それいけ!血塗ちゃん   作:九条空

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呪術廻戦を読むきっかけになったキャラは狗巻棘です。
「おにぎりの具しか語彙がないから会話頑張って」でズドンと来ました。
こんな変態的なキャラクター設定を考えられる人間が描く漫画、面白くないわけがない。


おいでよ!血塗ちゃん

 

 吸い込まれるようにそちらに歩き出そうとした俺の手が痛いほどに握られた。

 

「おかか!」

「大丈夫だよ狗巻」

 

 狗巻の目を見て言う。大丈夫。

 俺と狗巻の信頼関係はまだ成立したと言い難いが、それでもただ信じてほしいと言う気持ちだけを込めて見つめる。

 やがて俺の手を握る力は失われていき、俺はそっと狗巻の手を外した。

 

「血塗」

 

 呼ばれたので、そちらに駆けていく。相手が広げた両腕の中に飛び込んで——

 

「久しぶりー!」

 

 その手が俺の背中に回る前に、顔面に血液の水球を叩きつけた。

 

「勝手に触るな痴漢野郎」

 

 蝕爛腐術を発動させようとするが、手応えがなかったので舌打ちをする。

 俺が血液を叩きつけた顔面は、もう()()()()()()()()のっぺらぼうになっていた。そりゃ血が入り込む粘膜もねえわ。

 頭のてっぺんから皮膚が割れて、()()()が出てくる。

 

「前は好きに魂いじらせてくれたじゃん」

「好きにしていいとは言ってねえんだよ」

 

 お馴染みツギハギ顔の特級呪霊、真人だ。

 魂の形を好きに変えられるので、肉体を脹相お兄ちゃんに似せて変えていたのだろう。

 顔面血液パイ投げがまるで堪えていない。

 

「どこでバレたの? そっくりにできてたと思ったけど」

「どこがだよッ! 全然似てねえよ1mm(いちみり)も似てねえよふざけんなお兄ちゃんの方が100000000(いちおく)倍かっこいいわ死ねッ!」

 

 天高くそびえるが如く中指を立てた。

 真人の顔はムカつくが、肉親の顔を愚弄されるくらいならこっちの顔の方がマシだ。

 それにしたってお兄ちゃんをバカにされた俺はマジで怒っていた。血液が沸騰しそうなくらいだ。

 

「血を分けた兄弟を見間違うわけねえだろ」

 

 こちとら見た目だの声だのの前に、()()()()しているのだ。

 あと脹相お兄ちゃんはもっとお線香みたいな匂いがする。

 その服どこで手に入れたんだよお兄ちゃんから剥ぎ取ってねえだろうないやお兄ちゃんがそんなことされるわけないかクッソじゃああれ量産品なの俺も欲しい——落ち着け、怒りで思考が狂っている。

 今俺は一人じゃない。自分の命に関しては好き勝手やっていいと思っているが、他人のは別だ。

 

「狗巻、こいつに触られただけで即死ものだからめちゃめちゃ離れろ。避難と救援頼む、一級以上できればななみちゃん以外、にーちゃんでも可」

「おかか。明太子」

「はー!? わかった、じゃあ絶対俺の前に出るな。死んでも死なせねー」

 

 狗巻に武器の手持ちはないため、肉弾戦は無理だ。真人と狗巻の直線上に体を割り込ませる。

 呪言での後方支援になるが、しかし相手は狗巻より格上の特級呪霊である。

 

『潰 れ ろ』

 

 呪言により、真人が車に轢かれたカエルのように押しつぶされた。ざまあみろ。

 だが、向こうは魂の形を変えられるので、それはあまり意味がない。

 俺の気持ちはスッキリした……が、血反吐を吐いた狗巻の方が心配なので心情的にはマイナスだ。

 真人はバキバキと不愉快な音を立てながら即座に体を縦に引き延ばす。

 

「呪言師ってこんな感じなんだ。ふーん、血塗はすっかり呪術師と仲良しだね。でもこっちで脹相と壊相が待ってるよ?」

「あ? 知ってるわそんくらい。だからなんだってんだよ」

「うっそ、もう戻ってくる気ないの?」

 

 お前にがっかり、って顔されても嬉しくねんだよ!

 なんで俺のこと友達感覚で扱ってんだよ! 気色悪いな!

 

「ジジョーがあんだよ、お前にはわかんねーだろうけどな! バーカバーカ!」

「あーあ、呪術師たちと厄介な縛りでも結ばされちゃった? 持って帰れそうなら持って帰ろうと思ってたのにな」

「ファストフード感覚で俺をお持ち帰りしようとするな」

 

 この場でお召し上がりですか? テイクアウトですか? じゃないんだよ。どっちも勘弁だ。

 不愉快を最大限我慢していくらか会話を試みたが、真人の目的が読めない。

 

「まあいいや。ちょっと遊ぼうよ」

「ボードゲームならやってもいいけど、違いそうだな」

「鬼ごっこなんてどう? 俺が鬼ね」

「それどうやったら俺の勝ちになんだよ」

 

 触られたら即死、触っても即死の最悪のオワタ式チキチキゲーム、終了時刻は未定じゃねえか。

 でもそういう最悪のゲームが呪術界における通常戦闘なんだよな。

 毎回これってマジ? よく呪術師なんかやってられんな、俺だったら速攻やめてる。

 

「ほらいくよー」

「狗巻下がれッ!」

 

 自分から鬼ごっこって言ったくせにカウントもなしかよ!

 背中に翼を生やした真人が空中に飛び上がり、上から迫って来る。

 上空からじゃ狗巻との間に割って入れない。そもそも俺だって触られたらやばいからタンク役やってる場合じゃねえ。助けてにーちゃん!

 

 指を拳銃に見立てて構える。

 絵面は幽☆遊☆白書でいうところの霊丸だが、出てくるのはただの血液だ。

 俺のクソエイムでは当然飛び回る真人には当てられない。しかし、飛行ルートを変えることくらいはできる。狗巻から遠ざけて、ヘイトを俺に向けさせる。

 

「そーら」

 

 鷹のような猛禽類の足で急降下とともに攻撃を繰り出してくる。

 横に跳んで避けながら、半分運試しで、俺は血液の縄を真人に引っ掛けた。

 

「おっ?」

「っしゃあ一本釣りだオラァ!」

 

 血液の縄から真人の呪力が流れてくる感じはなかったので、大当たりだ。

 血で触るだけなら魂への干渉を受けない!

 縄で振り回し、いつかの真希のように地面に思い切り叩きつけてやる。

 

「面白いことできるようになってるね! もっと見せてよ」

 

 そりゃ元気だろうな、ダメージが入るとは思っていない。魂の輪郭を捉えた攻撃でないと真人には届かない。なんだあいつチートか? 助けて両面宿儺パイセン!

 すでに翼をしまった真人は、足をネコ科じみたものに変形させ突っ込んでくる。

 俺の血管操作ではこのスピードには対応できない! 指が伸びてくる。

 

「タッチ♡」

「させるかヘンタイ」

 

 当店ではお触り禁止となっております!

 真人の指が俺の腕に触れる前に、体からにじませた血液で自分の体を覆い尽くす。

 いわば血液製の鎧だ。ただし硬度はないためぷよぷよだ。

 

 自分にできることを模索していた時にやってみたことがある()()()の一つである。

 俺がイメージしていたのは血界戦線のブローディ&ハマーだったが、実際出来上がったのはベイマックスだ。あなたの健康を守ります。赤いので3倍速いぞ。

 こんなん役に立たねえだろと思ってたが役に立った。人生何があるかわからん。

 

「俺が作ってあげたカラダ、有効活用してんじゃん」

「断言するがお前のおかげではねえ」

 

 血液をにじませたのが体のツギハギ部分だったから言ってんのか? 殺すぞ。

 

「その程度でなんとかなると思ってんの?」

「忘れたのか? 俺は一人じゃない」

 

『止 ま れ』

 

 一瞬だが、狗巻の呪言が、真人の動きを完全に止めた。

 

 術式ごとに、認識は様々に異なる。

 例えば無為転変では魂に体が肉付けされていると考える。

 例えば赤血操術では血液をひとつの臓器に近いものとして捉える。

 もしかすると、赤血操術で今の俺のような使い方をすれば、真人の術式では魂まで届いてしまうかもしれない。

 だが、蝕爛腐術は違う。血液を臓器とは、魂の一部とは捉えない。

 

 だからこそ、この血の鎧での防御——そして攻撃が成立する!

 

 水風船のようなぷよぷよの鎧でも、その下にある拳が高速で打ち出されればダメージは入る。

 ドガとかバキとか派手な音はしない。ズンというような鈍い音だ。

 肝臓を狙った一撃(レバーブロー)は想定通り、避けられなかった。

 狗巻の呪言もあるが、避けなくて問題ないと、真人は()()()いるからだ。

 

「魂の形を強く保ってるから、俺にそういう攻撃は……ッ!?」

「魂の形を保ってるから、なんだよ?」

 

 真人の口から、つうと血が溢れる。

 

「魂を知覚できるのがお前だけの特権だと思うなよ」

 

 こちとら前世を認知してる魂のプロだぞ。お前より先輩の150年選手じゃボケ。

 

「ハハ! 血塗、芸達者だね!? そんなこともできんだ!?」

「喜ぶなキショい」

「じゃあさ、魂の形がわかるのに俺にいじらせてくれたってこと? それって相思相愛じゃん」

「オエーッ!? 何言ってんだお前!?」

 

 どういう理論だ!?

 

「他のやつに魂をいじらせるなんて、俺だったらゾッとするね。裸や内臓を触られるよりももっと深い干渉だ。俺にならやらせてもいいって思ったんなら、それって俺のこと好きなんじゃない?」

「自意識過剰ーッ!? さっきから俺の中の気持ち悪いが記録更新し続けてるぞ!? お前は俺の何になりたいんだ!?」

「さあ? 血塗は、俺を血塗の何にさせてくれるの?」

 

 変質者か? それとも性犯罪者か? とにかくおまわりさんこいつです。

 警察になんとかできるなら呪術師はいらないんですよ! クソッ!

 

「お前は何になりてえんだよ。それにだけはさせないから言え」

「えー、そうだな……(つがい)?」

 

 誰も頼れない状況なのに、思わず助けてって言っちゃいそうになった。

 なんかもう、俺が今まで一応考えてきたけど、「まあ杞憂だよな〜!」でなんとかしてきた不安が、一気に全部本当のことになっちゃったような感じだ。まさしくそうなんだけど。

 

 こいつ俺のこと孕ませようとしてやがる。

 

「ま、こういうのって段階を踏むんだろ? まずは手を繋ぐところからどう?」

「最後どこまで行くつもりだよ墓場か? 一人で行ってろ」

 

 真人は腕をドリルのように変換した。

 オイ! 手をつなごうとしてる奴がやることじゃねえだろ!

 これはまずい。ドリルの貫通力があれば、血液の鎧が破られる。

 

 ただ突っ込んでくるだけの真人の攻撃は直線的だ。

 だが背後の直線上に狗巻がいるため、俺には避けられない!

 血を突き抜けて触れられると思った俺はとっさに血液を操作して——真人の腕が、俺の腹を突き抜けた。

 

「腹に穴開けてまで避けるなんてショックだなぁ」

 

 血液を固めて身を守ることはできない。

 俺の血液操作では、赤血操術のような推進力を生み出すこともできない。

 だが、真人が血液の鎧にドリルを押し当てることで()()を作ってくれたので、それを利用したのだ。ドリルのように高速で渦を巻く水流であれば、俺の薄い腹くらい簡単に突き破れる。

 体の内臓側にはそれこそ俺の血液がくまなく循環しているのだ、そう簡単には()()()()()()。また真人が形を変えればわからないが。

 

「触っただけで孕ませてやれるか試そうと思ってたのに」

「キッショ! がはっ……え!? 気持ちわッる!?」

 

 思わずマジモンの吐血をしながらも叫んでしまった。

 血を纏わせた拳でぶん殴ろうとするが、真人は乱暴に俺の腹から腕を引き抜いて後退する。

 

 痴漢としてレベルが高すぎるだろ。触っただけで生殖活動完遂しようとするな。

 

 全力で触られるのを避け続けてよかった……ああマジで吐き気してきた。血じゃないものが出そう。悪阻(つわり)だったらどうしよ……オエッ。自分で考えたくせに本当に気持ち悪い冗談を……。

 

 意図的でない吐血はこれが初めてだ。内臓に深刻なダメージが入ったのは明白。

 幸い穴が空いた位置は腹の下側寄り、腸の類が引きちぎれたが重要な臓器はまだ無事だ。

 即座に動けなくなるほどの傷じゃない。血液操作と反転術式の併用でこぼれたはらわたを体内に戻しながら、俺はボタンを押すとコードが収納される掃除機のことを思い出していた。あれ便利で面白いよね、今の俺みたい。

 

 穴が空いたのは腹の下側。つまり真人が手を伸ばして来たのはその位置だ。

 そして、女性の体のその位置に何の臓器が入っているかって言うと……ははははははは。

 

 助けてお兄ちゃん。

 

 ダメージ以外の理由で呼吸が荒くなっている気がする。

 次会った時に家族が増えましたって紹介するのはにーちゃんだけでいいんだよ。

 

 震えている足を拳で叩く。俺はもうさっきほど素早く動けない。

 背後に狗巻がいなくたって、迎え撃つ形を取らなきゃならない。相手の動きをよく見ろ。

 

 予想に反して、真人の追撃はなかった。

 つまらなさそうな顔をして、ドリル状になっていた腕を人間のような形に戻す。

 

「あの子が増援呼んじゃってるだろうし、そろそろ撤収かな」

 

 それを聞いて俺は血が冷たくなったような心地がした。

 そうだった。真人は、俺たちがやってきた方角からやって来たのだ——そちらには新田がいる!

 

「新田に何した」

「何もしてないよ。どいてって言ったら素直にどいてくれたしね」

 

 呪霊の言うことは信用できない。どうか無事でいてくれ。

 

「信用してよ。だって今日は本当に血塗と遊びに来ただけだし。時間もないから、またね……あ、脹相に伝言ある?」

「真人殺しといてって伝えろ」

「あはは! バイバーイ!」

 

 そのまま去っていくかと思われた真人だったが、最後まで最悪だった。

 

「これ、おまけね」

 

 口から吐き出した、限界まで小さくなった人間を一体、放り投げていった。

 みるみるうちにサイズが大きくなり、ワニのような化け物に姿を変える——改造人間!

 初見だが存在は知っている。真人に魂を弄ばれた人間。

 生きてはいるが、無理矢理変形させられたことで長く生きられず、もう死ぬことしかできないと聞く。

 

「う、いた、い」

 

 ——喋った!

 

 改造人間が飛びかかってくる。俺は直撃を受けてぶっ飛び、近くの木に叩きつけられた。

 満足に動けない。腹に穴が開いているから、ではない。相手が()()()()()だ。

 

「痛い、よお」

 

 上にのしかかられ、俺の5倍はありそうな手で首を掴まれる。

 どんどん力が込められていき、息ができない。

 

「がっ」

 

 殺さずに捕らえる? だめだ、今血液を外に縄状に伸ばせるほどのマルチタスクはできない。

 腹の中で破れた血管から、体外に血液がばら撒かれないように抑える処理で手一杯だ。

 使えるのは純粋に体、だが力が入らない。貧血? 酸欠? わからない。

 蝕爛腐術? 間に合わない、俺の首がへし折れる方が先だ。

 

 どうすればいい。判断ができない。

 俺はこんなに優柔不断だっただろうか。わからない。

 相手は人間だ、俺は特級呪霊だ、でも半分は人間で、人間を殺したら俺は呪霊になるのか?

 俺は人を殺してまで生き延びていいのか? そんな価値があるのか?

 

 ——何もわからない。

 

『爆 ぜ ろ』

 

 目の前で改造人間が弾け飛んだ。肉片と血液が俺に降り注ぐ。

 呆然としながらも、ぐいと手で拭うと、その血の色は赤だった。

 

「こ゛め゛ん゛……」

 

 首を絞められたせいで、いくらか声帯が潰れたらしい。

 呪言を使った狗巻みたいだ。だがそれで良かったのかもしれない。

 喉が潰れていなかったら、余計なことまで言ってしまいそうだった。

 

 ——すぐに決断できなかった。

 

「高菜!!」

「う゛ん゛……」

 

 手を差し伸べてくれた狗巻に甘えて、それを支えに起き上がる。

 

 俺には覚悟がなかったらしい。

 死ぬ覚悟はしていた。だが生きる覚悟はできていなかった。

 

 お兄ちゃん。兄者。にーちゃん。弟たち。それに加茂憲倫。

 彼らが生きている以上、俺だって生きる努力を怠ってはいけない。

 ——次は人でも殺す。誰かに殺しの責任を負わせやしない。

 

 新田の車で高専に戻る。

 前はにーちゃん達が瀕死だったが、今度は俺である。

 新田は瀕死のやつを運搬する運命の下にでも生まれているんだろうか。

 

 家入の治療を受けた後、お見舞いと事情聴取を兼ねて、五条悟とにーちゃん、伏黒と釘崎、それから狗巻がやってきた。

 五条悟がはいこれー! とフルーツの盛り合わせを机に置きながら聞いてくる。

 

「ツギハギの呪霊が襲ってきたらしいけど、血塗に用事だったの?」

「……。……うん……」

「めっちゃ溜めるじゃん」

 

 俺にだって言いにくいことがあるんだよ。

 ベッドの上で力なく横たわり、ぼんやりと天井を見上げて言う。

 

「無理矢理犯されそうになった」

 

 誰かがヒュッと息を呑む声が聞こえた。

 

「気のせいかな、今幼女の口から鬼畜系単語が聞こえた気がしたんだけど」

「奇遇ですね、俺にも聞こえました」

 

 真人が魂の形を知覚できるのならば、俺の性別くらいわかって当然だ。

 どう考えても男だろうが。胎児のときだって受肉してからだって男だったわ。

 なのになんでわざわざ女にしたのか、ずっと不思議だったのだ。いいや、不思議っていうほどの不思議では、なかった。ただなんとなくのおふざけだったら良かったのにと思っていただけだ。

 

「レイプされそうになったってこと?」

「直接聞くな淫行教師」

 

 釘崎が、仮にも教師である五条の後頭部を叩いた。

 俺はベッドの上で小さく丸まった。夜蛾の嘘つき。

 

「そうだよ……」

「うっっっっっっわ」

 

 にーちゃん以外は、全員ドン引きしていた。

 にーちゃんは俯いていて表情がわからない。

 

「前々からそういうこと考えてるんじゃないかと思ってたけどやっぱそうだった……もうやだ……」

 

 でもそういうこと考えてるんだったら普通、成熟した女の体にすると思うじゃん。

 だからワンチャン違うんじゃないかなって希望を抱いてたんだよ。

 小声で釘崎が狗巻に聞く。

 

「狗巻先輩、マジ?」

「……しゃけ」

「うっわ」

 

 狗巻は俺と真人の会話を聞いていたので、そのあたりを理解しているだろう。

 ツガイだのなんだのを聞かれていたと思うと泣きそうだ。

 にーちゃんが俺の手をとって、ひどくうなだれた。まるで懺悔するかのようだ。

 

「ごめんな血塗……にーちゃん守ってやれなくて……」

「にーちゃんのせいじゃないもん……でも……」

 

 めちゃくちゃ助けて欲しかった。ここにいてくれたらなって何度も思った。

 俺と違って一触即死(オワタ式)を強制されず、真人相手に有利を取れるから、という理由だけではない。

 頼れる人、守ってくれる人が欲しかった。

 

 でもそれは恨み言になる。にーちゃんの優しさを台無しにする。

 本当なら謝る必要はないのだ。にーちゃんはこの任務について行きたいと最初から言っていた。

 恨み言は言わないが、泣き言は言いたい。じわじわ目に涙が溜まる。

 

「ほ、本当に気持ち悪かったあ! 俺もうやだあ! 女やめる! ちんこはやすぅ!」

「はしたないわね」

「俺が孕まされたらお兄ちゃんと兄者が泣いちゃうう!」

「俺も泣く!」

「僕も泣いちゃうかも」

「私は相手を泣かせるわ」

「野薔薇、天才?」

 

 五条悟、その手があったかみたいな顔すんのやめろ。にーちゃんもその顔をやめろ。

 伏黒は呆れてため息をついた。

 

「泣かせるっつーか普通に祓えばいいだろ」

「やだ伏黒、あんた案外過激派ね」

「悪いか」

「いいえ、最高」

「じゃ、今度はみんなでそいつボコボコにするってことでオッケー?」

「おう!」

「明太子」

 

 狗巻がちからこぶしを作るジェスチャーをした。

 

「狗巻はいい……」

「こんぶ」

 

 めちゃくちゃ衝撃を受けた顔をしている。思ってたより表情豊かだな。

 

「狗巻はもう頑張ってくれたからいい……迷惑かけてごめんな……」

「おかか! 高菜!!」

「狗巻の優しさにつけこんでるみたいでヤダ……ウッウッ……」

「あたしらは何よ」

「日頃のストレス解消のノリでやってくれそう」

「悪いか」

「悪くない……」

 

 妙な責任感を持って真人と戦われると困るのだ。

 あいつはそんな崇高な意思を持って戦わなきゃいけない呪霊じゃない。殺さなきゃいけないし死んだほうがいいが、あいつと真面目にやり合えばやりあうほどこっちが痛い目を見る、気がする。

 ああダメだ、あいつのこと考えると気分が落ち込む。

 ベッドの上でさらに小さくなった俺の肩を、狗巻がポンと叩く。

 

「ツナマヨ」

「……! そうだな、映画観る約束してたな。ゲームもやる!」

「しゃけしゃけ」

「一日で言ってることすげーわかるようになってんじゃん。にーちゃんちょっと嫉妬しちまう」

「遊ぶときはにーちゃんたちも一緒だぜ!」

「そうだな!」

 

 とりあえず中断していた映画を観るのだ。嫌なことは一旦忘れてしまおう。

 そしてここに高校生のノリについてこれる28歳児がいた。

 

「僕も僕も」

「あ、五条先生も?」

「特級は忙しいんだろ帰れよ」

「そうよ忙しいんでしょ」

「俺たち学生だけで遊ぶんで」

「しゃけ」

「僕の財布で好きなだけお菓子買ってきていいよ」

 

 高校生は変わり身も早い。

 

「しゃあないわね、キルフェボンのシャインマスカットのタルトワンホールでいいわよ」

「ダッツで」

「最近出たポテチの新しい味!」

「ツナマヨ」

「俺6Pチーズ!」

「血塗って欲ないな〜」

「もっと高そうなの言っておきなさいよ、ゴルゴンゾーラとか」

「それ高そうじゃなくて強そうだろ」

 

 願わくば、もう少しだけこのままでいられますように。

 あの場にやってきたのが、真人ではなく、本当の脹相お兄ちゃんだった時のことは——今はまだ、考えないことにした。

 




待望のイケメンが強引に迫ってくるラブコメ展開です。
血塗ちゃんと真人の初めては血が(口から)出ましたね……真人のこととなるとすげえ気持ち悪い文章しか書けなくなるんですけど。怖。
この話のプロットを考えている頃、夢に真人が出て来て俺がやられたら嫌なことランキングを上から全部やっていったので8位あたりで起きて泣いちゃった。
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