気がついたら知らない場所にいたので、俺は「……は?」と間抜けな声を出した。
えなに? 新手の特級呪霊? いつのまにかどっかにテレポーテーションさせられた? いしのなかにいる?
目の前にあるのは建物、その正門っぽい場所。この感じからいって学校か。見覚えのない校舎だ。
「なに〜? なんかちっちゃい子いるんですけどぉ」
「その声はァ!?」
ふざけきったムカつく声色、聞き覚えがありすぎる。
振り返ってそこにいたのは、予想通りといえば予想通りだったが、予想外の格好をした真人だった。
「……は?」
俺は再び、間抜けな声を出す羽目になった。
真人はなんで女子高生の格好してんの? なんでポニテなの? セーラー服着てるだけじゃねえなそれ、普通に胸があるな、体ごと女だな、そのくせ声はそのままだな、いや何これ、なんだ、頭がすべての情報の理解を放棄している。
それでもなお俺の脳髄に叩き込まれた一つの感情——それは、気持ち悪い、だ。
「オエッ」
道に胃液をぶちまけてしまった。
口から血液以外を吐くのは初めてかもしれない。それから、体調不良以外の理由で嘔吐するのも、前世含めて初めてだ。
人間って嫌悪感だけで吐けるんだ。知らなかった。
「うわっ! きたなーい!」
「大丈夫ですか?」
心配してくれるのは優しい、優しいけど目から枝生えてる精霊的な呪霊が普通に女子高生の制服着てるのはおかしい。
は? なんか普通に真人の隣にいて普通に俺に話しかけてきてるけど、あなた花御さんですよね? 俺初対面なんですけど、初対面がこれでいいんですか?
だからなんで女子高生の格好をしているんですか? なんでセーラー服なんですか?
気ィ狂っとんのか。一体誰の気が狂ってんだ、俺なのか。
「ねえ花御ィ、その子変な病気かもよ? 近寄んないほうがいいってぇ」
「オエッ……はあ、はあ……変な病気なのはお前だろ……」
「は〜!? なにこのガキ、締めるよ?」
誰か呪霊専門のお医者さん呼んで来て、頭の方のやつ。
診てもらうべきなのが真人たちなのか俺なのかはわからんけど、確実に誰かの頭がおかしくなってるから。
「朝から騒がしい。何をやっている」
俺はぱかっと口を開いたまま固まった。
真人以上に、
俺がここ最近ずっと、聞きたいと思って止まなかった声だからだ。
ゆっくり振り返って、視界に入った瞬間、俺は思わず、呼んでしまった。
「お兄ちゃん」
カッ、と目が見開かれた。
俺はビクッとした。ついでに息もヒュッと呑んだ。
そんでもって
いや無理無理無理無理! なに!?!?
脹相お兄ちゃんのそんなびっくり顔初めて見た、いやそもそもあの服なに学ランだったんだけど似合うなやべえな黒い服みんな似合うのかな葬式でモテちゃうじゃねえかクッソそれはどうでもいい思考が止まらん、とにかく誰か助けてくれェ! この意味わからん状況にお兄ちゃんも巻き込まれてるゥ!
「待て!」
「ひゃい!」
10mも走れなかった。すぐに腕を掴まれて止められたからだ。
コンパスの差ァ! さすが俺のお兄ちゃん足長ァい! カッコイー!!
「名前はなんだ」
「な……名前……」
名前を聞かれた。ということはお兄ちゃんは
それどういうこと? えっと……なんだ……は? 俺どうすればいいの?
とにかく聞かれているのは名前か。言っちゃ、ダメな気がする。
「し、知らない人に教えちゃダメだってお兄ちゃんが言ってた……」
ごめんお兄ちゃん。言ってないよな。
言いそうではあるけど、まだ俺は言われてないぞ。
「そうか。わかった」
なんかわかられた。さすがお兄ちゃんだぜ。
いやお兄ちゃんなのか? 俺の名前がわからないってことは俺を弟だと認識していないということで、そんなことはお兄ちゃんならありえないのに、でも俺の血が確実にお兄ちゃんだって言ってる。
もう何もわかんない、助けてお兄ちゃん……目の前にいるじゃん……。
「具合が悪そうだ。大丈夫か?」
「エッ優しい! ウワーッ! お兄ちゃんみたい!」
「俺はお兄ちゃんだ」
やっぱお兄ちゃんじゃん! お兄ちゃんが言うならそうなんだな!
俺は考えるのをやめた。もうどうにでもなれ。成るように成る。
「大丈夫か」
「今ので元気になった! んへへ」
「そうか」
目の前にいるのが本物のお兄ちゃんじゃなくても、もう別にいい。
ジェネリックお兄ちゃんでもいい。なんかすげえ心が満たされる。
成分が同じなら効果も同じなんだよきっと。
「だが顔色が良くない。家まで送ろう」
「はわわ……」
その発言で血色が良くなりそうだ。照れるわ。
むにゃむにゃと歪む口元で、お兄ちゃんの申し出を断った。
「あの、あのな、俺大丈夫! んへへ、心配してもらえるだけで嬉しいし、んふ、へへっ!」
「大丈夫じゃなさそうだ」
ごめん、浮かれすぎて全然大丈夫じゃなさそうだったな。自覚がある。
一旦深呼吸をして、落ち着こうと試みた。
「というか家? 知らないから無理だ、案内できない、ごめんな!」
「迷子か」
「迷子じゃないぞ! 家がないだけだ!」
「そうか。もっと深刻だな」
もっと深刻になってしまった。あれ? どうしよう。
お兄ちゃんを困らせたいわけじゃないんだが。
えっと、でも俺自身が困ってるからな、俺が困るとお兄ちゃんも困るもんな、えっとえっと。
「ならば、お兄ちゃんはどこにいる? そこまで連れて行こう」
「……ど、どこ? お兄ちゃん……ど、どこだろ……」
強いていうなら目の前にいるんだが……え? どこ……
「わ、わかんない……ご、ごめんな? あのう、俺、その……うう! 何もわからない! 出来が悪い! 弟失格だ!」
「いいや、そんなことはない。弟を不安にさせるのは兄の失態だ」
「ヤダァ! 俺のお兄ちゃんを悪く言うな!」
いくらお兄ちゃんでもお兄ちゃんのこと悪く言うのは許さないぞ!
「すまない」
「ヤァーッ! 謝んないで! 俺が悪いもん!」
「……悪くないぞ」
お兄ちゃんがそう言うなら俺は悪くないらしいな。
俺は即座に手のひらを返した。だってお兄ちゃんがそう言ってるからな。
「じゃあ誰も悪くない!」
「そうだな」
頭をよしよしと撫でられた。……撫でられた!
実のところ、俺は混乱でちょっと泣きかけていたが、今ので全部引っ込んだ。
にまにましながら撫でられた頭を押さえていると、お兄ちゃんが提案してくる。
「ならば一緒に探そう。お兄ちゃんの特徴を教えてくれ」
「どのお兄ちゃんだ?」
「そうか。たくさんいるのか」
「うん! いっぱいいる! あ、いっぱいでもない! 3人だ!」
「そうか」
指を3本立ててビシッと突きつける。
いいだろう、俺には3人も兄がいるんだぜ! そしてさらになんと弟は6人もいる! フゥ! 最高!
弟とは1回も喋ったことないし生まれてきてすらないけどな。……気分が落ち込む注釈を自分で入れてしまった。
「では、順番に特徴を教えてくれ」
「えーと、じゃあ、まずカッコイイだろ!」
……俺は今どの兄について話そうとしたんだ? カッコイイのは全員だからわからねえな……。
とりあえず全員の兄について当てはまること言っておくか。
兄たちの特徴を指折り数える。
「面倒見よくてー、心配性でー、俺より強くてー、しっかりしててー、苦労もしててー、みんな一回は死んでる!」
「……見た目の特徴をもらってもいいか?」
「ハッ! それもそうだな!?」
見た目、見た目か。
お兄ちゃんは目の前にいるわけだし、兄者かにーちゃんの特徴になるのか?
見た目が特徴的なのは壊相兄者の方だよな! あれを一言で言い表すなら——
「見た瞬間みんなメロメロになる服着てる」
「メロメロには個人差があるからな……」
「マジ? 俺はなるけどな……」
お兄ちゃんはならなかったのかな……あのエチエチバーテンダーみてえな服に……メロメロに……。
少なくとも俺はしばらく目を離せなかったぜ。俺がポケモンだったら確実に技が出しにくくなっていた。
でも思い返すと加茂憲倫も真人も平然としてたな。
いや、でも兄者との初対面の時には俺立ち会ってないからな、もしかしたらメロメロになっていたのかもしれない。
俺の見ていないところでお兄ちゃんもメロメロになっていた可能性は全然あるよな、と学ランを着ているお兄ちゃんを見上げてハッとする。
「俺は大変なことに気がついてしまった……服って着替えることがある!」
「そうだな。よく気がつけたな」
あの服を着ていない兄者……!?
見てえ。ガチャで言ったらイベント実装だろ。
レアリティはSSRですか? いくら課金すればいいですか天井ありますか?
「兄者に会いた……い、けど、それって贅沢だよな……」
「どうしてだ?」
「会わす顔がないっていうか、そんな資格がないっていうか」
「弟が会いたがっているのならば、会うのが兄というものだ」
かっ……けえ。さすがお兄ちゃんだ。
だが、俺はなおさら罪悪感に駆られた。へにゃっと眉を下げる。
「俺が悪いんだ全部。だって俺、帰ろうと思えば帰れたのに、あの時それを選ばなかった。会えないのは、お兄ちゃんと兄者のところに、帰らなかった俺のせいなんだ」
八十八橋での戦闘の後、俺はにーちゃんの方を
壊相兄者が脹相お兄ちゃんのところに帰るのならば、兄者よりも、俺がどろどろに溶かしてしまったにーちゃんの方が危ないと思ったからだ。心配だったからそちらに残った。
なんなら、もうお兄ちゃん達とは会えないだろうと、そう思いながらも残ったのだ。
会えないことを悲しむくらいならきっと許されるけど、会えないことを恨むのは絶対に違う。
全部が自業自得で、俺のせいなんだ。
学ランのお兄ちゃんが、俺の前に膝をついて、俺の手をぎゅっと握った。
「ならば、俺のところの子になるか」
「……オッ……ウワ……それ……スゥーッ……」
衝撃のあまり人語を話せなくなってしまった。
めちゃくちゃ魅力的な提案だった。
何しろお兄ちゃんだし。俺はお兄ちゃんから言われたこと、全部その通りだって頷いちゃいそうになるし。
でもそればかりは、きちんと首を振らなきゃいけないことだった。
「ごめんなお兄ちゃん。俺は
※ ※ ※
「血塗、大丈夫か?」
手をぎゅっと握られる感覚と共に、俺は目を覚ました。
匂いと声だけで状況を思い出す。
俺はにーちゃんの部屋に遊びに来て、にーちゃんが不在だったから勝手にベッドに転がったのだ。
「にーちゃん……」
視界がぼやけているのは寝起きだから——というだけではなかったようだ。
にーちゃんが、俺の目元を拭ってくれる。寝ながら泣いていたらしい。
「起こすか迷ったんだけど、血塗が寝てるのって珍し……いや、初めて見たからさ。寝れるなら寝といた方がいいかと思って。やっぱ起こした方が良かった?」
「いや、平気。いい夢だったよ。会いたい人に会えたからな」
「その割にはすっげえうなされてたけど……」
それは最初の方に会いたくねえやつに会っちゃったからだよ。
「でも俺は贅沢者だぜ。起きても会いたい人に会えるんだからな」
俺はにーちゃんと一緒にいたくて高専までついて来たのだ。
お兄ちゃんと兄者なら、きっと俺を追いかけて来てくれると信じたから、そうしたのだ。
だってにーちゃんは俺を追いかけてくれないから俺から追うしかないもんな。
うん、だから、この状況は全く問題ない。俺が、望んでこうした。
「血塗、寝る時毎回うなされてるのか?」
「わかんない。初めて寝た」
「……俺のバカ! そうじゃん! 血塗って飯って概念もわかってなかったもんな!?」
そういや受肉してから寝たことなかったな、俺って寝れんのかな、と思って試しに目を瞑ってみた結果がこれである。
「寝なくても平気っぽいからもう寝なくていいかな」
「それはにーちゃん良くねえと思うなあ!? 人間っていうのはな血塗、寝ないとヤバい」
「えー? でも寝た方が疲れる……」
結果的にいい夢ではあったが、冒頭最悪だったし。
でも次に寝たら学ランか何かを着た壊相兄者が見れるのだとしたら、JK真人という悪夢を乗り越えてでも寝る価値はあるな。
「わかった、うなされたら俺が起こしてやるから、な?」
「んー、しょうがないな。もう一回くらいなら試す」
「責任重大じゃん俺……良く寝れる方法とか調べた方がいいのかな……」
いや、多分隣ににーちゃんがいてくれれば安眠できる気がする。
だって多分、俺は夢の中でお兄ちゃんに頭を撫でてもらったりしたけど——現実でもにーちゃんに撫ででもらってたんだと、思うし。
むにゃ、と歪みそうになった口元を押さえて、俺はにーちゃんに聞いた。
「にーちゃん、今日は何して遊ぶ?」
「そうだな、あ! さっきナナミン来てたの見たから誘って缶蹴りしようぜ!」
「エーッ何それ最高じゃんやろォ!?」
この後めちゃくちゃ缶蹴りした。
どうも、TSの呪詛師です。
一番呪いたくない相手にこの術式を使うことになるとはな。
アニメの18話見た瞬間からこのネタがやりたくて仕方がなかった。
脹相に妹と言わせようか迷ったものの、うまく想像できなかったのでボツです。
夢オチなんで謎時空じゃないんですが、時間軸的にはおいでよと街に行こうよの間かな。
番外だし振り切ったギャグにしようと張り切ったのに、普通にシリアスが混ざってきてウッとなってしまった。
俺が比較的悪夢を見る人間なんで、夢オチの話を書こうとすると悪夢が混じってきてしまう。
俺の夢に出てきて「ジョジョ2部って面白くないよね」って言ってきた真人のこと一生許さねえからな。