それいけ!血塗ちゃん   作:九条空

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書き溜めがもうないので毎日更新の限界は近いです。


小話:伊地知潔高

 

 俺がまだ血塗になる前、好きなキャラクターの傾向があった。

 それは、ダウナー系のキャラクターであり、もしくは苦労人ポジションのキャラクターであった。

 人ってやっぱり、自分にはないところに憧れると思う。

 俺は基本的にポジティブでアッパーな人間だったし、今だって人より常識も責任感もないという自覚がある。

 だからこそ、人よりも気遣いができて、自らの良識に従って要らぬ苦労を背負うことのできる人間を尊敬している。

 

 自分にはできないからだ。

 俺は我慢っていうのが苦手だからな。嫌だと思ったらすぐやめてしまう。

 だから学生時代からアルバイトが長続きしなかったし、社会人になってからも職を転々と——いや、思い返すと憂鬱になるからこの話はやめよう。

 

 というわけで、俺はキャラクターとしては伏黒が好きだった。

 それからななみちゃんと、伊地知も好きだったのだ。

 

「いーじーちっ! どーん!」

「はァッ!?」

 

 たまたま高専内で見かけた伊地知に、俺は戯れるつもりで軽く体当たりをした。

 本当に軽くの気持ちだったのだが、俺は半分呪霊製の自分の体のスペックを甘く見ていたようで、思ったより伊地知が吹っ飛んでしまった。

 それこそ殺しかけるくらいに、伊地知がぶっ飛んだ。

 

「ウワ! ごめん! 伊地知軽ッ!? 飛びすぎ! 生きてるか!?」

「は、はい……一応……」

 

 このままだとぶっ飛ばしすぎて伊地知を壁に叩きつけてしまうと思った俺は、空中で半身を返し、伊地知をかばって自分の背中から壁にぶつかった。

 めちゃめちゃ焦っちゃった、嘘でしょ、人間ってこんな飛ぶの?

 それこそゲームみたいに飛んだんだけど。伊地知が軽いだけ? ちゃんと食ってんの?

 体を反転させるときに掴んだ伊地知の腕は確かに細かったので、俺は心底不安になってしまった。

 

「伊地知、死なないで……」

「なぜ命の心配を!?」

 

 俺に殺されるとでも思ったのか、伊地知がギョッとした。

 俺がぶつかったところの骨が折れてはいないかと、ペタペタ触って確かめていると、突如愉快そうな声が響く。

 

「伊地知が血塗襲ってる!」

「ぎゃあ! 五条さん!?」

 

 声のした方を見れば、楽しそうな五条悟がいた。

 こちらにスマホを構え、パシャパシャと写真を撮っている。

 俺は視線を戻し、自分の上にいる伊地知を見上げた。

 なるほど、俺がぶっ飛ばしてしまった伊地知をかばって下になったので、見ようによっては伊地知の方から俺を襲っている感じかもしれない。

 

「間違ってるぜ五条悟。伊地知は俺が襲った」

「はァッ!?」

 

 伊地知が声をひっくり返した。

 だがしかし、それが事実である。

 

「ごめん……冗談のつもりだったが、伊地知にとってはそうじゃなかったよな」

「待ってください、待って待って! なんっ……どういうことです!?」

 

 冗談で人を殺しそうになったことを俺はひどく反省していた。

 最近、にーちゃんとプロレスごっことかしてたので感覚がイカレていたらしい。

 そういやにーちゃんって両面宿儺の器なんだった。めちゃめちゃ頑丈じゃん。

 俺は自分の力を制御しきれないバケモンになりたいわけじゃないので、今後出力には慎重を期すことにする。

 

「伊地知、生後一ヶ月未満の女児を襲うのは流石にイカれてる。呪術師の才能あるよ」

「は? 伊地知は俺に襲われただけだ! 呪術師の才能はねえ!」

「お二人とも何言ってるんですか!? もう嫌だ……!」

 

 伊地知は俺の上から飛び退ると、床の上で丸まってしまった。

 まるでダンゴムシである。どう考えても成人男性がやっていい行いではない。

 そこまで追い詰められているということである。俺は憤慨し、五条悟を怒鳴った。

 

「おい五条悟! 伊地知をいじめるな!」

「え? どの口で言ってる?」

「え? この口だが?」

 

 俺はかつてならば2つあったが、今は1つしかない自分の口を指差して、五条悟はそれを見て、頷いた。

 

「うん、流石の僕でもちょっと伊地知がかわいそうかなって思った」

「自分でいじめたのにか!?」

「人に同情できることと人に共感できることって、才能が違うんだよね」

 

 五条悟の言うことは難しい。こいつ頭がいいからってウンチクでマウント取ってきやがる。

 もう五条悟は無視することにして、俺は伊地知の頭を撫でてあげることにした。

 

「伊地知はこんなの相手にいつも頑張ってて偉いな、よしよし」

「け、血塗さん……!」

 

 うずくまりながらも、伊地知が俺をキラキラした目で見てきたので、俺もキラキラした目で見返した。

 さんって呼ばれるのは好きだ。人権を感じる。マジ伊地知っていいやつ。

 

「俺はあんま強くないけど、伊地知よりは強いから、守ってやるな! 五条悟に弱いものいじめされたら言えよ! 俺頑張ってかばうからな!」

「よ、弱いものいじめ……」

 

 五条悟は最強なので誰かをいじめたらそれすなわちすべて弱いものいじめになる。

 マジで大人気ないから誰もいじめないほうがいいと思う。

 

「……うっわ、伊地知ってロリコンだったの?」

「はぁ? 何バカなこと言ってんだ五条悟。伊地知は俺みたいなのは好きじゃないぞ! 伊地知の好きなタイプは家い——」

「わぁーッ!」

 

 飛び上がった伊地知が俺の口を塞いでくる。

 意外と動けるんだな伊地知って。今の速さはちょっと驚いた。

 

「一体誰がそんなことを!?」

 

 そういや俺、伊地知と家入が絡んでるところ見たことなかった。

 前世で漫画読んでた時のなんとなくのイメージだったな。

 伊地知が女性と絡んでるところは、家入か釘崎の二択でしか読んだことないし、釘崎と伊地知の会話印象に残ってねえもん。

 深く追求されると困るので、俺はちょうど喋れないのをいいことに、とりあえず五条悟を指差した。

 

「僕?」

「五条さん! 変なことを言わないでください!」

「いや言ってないって。これはマジ。だよね硝子」

「ん? なんの話かはわからないが、伊地知絵面ヤバイよ」

 

 伊地知が砂になった。そう錯覚するほど突然脱力した。

 おそらく原因は、たまたま通りがかった家入のせいである。

 より具体的にいうと、伊地知が俺という幼女の口を押さえている、確かに言われてみればヤバい絵面を、チャランポランな五条悟や、常識が欠如している俺ではなく、それなりにまともな家入に言われたことによるダメージである。

 俺は力を失った伊地知の手をそっと自分の口から外すと、もう一度頭をよしよし撫でておいた。

 タイミングの悪さってあるよな。伊地知の不幸の半分以上がそれで構成されてそうだ。

 

「なんの話をしてたんだ?」

「な、なななななんの話って、それは……」

 

 家入に問われ、伊地知が伺うように俺の方を見てきた。

 フッ。安心しろ、伊地知。

 いくら情緒が育っていない俺とはいえ、むやみやたらに色恋沙汰に口を出すようなことはしない。

 だから俺は自信満々に話をごまかした。

 

「口に出しては言えないようなことだ!」

「血塗さァーんッ!?」

 

 俺は伊地知から目線をそらした。

 伊地知の声色からいって、俺のフォローが失敗したのを感じ取ったからである。

 

「もう嫌だ……」

「よしよし、元気出せよ伊地知! あの、えっと……いい子いい子!」

 

 再び丸まってしまった伊地知に対して慰めの言葉がまったく見つからなかったので、雑になってしまった。

 

「アッハッハ! ハーッ、向こう3年は笑えそう」

「五条、血塗。伊地知をあまりいじめるなよ」

「家入さん……!」

 

 家入はそれだけ言うと、廊下を歩いて去って行った。

 俺は伊地知をいじめたつもりはないし、何より五条悟と並べられて注意されるのが非常にムカ着いたが、でも間違いなく俺が悪かったと思うので、大人しく伊地知に「ごめん……」と言った。

 だが例によって、何がどうダメだったのかいまいち理解できていないので、またやらかしそうだった。

 とりあえず伊地知に体当たりするのがダメだということしかわからない。

 

「伊地知、俺全然ダメだ……五条悟から伊地知守れない……」

「血塗さんが五条さんと一緒にいるとトラブルの規模が倍になります」

「伊地知、あとで説教」

「ほらぁ!」

「今のは俺のせいなのか!?」

 

 物言いだったが、確かに五条悟がいると伊地知をいじめるのは明白だったので、俺は伊地知を引っ張って五条悟から引き離すことにした。

 

「じゃあな五条悟! お前はえっと……笹かまでも食ってろ!」

「宮城に出張の予定はないんだけど」

 

 今日の俺は本格的にダメかもしれない。罵倒もうまくいかない。

 俺はいつもそうだ。仲良くなりたいやつとは気が合わないんだよな!

 高校時代のクラスメイトが俺の好きなラノベを読んでいたから話しかけたのに、めちゃめちゃ距離を取られた上に二度と教室でラノベを読まなくなった時のこと思い出して胸が苦しいんだけど。

 

「伊地知〜っ、俺のこと嫌いになったか? もう話しかけないほうがいいか?」

「うっ……いえ、嫌いになったとかそういうことは……でも五条さんと一緒には来ないでください、私では対処しきれません」

「違うもんあいつが勝手に俺のとこ来るんだもん! あわかった、俺が五条悟引っ張って伊地知から引き離せばいいのか!」

「そうですね……いえ、そうですねって言ったのが五条さんにバレたら怒られるので内緒にしてください」

「任せろ! 口は堅いほうだ!」

 

 口を閉じようと思う前に脊髄で喋り出すことがあるが、最大限努力するぜ。

 

「で、家入を見たら伊地知の方に引っ張っていけばいいのか?」

「なぜ!? やめてください!」

 

 なんか癒されてそうだったから良かれと思って言ったんだが、外したらしい。

 伊地知と俺は思考回路が違いすぎて、何をしてあげたら嬉しいのかがわからない。

 

「人間って難しいな伊地知……」

「本当にそう思います……」

 

 この後、それなりに伊地知と似たタイプだと俺が勝手に思っている伏黒に「伊地知って何してあげたら喜ぶかな?」と聞いたら「お前が何もしないこと」と言われたのでちょっと泣いた。

 




五条悟が相対的にどんどん常識人になっていく。
ひとりが一方的にひどい目にあうギャグはかわいそうだから好きじゃないんですが、逆に伊地知にどうやっていい目を見せてあげればいいんですか?
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