
「そこから動くな!」
「ウワッごめんなさい黒い人! 殺さないでー!」
「殺さねえよ!」
伏黒はもぐらたたきのような呪霊に一人で対処しながら、俺に怒鳴った。
今の所、俺のことを殺す気はないようだが、目の前の呪霊を祓った後はどうなるかわからない。
兄者もピンチだが、俺の命も綱渡り状態なのである。
いっそここの呪霊とタッグを組んで伏黒を殺してしまおうか、という考えが脳裏をよぎったが、モグラのような呪霊が伏黒の背後を取ったところを見て俺は反射的に叫んでいた。
「うしろー!」
伏黒、後ろ後ろ! というやつである。
やっぱ心にドリフを持つ日本人はこれをやらないとな。
「わかってる」
伏黒の背後を取って愉悦の表情を浮かべていた呪霊、その背後から玉犬が不意を打つ。
は? イケメンは術式もイケメンだな?
俺なんかただ腐らせる術式なのに。納豆職人にでもなれってか。
「で、お前はなんだ。呪霊は見えてるな」
「えーと……あ、うしろ!」
「……? 結界が解けない……何だ!?」
あーあそこにUFOが! 方式で気を逸らすのって、本当にUFOがある時はちゃんと通じるんだな。
俺たちのお遣いの目的。
宿儺の指を取り込んだ呪霊のお出ましだった。
「どうすりゃいいのー!?」
伏黒と呪霊は、ドラゴンボールでお目にかかれそうな近接戦闘を繰り広げていた。
一応目では追えるものの、自分にこれができるかと言われればNOである。
自分帰っていいっすか? 呪霊に至ってはかめはめ波みてえなのまで出してんじゃん。
とりあえずヘイトはこちらに向いていないようなので、なんだかんだこのまま漁夫の利作戦は決行できるかもしれない、と呑気に考えていた俺に、突然の衝撃が走る。
「は……!?」
全身に及ぶ、激痛。
自分の体が内臓から腐っていくような——ってまんま蝕爛腐術じゃねえか! 俺たちの術式ぃ!
これ向こうで兄者が釘崎に蝕爛腐術「朽」使ってそのまんま共鳴りで返されてるだろ。
はいはい原作通り——って俺の血は向こうにないはずなんだが!?
なるほど、俺と兄者ってやっぱニコイチなのか。まあ術式も同じだからな。
原作で脹相お兄ちゃんに共鳴り効いてる様子がなかったからサンコイチじゃなくてニコイチだこれ。
知ったらお兄ちゃん凹みそう。
「その呪力、釘崎の!?」
「俺のことはいいから集ちゅ……アーッ!」
アドバイスは遅かった。
伏黒が呪霊から頭に一撃をくらい、大きく飛ばされる。
その拍子に玉犬は消滅してしまった。
一瞬で意識を取り戻した伏黒は、自分の命を賭けた最終手段を取ろうとして、やっぱりやめた。
「やってやるよ! 領域展開!」
吹っ切れた風なのはいいが、あんまり自由にやられると俺も巻き込まれて死ぬんですけど!
※ ※ ※
伏黒の不完全な領域展開——影でできた波のようなものに巻き込まれたものの、俺に対して攻撃するつもりがないからか、触っても無害だった。
それよりも共鳴りが痛い……兄者は共鳴りを解除するつもりがないようだ。
まあ一応、人間よりは丈夫な体だからな、俺たち。
呪霊の背後にある影から姿を表した伏黒が、玉犬で呪霊を貫いたことで勝負はついた。
伏黒って背後からの攻撃とか奇襲大好きだな。
正々堂々は虎杖の担当、ゲス顔は釘崎の担当だから、伏黒は不意打ち担当なのかな。
無理な呪力の行使により、脳みそが焼き切れているのだろうか。
「疲れた……」
それだけ呟くと、伏黒は嘔吐した。
「ファッ!?」
糸が切れたかのように、ばったりと倒れ込んでしまった。
「く、黒い人……黒い人ー? し、死んでる……」
嘘だ。息はしている。
意識は完全に失っているようだ。
南無、と手を合わせてから宿儺の指を拝借した。
「これからどうすんの俺……」
思っていたよりでかい宿儺の指を眺めていると、途端、体が楽になった。
「は?」
それは共鳴りの術式が解かれたということだ。
釘崎が死んだのならそれでいいが——もしくはその逆、壊相兄者が死んだか。
俺たちは三人で一つの兄弟なので、兄弟が死んだらわかる。
兄者はまだ生きている。だが、瀕死という可能性は十分にあるわけで。
これからどうするか、行動は一択だ。
「力貸してください宿儺さまー!」
宿儺の指を飲み込んだ。
主人公に勝つには、主人公の力が必要だ。
虎杖は千年に一度の逸材、宿儺の器だ。だから宿儺の指を食うことで取り込むことができる。
一般人の肉体が元になっている俺にそんな芸当は無理だが——しかし、俺の体の半分は呪霊である。
先の呪霊だって、簡単に宿儺の力を取り込んでいた。
俺にだってきっとできるはず——という考えは割と甘かったのか、ずるりと領域に引き摺り込まれる感覚。
「伏せよ」
「わんわん!」
反射で犬の鳴き真似しながら腹から這いつくばってしまった。
俺って結構反射で生きてるみたいなんだが、今回ばかりは助かった。
両面宿儺の機嫌を、完全に損ねることはなかったようである。
「お前のような雑魚に力を貸す由縁はない」
「一応、あなたの器殺そうと思ってんですけどダメですか? 宿儺の器vs宿儺の指持った呪霊ってミラーマッチみたいで面白いかなって……あ、面白くないならいいんです、俺帰るので、はい、すみませんでした……」
日本人特有のペコペコをしながら、最大限腰を低くしてお願いしてみた。
一度取り込んでしまったが、俺の術式の大元は「分解」なので、自分と宿儺の指を分離させることくらいならできるだろう。多分。メーカー保証はない。
「ほう? 小僧を殺すと申すか」
「申しちゃいました、ごめんなさい」
「いいだろう」
いいんだ。
「やってみせよ」
うわっ、すげえプレッシャーかけられた。
できなかったら宿儺に殺される。
いや、できなかった時は虎杖か釘崎に殺されてるはずだからいいんだけどね。
宿儺の生得領域からずるりと抜け出した俺は、術式を展開した。
「
背中から噴射した血液が蝶の羽に似た形をとる。
兄者と違って俺は普通に……普通の服を着ていたので、服の背中部分がビリビリに裂けた。
なるほど兄者の服って機能的だったんだな。
滴る血液がジュウと音を立てたので、血液自体にも腐蝕の効果が追加されたようだ。
そう、実はもともと、血塗の血液ってただの血液なのである。
フハハ! ウケる! 俺ってただの血液水風船みたいなもん!
宿儺の指を取り込んだことで、上位互換——壊相兄貴と同じかそれ以上のスペックにはなったはずだ。
触手状に伸ばした血液を支点に、高速移動する。
ざっくりいうとクソデカ変形竹馬。
蝶々の形なのに空飛べないんだこれ。ウケる……いやウケている場合ではない。
音の鳴る方へ駆けて、虎杖、釘崎、そしてとどめを刺されかけている壊相兄者を視界に入れる。
「新手!?」
「いや俺のが先にいたからなああ!」
壊相兄者は息もたえだえといった様子だが、五体は満足だった。
あれ? ということはもしかして原作より消耗が少ない?
俺がいなかったのに——瞬間、思いついた最悪の想像を俺は打ち消した。
もしかして血塗が壊相兄者の足を引っ張ってたとかそんなことあるわけないあるわけない。
血液操作で針のように尖らせた血液を複数本、虎杖と釘崎に向ける。
避けるために後退した隙をついて、兄者の腕を両手で掴んだ。
ここはジャンプの世界! つまり王道の戦術は!
「逃ぃげるんだよおおおお!」
助けてジョースター戦法!
「させるか!」
「バーカ予想済みだ!」
俺が逃げようと向いた方向に立ちはだかる二人を無視し、俺は自分の体ごと兄者の腕を振り回した。
つまりこれは!
「味方にジャイアントスイングゥ!?」
「やべえ逃げられる!」
ジャイアントスイングは相手の両足首を両手で掴んでぶん投げるので、兄者の腕一本掴んではるかかなたにぶん投げただけの俺のそれとは違います。
プロレスファンに怒られるから技名はちゃんとしようね釘崎。
「血塗!?」
「お兄ちゃん呼んできてえええええええ!!!!!!!!」
壊相兄者は体の欠損自体はしていなかったようだが、消耗はしていた。
連携をとって戦うのは難しそうだったので、一旦撤収してもらうこととする。
ただ逃げろと言っても、弟を見捨てて逃げる兄者ではないので、「お兄ちゃんを呼んでくる」というお願いをすることでなんとか引いてくれという気持ちだ。
「っしゃあ! かかってこい! いややっぱかかってこなくてもいい! 穏便にいこうぜ!」
「どっちだ、よっ!」
はっや!
一瞬にして懐に潜り込んできた虎杖の拳を、翅王を使って後退することで避ける。
「そっちの兄者追おうとしてる女! それやったらあの黒い人腐らせて殺すからな!」
「てっめ、ざけんな!」
黒い人、で普通に伏黒だと通じた。おもしろ……がっている暇はない。
実際のところ、翅王と朽は同時に展開できない術式なので、伏黒を腐らせることはできない。
だがそのことは知らないようだった。
兄者が術式開示しちゃってるかと思ったがやってなかった、助かる。
まあそもそも伏黒に俺の血液仕込んでないんだけどな。
「俺戦い苦手なんだよッ! オセロで勝負決めようぜ!」
「庶民的だな!」
「貴族的にチェスでもいいぞ!」
翅王のいいところは、機動力が高いところかなと思う。
というわけで結局、俺はちょこまかと逃げまくる!
「卑怯よあんた! 降りて来なさい!」
「釘打ち込みながら言うな! つうか二人がかりのお前らのが卑怯だからなぁ!」
「伏黒人質にしてるくせにぃ!」
「ごめんあれ嘘ー!」
血液による竹馬走法で上下左右、それなりのスピードで移動できる。
ただし地面に接点があるので——
「ッラァ!」
馬鹿力で地面割られたら体勢崩れるけどなあ! そういうことする!?
突っ込んでくる虎杖に対して、逃げるのではなく迎え撃つ形をとる。
俺は両手を合わせ、両腕を伸ばした。
「穿血、もどき」
脹相お兄ちゃんの穿血を高圧洗浄機だとすると、俺のはおもちゃの水鉄砲である。
当然、動体視力に優れた虎杖は見てからでも余裕で避けられる。
だが俺の目的は、俺と釘崎の間から虎杖を動かすことだ。
後衛をしっかり守らねえとタンクって呼べねえぞオラァ!
「ぐっ……!」
鞭状にしならせた血液で、釘崎の首を捉えた。
針のようにすると攻撃面が点になって避けられやすいので、鞭みたいに振り回した方がクソエイムの俺的にはいいっぽい。
しならせると貫通力はなくなるので、絞め技メインになってしまうが。
「
「やっべ」
やっぱり、二対一って卑怯だ。
釘崎に気を取られている間に、俺を捉えた虎杖が、ボディに思い切り拳を叩き込んだ。
幼児体型に容赦ねえな主人公。多少血液でガードしたけど、死ぬほど痛いんだが。
ずる、と崩れ落ちる釘崎に、虎杖が叫ぶ。
「釘崎!」
「安心しろよ、絞め落としただけだ……明らかに俺の方がダメージ大きい……痛い……」
頚動脈を締めると人間は簡単に失神する。
そして、酸欠状態で血圧が上がっている状態の方が、失神するスピードは早い。
だから釘崎たちを走り回らせたのだ。
「タイマンでやろう、正義の味方っぽくさ」
釘崎は中距離をメインとする呪術師だ。
そんでもって、俺も中距離がメイン……だと思う。
だから、お互いにやりあうとなると、お互いが常に間合いの中なのだ。
だから先に離脱させた。
虎杖は近距離しか攻撃方法がないはずだ。
距離をとって戦える分、俺の方が有利である。
血液を操作し、自分の体を上に打ち上げる。
虎杖はこちらを見据えたまま屈伸した。飛び上がって追撃する構えだ。
「その程度の高さなら——」
「高さなんかいらねえんだよ。お前の上ならそれで」
はっきり言うと、俺たちの術式である蝕爛腐術は、虎杖と釘崎とは相性が最悪だ。
正確には蝕爛腐術「朽」に関して、であるが。
対象を瞬間的にではなくじわじわと腐蝕させるという性質上、必ず耐久戦を強いられる。
しかし、虎杖は毒に耐性を持ち、作中トップクラスのタフネスを持つ。
釘崎に至っては、共鳴りによって術式を逆手にとり、こちらにも同じだけのダメージを入れてくる始末である。
原作で使っていたのは「朽」と「翅王」だったので俺はそれ以外に技を知らない。
ここでオリジナル技を思いつけるほどの発想力があったら俺は血塗なんかやってないんだよ多分。
だから、名前のない技で殺す。
原点回帰、血塗の攻撃方法は原作でも「これ一つ」だ。
今の俺の血液は壊相兄者仕様──浴びても死ぬほど痛いだけだが、全身に浴びたとなれば話は変わる。
宿儺の力を借りている今、大量の血液を一瞬で作る程度のことなら容易だ。
俺自身が虎杖の真上にいる今なら、血液を横に飛ばす推進力すら作る必要がない。
バケツをひっくり返したような、血の雨が降る。
「じゃあな、主人公」
——突如、俺の脳内に溢れ出した、
※ ※ ※
「お前、呪術廻戦読んだ!?」
「読んだに決まってるだろ、誰がその本買ったと思ってんだ」
自室のモニターで戦艦娘を愛でていたところ、ノックもなしに乱入者が現れた。
予想していたことなので俺はモニターを見続けたまま返事をする。
「なに? オナニー中?」
「にーちゃんの前でオナニー続行する特殊性癖持ってねえわ」
「てぇー!」というカワイイ戦闘ボイスを背にし、椅子ごと向きなおる。
当然のように俺の部屋のベッドに腰掛けると、単行本を持ってウキウキしているのが不肖兄であった。
「今読んだけど呪術廻戦おもしれーな! なあ俺五条悟に似てね? 領域展開! つって」
「アラフォーがなんか言ってる」
「お前もじゃん」
「馬鹿俺はまだアラサーだ」
未だに実家で暮らしている立派なアラサーだ。だって家賃浮くもん。
今のにーちゃんのように、正月にわざわざ帰省しなくていいというのも最高である。
「五条悟はマジでない。それだけはない」
「そこまで!?」
「お前はそんなキャラではない。三枚目以下」
「じゃあお前は……真人な」
「俺のどこがそんな外道だって言ってる!?」
「にーちゃんに冷てえから!」
にーちゃんが持ってきた呪術廻戦を奪い取り、数ページめくる。
「にーちゃんはこれだろ、これ」
登場人物紹介の一人をトントン指差してやれば、にーちゃんはオエッという顔をした。
「俺そんな拾い食いしそう?」
「いや、高校の時からパチンコ行ってそう」
「実兄にどんなイメージ持ってんの!?」
※ ※ ※
「は……?」
気づけば、俺は頭を抱えてうずくまっていた。
完全に無防備だったが、誰にも襲われていない。
虎杖も釘崎も、俺の目の前で力なく倒れ伏しているからだ。
今はそんなことはどうでもよかった。
目や鼻から垂れている液体だってどうでもいい。
どうして今まで一度だって考えなかったんだ。
仲間がいるかもしれない可能性を。
そうだ、俺は呪術廻戦の「血塗」に成り代わっている。
そんな不可思議な状況下にあるのが、なぜ自分だけだと思っていた?
他に成り代わっている、転生者がいたって何もおかしくはない。
俺が血塗になり、すでに原作解離しているのだ。
主人公である虎杖悠仁が、原作通りである保証はない。
「にーちゃん……?」
兄弟感動の再会が、まさかこう何度もあるとは。
お互いに姿形が変わっていても、俺にはわかった。
虎杖悠仁は、前世の俺の兄だ。
それが今、全身に俺の血を浴び、グズグズに腐っていっている。
「オワー!!!!!!!!! 死ぬー!!!!!!!!!!!」
兄殺しの罪を背負いたくねえ!
み、水で洗い流せば……いや絶対間に合わねえなんか骨っぽい白いの見える!
蝕爛腐術は、「分解」を基盤とする術式だ。
俺が分解したんだから、俺がまた構築できるはずだ。
「反転術式、じゃなかった術式反転ー! 死ぬなにーちゃーん! 俺まだ1万円返してもらってねー!」
結論から言うと、できた。
だがあまりいじると怖いので、すぐ死ぬことはないだろうというところまでにしておき、あとはプロに任せることとする。
俺は右腕ににーちゃん、左腕に釘崎を抱え、伏黒がぶっ倒れていたところまで走った。
「黒い人ー! 医者を呼べ! 衛生兵でもいい!」
「……は?」
「ウワ! そういえばお前も重症だな!? 医者呼べるか!? お前も持ってどっか走った方がいいのか!?」
両腕がふさがっているので、口でくわえるしかないんだが。
どうするか迷っていると、橋の上から怒号が飛んできた。
「オマエらぁ!! ってその子だれっスか!?」
スーツを着ているので、補助監督の人間らしい。
よし、これで俺が3人抱えて救急車をやらなくても良さそうだ。
「呪霊です」
「はぁ!?」
「失礼な! 半分は人間だ!」
「はぁあ!?」
あまりにもにーちゃんが心配だったため、俺は普通に呪術高専について行ってしまってから思い出した。
そういえば虎杖殺してないから宿儺に殺される!
あと、兄者にお兄ちゃん呼んで来てって頼んだの忘れてた! ヤベ!!
※ ※ ※
「これが特級呪物ねえ」
「人を物みてえにいうな! 吐血するぞ!」
「へえ? 僕に血を吐かせるって?」
「いや吐くのは俺」
「君なの?」
既視感のあるやりとりである。
そういや頭も白いし、真人と五条悟って似てるな。
「もっかい聞くよ? なんで悠仁殺さなかったの?」
「にーちゃんだからな!」
「で、こっちももっかい聞くよ? 心当たりは?」
「いや、まったく」
にーちゃんに前世の記憶はないようだ。
しかしきっと、いずれ思い出してくれるだろう。
「君って呪胎九相図なんだよね? 兄ってそれじゃなくて?」
「それはお兄ちゃんと兄者。虎杖はにーちゃん」
「何言ってんだかさっぱりだね! お手上げ!」
状況説明。
俺はうっかり高専について行ってしまったので、うっかり捕まってしまいました。
おしまい。
鎖でぐるぐる巻きにされて尋問を受けていると、俺があまりにもにーちゃんにーちゃん言うからか本人が召喚された。
家入による治療を終えたのか、元気そうで何よりだ。
ついでなのか伏黒と釘崎もいた。
ちなみに俺の中に取り込まれていた宿儺の指だが、すでに分離済みである。
殺されるかと思ったが、宿儺は広い心で「面白いものを見れたので良い」と許してくれた。
俺はまだ生きています。
いやほんと拾い食いなんかするもんじゃねえわ。腹壊す。
「なんで宿儺の指回収してたんだ?」
「それがお遣いって言われたからなー」
「誰からだ?」
「まひっ……ツギハギ顔の呪霊」
瞬間、にーちゃんが顔を強張らせた。
「お前、あいつの仲間なのか」
「……真人の?」
ヤベ、名前言っちゃった。脹相お兄ちゃんに怒られる。
だが、そう思われるのは非常に癪だったので、俺は声高らかに否定した。
「違うぞ! アイツ嫌いだ! 俺のことおもちゃにして勝手に女にしたんだぞ!」
ヒュッと息を呑む声がどこかで聞こえた。
「気のせいかな、今幼女の口から鬼畜系単語が聞こえた気がしたんだけど」
「奇遇ですね、俺にも聞こえました」
俺の改造後の姿だが、まず髪は青だ。
元々の血塗の肌の色がそれだったからだろう。黒でよかったんだが。
今の肌は普通に人間みたいだ。
脹相お兄ちゃんを真似て、頭の上の方でツインテールにしている。
壊相兄者のモヒカンと迷ったが、兄者以上にモヒカンが似合う自信がなかったのでやめた。
それから目は壊相兄者似で、白目と黒目が反転している。
鼻のところを横一文字に走る謎の黒い刺青みたいなのは脹相お兄ちゃん譲り。
そんでもって、首から下は全部真人の好き勝手なアレンジ。
指先は妙に尖っているし、あちこちに縫い目が走っているし、幼児体型だし——そして何より、女体なのだった。
こういうのTSって言うんだろ?
俺は詳しいんだ。書籍化する前から幼女戦記読んでるからな。
「ねえそれ性的な意味?」
「直接聞くな淫行教師」
釘崎が、仮にも教師である五条の後頭部を叩いた。
俺は質問の意味がよくわからなかったので、聞き返した。
「
「うっっっっっっわ」
にーちゃん以外は、全員ドン引きしていた。
にーちゃんは俯いていて表情がわからない。
「それに俺の体の傷、全部アイツがつけたんだからな。改造するにしても趣味悪すぎ」
真人じみた縫い目が体のそこかしこについているのだ、この幼女ボディ。
ゾンビ属性は俺にはない。
「……に……る……」
「えっ」
何かをつぶやきながら、にーちゃんが突然俺の前に両膝をつき、俺の両肩を痛いくらいの力で掴んだ。
そして、つぶやきの内容を大声で言い直してくれた。
「次こそはにーちゃんが守ってやるからな!!!!!!!」
拝啓お兄ちゃん、兄者。
にーちゃんが増えました。
……って言ったら怒られるかなやっぱり?
※ ※ ※
「血塗、スマブラつっよ!」
「プププー! ゲームで俺に勝てるやつはいねえ! たとえにーちゃんでもなぁ!」
残機を削られて「ギャー!」と叫ぶ虎杖の声をBGMに、伏黒は言った。
「五条先生、虎杖と血塗が一緒にいるところを見ると変な顔しますね。なにか警戒してるんですか」
「そんなわけじゃないよ。なにがあっても最強の僕ならなんとかなるし、悠仁もそんなヤワじゃない。ただね」
五条は目隠しの位置を直しつつ舌を出した。
「完全に受肉して元の人間の人格が失われてる特級呪物から、悠仁が『にーちゃん』って呼ばれるのは、さすがにオエーッでしょ」
特級呪物を取り込んだ似た者同士と言ってしまえばそうだが、片方は完全に呪物が勝っている。
「……たしかに不吉ですね」
「え〜恵ったらジンクスとか信じる感じ〜!? いが〜い!」
「アンタが言ったんだろ……でも俺は血塗が悪い奴には思えません」
「へえ、それも意外」
「人を殺したことがあるかと聞いた時、あいつがなんて言ったか覚えてますか」
「んー、命は奪ってないけど、受肉した時に人格は殺しちゃった、だっけ?」
それに加えて、血塗は呆れた顔でこう言ったのだ。
「望んで受肉したんじゃねぇ。この人間の死の責任を負うのは受肉させた呪霊と呪術師、ひいてはそれをなんとも出来てない呪術界だろ。呪霊を人間の女に孕ませる狂った実験繰り返すアホ、今の今までそのまんまにしてんなよ」
ベーっと舌を出すオマケつきであった。
「あー、あれね。耳が痛いね」
「ええ。だから俺はその責任をとる」
「恵はホント真面目だね。まぁ、僕もやるけど」
※ ※ ※
「えー。血塗、高専に持ってかれちゃったの? 運ゲーなら勝てるかと思ったのにー」
人生ゲームのコマをいじりながら真人がふてくされた。
「本気で兄になるつもりだったのかい?」
「別に。血塗が俺のこと兄って言うとこが見たかっただけ」
「わざわざ自分の姿に似せたのに?」
「兄弟って似てないと嫌なんだろ? 血塗が言ってた」
夏油は「やっぱり兄になる気だったんじゃないか」と言いながら株券を数えた。
「脹相が言うに、まだ死んではいないみたいだから、そのうち会えるんじゃない?」
「でもあいつちょー弱いからすぐ死んじゃうよ」
「もう兄心が芽生えてるんだ」
「別にー。あ、女の子産まれた。これで兄妹じゃん」
人生ゲームのコマになっている車に、新しくピンクの棒を挿す。
「面白くなってきたね」
「夏油、出産祝いちょうだい」
「はいはい」
※ ※ ※
「すみません兄さん、私がいながら……」
「いい。血塗がそうしろと言ったのだろう」
脹相のところに戻ってきた壊相は、血塗に言われた通り、脹相を連れてあの場に戻ろうとした。
だが、夏油からの情報が入り、血塗は宿儺の受肉体らと共に呪術高専に行ったという。
それを聞いた脹相は、真人が意外に思うほど大人しく引き下がった。
「もともと、呪術師らが持っている他の弟たちを奪還する予定だ。それに血塗が増えても問題ない」
血塗はまだ生きている。
脹相と壊相の中に流れる血がそれを教えてくれる。
「血塗は、楽しいことを第一にしていた。唯一それ以外に考えていたこととすれば、俺たちの母親を弄んだ呪術師——加茂憲倫を殺すということだけだ。弟は受肉してからもその通りに行動した」
だとすれば、受肉してからのあれらの発言はそういうことだ。
脹相と壊相は、そう理解した。
「俺たちは三人で一つだ」
壊相に母の記憶はない。
人間にも術師にも、特別恨みがあるわけではない。
だが、血塗が望み、脹相が実行せんとするならば、壊相の答えは一つだった。
「兄弟のため、兄弟が望むなら、私はそれに殉ずるよ」
現状これで一旦完結です。
もう少し原作の話が進んだら続きを書くかもしれません。