それいけ!血塗ちゃん   作:九条空

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小話:猪野琢真

 

 顔から拭った改造人間の血液をぼんやりと眺めていると、迫ってくる気配を感じたので即座に身を起こし、狗巻をかばって前に出た。

 ザッと足音を立ててやってきたのは人間だ。

 ニット帽を被り全身黒い服装をした二十代程度の男、明らかに呪力があるので呪術師か呪詛師の二択。

 殺意はないが敵意となると微妙、的確に表現するなら警戒というところか。

 

「げほっ……誰だよ」

 

 潰れた声帯を、反転術式で無理矢理広げてから問いかける。

 

「猪野琢真……お前こそ誰だ?」

「俺は血塗、お前何級?」

「二級」

 

 きちんと会話が成立する時点で呪詛師ではない。

 俺は頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

 

「救援は一級以上って言ったじゃん!」

「はあ!? 聞いてねーし! なんだその態度!? 俺は助けに来たんだぞ!」

 

 そういやそれを言ったのは狗巻に対してで、狗巻は結局俺と一緒に戦ってくれたから誰にも伝わってないのか。

 そして名前聞いてようやく思い出した、原作にもいたなこいつ。ななみちゃんの後輩だ。

 パパ黒にボコボコにされていた印象しかない。

 どう考えても真人にゃ勝てないので、こいつがやってきたのが戦闘が終わってからでよかったと心底思った。

 

「お荷物すぎるだろ死体が増えるだけだボケ」

「んだとこの!」

「おかか!!」

 

 狗巻にメッ、とされたので大人しくする。その拍子に体から力が抜けて、膝をついてしまった。

 来たのは敵じゃなかった。真人は去り、改造人間ももう居らず、敵襲はない。これ以上の殺し合いはしなくていい。

 はー、とため息をつこうとしたのに、口からこぼれたのは血液混じりの咳だった。

 変な笑いが出る。安堵からなのか自嘲からなのか。

 

「犠牲になるのは俺だけでいいわ……」

 

 肉体的にも精神的にも。

 渋谷ハロウィンの前に、呪術師側の戦力が削れると困るのは俺だ。マジでこいつが真人と遭遇しなくてよかった。危うく一人減るところだ。

 気の緩みから腹から少しこぼれてしまったはらわたを手で押し戻す。

 俺の腹を指差し、猪野が聞いてくる。

 

「あー、それ大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃねえわ見てわかれ鈍感だな、モテねえだろお前」

「はあー!? 関係ないだろ!?」

「関係ないと思ってるなら声を荒げるな」

「クッ……!」

 

 あれ? こいつ面白いかもしれない。猪野のややオーバーなリアクションを見て思う。しかし人で遊んでいる場合ではない。

 

「新田は無事か?」

「ああ、外で帳を維持してる」

「ハーッ! あーよかった! 死んでたらどうしようかと思ったぁー!」

 

 安心ついでにべちゃっと地べたに倒れ込んでしまった。

 さっきまで和気藹々と話してた人間が、知らないところで知ってるやつに無残な姿に変えられてたら俺、泣いちゃうぜ。

 俺はにーちゃんほど精神が強くない。決断力だってにーちゃんほどないってことがさっきわかった。

 

 いけねえ、倒れ込んだ地面にどんどん血が染み込んでいってる。

 起き上がろうとしてもうまく四肢に力が入らない。ダメかも。思いの外体へのダメージがでかい。精一杯やっているのに腹から血液がぼたぼたこぼれていってしまう。

 呪力はまだあるのに集中力がない……いや、呪力自体もそれほど残っていない。このまんまじゃスリップダメージで死ぬわ。

 

「ツナ」

「そうだな、帰るまでが任務だよな。新田んとこまで歩く」

 

 消耗した呪力はともかく、人間部分の治療なら、家入ができるだろう。

 高専に帰るには車に乗らなければならない。ここに来るまでと同じ時間がかかるが、俺それまで生きてられっかな。

 猪野がトントン、と自分の頭を叩く。

 

「思い出したが、お前って高専で預かってる特級呪霊、だよな?」

「おせーなオイ」

「るせーなオイ。特級なら反転術式使えないのか? 腹の穴くらい塞げよ」

「下手に臓器くっつけると家入に怒られるんだ、お前は臓器の元々の形を知らないくせに適当に治すなって。だからはらわた飛び出しかけてるがこのまま帰るぞ」

 

 実のところ、今のはただの嘘だ。

 適当に治すなと言われたのは反転術式ではなく、術式反転——細胞を分解するのではなく構築することに関してである。今の俺には反転術式を使って腹の穴をすべて塞げるほどの呪力が残っていない。

 というか呪力がフルマックスだとしてもそんなことできるか微妙だ。弱い方の特級だから……。

 なんか悔しいので、腹に穴が開いても平気なフリをしているだけだ。見栄だ見栄。

 真人にボコボコになんかされてないんだからねっ!

 だから、こっそり歯を食いしばって、平然と見えるように立ち上がる。

 

「高菜」

「いいよ狗巻、お前も疲れてるだろ。俺丈夫だもん、平気だよ」

 

 手を差し出してきた狗巻を断る。

 真人という特級呪霊相手に、二度も呪言を使わせてしまった。そのあとの改造人間にも——。

 これ以上狗巻に甘えられない。ちょっと足は震えてるし、ちょっと腹から血が吹きでてるし、ちょっと俺の歯がガタガタいってるけど、まあ大丈夫だろう。生きてるし。歩ける歩ける。

 多分、全然平然とできていなかったのを見かねて、猪野が申し出てきた。

 

「肩貸してやる」

「いらんわ」

「っんでだよ優しくしてんだろ!」

「冷静に考えろお前と俺の身長差を。肩の位置違いすぎるだろ」

 

 猪野は俺の肩に地面と平行にした手をやり、それをつつつと自分の肩まで持って行って高さを比べた。それでようやくたしかになという顔をしたので、こいつ天然なのかもしれない。正直言って嫌いじゃない。

 

「わーったよ、こうすりゃいいんだろ」

 

 脇の下に手を入れられてひょいと持ち上げられた。いや持ち方……猫をこの持ち方すると思いの外胴体が伸びてびっくりするやつじゃん。

 

「お前絶対モテないな」

「なんでだよ!?」

 

 普通お姫様抱っこだろバカめ。胴体がぷらぷらした拍子にこぼれた腸もぷらぷらしてしまった。

 大丈夫直ちには死なない、直ちには。

 モテるモテないになるとわかりやすく声を荒げるので、もっといじり倒してみたいという気持ちがむくむく湧いてくるが、悠長にそんなことしてると俺が死んでしまう。よし、車の中でやろう。

 

「早く新田のとこ連れてってくれ」

「しゃけ」

「っし、走るか」

 

 猪野が持ち方を変えたので、俺は猪野の首に手を回した。普通の抱っこだ。こっちのが安定するしいいな。猪野の服は血まみれになるが。

 狗巻と猪野の走りは速かった。もしかすると俺の意識も飛んでいたかもしれないが、一瞬で帳の外まで出られたように思う。

 たどり着いた先では元気そうな新田が迎えてくれた。全員で車に乗る、が、その前に猪野が驚愕の声をあげた。

 

「なんでチャイルドシート!?」

 

 それにツッコミ入れたのお前が初めてだよ。俺ですらなあなあで流してた。

 ななみちゃんも伏黒も狗巻も何にも言及しなかったぞ。

 

「ほら猪野、早く座らせてくれよ。狗巻が座るわけねえんだからどう考えてもそこが俺の場所だろ」

「はあ!? チャイルドシートの使い方なんか知らねえよ!」

「は? 俺も知らんわ。チャイルドに聞くな」

 

 こんなんただシートベルト締めるだけだろ。

 

「コントは乗ってからやってください。急ぐっスよ」

「コントじゃねえ!」

 

 コントじゃなかったんだ。

 

 さて、こっから高専にたどり着くまでに死ぬわけにはいかないので精一杯努力することにする。

 下腹部に手を当て、体内に意識を集中。大きな血管を優先的に動かして位置を調整、最小の呪力で繋ぎなおす。毛細血管に関しては今は無視、ちぎれたはらわたも今はいい。肉と肉を繋ぎなおすより血管繋ぎなおすほうが俺にとっては簡単だからだ。

 そういえば言ってなかったと思って、俺は口を開く。

 

「新田。お前は偉い……変なやつ来てもついていかなかったな、あとでよしよししてやる」

「あんなんについていくわけないでしょ。死ぬじゃないっスか」

「百理ある」

 

 新田を殺さなかったのはただの真人の気分だろうか。

 そもそもここに来たのも気分って解釈できるし……おそらく夏油たちの思惑は絡んでいなさそうだった。あいつマジで俺をいたぶるだけいたぶってそれでおしまいだからな。

 俺と遊びに来たってのは案外マジかもしれない。

 俺が高専側にどれだけ情報を流したかの確認とかだったらわかるけど、なんも聞いてこなかった。俺に渋谷ハロウィン作戦上の価値はないし、取り戻しに来たってわけでもなかろう。

 

「どけっつわれたんでどいたらそれで終わりっスよ。話すだけの知能があるし、見るからにやばそうな呪霊だったんで上に報告して増援は呼んどきましたけど」

 

 それでやってきたのが二級の猪野か。呪術師の人手不足を感じる。

 いや、たまたま近くにいたんだろうか。来るまでかなり早かったしな。

 そうだとしたら、近かったからって理由だけで死地に送られる呪術師マジで最悪な職業じゃねえか。

 

「新田は本当に何もされなかったか? セクハラも?」

「はあ? 呪霊がセクハラなんかしてくるわけないっスよ」

「してくるもん! されたもん!」

「何されたんスか?」

「子宮えぐられた」

「えっぐ」

 

 新田は運転しながら淡々と答えたが、視界の端で猪野が口元を押さえたのが見えた。なんだよ車酔いか?

 

「それセクハラ超えたただの暴力じゃないっスか」

「でも孕めるか確かめてやるとか言ってきたもん」

「えっぐ」

 

 変わらず淡々と答える新田。猪野は無言で車の窓を開けた。

 ちょうど俺の血の匂いで満ちてたので換気は助かる。

 しかしエチケット袋は見当たらないので吐かれると困るな。

 

「最近の呪術界ではセクハラが流行ってんじゃないのか?」

「んなわけあるかぁ!」

 

 気分悪そうな猪野だがツッコミは元気だった。

 

「でも五条悟もセクハラしてくるし」

「えっぐ」

 

 特級呪霊のセクハラと五条悟のセクハラを、同水準のリアクションで返せる新田ってすごい。

 

「一番えぐいセクハラしてくるのは家入だけどな」

「マジで!? そうなのかよ……意外すぎる……」

 

 猪野は驚いていたが、家入と話したことがないのだろうか?

 家入って俺が会ってきた呪術師の中では倫理観が一番やばいと思うんだけど。

 こないだ家入は俺に、「卵子作れるようになったら提供してくれない?」という、本気にしても冗談にしてもシャレにならんことを言ってきた。

 そんなん言われた後だから、今日言われた五条悟の「生理?」はなんとも思わなかった。

 

「まあいいよ、俺には人権も戸籍もないしな」

「急に病むなよ……」

「は? 病んでねえわ、ただの事実だよ」

 

 半分しか人じゃないから人権はない。突如受肉したので戸籍もない。ただの事実の列挙だ。

 セクハラを訴えることができるのは人間だけだ。俺には無理。

 半分呪霊なら人じゃないって認識だろうよ、呪術界なら。

 にーちゃんも乙骨憂太も死刑宣告受けてるし、裁判もクソもあったもんじゃない。

 

「呪術師なんてみんなロクでもないもんね」

「ああ!? んなことねーぞ!」

「心外って顔すんな、何を根拠に言ってんだよ」

「まともな人だっているっつの。七海サンとか」

「猪野ってななみちゃんの知り合い?」

「な、ななみちゃァんッ!?」

 

 猪野は声をひっくり返した。

 あ、そういえば誰もツッコまないから普通にななみちゃん呼びを続行していたが、確かに驚愕される呼び名ではあるかもしれない。

 ななみちゃんも最初は俺にぶっ飛ばすとか言ったけど、なんだかんだ実行に移さなかったからそのまんま呼び続けちゃっているんだが。

 

「あー、そういやななみちゃんが猪野のこと……」

「え!? 七海サンが俺のことを!?」

「なんも言ってなかった」

「言ってなかったんかァい!」

 

 ツッコミ最高。もう俺猪野のこと大好きかも。

 ふふ、と口元で笑って、車の窓におでこをつけた。

 

「そうだな。ロクでもなくない呪術師もいるな」

 

 どっかは狂ってる呪術師だが、猪野みたいなのは好きだ。

 あとはななみちゃんくらい強かったらもっと好き。

 俺が守らなくても死なないくらい強いやつだと安心してほったらかせるからな。

 現状、俺が安心して放置できるのは五条悟くらいだし、対夏油になったらまるで安心できないので実質誰もいないことになる。

 

 俺じゃなくていいから誰かチート級に強い味方いてくれよ。

 五条悟で無理なら無理か……無理だ……。

 

 俺だって俺が守れないのに、俺の後ろに誰かいると不安で仕方がない。

 今回狗巻と一緒に真人と戦って身にしみた。

 俺が怖かったのは俺が死ぬことや犯されることもそうだが、俺の目の前で、俺の力が及ばずに味方が死ぬことだ。新田のことに気づいた瞬間肝が冷えたのもそう。

 なるほど五条悟が一番強いのが()()()()だってのも理解できる。

 

 要するに、俺って守るものがいると弱くなるタイプだな。

 俺は主人公じゃないし、どっちかと言ったら悪役だし、そりゃそうかも。

 三男なのにそれってどうなんだよ……弟守らなきゃいけなくなった時どうすんだ……余計に弟を受肉させるの怖いわ。

 一人、単独戦闘なあ……危険物扱いの今じゃ無理だが……。

 

 ずる、と落ちかけて慌てて目を開ける。今寝たら死ぬ、冗談でなく。

 

「猪野……」

「なんだよ」

「なんか面白い話してくれ」

「無茶振りにもほどがあるだろッ!?」

 

 リアクションだけで面白いからその調子で高専にたどり着くまで頼む。

 




本編に入れようか迷ったんですが、まあ猪野だしな……と思って小話にしました。
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