俺がにーちゃんの部屋で、ななみちゃんからおすすめしてもらったフランス映画「最強のふたり」を字幕で見ていると、五条悟がノックなしで乗り込んできた。
「いたいた、血塗〜」
「これから任務とか言ったら殴るぞ」
「できるもんならやってみなよ」
「クソ! 言ってないのに言いたいことが伝わる! 殴らなきゃいけない! バカッ!」
「血塗、できないことは言わない方がいいよ」
五条悟を殴ったが、案の定無下限で寸止めを食らった。
任務じゃん! 絶対任務じゃん! ヤダー! まだ映画40分くらいしか観てないのに! 続きが気になるのに! 今すぐ観たいのにー!
振り上げた両腕で交互に五条悟の胸のあたりをぶん殴り続けるが、痛いのは俺の拳だけだ。
俺が五条悟をポカポカしてるだけ。
五条悟が開けっ放しにしていた扉から、追加のコーラを買いに行っていたにーちゃんが戻ってきた。一緒に狗巻もいる。
「狗巻先輩が血塗のこと探してたから連れてきたー」
「すじこ」
「それ食ったことない……狗巻なんの用事だ、俺は今五条悟と喧嘩するので忙しい」
「あ、任務は棘と行ってもらうから」
「なんで狗巻なんだよもっと俺がおにぎりを食べてからにしろ!」
「食べたらなんか変わる?」
「もっと言ってることがわかる」
「無理無理」
「うるせー! やってみなきゃわかんないだろうがー!」
相互理解の努力を否定するな!
おにぎりの具しか喋れない人間とのコミュニケーションを模索してなにが悪いんだよ!
流しっぱなしになっていたDVDを止めたにーちゃんと狗巻が、俺と五条悟を引き剥がした。
「今日機嫌悪いね血塗、生理?」
「おかか!」
「五条先生セクハラにしてもひでーわそれ」
「俺に生理はまだ来てねーし!」
「答えなくていいぞ血塗! よしよし!」
にーちゃんによしよし撫でられながらも、俺は五条悟に歯をむき出しにして威嚇する。
機嫌悪いのは誰のせいだと思っているんだ。
途中でスリープモードにできるゲームならまだしも、映画の中断はマジで嫌いだ。
あれは通しで観てこそ意味があるんだ。だからにーちゃんがコーラ買いに行ったときだって苦渋の決断で一時停止しなかったのに! てかにーちゃんは視聴済みだったからそれに甘えたのに!
「今日引率は五条先生がすんの?」
「僕は別の用事」
「五条悟はいつもそれだな」
「特級は忙しいんだよ」
「俺も特級だから忙しいんだけど」
「アハハ! 上手いこと言うじゃん」
「アハハで済ますな。って言ったからって座布団を投げるな」
五条悟がぶん投げて来た座布団を頭を傾けることで避ける。
座布団一枚って言いたかったんじゃねえわ。座布団運びの山田くんはそんなに野蛮じゃねえんだよ。
その座布団の飛び方するのは笑点の会場じゃなくて両国国技館なんだよ。てか座布団どっから持って来た。
「今日は大丈夫、棘と一緒だもん。ほぼ見学だよ。呪術師がどういう仕事してるかの社会見学だって」
「はあー? 俺はにーちゃんが仕事してるところもう見たことあるし」
「それ最初に血塗と悠仁が殺し合った時じゃん」
「それが呪術師の仕事だろ」
だから見学なんて必要ないね、と繋げようとしたが、五条悟だけでなくにーちゃんと狗巻もがっかりした顔でこちらを見ていたので喋るのをやめた。えなに。
「おかか……」
「ナイワー」
「違うからな、血塗、呪術師ってそんな辛いことばっかじゃ……いや辛いかも……」
なんだこの空気は。俺が悪いのか。
呪術師は呪霊を祓うのが仕事で、俺は呪霊なんだから、なにも間違ったことは言っていないはずだ。
「……ハッ! そっか、そん時は俺が祓われる当事者だから見学じゃなくて体験だな? しかも未遂だしな? 確かに自分が祓ったの以外じゃ、呪霊が祓われるところって、伏黒が宿儺の指取り込んだ呪霊倒したところの一回しか見たことないかもしれない」
「そういうことじゃないんだけど、まあそういうことで。だから棘と一緒ね」
「だからの使い方はわからんがわかった」
にーちゃんが挙手をして五条悟に質問する。
「五条先生、俺は一緒に行けねえの?」
「まだ無理かなー」
まだってことはいずれは一緒に行けるかもしれないのか。
俺とにーちゃんは視線を合わせて、ワクワクした顔をした。
「一緒に行けるようになったら色々案内するからな!」
「にーちゃんと遊べるの楽しみー!」
「遊びじゃないけどね、まあいいや」
高専の中でも十分にーちゃんとは遊んでいるが、場所を変えての遊びも楽しそうだ。
にーちゃんが案内してくれるのはどこだろう。見た目が幼児の俺でも行ける場所だからそれなりに限られそうだな。
伏黒とか釘崎も一緒に遊べたらいいなー。
特に釘崎、あいつ俺に外の面白そうな場所のことを教えるだけ教えて来て毎回俺は「いいなー!」って言わされているので、直接その場所を案内させたい。
「そうと決まれば急ごう狗巻、ちゃっと行ってちゃっと帰って俺は映画の続きを観るんだ」
「しゃけ」
「いってらしゃーい」
「気をつけてなー!」
狗巻の背を押して一緒ににーちゃんの部屋を出る。
……出たはいいもののどこに行けばいいかわからなかったので、俺はすぐに狗巻の隣に並んだ。
そのままついていくと、根元の黒い金髪をしたスーツの女性が待っていた。
「うぃーっす、今日はよろしくっス」
「伊地知じゃないのかー」
「あ、がっかりしたっスね? 伊地知さん好かれてんなー」
新田は若い女性の補助監督だ。
にーちゃん達が自殺の名所である八十八橋にまつわる任務を担当した時の補助監督でもある。
つまり俺がにーちゃん達と殺し合いをした後、瀕死の3人を車で運んでくれた人だ。
俺はフランクに片手を上げて挨拶した。
「久しぶりだな新田」
「うわ、名前覚えられてる」
新田が顔を引きつらせたので、ムッとした。
「はあ? 最初に名乗っただろ俺に。俺も名乗ったし」
「死にかけの負傷者がいたし、流暢に喋りかけてくる相手は呪霊だしでこっちは生きた心地してなかったんスよ。気もそぞろだったっス」
「ふーん? じゃあもっかい名乗るか? 俺は血塗だ! こっちは狗巻だ!」
「こんぶ」
「いや狗巻君の紹介はいいっス、知ってるんで」
クールな対応をされてしまった。これが伊地知だったらもっと激しめにつっこんでくれるんだが。
俺は周囲を見渡して、新田以外に誰もいないことを確認した。
「本当に俺と狗巻だけなのか?」
「そっスね。狗巻君は今高専にいる生徒の中じゃ一番階級が高いし大丈夫でしょ」
そういうのフラグって言うんだが?
狗巻の現在の階級は準一級呪術師だったはずだ。
一級呪術師であるななみちゃんの一個下の階級。確か究極メカ丸も狗巻と同じで準一級呪術師……こうやって並べると真人に勝てる気しねえ。やっぱあいつボコボコにするには特級クラスじゃないとダメなのかな。
もちろん階級だけでなく術式との相性が問題になってくるが、魂特攻持ちの真人に有利とれんのって誰なんだよ。にーちゃん呼ぶしかねえ。
てか、俺って狗巻一人いれば何とかなるような呪霊だと思われてる?
若干ショックだな……狗巻の呪言を食らったことがないのでどの程度俺に有効かはわからないが、俺を完封できるほどの呪術師なんだろうか。
一応特級呪霊なんだが。真人と同じ……いやそう表現すると気持ち悪い。
俺の階級は両面宿儺と同じだよ! 戦ったらゴミムシみたいに瞬殺だろうけど!
一抹の不安を覚えつつも、俺と狗巻は新田の車に乗り込んだ。
今回もなぜかチャイルドシートが用意されていたので、大人しくそれに座る。
しばらくは窓から流れていく車外の様子を見ていたが、せっかくの機会だし狗巻と会話を試みることにした。やっぱり人とは仲良くなっておきたいしな。そっちの方が面白い。
俺は少し考えてから、狗巻とパーフェクトなコミュニケーションができる唯一の切り札をここで切ることにした。
「狗巻、好きなおにぎりの具なに?」
この質問以外にきちんと会話を成立させられる気がしない。
「ツナマヨ」
「食べたことない」
「こんぶ」
「それはある……なあなあ新田、どっか寄っておにぎり買ってー。俺ツナマヨ食べてみたい」
「いいっスよー。コンビニでも行きますか」
何気にコンビニに来るのは初めてだ。
タピオカ屋には伏黒と一緒に並んだことがある。順序狂ってんな。
コンビニの駐車場に車を停めると、新田は「ここで待ってるんでサクッと行ってきてください」と俺を送り出した。
いそいそとチャイルドシートから抜け出し車外に出ると、狗巻も外に出ていた。
「高菜」
「えなにそれ初めて聞いた」
狗巻が右手を出して来たので、それを見てしばらく考えた。
頭をひねって考えた末に、俺は狗巻の右手に自分の右手をポンと乗せた。俺の脳内データベースには犬のお手しか出てこなかったからだ。
「おかか」
「違った……」
首を横に振られたので、俺はしょんぼりしながらお手をやめた。だが手を完全に下ろす前に、狗巻の左手が俺の手を掴む。
そこまでされてようやく俺はビビッときた。
「手を繋ぐって意味か〜! なっほどね!」
小さなお子様からは目を離さないようにお願いしますってやつだ。
狗巻ったらちゃんとしていて偉い。まだ高校生なのに大人の才能がある。
手を繋いだままコンビニに入店すると、狗巻はまっすぐおにぎりのコーナーまで歩き、商品を指差した。
並んでいるおにぎりを見て、俺は興奮気味に狗巻の手をぐいぐい引っ張った。
「え!? めちゃめちゃ色々ある! 狗巻、おにぎりの具めっちゃあるよ! ねえねえ! 狗巻こんな語彙あんの!」
「しゃけ」
「じゃあもっと俺のトークが上手ければ狗巻の語彙を引き出せるんだな……精進しよ」
「おかか」
ないない、と手を振る狗巻を横目に、コンビニおにぎりの列を眺める。
チャーハンっておにぎりの具に該当する? 具ではないか?
狗巻って「塩」とか言うの? 聞きてえ〜。でも具じゃないのか?
「大変だ狗巻……」
「こんぶ」
突然大変なことに気がついてしまった。
「食べたことないのがいっぱいあって気になるけど俺はそんなに食べられない。いけて2個……いやそんな食べられない」
この幼女ボディは低容量低燃費だ。
そんなに食事は詰め込めないし、そもそもそんなに必要がない。
ほとんど呪力で体のエネルギーをまかなっているし、実際食事でエネルギーを摂取する必要自体はない。釘崎が言っていたように娯楽に近いのだ、エネルギーにはできるけどな。
タバコみたいなもん……いやそれは語弊がある。食事に害はないからな。毒物でもない限り……いや、俺ってもしかして毒物食っても問題ないんだろうか? 今度やってみようかな。
一つしか選べないおにぎりの具、究極の選択だが、選ぶしか道はない。
「んーじゃあツナマヨだな! ……ハッ! ヤベ俺お金持ってない!」
「すじこ」
「やめろ狗巻それとツナマヨで迷ってたんだぞ、でもお金ないと買えな……あー! 狗巻買おうとするー! ずるい! 社会人ずるい!」
流石の俺も相手が五条悟でもない限り公共の場でじたばたはしないので、会計を済ませた狗巻に引っ張られるままコンビニを出た。
車内に戻ると、狗巻は俺をチャイルドシートの上にポンと置いた。
車を発進させながら声をかけてくる新田に、俺はしょんぼりして応える。
「買えました?」
「買えてない……」
「なんでっスか。狗巻君が持ってるそれ何なんです?」
「おにぎり……」
「買えてんじゃないスか」
しかしその所有権は俺にはないのである。何故ならば俺は無一文だからだ。収入源がゼロだからだ。
もしかして俺ってニートってやつに該当する?
いや、一応お勉強はしてるからNot in Educationではないんだよな。
NEET(Not in Education, Employment or Training)の最初のNEを抜いてETってか。誰が迷子の宇宙人だよ。兄とははぐれてるけど宇宙規模の出来事ではねえよ。
そういえばこないだななみちゃんたちと行ったあれ、任務という扱いなのであれば俺にお金入ってきてもいいんじゃないのか?
うーん、でも俺の扱いが呪霊で物、あるいは式神に近い扱いならないか。世知辛いのだ。
動き出した車の中で諸行無常の響きを感じていると、狗巻がツナマヨとパッケージに書かれたおにぎりを差し出してきた。
俺はおにぎりと狗巻の顔を見比べる。
「くれんの?」
「しゃけ」
「わーい! ありがとー! 俺狗巻好きー!」
「よかったっスねー」
嬉々としてツナマヨおにぎりを受け取り食べようとするが、俺は思考停止した。
「これどうやって開けんの」
コンビニのおにぎりを一世紀以上ぶりに見たので、開封方法が解読できない。
あれこれなんだっけ!? 数字書いてあるところ引っ張るんだったか!?
前に俺が食べた梅とこんぶとおかかとしゃけのおにぎりはにーちゃんの手作りだったからわからん。
「すじこ」
俺が開封方法をまじまじと読む前に、狗巻が俺の手からおにぎりを持っていくと、パッケージを開封してもう一度手に持たせてくれた。
開け方は見て覚えられたので次からはいける。そうだった、俺がアラサーをやっていた頃散々お世話になったコンビニおにぎりってああやって開けるんだった。
「で、初めてのツナマヨはどうなんスか?」
「こんぶ」
「俺これ好きー」
海苔はパリパリ派だったことを思い出した。肝心のツナマヨだが、俺の舌にあう。つまりおいしい。
マヨネーズって酢が入っているからな。酢って発酵食品だし。
もぐもぐしていると、ツナマヨおにぎりがひょいと奪われた。
「狗巻も食べたいのか? いいよぉ、好きって言ってたもんな」
「おかか」
入れ替わるようにこちらに差し出されたのは、狗巻がもう一つ買っていたすじこのおにぎりだ。しかも開封済み。ということは食べていいよってことだろう。
そういや俺はあんまり食べられないことをさっき言ったし、その上ですじこを食べたことがないこともちょっと前に言ってたな。
その心遣いにキュンときてしまった。
「はわわ……狗巻って優しいんだな……! 褒めてあげよう、よしよし!」
「なんか変っすけどねそれ」
俺がすじこのおにぎりをかじりつつ狗巻の頭をよしよししていると新田がつっこんできた。
「知らないのか、いい子はよしよしって撫でてもらえるんだぜ。にーちゃんが言ってた」
「血塗ちゃんへの教育が雑っすねー」
「雑なのか!?」
え!? 俺の思い描く育児もそんな感じだったけどな!?
人類はみんな褒めて伸びるタイプなんだよ。多分呪霊もそう。
「でも撫でられると嬉しいだろ! なっ狗巻」
「すじこ」
「うん、すじこはおいしい。でもいくらとの区別がつかない」
「すじこ……」
強いていうなら、こないだ食べた寿司ネタのいくらより、おにぎりのすじこの方がぎゅうぎゅうしている気がする。だがそれって握られたからかもしれない。
すじこのおにぎりを食べ終わって指を舐める。案外食えたわ。
「俺もツナマヨが一番好きかもしんねえ。狗巻とお揃いだなー」
「しゃけ」
前に食べたおかかもよかった。醤油も発酵食品だし。
「もうすっかり仲良しさんっスね」
「しゃけしゃけ」
「えーそうかぁ? じゃあ狗巻も帰って一緒に映画観るか? ちゃんと最初からにするよ」
「しゃけ」
「今度にーちゃん達と一緒にゲームもやろー」
「しゃけ!」
「狗巻普段からゲームする?」
「しゃけ」
めっちゃしゃけじゃん。
新田が運転する車が目的地に到着し、俺たちは車から降りた。
場所は人気のない山である。前回の任務は昼前だったが、今回の任務はもうすでに夕方に差しかかろうとしているので薄暗くなりつつある。
「帳降ろすっスよー」
「うん。じゃあ新田はお利口さんで待ってろよ、変な人が来てもついてっちゃダメだからな」
「血塗ちゃんへの教育がおかしいんじゃなくて、血塗ちゃんが人にやられてることそのまんま人にやってるだけっスね?」
やられてることそのまんま人にしてたら俺はもっとひどいやつになってると思うんだが。
頻繁に五条悟にアポなし訪問しなきゃいけないし、スマブラで負けたら両頬をびよんって伸ばさなきゃいけなくなる。いやスマブラでは負けねえけど。
降ろされた帳の中に2人になった俺と狗巻だったが、再び手を差し出された。
「高菜」
「また手ぇ繋いでくれんのー? 繋ぐー! フゥー!」
狗巻と手を繋いで妙にハイテンションになってしまった。
これは手を繋げることに喜んだというよりは、手を繋ごうという狗巻の意思を読み取れたことが嬉しかったからである。
相互理解が進んでるぜ。これは狗巻とパーフェクトなコミュニケーションが取れるようになるのも夢ではないな。目指せパンダ。
さて、今回の任務だが探索役がいない。
俺は人よりかは五感が鋭い方だが、伏黒のとーちゃんでもあるまいしそうそう五感で呪霊が探知できるもんでもない。
しかし、呪霊というのは大概帳を降ろすと炙り出されるので問題がない。特に低級であれば、探す間も無く向こうからやって来てくれる、とはこないだ夜蛾が言っていた。五条悟に言われたのなら信じてないが夜蛾だから本当だと思う。
ふと狗巻が俺の手を強く握ったので、足を止めた。ぐいと引き寄せられて背中に隠される。
「明太子」
「ん。なんかいっぱいいるな」
狗巻の背中からひょいと顔だけ出して見ると、複数の獣が生きたまま肉団子にされたような見た目の呪霊である。
ざっと見た感じ、イヌ科もネコ科もシカ科も混ざっていそうだ。この森にいる動物の死霊かなんかが元になっていそう。
若干腐臭もするので、何だか親近感を覚えてしまう。兄者元気かな。
勝手につみれちゃんって名前をつけよう。それなりの大きさなので鍋には切らなきゃ入らなさそう。あ、飼うなら犬小屋にも切らなきゃ入らなさそ……嫌な想像しちゃったな。
「ワンワンッイヒィンッニィーッニィーッ」
「鳴き方キモッ」
口が複数あるからか鳴き声でハモってくる。全国ハモネプリーグ動物大会なら優勝だな。
狗巻が口元を露出させ、不思議な模様が見えるようになる。
俺にとって特に新規性はない。さっき狗巻が俺の食いかけのおにぎり食べた時に見てるし。
その時が初見だったけどな。こないだ模擬戦をやった時にはただの肉弾戦だったので口元は見ていない。
『潰 れ ろ』
肉と骨が圧し潰れる音が響く。
あっという間につみれちゃんはミンチちゃんになってしまった。南無。
「ほんとに俺いらねえじゃん」
これが呪言。格下相手なら無双だな。
だが格上となると途端に運用方法が難しくなるあたりピーキーだ。
その辺りがまだ狗巻が準一級である所以だろうな。狗巻は肉弾戦の才能もあるので、ななみちゃんのように一級呪術師になるのもそう遠い話ではないだろう。
「ツ゛ナ゛マ゛ヨ゛」
「めっちゃ声枯れてる! 大丈夫か!?」
さっきの呪霊、そんなに強かったのだろうか。それとも数が多かったのか?
だったら言ってくれりゃ手伝ったのに……もしかして、俺が早く帰って映画観たいとか言ったからだろうか。
狗巻が取り出したのど薬を飲み干す。それ使用方法間違ってない? 薬剤師に怒られるぞ。
少し心配だが、普段からそれで何とかなっているなら俺が言えることはない。
本当に見ているだけで終わってしまった。
五条悟の言うことが本当になるなんて、珍しいこともあるもんだ。明日は血の雨でも降るんじゃないのか。
だが早く帰れるならそれに越したことはない。映画の続きも待っている。
「狗巻帰ろうぜ!」
「こんぶ……」
狗巻は露出したままの口元を戻さない。警戒した様子で、俺たちが来た方向を見ていた。
何より、帳も降りたままだ。
そこで俺もようやく気づいて、振り返ったその先にいるひとりの
鼻のところを横一文字に走る謎の黒い刺青。
どうなってんだかよくわからない袈裟のような布つきの着物。
全体的に見覚えのある特徴的なシルエット。
ざっくり言うならツインテールのイケメン。
「帰るぞ、血塗」
それは脹相お兄ちゃんの声だった。
たまには展開を引っ張ってみるのもいいかと思いまして。いえオチまで書ききれなかったわけじゃ……。
【次回予告】
狗巻とのパーフェクトコミュニケーションを目指していた俺だったが、突然聞き覚えのある声に呼び止められて……!?
繋いでいた狗巻の手を外して決意する。俺の帰る場所はもう決まってんだよ。
次回! 「(地獄に)おいでよ!血塗ちゃん」
え? もういる? 百理ある。