それいけ!血塗ちゃん   作:九条空

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次話の完成度1%なので次の更新は来週かな……


きらめけ!血塗ちゃん

 後部座席に座っていた五条悟は、蹴り上げるようにして足を運転席へとぶつけた。

 それを受け、運転していた補助監督の男が「ヒッ」と声を上げる。

 

「ごめーん僕足長いからさぁ」

 

 足を組み替えて、スマホをいじる五条悟。

 一級呪霊が発生したとしてみよし市に送られた——その()()()である。

 

「何が一級だよ。ただの二級じゃん、あんなの僕じゃなくたって一捻りでしょ」

「も、申し訳ありません……伝達ミスがあったようで……」

「あーあ、後からミスなすりつけられる君がカワイソー。上はそんなに血塗殺したいわけ?」

 

 補助監督の男は恐怖で震えた。

 五条の言う通り、伝達ミスなどではなかったからだ。補助監督の男ですらすぐに理解できるほど、あからさまな故意である。

 

「私は……何も聞かされていないので……」

「今のはでっかい独り言だから相槌打たなくていいよ」

「ヒィ! すみません……!」

「でもね、残穢はあったよ」

「え?」

 

 五条悟は、報告のためにスマホで文字を打っていた。

 

「七海と悠仁、それから血塗が接敵したことのある特級呪霊の残穢がね」

「と、特級!?」

「ああ、それに東京校の忌庫番殺したのもそいつだったっけ。いやー、あの残穢は()()()じゃなさそうだったから——急げば会えるかもね」

「ヒッ」

「なに怯えてんのぉ? 僕、脅してるわけじゃないんだけど」

「そ、そうです、よね、ハハハ……」

「そーそー、脅してんじゃなくて、もっとスピード出してって言ってんの。間に合わせてよ、僕が特級と会うの。まっ、僕以外が特級とやりあったら死んじゃうかもだし?」

 

 補助監督の男は、それを脅しというのではないだろうか、と後に語る。

 

 

※ ※ ※

 

 

 俺は、時計を持って来ればよかったなと思った。

 そもそも持ってなどいないから俺はニンテンドースイッチで時間を確認しているのだが、五条悟にお願いすれば簡単に買ってもらえたんだろうな。今の今まで必要を感じなかったからそんなこと考えもしなかった。

 五条悟が何分で帰ってくるかのチキチキレース、かかった時間分の時給をもらいたかったんだけど。

 

「先ほどの君の話を聞いて、より確信した。呪胎九相図は加茂家の汚点だ」

「汚点ン?」

 

 殺し合い寸前の真面目なシーンだというのに、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 俺が国語の授業をしてやったほうがいいのかもしれない。汚点の意味、ちゃんと知ってるのか?

 

「もともと綺麗なところなんかないくせに何言ってんだ? 全面汚れだらけで汚点なんかわかんねえだろバーカ」

 

 汚点ってのは不名誉な傷、って意味だぞ。御三家に名誉なんかないだろ。そんなの、そこで育ったお前が一番知っているだろうに。

 

「加茂家次期当主として、私は自分の意思で君を祓う」

「ああそう、真面目ちゃんは大変だな。いちいち行動に()()()()()以外の理由を見つけなきゃいけなくて」

 

 相手と話しても和解など不可能であることがとっくのとうにわかっているので、会話に意味を見出すことはできなかったが、こっちは時間稼ぎがしたいので無駄話は大歓迎だった。

 だがさすがにもう終わりにしたのか、加茂は矢を3本同時に番え、俺に向かって射った。

 

 横に飛び、墓石を盾にして一本避ける。

 もう一本は先ほどのように手で掴んで止めた。最後の一本は変則的な軌道で急旋回し俺の背後を狙ってきたので、伸ばした血液の縄で絡め取る。血をしならせて矢を振り、鏃についていた加茂の血を振り払ってから投げ捨てる。

 

「お前の術式は割れてるよって、俺ちゃんと言ってあげたのにな」

「ではこちらの術式はどうだ?」

 

 突如、俺の肩の肉が裂ける——初見の術式! 呪霊か!

 何も理解できないまま、一旦後ろに飛び退く。攻撃された方向がわからないので、後ろに引いたのが正解かもわからない。

 攻撃を食らうまで何も認識できなかった、呪力の流れさえ。必中……いや、領域展開されていないのだからそれはない。

 肩の傷はそう深くない。反転術式を使いすぐに血を止める。傷口の感じからいえば裂傷、浅いのはかすっただけだからか?

 

「この程度で威張るなよ、虎の威を借る狐ちゃんか?」

 

 呪霊の功績はお前の功績と違うだろ、笛吹いただけのくせしやがって。

 俺は加茂の術式である赤血操術について知っているが、向こうにも同じことが言える。俺の術式、蝕爛腐術については全て割れていると思っていいだろう。俺だってなんだかんだ真面目ちゃんだから、きちんと自分について報告したんだぜ。

 

「虎の威を借る狐でも構わないさ。目的が果たせるのならな」

「舐めんな。今日の()ちゃんは俺だぜ」

 

 虎の尻尾を翻し、ダッシュで加茂と距離を詰める。

 おそらく、準一級呪霊の術式は遠距離型だ。未だに姿どころか呪力が正確に捉えられない。

 それほど遠い場所にいると考えるのが妥当。

 

 で、あれば、加茂を()()()()

 遠距離の術式として考えられるのは基本として狙撃系統。射線上に加茂を入れてしまえばいい。向こうの術式の軌道は見えないが、軌道なんか関係なくなるほどの超近距離で、360°使って背後も取らせないようにしてやらぁ。

 

 威力より速度を重視したパンチを数発かまし、次に強めの蹴りで揺さぶる。

 パンチの方は受けた加茂だったが、蹴りは後退して避けられた。クソ、勘がいいな。

 いや、いいのは目の方か? 加茂の顔にはすでに特徴的な模様が浮かび上がっている——赤鱗躍動。

 体内の血中成分を操作し、身体能力を大幅に向上させる術式の使い方だ。

 

「さっき自己申告した中距離というのはブラフ……近距離もできるのか」

「いや、そこでカマかけたつもりはなかったんだが……なんかごめんな?」

「謝られる筋合いはないんだが……」

 

 確かに、俺の見た目は幼女なので近距離戦ができないように見られてもおかしくはないか。

 そこで油断を誘ったつもりはなかったので、少し困惑してしまった。

 依然として俺が中距離戦法を最も得意とするのは変わらない。近距離戦闘は妥協だ。遠距離になると俺攻撃手段ないからね。

 

 俺から距離を離そうとする加茂を追いかける。

 ぶっちゃけ赤鱗躍動に対応できるほど近距離戦闘に自信があるわけではないが、呪霊の術式を考えるとこうするしかない。それから西宮のことも……俺が付かず離れずで戦えば、迂闊には手を出せないだろう。

 現状静観を決め込んでいるようだし、加茂か呪霊を潰すまではそのまま見ていてもらおう。

 

「血に頼りすぎなんじゃねえ? 赤鱗躍動使ってもその程度なら、地力が足んねえよ」

「だからこそ血に頼るのだ」

 

 加茂が俺との間に放り投げたのは輸血パック。

 あー、失血死の可能性がある人間って大変だよな。わざわざそうやって事前に採血しておかなきゃいけないんだから。

 しかもそれって賞味期限あるんだろ……いや、飲まないから賞味期限じゃねえや。消費期限か。ん? 使用期限……まあなんでもいいや。

 全血製剤って、採血した後1ヶ月も保たないんだぜ。冷凍したらまた別だが。

 

 赤血操術において、術式を十全に扱うには血液の成分が全て含まれている必要がある。

 赤十字社の基準でいくと、一度に採血したのが400mlだとしたら、次に献血していいのは12週間後。ってなるとだいたい一年に1.6Lしか血液って採れないはずなんだよな。

 俺はよく献血してたから詳しいんだ。やってたのは全血献血じゃなくて成分献血のが多かったけど。

 

 オタクって献血しがちなのなんでだろ。

 それ以外の方法で社会貢献してる実感得られてないからかな、はは。

 血を抜くだけで誰かの助けになるなら安いもんだよな。

 

 ただし、加茂が放り投げてきた輸血パックにはなんらかの呪印が刻まれた札が貼ってあるので、通常の医療機関とは異なる保存処置がなされているんだろう。そうなってくると、血を増やす術も開発されてしかるべきだし、うーん人間の努力って素晴らしい。

 

 輸血パックの外装を、中の血液が破る。血が俺を囲うように伸びてくる。

 

「赤血操術『赤縛(せきばく)』」

「うわはは! それは悪手だろ!」

 

 大方、呪霊との連携を考え、俺の行動を縛る方面で考えたのだろう。あるいは縛れずとも、加茂との距離を離し、呪霊が俺にだけ攻撃を当てられるようにするためか。

 だが、俺が幼女の体になってよかったことの一つは、マトが小さくなったことだ。

 わざわざ後方や横になんて避けてやらない——()()()()だ!

 赤縛で伸びてきた血を跳び、身体を捻ることでくぐり抜け、加茂に切迫する。加茂が守りを優先したのか、顔と胸元に腕を出したのでちょうどいい。その腕自体をひっつかんで投げてやる。

 

「くっ!」

「っとぉ!?」

 

 掴んだ加茂の腕ごと俺の手の甲が裂けた。西宮ならこんなに雑なことはしないから呪霊の術式だろう。

 追撃を警戒して投げはキャンセルする。

 いいね、誤射の誘発はうまくいっているようだ。

 俺は手についたえぐれた傷を治そうとして、違和感に気づく。

 

「……あ?」

 

 裂傷に近いのは先ほどの肩の傷と同じだ。だが気になったのはそのえぐれ方。

 

「あ、あ、あー。なるほどね。ふはっ」

「何がおかしい?」

「いや。本当に五条悟が帰ってくる前に終わっちまうかもなと思って」

 

 反転術式を使うのを止める。

 呪霊の術式がおおよそわかった。さて、問題はどうやって殺すかだが。

 加茂との戦闘方法を変えるか。超近距離ではなく、そこそこの近距離か中距離でやろう。

 そっちのが俺の得意とするところでもある。

 

「てか、それいいかもな。今までで一番、()()()()()()()だ」

 

 脹相お兄ちゃんのパロディ技として、穿血と百斂はやってみたことがある。

 だがどちらも実用性はそれほどなかったので、思い悩んでいたのだ。俺もお兄ちゃんみたいにかっこよく術式を使いたい。

 壊相兄者の方は俺の練度が足りなくて無理なので。俺って兄者の下位互換だからね。

 

「赤縛、もどき」

 

 指先から十本、触手のように血液を伸ばす。

 俺はマルチタスクが苦手なので、同時に複数本の血液の束を複雑に動かすことはできない。

 だが、指の延長線と考えれば、それなりに自由は利くのだ。

 

「君も血を操れるのか!?」

「お前全然情報聞いてねえな!? 事前リサーチしっかりして!?」

 

 おかしいだろ、これに関してはきちんと報告したはず……どっかで情報が止められてる?

 夜蛾か、五条悟か。どちらにせよ、そっか。助かる。

 少し驚かすことができたおかげで、加茂を絡め取ることに成功した。

 顔に吐血してやろうかと、喉元に血液を貯めたところで、俺は加茂の()()()()()()

 

「……!?」

 

 加茂の動揺を無視し、瞬時に振り返る。背中に爪が立てられた感覚があったからだ——

 

「捉えたぞ、呪霊」

 

 振り向き(ざま)様に、呪霊の腕を掴んだ感覚。

 見えないがそこにいるであろう呪霊を、俺は掴んだまま殺す気で殴り抜いた。

 

 俺だけでなく、加茂にも呪霊の攻撃がかすったときに気がついた。

 あ、この攻撃、遠距離からじゃねえな? と。

 俺は五感が鋭く、目はいい方だ。故に、自分の傷だけでなく、加茂の方の傷口もよく見えた。

 加茂の腕と、俺が加茂の腕を掴んだ手の甲にかけて傷ができた。それは傷ができる瞬間までは認識できない攻撃だったが、全長20cm程度の裂傷、鋭い爪を持った動物にでもえぐられたかのようなもの。

 

 そしてそのえぐれ具合が最も深かったのは、俺と加茂のちょうどその接点。弾丸のように呪力を飛ばすのでも、斬撃のように飛ばすのでも、こうはならない。近距離で手前から奥に弧を描くように引っ掻かないと、えぐれの深さの間隔としてはおかしいのだ。それも、俺と加茂の真横にいる状態から引っ掻かないと、だ。

 

 この呪霊は、近くにいるのに見えず、気配も正確に感じ取れない()()だ。

 推測するに、この準一級呪霊の術式は「透明化」。呪力を含め、どこにいるか探知できない隠密系統。

 

 そうであれば、攻撃の瞬間を捉えるしかない。

 俺が正面の加茂に気を取られていれば、その背後を取ろうとする……準一級ならその程度の知能はあるだろう、という推論は正しかったらしい。

 呪霊の位置は、攻撃のインパクトの瞬間にしかわからない。だから攻撃は避けずに喰らい、その隙に手の甲が切れたままの方の腕で殴って傷口を作り、俺の血を混ぜ腐らせる、という作戦だったのだが。

 

 ——あ?

 

 拍子抜けしてしまった。呪霊が、一度殴り抜いただけで動かなくなってしまったからだ。呪力が霧散する。あらら。

 

「準一にしてはやわらけーな。ま、やわいから見えないように進化したんかね」

 

 結局、姿を一度も見ることもなければ、声を一度も聞くことのないまま、呪霊は死んでしまった。

 かわいそうに。どういう呪霊になるか選べるとしたら、こういうのは嫌だな。

 正面を向いて、構え直す。

 

「呪霊はいなくなったけど、まだやる?」

「いいや、いなくなってなどないさ——君がまだいるだろう」

 

 なんだよ、お前も座布団が欲しいのか? ちょっと上手いこと言うんじゃないよ。

 そう揶揄してやろうかと思ったが、口を開く前に俺はその場から退避を強いられた。

 

付喪操術(つくもそうじゅつ)鎌異断(かまいたち)』」

 

 静観を決め込んでいた西宮がようやく動いた。

 上空からの風の斬撃を身をひねって避けるが、風圧で被っていたフードが外れ、かけていたサングラスも飛び、地面に落ちて割れた。あー……五条悟のことだから、無駄に値段が高そうなサングラスだったんだけどな。

 

「なんだ。目は全然かわいくないのね」

「……あ゛?」

 

 ビリリ、と空気が揺れる。張り詰めた呪力のせいだ。

 構えをとったままの加茂が一歩後退する。だが、俺の目線と殺気は、西宮にだけ向いている。

 

「兄者とおんなじ目を愚弄するなよ——殺すぞ」

 

 家入に目をバカにされたことがある。

 弱者の目と言われたあれは結局、家入にとっての事実を述べただけで、こちらを馬鹿にする意図がなかったから俺は許した。そもそも家入に軽蔑って感情が備わってるのか疑問だし。

 

 けど今のは違う。俺ごと兄者を侮蔑しやがった。

 俺はこの戦闘で相手を殺しちゃってもいいさ、と思い込むことで無理矢理自分を鼓舞していたのだ。それを――本当に殺したくなるようなことを言うなよ。()()()()()()()

 

「結局は呪霊なのね」

「そーか? だいぶ人間じゃん、あいつより」

 

 3人でバッと振り返る。

 今の発言は、見知らぬ男だ。今の今まで、俺たちの誰もがその存在に気がつかなかった。俺は西宮を伺う。

 

「あー、リアクション的にそっちの増援って感じじゃなさそうだな?」

「知らないわよ。あなた呪術師? それとも、呪詛師?」

 

 男の格好はイカレている。道ですれ違ったら通報するくらいには変質者だ。

 と、いうか……それは囚人服ではないだろうか。横縞が入っているコスプレ衣装などではなく、おそらく日本で普通に使用されているような囚人服。さほど刑務所について詳しくはないので自信はない。

 それから最も目を引くのが、男の両腕を拘束している革のベルトだ。腰のベルトに、右腕を前、左腕が後ろになるように固定されている。

 俺は知らないが、もしかするとこれも本当に刑務所で使われている拘束具なのかもしれない。

 

「ジュソシ? なんだそりゃ、知らねーよ」

「なら呪詛師ね。なんの用事かしら」

 

 呪術師ならばその単語は知っているだろう。

 まあ、万一呪詛師じゃなかったらただの通りすがりの脱獄囚だな。どっちにしろやばい。

 何しろ俺の帳を抜けてきている。呪力があるのは確実だ。

 

「遊びに来たんだ。なー、オレと遊ぼうぜ」

「おーいいぜ、遊んでやるよ。糸目が」

「私か!?」

 

 やれやれ、次から次へと厄介事が迷い込んでくる。

 呪霊の次は呪詛師か。戦ってもいいんだが、その場合京都連中に隙を見せないようにしなければならないからかなりつらい。

 特に西宮。俺と呪詛師でタイマンになった場合、問答無用で攻撃を放てるから俺には不利だ。だから呪詛師にはどうにか2人の方を狙って欲しいんだが。

 

「男には飽きたから女の子がいいなー」

「振られてて草」

「なぜ私は勝手に振られなきゃならないんだ……」

 

 かわいそう。俺のせいだけど。

 呪詛師に聞いてみる。

 

「なにして遊ぶ?」

「そーだな、ケツにホース突っ込むのはどうだ?」

「いいわけねえだろそれを遊びと呼ぶ文化圏はねえよ」

 

 はーもう、この世には変態ばっか。

 特殊性癖を持つのは構わないが、あまり人に迷惑をかけないで欲しいね。同じ特殊性癖を持つ品行方正な人達が風評被害で苦しむことになるんだぞ。ケツにホース突っ込んで放水したいと思っている善良な人々に謝れ。

 

「あー、そーだった。血塗ってどれ?」

「俺」

「お前の兄貴から伝言でさー、オレについて帰って来いって」

「へーそうなん?」

 

 あーあ。この呪詛師の所属が夏油のところだと判明してしまった。人体でハンガーラックつくろうとしてた変態もいたし、変態しか仲間にできない縛りプレイでもしてんのかな。

 

「なるほど。君の方の増援というわけか」

「え、そうなのか?」

「んー? まーそうなのかもな?」

 

 煮え切らない返事だ。やはり目的は不明。

 俺はゆっくり歩いて呪詛師に近づいた。

 

「脹相お兄ちゃんが、お前について行けと言ったんだな?」

「そーそー」

「そうか。じゃあ死ね」

 

 俺の爪先は尖っている。

 人間の柔らかい頚動脈に突き立てれば、簡単にそれを掻っ切ることができる。

 

「チッ、外したか」

 

 掻き切ろうとした男の首が、俺が触れる前に()()()()()()()

 パペット人形の口みたいにパクパクできそうだが、残念そこは喉元である。

 

「うっわー、いきなり殺しにかかってくんのやばいねー。兄貴の言うこと信じられないの?」

「お兄ちゃんがそんなこと言うわけないだろ」

 

 メカ丸ですらロクでもないから関わるなと俺に言ったお兄ちゃんが、こんなロクでもないの体現者に俺を任せるわけがない。

 

「まだ真人の方がマシだったな。本人のフリして直接来たから。モノマネがあまりにも似てなかったのでマイナス一億点だけど。俺は嘘つきは嫌いじゃない。でもお兄ちゃんをダシにされるのは許せねえな」

「オレ嘘つきじゃねーよ。まーさっきのは嘘だけど」

 

 首がぱっくり裂けたまま、普通に喋っている。

 どんな術式だかわからないが、痛みなしに人体をバラバラにできるとかか?

 そして、どうやらノーリスクで治せるらしい。男は首を手前に振ることで上側を向いていた首の位置を戻し、あっという間に喉元の裂け目を閉じた。

 

「お前と遊びに来たってのはホント」

「そうか。あと何回首掻っ切られたい?」

 

 俺を遊びに誘うの、呪霊と呪詛師の間ではやってるんですか? 早々に廃れろその流行。

 

「鬼ごっこしよう。俺が鬼でさー!」

 

 男が口を大きく開くと、喉奥からナイフの刃先が飛び出してくる。吹き矢の要領で男がナイフを吐き出し飛ばしてくる。

 

「は、あァ!? 万国びっくりショーかよ!?」

 

 攻撃方法が気色悪い!

 当たったらヨダレつくじゃねえか勘弁しろよ。

 手で投げろ手で、なんで腕拘束してあんだよ意味わかんねえな。

 

 飛び出してくるナイフは一本じゃない。

 次から次に……明らかに胃に収まり切らない本数だ。術式か。

 

「私を盾にするな!」

「するだろお前俺の事殺そうとしてんだし!」

 

 射線に加茂を入れるよう動いたら苦情が来た。俺の方がお前に言いたい苦情があるぞ、まず俺の殺害やめろ。

 

「加茂君、ちょうどいいしあいつらが潰し合うのを待ちましょう」

「そうしたいのは山々だが!?」

 

 加茂はナイフを避けるので手一杯のようだ。西宮は上空でのんびり待機している。

 

「糸目、ナイフに当たる前に俺と共闘してあいつ倒した方がいいぜ?」

「共闘などしない!」

 

 頑なだった。元から一緒に戦ってくれるとは思っていないのでいいけどさ。

 

「でもお前隙だらけだぞ、混戦苦手か?」

「クッ!?」

 

 血液の縄で加茂の胴体を絡め取る。そしてそのまま、男の方に加茂をぶん投げた。

 

「あはは! 人間に対して容赦ねーのな!」

「お前に言われたくねー!」

 

 ぶん投げた加茂を盾にしたまま男に接近、加茂が空中で体勢を立て直し地面に着地したところで加茂より前に出る。

 もうナイフを吐き出せない体にしてやる。喉元を掻っ切ろうと爪を立てるが、再び喉がぱっくり割れてそれは叶わなかった。

 

「うわー二番煎じー!」

「贅沢言うな、同じ茶葉で二回は茶を飲め」

 

 時計を持って来ればよかったと先程思ったが、実は俺、それなりに体内時計が正確だ。今はだいたい午後2時――太陽はほとんどテッペンにある。

 男は喉が割れたことで、頭部が後ろ側に倒れ、顔面が上空に向いている。

 その状態で、帳を解除する。どろりと夜が溶け、元の世界が姿を現す。

 

「ッ、まぶし!」

 

 太陽光の目潰しだ。

 腕をセルフで拘束しているので男はどこも庇えない。殴り放題だ。狙う位置は心臓。拍動を狂わせる勢いでぶん殴った――その腕が絡め取られる。

 

「まー、見えなくても触られりゃわかるわ」

 

 男の胸元が、いつのまにかぱっくり割れていた。

 そこに、肘の手前程度まで右腕が飲み込まれた。まずい、飲み込まれた先の腕の感覚がない。これ以上引きずり込まれる感覚はないが、このままでは動けない。

 

「キッショ! 変態らしい変態的な術式だなクソッ!」

 

 俺の爪先は尖っている。

 だから――手刀で自分の腕くらいは切り落とせる。

 

「ヒュー! 潔いね、オレそういうの好きだぜ」

「俺はお前のこと嫌いだけどな」

 

 切り落とした右腕の断面を血で保護して出血を抑える。

 俺の右腕は、そのまま男の腹にずるずると呑み込まれ収納されてしまった。あーあ、俺の腕……。

 術式は体の中にものを仕舞う、という感じか。内容量は無限じゃないだろうが、先程飛び出してきたナイフの数からいって、男の体積をはるかに超えていることは確かだ。

 

「お前の兄貴にいいお土産ができたな」

「それ渡したらお前死ぬけどいいのか?」

 

 ま、その前に俺()()が殺すけどな。

 

「帳が上がったから来てみれば……異常事態ね」

「最初から異常事態だったけどなあ」

 

 俺が殺されそうになった段階で帳を解除するか迷ったのだが、万一歌姫も俺の殺しに参戦されたら困るしなと思って止めたのだ。今は生徒の安全がかかっているし、加茂と違って彼女ならば共闘してくれるだろう。

 歌姫が来たことで、加茂と西宮の態度が変わった。

 

「状況説明」

「戦闘中に呪詛師が乱入、目的は血塗のようです」

「なるほどね。それじゃ、全員で倒すわよ」

 

 確かに嘘は言ってないな。

 呪霊との戦闘中、じゃなくて俺との戦闘中、だけど。

 ひとまず、2人は歌姫の言うことに従うようだ。俺の殺しは歌姫にバレないようにやれってお達しがあったのか? だとしたらこの時点でおそらく任務失敗だろうな、かわいそう。いや、かわいそうなのは殺されそうになってる俺か。

 まずは呪詛師に集中しよう。一旦、背中から刺される可能性については忘れてやる。

 

「オラ、覚悟しろよ袋の鼠ちゃん」

 

 俺、加茂、西宮、歌姫――男を囲むのは4人だ。

 これぞ正しく四面楚歌、という。

 

「オレはさー、袋の鼠でも、虎の威を借る狐でもなくて、羊の皮を被った狼なんだよ」

 

 こいつ、実は結構前からここにいたんだな?

 俺と加茂が殴りあってる時にはすでに話を盗み聞きしていたらしい。

 

「あーいや、違うわ。狼が被ってる羊の()の方か」

 

 呪詛師の腹の皮が内側からめくれる。

 その中から出てきたのは()()()()だ。ナイフなんかの無機物だけでなく、有機物を生きたまま収納することも可能だったか……いや、違う。生きてないし、人間でもない!

 

「狼さんいらっしゃい!」

 

 ずるずると飛び出してくる、見覚えのある、()()()()の腕。

 その腕が触れる前に、俺は加茂を思い切り蹴り飛ばした。

 

「引け加茂ォ!」

「んなッ!?」

 

 派手にぶっ飛んだ加茂は腕の射程圏外へ。だが、俺自身が間に合わない。

 

「けーちーず、捕まえた♡」

 

 呪詛師の腹の中から完全に出てきた真人の指が、俺の体に触れ——()に触れた。

 




【補足】
・なんで五条悟は悠長に車で帰ってきてんの? 走れよ
今は昼間なのでビルの間をキャッツ・アイばりに走ると目立つからです。「怪奇! 無重力で走る妖怪目隠し」という都市伝説が誕生してしまう。

・「狼さんいらっしゃい!」
長寿番組「新婚さんいらっしゃい!」と同じイントネーション。一体誰と誰が新婚さんなんでしょうね。
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