なんとか生きて高専までたどり着いた俺は、そのまんま家入のところまで運ばれて行った。
「ありゃりゃ、随分派手に穴開けたね」
運び込まれた俺を見ての第一声、穴開いた障子を見ての感想と同じテンションである。
「そうしないともっと酷いことされてたから致し方なかったんだよ」
「もしかして自分で開けたの? ダメだよー、医療の知識もないのに」
勝手に腹に穴を開けたことを咎めるテンションも、安全ピンで耳にピアスを開けた時くらいのノリだった。
やっぱり、呪術師の中では家入が一番イカレてると思うんだよな。悪いとは言っていないが。
俺を治療する手際はいいので文句もない。
「俺は社会の教科書よりも医学書を先に読むべきだな」
「おや。貸したげようか」
「うん」
家入のように反転術式を人に施すことができるのは、呪術界にとって非常に貴重な人材だ。
おそらく俺にも似たようなことができる。というか、にーちゃんにぶっつけでやったことがある。
術式反転、「分解」の逆。細胞を分解するのではなく構築する。
もともとあったものを分解することの反転であり、もともとあった状態に構築し直すという方が表現的に近いので、再構築って言った方がいいかもしれない。
ちぎれ飛んだ腕を生やしなおすとかは無理だしな。自分自身に反転術式を使えば可能かもしれないが生やせるにしても自分のだけだし、それは壊相兄者にも無理だったから俺にできるわけがない。
腕を繋ぎなおすんなら可能性はある。
「マジで深刻だ。俺は呪術師側で立場を確立することを真剣に考えることにした」
「若い身空でしっかり将来設計しなきゃなんて大変だね」
ゲームやってる場合じゃねえとまでは言わねえが、自分の価値をあげなきゃいけない。
戦闘能力ではなく、治療という方面であれば、危険だと見なされる可能性も低い。
特級呪霊として、役に立つと思われるのに一番いい方法だろう。
俺のへなちょこ呪力では家入ほど役に立てるとは思えないが、できないよりはできた方がいいに決まっている。
ただ家入は師匠に向いていないだろうから独学だな。こいつ術式を全部感覚でやってんだもん。
「あ、そうだ。子宮は治さなくていいぞ」
「もっと早く言いなよ、治しちゃった」
「手際いいな! すごいな家入、褒めちゃお!」
よしよししてやろうと手を伸ばしたが、「やめてよ血まみれじゃん」と拒否されたので大人しく下げる。
家入がメスを手に取った。
「今からもっかいぶっ壊す?」
「嫌だよ痛いだろイカレた狂気の医者みてえなノリやめろ! 壊すっていう言い方もやめろ俺は物じゃねえ!」
「え、痛いんだ?」
「痛いに決まってんだろ!? どうした!? 医者だろ!?」
痛覚とか神経に関しては専門だろうが。
もしかしてもうすでにイカレた狂気の医者だったのか。
「治療中ずっと平気な顔してるから神経通ってないのかと思った」
「通ってるわ医者ならわかれ! ただのやせ我慢だよ!」
死ぬほど痛えわ!
真人のせいで泣かされるの腹たつから我慢し続けてるだけに決まってんだろうが。
男の子は人前じゃ泣かないんだよ。でも今にも泣きそうだよ馬鹿野郎。多分一人になった瞬間に泣くわ。
「えー、じゃあもっと泣き叫んだ方が人間っぽくていいと思うよ。物扱いされたくないんでしょ? 私さっきまで検死の気分だったよ」
「物は物でも死体かよ、いやお前……死体も物扱いしちゃダメだろ……」
泣き叫ぶことを推奨してくる医者、怖い。
死体を物扱いする医者……わからん、医者ってみんなそうなの?
「麻酔かけて子宮摘出しようか?」
「そこまでせんでもいい。どうせあいつ相手なら子宮があろうがなかろうが大して意味ない。触られたが最後すぐ別の創られる……オエッ。死んで欲しい、今頃お兄ちゃんに殺されてないかな」
ただ、脹相お兄ちゃんが魂の形を知覚できるのか俺は知らない。
知覚できてるなら、真人に対して何度か撃っていた穿血でもっと決定的なダメージを与えているような気もするし、できないかもしれない。
他力本願って良くないよな。うん、自分で殺そう。
「でも家入、次から麻酔はして」
やせ我慢のせいで無駄に痛い思いをしてしまった。
そういえば現代医療には麻酔って概念があるんじゃねえか。便利、最高、人類の叡智万歳。
「我慢できるなら要らないんじゃない?」
「要るよ、めっちゃ要るよ痛えもん。もうすっごい痛い、マジで無理、てか今からやっていいよ、まだ痛いから」
「はいはい」
注射器を取り出した家入はサクッと俺の血管に針を刺した。
どんくらいで効くかな、そもそもちゃんと効くかな半分呪霊だけど。
「内臓触ってみた感じ、やっぱ血塗の体はほとんど人間と一緒だよね」
「内臓触るっていう言い方やめてくれよ、俺は今触るという言葉に敏感なんだ」
嫌な奴を思い出しちゃうだろ。
「ほとんど人間ってなんだよ、どこが人間じゃねえの」
「瞳孔。みてわかんでしょ」
「ああ、真っ黒だもんな?」
目の色に関しては俺のオーダーだ。
見た目が完全に人間である方が呪術師からの同情を誘えて有利だったかもしれないので、もしかすると失敗だったか——いや、壊相兄者とのお揃いは譲れねえ。
「弱者の目だね」
「喧嘩売ってんのかオイ」
俺ならまだしも兄者のことバカにするなら俺はキレるぞ。
「違うって。瞳孔が全部黒い動物って自然界じゃそれほど珍しくないんだけど、その理由は知ってる?」
「俺が今読んでる教科書は四年生の理科だぞ」
「それでよく医学書読めると思ったね。まあいいや」
家入が咥えたタバコに火をつける。怪我人の前でやることじゃねえだろ。
「目が全部黒いのは瞳孔の位置、視線がどこにあるかわかりにくくするためだよ」
「便利じゃん。なんでそれが弱者の目になるんだ」
「わかんない? そうしないと狩られるからだよ。人間はそんな目の形にしなくてもヘーキだからこうなってんの。ライオンもそう」
「ライオン出してくるのずるいだろ」
そりゃ百獣の王と一緒だと言われたら人間の目が強者の目であると認めざるを得ん。
「人や犬なんかが白目を発達させたのは、アイコンタクトによるコミュニケーションをとるためとも言われてるね。集団に意思伝達するのに役に立つ」
「ハッ! だから俺のアイコンタクトは誰にも通じないのか!」
いや待て、でも俺は兄者からの視線で何言ってるかわかるぞ。
やはり兄弟だからか……愛は進化を超越するな。
兄弟以外には今度からアイコンタクトやめてウインクにしよ。
「つか犬って白目あったか? 黒かった気ぃすっけど」
「嫌なことがあったとき目の端にちろっと見えるよ」
「へー」
白目をむくのはショックな時っての、犬も一緒なんだな。
「ヤギみたいな横長の瞳孔は平野で敵が来た時にすぐわかるようにそうなってる、まあこれも狩られる方の目だね。エイやイカみたいに三日月やWの形した瞳孔は水中で高いコントラストの視界を確保するため。虫は複眼だから瞳孔はないけど、カマキリみたいに偽の瞳孔持ってるのもいる」
「すげえな家入、医者みてえなこと言ってる」
「医者だよ」
ズルして勉強期間短くして医師免許とったくせに。
つか言ってることは医者みたいじゃなくて生物学者みたいだったか。
「家入って勉強できたんだな」
「だから医者だって」
「お前、俺が前に赤ちゃんどうやってできるか聞いたときなんて言ったか覚えてるか?」
「なんだっけ?」
「赤ちゃん製造工場が県庁にあるって言っただろ! 県ごとに製造すんな!」
「あはは、覚えてねー」
忘れるほど適当な嘘をつくな。俺がマジで信じちゃったらどうするんだよ。
「医学書読んでわかんないとこ聞こうかと思ったけど、適当な嘘吹き込まれそうだからやめとこ」
「もうつかないよ、面倒だし。でも聞かれるのも面倒だから聞かなくていいよ」
「家入は悪い子だな……でも正直なのはいいことだぜ……」
しかし家入に聞けないとなるともう誰にも聞けないんだけどな。
うーん、家入にもメリットがあればいいのか。タバコで買収……無理、俺に収入はない。
「俺が医学覚えて人間の治療できるようになったら家入の仕事減るんじゃないか?」
「目先の面倒か今後の楽かってやつ? ま、暇だったら教えてあげるよ」
吸い終わったタバコを空き缶にねじ込むと、家入はこちらにタオルを投げてきた。
俺は今なんの試合を放棄させられたんだ、と思ったが違った。
「全身血まみれだから拭いときなよ。五条たち呼んでくるから」
「……家入、お前俺に麻酔打ったよな? 死ぬほど眠いし指動かすのも億劫なんだけど」
「あー、忘れてた」
「忘れるなこえーよ。お前いつか医療ミス起こさねえだろうな」
「血塗にはやるかも」
「なんで俺だけなんだよ! オイ!」
そこは嘘でも大丈夫って言えよ怖いわ!
「私さっき言ったよね? 人間みたいに扱われたいなら人間みたいに振る舞えって」
「言ったか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? じゃあ今言った」
「俺は家入のことが心配だよ。適当すぎるだろ」
ひたすらに患者を心配にさせるような言動を繰り返すな。
能力が付随してなかったら許されてねえぞ。
「さっきの麻酔、人なら打たれてすぐ寝てるからね。それもやせ我慢?」
「……うん」
「だから言ったじゃん。我慢できるなら麻酔要らないんじゃないって。あれ? 言ったよね?」
「それは言った」
痛かったのは本当だし、今ほとんど痛みが引いているので絶対あったほうがよかった。
ありがとうモルヒネ……打たれたのモルヒネか知らねえけど……。
「我慢しなくてよかったのか? これから五条悟呼ぶんだろ」
「そうだった。寝られると困るわ」
「じゃあ打つな!」
「だから打つ気なかったんだってば」
「えーっ? お前加減ってもんを知らないのかよ……俺寝ちゃったらどうするつもりだったんだよ」
「うーん、叩き起こす?」
「怪我人を医者が叩くな」
この後家入が五条悟を呼びに行って戻ってきた時、俺はうっかり寝ていたので家入に叩き起こされた。
「硝子、それ幼児虐待だよ」
五条悟にそれを言われたらやばいだろ。
俺は結局血まみれのまんまだったので、付いてきたにーちゃんが叫んだ。
「ぎゃー! 大丈夫か血塗ー!?」
「大丈夫じゃない……」
寝ぼけ眼をこすりながら俺は謝った。
「にーちゃんから借りてた服血まみれにしたし破った。ごめんな……」
無一文の俺はにーちゃんから服を借りて着ているのだ。今日だってパーカーを借りていた。
真人の攻撃——まあ正確に言うと俺の自傷なんだが、その際に思い切り腹部を破ってしまった。
しかも無一文だから買い直すこともできない。全然大丈夫じゃない。
「そんなんどうでもいいよ!? 血塗は無事か!?」
「うん。まあ腹は破れたけど」
「服よりも大事なもの破れてるじゃんかぁ!」
服より大事って言われて俺はちょっと照れた。
やだなにーちゃんったら、こんな大勢の前で愛の告白をするなよ。