どんどん小話という長さではなくなっていく。
呪術高専の正門は非常に立派で、まさしく門といった見た目をしていた。
瓦が葺いてあるし、何よりとっても
そして高いといえば、バカと煙はなんとやらと揶揄されるものだ。
俺は正門の瓦の上で、ゴロンと横になって空を見つめていた。
「何をしているんですか」
「んー? 日向ぼっこ」
日光を浴びることはストレスの減少に繋がるって昔どこかで聞いたことがある。
せっかく今は無職として365連休を楽しんでいるのだし、こうして好きな時に好きなだけ太陽光を浴びておこうというわけだった。
体の半分が吸血鬼ではなく呪霊でよかった。お布団のお日様の匂いをありがたがれる——と思ったけど、俺この体でお布団使ったことなかったな。
あ、でもパンダをもふもふした時に似たような匂いを嗅いだと思う。
「ななみちゃんこそ高専に来てどうしたんだ? 五条悟に用事か?」
「いいえ。あの人には極力会いたくありません」
そういうことを真顔で言い切れるななみちゃん、好きだ。
軽く吹き出しつつ、俺は寝返りをうって、ようやくななみちゃんの方を見た。
「今日はあなたに用事があって来ました。血塗さん」
「……えっ!? 俺!?」
俺は驚きすぎて、瓦の上から地面へと転がり落ちた。
あっぶね! 驚いた瞬間前のめりになってしまい、高専の敷地内から出そうになってしまった。
俺は一応、高専内でしか自由を認められていないので、出てしまってはまずいのだ。
だから慌てて身を引いたら、引きすぎて後ろから転げ落ちてしまったのだった。
「大丈夫ですか?」
「うん、俺っ、人が外から訪ねてくるって初めて! こういう時どうするんだ!? お茶とか出すのか!?」
「いえ、お構いなく」
「ウワーッ! それっぽーい!」
忘れかけていた人間的交流に心が踊る。
お、俺は……今社会人としての一歩を再び踏み出そうとしている……!
感動に打ち震えつつ、立ち上がって自分の体についた土を払いおとす。
「えっと、えーっと、俺の部屋行く!? 何もないけど! ゲーム機以外なんもないけど! あでも一応こないだ夜蛾からクッションもらったからそれはある!」
「あなたが言うなら、本当にそれ以外は何もないんでしょうね」
「えっないけど!?」
少し前に伏黒が訪ねて来てくれた時は、マジで何もなかったので「床に座る?」しか言えなかったのだ。
今度からは「クッションに座る?」って言えるぜ。
ななみちゃんは手を伸ばして俺の頭についていた木の葉を取ってくれた。
「行きたい場所があるので、ついて来ていただいてもいいでしょうか」
「行く行くー!」
脊髄反射で答えてから、ななみちゃんの行きたい場所が高専の外だったら勝手に出ちゃやばいなと思ったのだが、幸いにも向かった先は高専の中であった。
やって来たのは、理科室である。
そういえばここって高校なんだった。理科室とかいう場所、あるらしい。俺は初めて入った。
「ここで何すんの?」
「実験です」
「ワーッ! 楽しそう!」
ここで一体何が行われるというのだ。
俺はワクワクしながら、ななみちゃんが理科室の棚から実験器具を取り出すのを眺めていた。
ちなみに、手伝おうかと提案したが断られている。
子どもの手の届くところには危ないものを置いてはいけないってこと、ななみちゃんはきちんと知ってるらしいな。
ななみちゃんは空のビーカーをこちらに向けて言った。
「ここに血塗さんの血液を入れていただいてもいいですか」
「お? お安い御用だ」
俺は右の人差し指を突っ込んで、指の先端からダバッと血液をビーカーに流し込んだ。
血液であればヤカンみたいにドバドバ出せる。体内で沸騰はさせられないけどな。
名前はすっかり忘れてしまったが、三脚のようなものに金網を乗せ、金網の上に俺の血液が入ったビーカーを乗せた。
それをななみちゃんはアルコールランプで加熱し始めた。
「先の任務で、血塗さんが使った術式について疑問に思うところがありまして」
「蝕爛腐術のことか? いいよ、なんでも聞いてくれ」
「では、術式の発動条件について聞きます」
火にかけられたビーカーを挟んで、俺たちは向かい合って座った。
「対象の粘膜・傷口に自身の血液を取り込ませ、侵入箇所から腐蝕させることができる、というのでよろしかったですか」
「よろしかったです」
面と向かい合っていると面接されている気分になって、俺は背筋を伸ばしてしまった。
ビーカーの中の血液がコポコポという音を立て始める。
「呪詛師に発動できたのは、熱されて蒸発した血液を吸い込んだから、ということでしたが」
「うん」
「今私に発動してみてもらっても?」
「え、いいの? まあ言われたらやるけど……」
俺は瞬きを繰り返した。
術式を発動させようとしたが、手応えが全くなかったからだ。
「できないんだけど! ななみちゃん、実はえら呼吸してるのか!?」
「してません」
ななみちゃんはアルコールランプの火を消すと、丁寧に解説してくれた。
「血塗さんの術式は、血液の成分の一部ではなく、あくまで『血液』を取り込ませないと発動しないようですね」
ななみちゃん曰く。
血液が熱されても蒸発するのは血液中の水分だけなので、空気中に血液の成分すべてが漂うことはない。
それなのにこないだの敵に対して術式が発動したのは、おそらくそれとは別の要因で血液を吸い込んだ、あるいは粘膜に触れたから——もっとも考えられるのは、爆風によって飛沫のように巻き上げられて拡散された血液であろうということだった。
つまり棚ぼた攻撃。あっぶな、あんなカッコつけといて不発に終わるかもしれなかったのかよ。
「めっちゃいい方法だと思ったんだけどな……俺の新技が露と消えた……」
この方式で攻撃が成立するのであれば、火を扱う呪霊に対して有利を取れると思ったんだけどな。
「発想自体は悪くありません。液体のままであれば警戒されますが、飛沫になっていれば警戒してもしきれないでしょうから」
「そもそも攻撃を攻撃と思わせず、避けさせないっていうやつね。雑魚になら成立するんだけどな」
あの任務で最初に祓った呪霊にはそのやり方でカタをつけた。
殴ったら血が出るのは当たり前だから、その吐血に警戒させない。
でもそれは知能の低い呪霊だったから成り立ったことだ。
そもそも人間だったら血の飛沫が目や口に入るのは、それが攻撃だと思っていなくても避けるだろ。嫌だもん。
「血液を高速で撃ち出すことは不可能なのですか」
「銃弾みたいに、って意味なら不可能だな。それは蝕爛腐術ではなく赤血操術の領域だ」
「槍のようになら打ち出せると聞いていましたが」
「前は宿儺ブースト状態だったからできただけで、今の俺は弱いからできない。それ極ノ番だもん、術式の最終奥義だよ。レベルが足りてないな」
そもそも論だが、そういうのって経験値積んだらできるようになるものなのだろうか?
練習すれば呪力の操作は上手くなっていくだろうが、呪力の総量って増えるのかな。
俺に足りていないのが操作のうまさなのか、呪力量なのかがそもそもわかってないんだけどな。
現実はゲームじゃないからな。
ゲームじゃ主人公はレベルが上がって強くなるが、もとよりそれだけ強くなれる素質があったということである。
パーティメンバーになれるキャラは、全員レベルが上がる前から強いもんなんだよ。
俺はパーティメンバーじゃないからな……よくて中ボス、いや小ボスだからな……。
「でもななみちゃんは良いこと言ったな。液状じゃなくて霧状にすりゃ良いんだ」
あの時の敵は自分の爆風で勝手に俺の血液を霧状にして吸い込んでくれたが、自分でもそれをやりゃいいのだ。
思いついたので、実践してみることにした。
「つまり、こういう」
俺は指を銃の形にして、人差し指の先端からピュッと血液を発射した。
「水鉄砲方式じゃなくて、こういう」
俺は指の形をそのままに、人差し指から自分の血液を霧散させた。
「霧吹き方式もありってことだな」
液状にして飛ばすほうが推進力があるので飛ばしやすいが、明確に見えるので避けられる。
霧状の方が多少は見えにくいし、拡散するので呼吸などから粘膜を狙える。
ななみちゃんは、俺の実演を見て感心した風に顎に指を沿わせた。
「器用ですね」
「お兄ちゃんほどじゃない。血液操作は術式の範囲外だからな」
それでも褒められると嬉しいので、俺はちょっとニヤついた。
俺は何も考えずにこの場で血液を霧状にしてしまったので、ななみちゃんはそれを吸い込んでしまったかもしれない。
俺の術式を食らっちゃうかもしれないのに、何にも心配していないななみちゃんがかっこよかったのでニヤついたところもある。
俺程度ならどうにでもなるという、実力に基づいた自信、憧れちゃうね。
「俺はまひっ……ツギハギ顔の呪霊に肉体改造されてちょっとばかし身体構造が生まれ持ったそれとは変わってるけど、もともと
俺は体内でかなり自由に血管を動かすことができる。
血管から血液を大量に体外に放出することができる。
血管からはみ出た血液であっても、水滴のように完全に独立していなければそれなりに操作することができる。
これらの特徴は蝕爛腐術という術式に付随するものではなく、俺という
原作の血塗もそうだったかはよくわからん。だって俺改造前の性能試してないからな。
「あ、にーちゃんと考えた一発芸見せてやるよ」
俺は手首の内側にあるツギハギの縫い目から血液を滲ませると、そのまま触手のように伸ばした。
血管操作の延長でやっているため、基本的に線状にしか伸ばせない血液だが、やりようによってはこういう応用も利く。
血液をくるくる結んで形を作る。
「一発芸、プードル」
「……器用ですね」
バルーンアートのプードルが手首から生えている様子を想像してほしい。
まんまそれだ。バルーンではなく血液なので真っ赤なプードルだ。
俺はもともと血液を大量に吐いてぶち当てるしか能がない血液水風船みたいなもんだったが、こうして血液バルーンアートができるくらいには成長しました。きっと兄たちも褒めてくれることだろう。
「面白くなかったか? 五条悟には大ウケしたけど」
「私と五条さんの笑いのツボが同じところにあるとでも?」
「百理ある」
五条悟と同列にするという、めちゃめちゃ失礼なことを言ってしまったので反省した。
俺はプードルの足をジタバタさせると、結びを解いてまっすぐにした。
「これでにーちゃんと暗黒面に堕ちたジェダイの騎士ごっこして遊んだ」
ブォンブォン……と口で言いながら、ライトセーバーに見立てた自分の血液をゆっくり振る。
正直俺とにーちゃんはいつ暗黒面に堕ちるかわからないので全然冗談じゃないんだが、逆に冗談じゃないからこそ面白かった。ブラックジョークというやつだ。
にーちゃんはそういうの何も考えてなかったと思う。
「スターウォーズなんて難しい話がわかるんですね」
「ルークとレイアがきょうだいなのにちゅーしたのしかわかんなかった」
「観る映画は選んだ方がいいですよ」
「えー、でも夜蛾に任せると動物感動ものしか選んでくれないんだもん」
せめてドクター・ドリトルにしてくれ。ハチ公物語も南極物語ももういいよ。
「今度ななみちゃんも映画おすすめしてー」
「考えておきます」
ななみちゃんが席を立ったので、俺もついていく。
「もう用事はいいのか?」
「ええ」
「そうか。俺についてちゃんと上に報告できそうか? まだ質問あるならなんでも聞いてくれよな」
ななみちゃんがこうして俺の術式を確認しに来たのは、何も俺への教育が目的ではないだろう。
それはななみちゃんの仕事じゃないからだ。
ななみちゃんの仕事は俺の初任務の監督であり、その成果を報告することである。
だからこそ俺の術式について、正確に把握するためにやって来たはずだ。
「血塗さんは私を殺せると思いますか?」
「は!? 無理に決まってんじゃん!」
俺は中距離を得意とする術式で、遠距離も近距離も苦手だ。
ななみちゃんは近距離のエキスパート、俺に勝ち目は見えない。
俺の術式もほぼ完璧に把握されているしね。俺が真面目に報告してんだけどさ。
呪術での戦闘は初見殺しでほぼ決まるって言ったじゃん。無理無理。
手の内がお互いにバレているなら純粋な実力でしか勝負は決まらない。
ななみちゃんと俺の実力? 言わせんなよ、月となんとやらだろ。
「ななみちゃん生きてる方がにーちゃんのためになりそうだし絶対殺したくねー」
実力差を覆せるのは唯一、精神論だ。根性で勝つしかない。
でもって、俺はそんな熱心にななみちゃんを殺す理由が思いつかない。
FCがあったら入ってるって言っただろうが。俺は無愛想で真面目なキャラが好きなんだよ。
つまりもう絶対に無理、勝てないし殺せない。
「そういう意味で聞いたんじゃありませんよ。気持ちではなく実力です」
「あれ? 俺もそういう意味で言ったつもりだったんだけど……?」
俺は自分の発言を思い返した。
無理! で実力的に不可能なことを言って、殺したくねー、で気持ちの表明だ。
まあいいや、伝わってないならちゃんと言い直せばいいだけである。
「五条悟が一級呪術師なら難なく俺を祓えるって言ってたぞ。ななみちゃん一級だろ?」
「その発言、虚偽ですね」
「嘘なの!?」
「あの人の言うことを真に受けない方がいい」
「信じちゃった! 五条悟のバカッ! 俺もバカッ!」
「あるいはその時点では本当だったかもしれませんが、あなたは成長している。難なく、は言い過ぎです」
「ああ、できはするってこと。俺もそう簡単に殺されるつもりないしー、死んだとしても相手の腕一本、内臓一箇所くらいは持ってくからな」
相手が五条悟でもない限り、無傷で勝利を持っていかれるってことはないはずだ。
多少はやり返したい。これでも一応特級だぞ。
「家入いるから意味ないけどなー。まあ気持ちの持ちようだよなそういうのって」
「私から言い出したことですが、その話はあまり他の人にしない方がいいでしょう」
「えっどの話?」
「人を殺せるかどうかの話です」
「そうか。じゃあしたくなったらななみちゃんにするな。したくならないと思うけど」
正門まで一緒にやってきたので、名残惜しいがここまでだ。
「見送りありがとうございます。それでは」
「うん、またあそぼー!」
「遊びじゃありません」
「じゃあまた実験しよー!」
「機会があれば」
クールに去っていくななみちゃんの背中を見届けて、俺は再び正門の瓦の上に飛び乗った。
日向ぼっこの続きだ。次ななみちゃんに会えるのいつかな。
ななみちゃんが俺に実験したくなるようなことが起きればいいんだけど。
名前はすっかり忘れてしまったが、三脚のようなもの
→三脚台