もふもふ。もふもふ。
俺は幸せを享受していた。
パンダのもこもこのお腹に乗って、全身を使ってもふもふを感じているからである。
しばらく前に二年生たちと模擬戦をした後、パンダにぶん投げられまくってボコボコにされた俺は、事前の約束通りにパンダをもふもふさせてもらった。
それ以降、パンダのもふもふの毛並みにメロメロになってしまった俺は、こうしてたまにもふもふさせてもらっているのだ。ほら、女児ってぬいぐるみ好きじゃん。
俺を女児と呼んでいいかは微妙なラインだが、少なくとも見た目的にはでかいぬいぐるみと小さい女の子って感じなので問題ないはずだ。
ふらりとやってきた五条悟が聞いてきた。
「何してんの?」
「日向ぼっこ」
「天日干し」
俺とパンダがいる場所は外だ。丁寧にブルーシートを敷いてそこで横になっている。
俺はストレスの減少、パンダは乾燥を目的としている。
お互いに会話相手になれて暇を潰せるので、ウィンウィンの関係というやつだ。
「そうしてるとトトロみたいだね」
仰向けのパンダのお腹の上に、うつ伏せの俺が乗っているのが現状だ。
俺とパンダは顔を見合わせた。パンダがガバリと口を開け唸る。
「パァアアンンンダァアアアア」
「パンダ! あなたパンダっていうのね!」
「パンダはパンダって鳴かないけどな」
「じゃあなんて鳴くんだ?」
「知らないのか? ああ、生まれたばっかなんだったか。ダーウィンが来た! のパンダ回を貸してやろう」
「わーい! 俺パンダ好きー!」
生まれたてでなくともパンダの鳴き声は知らなかったと思う。前世でも聞いたことないし。
「じゃあ血塗とパンダ、また模擬戦しなよ」
「なんでだよ!? 急が過ぎるだろ!」
「あー出た出た、悟の突然の思いつき」
「突然じゃないって。ちゃんと二人を探してたもん」
俺とパンダは「本当かよ?」という目線で五条悟を見た。
それを受けて五条悟はサムズアップする。
俺はすげえムカついた。パンダはため息をついた。
「こないだ死にかけたらしいしちょうどいいでしょ」
「どういうこと……?」
理論がなさすぎる。
頑張って解釈すると、こないだ真人と戦って腹に大穴開けられたんだし、模擬戦して強くなろうねってことか?
「ヤダ! 俺が腹に穴開けたの3日前だぞ!? もうちょっと休ませろよ!」
「即日で治ってたじゃん」
「だから〜!? 腹は治っても心の傷は治りませんけどォ〜!?」
ムギュッとパンダに抱きつく。
今俺が求めている癒しは人間から得られるものじゃないんだよ。
血と肉じゃなくて布と綿なんだよ。そしてそれを殴るんじゃなくてなでなでしてえんだよ!
五条悟は「そんなこと言っていいのかなぁ〜?」と詰め寄ってくる。
「血塗がすぐ握り壊すスイッチのコントローラー、買い直してあげてるの僕なんだけど」
「ウッ!」
「こないだどうせすぐ壊すだろうと思って大量に買ったら転売ヤーだと思われて大変だったんだよ。店員が女性だったから顔でごまかしたけど」
「血塗の説得にそのクズエピソードはいらないだろ」
五条悟、俺がゲームのことを言われれば言うことを聞くと思っていやがる。
……その通りだよ! クソッ!!
悔しくて歯噛みする。俺はどこまでも五条悟の手のひらの上なのか。
「まあ聞きなって。僕が血塗をパンダと戦わせたいのには理由がある」
「俺への嫌がらせじゃなくて?」
「あのね、僕そんな性格悪くないよ」
「え!?」
「ちょっと」
「いや、その発言は俺もどうかと思う。悪いだろ」
もう一度パンダを全身で抱きしめた。俺パンダ大好き。
「血塗、人間相手だと途端に動きが鈍るんだよ」
「……そうか?」
「自覚なしね。根深そうだ。まあそっちの克服は別でやるとして。血塗が人とうまく戦えないのは、うっかり力の調整を間違えて殺しちゃわないか心配だからだろ?」
「いや普通に弱いからですけど」
「血塗って案外自己評価低いよね。僕から見て、血塗はもっと戦えるって言ってるの」
自己評価が低いと言われてもまるでピンと来なかった。
だってみんな俺のことボコボコにするじゃん……弱いじゃん……。
「いつも避けて避けてのカウンターばっか狙うのは、そうじゃないと力が入りすぎてしまうから。そもそも攻撃を
「当たり前だろ。痛いの嫌だもん」
「それもあるけど、野薔薇とのこと気にしてるでしょ」
「……そりゃしてねえっつったら嘘になるけどォ!」
二年生との模擬戦をした何日か後、俺は一年生たちとも模擬戦をやっていた。
個人的に順序が逆だと思った。なんで2からの1なんだよ、ナンバリングを考えろ。
伏黒、にーちゃんと近距離の模擬戦をやって、釘崎ともやったのだが——俺は釘崎の蹴りを自分の腕で
受けるタイミングを間違えたのだ。
俺は釘崎の足が自分の体に届くよりも前に、腕を釘崎側に出しすぎた。つまり防御というより一種の攻撃になってしまったのである。それに釘崎自身の蹴りの衝撃が加わって、結果ヒビ。俺は頑丈なので無傷。
俺は……俺は女の子の足の骨を……仲のいい……女の子の……。
釘崎はうじうじ気にすんな! と俺にキレたが、気にしないってできるか?
俺は釘崎ほど精神的に強くないので無理だ。未だににーちゃん溶かしたの気にしてんのに。
「その点、パンダは呪骸だから。ちょっと強く殴っても死ななくて安心」
「おーい、俺のことサンドバッグにするな」
「そうだぞ五条悟、殴っても死なないってところはお前もそうじゃん」
「え? 僕との模擬戦でもいいの?」
「ごめん嘘嘘嘘ヤダヤダヤダ」
「そんなに否定されるとムカつくんだけど」
パンダが体を起こしたので、俺もズルズルと腹の上から落ちる。
完全に落ちる前にパンダが俺を捕まえて、ブルーシートの上に座らせた。
「ま、確かに今の話を聞いたところじゃ、模擬戦の相手は俺が適任かもな」
「そういうもんか? パンダ、破れない?」
「まあ破れることはあるが、人間よか簡単に直せるな」
「あー、はらわたよりわたのが手に入りやすいもんなー」
「そういうことじゃねーけど。今日の天日干しはこんくらいにしておくか」
俺とパンダは立ち上がった。
自己評価が低いっていうのはピンとこないが、俺が強いってことが必要以上に呪術界に認められるのは怖いと思っている。
強くなるのに消極的、と言ってもよかった。上に消されたくないんでね。
実力を隠す系の厨二主人公になれたらよかったんだけどな……俺の実力やできることは把握されている。六眼ずりぃよ。
「じゃはじめー」
五条悟の気の抜けたスタートの合図で、パンダが飛びかかってきた。
いつのまにかメリケンサックもつけている。
いやちょっと!? 俺が殴るって話じゃなかったっけ!?
あ、別にサンドバッグになるとは言ってなかったな。通常の模擬戦か。
腹をぶん殴られた俺は、後方にぶっ飛ぶ。
なんとか足で踏ん張ったが、地面に3mくらい足の跡ついたぞ。パンチ強すぎ。
「お? なんだ今の手応え」
不思議そうなパンダに対し、俺はドヤ顔をして見せた。
「ふふふ! 昨日考えた新技! 血液エアバッグだ!」
パンダが俺を殴ってきた位置はパーカーで隠れていたため、見えなかったのだろう。
俺はわかりやすいように、服をめくって見せた。
パーカーの下で、俺は体から血液をにじませ厚みを作り、クッション材がわりにしてパンチの衝撃を弱らせたのだ。
真人と戦った時に使った血の鎧の簡易版である。部分鎧みたいなもん。もちろんぷよぷよしている。
詰まっているのは血液なのでエアではないが、役割的にはエアバッグだ。
「コラ、服をめくるな。痴女になるぞー」
「あっごめん」
やべ、パーカーの下何も着てないんだった。露出狂になってしまう。
「つか防御じゃなくて攻撃しろって話だったろ」
「させてくんなかったのパンダじゃん」
「うしわかった、受けるから来い」
「じゃあ行くぞー」
相手は人間じゃないので死なない、と自分に言い聞かせる。
仲良しで好きなパンダを殴るのは気がひけるが、一旦それも忘れる。
相手をただの動いて殴りかかってくるパンダ型のサンドバッグだと思え。
飛びかかっての愚直パンチ。
腹をぶん殴られたパンダは、後方にぶっ飛ぶ。
足で踏ん張るが、地面に数m足の跡がつく——3mは行かないかな。やっぱパンダのパンチの方が強い。
「とんでもねー馬鹿力だな! ただの殴りなのに俺のお兄ちゃんに匹敵するぞ」
「え!? パンダはお兄ちゃんがいるのか! 弟パンダだったのか!」
「まあな。お姉ちゃんもいるぞ」
「三番目! 親近か〜ん!」
思い出した。パンダのきょうだいは体内にいるんだったか。
いいなあ、サンコイチじゃん。寝ても醒めてもずっと一緒に居られるきょうだいって羨ましいぜ。
「そりゃ悟も言うわな」
「えっ」
なんのことかわからなかったが、パンダが五条悟に同調したことにショックを受けた。
あの五条悟に同意を!? あの、五条悟、に!?
「お前、こんだけ馬力あるのにどこにも活かせてねえんだもんな。逃げるのが上手いのは目の良さと思ってたが、筋肉の瞬発力の方だったか。そのぶんだと持久力もありそうだな。思い返せば連続で模擬戦しても疲れた様子すらなかったもんなあ」
「よくわからないがバカにされてる……」
「褒めてるぜ」
ならいいや。
「血塗。俺が思うに、下手に血を使うより殴った方が強いぞ」
「マジで!?」
え!? 俺のアイデンティティは!?
漢字が名前に入ってるけど!? 術式にも使うけど!?
「お前の血って術式の足がかりってだけで直接の攻撃力はないし、縄みてえに使っても場合によっちゃ引きちぎれるだろ」
血液を縄に見立てているだけなので、実際に引きちぎれる訳ではない。
俺の呪力を上回る、力かスピードがあれば俺の血を振りほどくことができる。
実際パンダにはそれをやられた。間違いなく真希にもできる。
一回真希を血で絡め取るのに成功したのは、向こうが油断してたのと短時間だったからだ。
「殴り合いから逃げるなよ。小手先の技術だけじゃいずれ限界が来るぞ」
「……はあ?」
カチンときた。
俺は自分にできることを常に模索してんだよ。それを全部否定しやがって。
「パンダ……俺はな、ニンテンドースイッチだけじゃなくてPS4も持ってるんだぜ」
「今関係あるか?」
「やってやるよ、パンダの土俵で。かかって来な」
なんのために俺が格ゲーやってると思ってんだ?
対人の殴り合いシミュレーションを痛くない方法でやってんだよ!
格ゲーのコマンドを思い浮かべる。俺はゲームキャラ、パンダは対戦相手。
覚悟しろ、俺はゲームなら負けねえんだからな。
ダッシュで間合いを詰めてからの立ち中P、立ち中P、強P、強K、パンダのパンチが俺の顔面に入りそうになったのでしゃがんで避けた拍子にしゃがみ弱Kからのしゃがみ弱P。
パンダが上から俺を掴もうとしたので、パンダの足の間をくぐって向こうに出た拍子に
「足元狙いは案外しんどいな」
と、言うことで俺の足元狙いを誘って来てんだろ、わかってんだぜ。
「小せえ体格は活かしていかねえとな」
お互いに再び接近し、俺はパンダの望み通りにしゃがんで、そこから
地面に叩きつけられたパンダは受け身をとった。だがこっから起き攻めしてやる。
「ふはっ!」
面白くなってきた。本当に格ゲーみてえ。ここは鉄拳の世界線だったのか?
頭ん中完全にストファイの方だったわ、切り替えようかな。
「その笑い、呪霊っぽいな」
「知らなかったか? 呪霊だよ、半分なァ!」
牽制含めたしゃがみ中Kからの波動拳……いっけね、手から波動でねえわ俺。
スカッた俺の腕をパンダに取られそのまま投げられかけるが、ここで
殴り合いをするとは言ったが、血を使わねえとは言ってねえんだよ!
「オイ! せっかく天日干ししたのに洗濯必要になるようなことすんなよ!」
パンダはキレながら、血に当たらないよう俺の腕を離して投げをキャンセルする。
対人ゲームの基本——相手が嫌がることをやり続けろ、だ。
「嫌だよな、だからオーバーに避けると思った——ボディがお留守だぜ!」
呪骸には核がある。
パンダは体内にきょうだいがいるので自分含めて3つ存在しているが、数も位置もごまかしている。
だから、核のように見える呪力の強い箇所はブラフ。
ブラフということはつまり、そこが俺にとって最も問題なく——本気で殴ってもいいところだ。
俺の
パンダは言った、下手に血を使うより殴った方が強いと。
「じゃあ上手に使えばいいんだもんな」
「うわ、血塗って結構根に持つタイプ?」
「うん。150年前から殺そうと思ってる奴がいる」
「御愁傷様だな」
俺も早くその言葉をそいつに言ってあげてえな。
「ふふ、パンダ、殴っていい箇所まだあるな? 全部潰していいか?」
「そういう目印じゃねえんだけどこれ……こえー」
血塗ちゃんは格闘ゲームだと主人公ポジションのキャラを使いがち。