「エッうそじゃん。敵いるじゃん」
「知りませんでしたか。戦うのがお仕事ですよ」
今回の任務では戦闘ないかもねー、そうですね、という雑談を1分前にしたばかりだ。
ななみちゃんも不機嫌な顔を……いつもこんなもんだった気がする。
俺たちはお兄ちゃんたちの残穢を追い、
残穢がなくなり、こりゃここまでかな、一応もうちょっとだけ周囲を探索しようか、ってな場面だった。
ちょっと先に追っていたものとは別の呪力を感じる。
ついでに殺気っぽいトゲトゲした雰囲気も。
今までの任務から反省して、相手が生きてるかそうでないかくらいは探るようにしたので――向こうは血の通った列記とした人間だ。
つまり呪霊ではなく呪詛師。こんなんばっかぁ?
「今回の任務ってダムの呪霊を祓うってことじゃねえの? 偶発的に出会った呪詛師の排除も仕事のうちか?」
「こちらを襲ってくるのであればそうですね」
「おーい、逃げるなら今のうちだぞー!」
返事はない。しかし去る様子もなかった。
「えー、俺あんまり相手したくねえなあ。ななみちゃんなら一瞬でこう、ガッといってザシュッとやれんじゃね?」
「血塗さんにできないというのであればやりますが」
「ハー!? できねえわけじゃねえし! なめんな!」
俺一人で任務くらいできるっていったんだよ!
「俺がやるとぐちゃぐちゃにしちゃってカワイソーなことになるかもしんないから、ななみちゃんにスマートに決めてもらったほうがいいんじゃねえかと思っただけだし。やれってんならやるよ、仕事だろ」
「では、フォローはしますので」
「出来らあっ!」
え!! 俺一人で任務を!?(手のひら大回転)
で、できらぁ! ひとりでできるもん!
複数で組んでいようがソロだろうが、俺がまずやることは斥候だ。
格好良く言っているが、遠距離の索敵方法も攻撃方法も持っていないので、とりあえず突っ込んでからものを考えようってだけである。
呪詛師のいる方向に足を踏み出す。
俺を迎えたのは、まず笛の音だった。
ピーヒョロピーヒョロ、俺は音楽に造詣は深くないが、たぶん和楽器――篠笛かそこらだろう。
案の定目線の先には笛を横に構えた男がいた――のだが、それどころではない。
こちらにむかってくる、うぞうぞとした黒い波。
「ぎゃあ! きしょい!」
その
よく見ずともわかるが普通のねずみではない。まず生物ではない、血が通っていないからだ。
そしてこの類に俺は見覚えがあった。主に夜蛾んとこで。
呪骸だ。
それもひとつやふたつどころではない、数えきれない呪骸の群れだった。
いったいどうやってこんな量運んできたんだ、呪力があれば関係ないんか。
一体一体に大した呪力はこもっていない、現に体にのぼってきたねずみは少し腕を振るだけで飛んで行って地面でぺちゃんこになった。
だが数が多い。多すぎる。
踏んだり蹴ったりして潰すが間に合わない。多少のダメージでは動きを止めないというのもキツい。呪骸として行動不能になる程度にはつぶさなければならない。
俺の体にのぼったねずみが、ついに牙をむいた。
本物のねずみに噛まれた程度のダメージだが、ちりも積もればなんとやらだ。
俺が集合体恐怖症だったら死んでるぞ! うぞうぞしやがって
あと俺が普通の幼女だったら死んでる、ねずみの一匹が頸動脈をかじっていったので。
もちろん特級呪霊なので死んでいないし、血管を切られても即座につなぎなおすことなどお手の物だ。
だが肉のほうの再生は血管ほど得意ではないのであんまりかじるな!
「あ、やべ」
ねずみの群れの勢いは俺を越えても止まらず、後ろのななみちゃんへ向かったので俺は振り返った。
ななみちゃんはいつも使っているナタのような獲物をブンと振り回すと、その風圧だけでねずみは全部吹き飛ばされてぐちゃぐちゃのミンチになっていた。いや呪骸なので中身綿なんだけど……しかしななみちゃんはやっぱりスマートだぜ。俺が腕をブンと振っても数匹ミンチにする程度だ。
「ナイスフォロー!」
とりあえずお礼いっとこ。
七海ちゃんに向けてたてた親指はねずみにかじられた。むかついたので振り払って近くの木にたたきつけた。
ねずみをむんずと掴んでは放り投げ、掴んでは握りつぶし、掴んでは――ああもう! キリがねえ!
俺は一度無視することにした。
ねずみが体をかじるにまかせ、前方に全力でダッシュする。その風圧で体によじ登っていたねずみは全部吹き飛んだ。
だが、俺の前方から押し寄せるねずみの群れに自ら突っ込んでいる形だ。新しいねずみが次々と牙をむく。
しかし、俺を止めるにしてはあまりにもダメージが少ない。ねずみを操る男のもとへはすぐだった。
のろそうな男だったので、グンと踏み込んで近づいた俺が瞬きの間に現れたように感じたのかもしれない。
目が驚きに見開かれるばかりで、口は笛につけたまま、何を言ったわけでもなかったが――
「
観察した結果、男の術式はざっとこんなもんだ。
ねずみの呪骸は目の前にある肉を食い散らかすという簡単な命令しか遂行できない。
呪骸に呪力をこめる方法は、男の吹く笛がトリガーになっている。
同時にたくさん動かすためか、ねずみ一つ一つには少量の呪力しか蓄えられないようだ。
呪力が尽きれば、呪骸は動きを止める。
ねずみを口にぶち込まれた状態では笛は吹けない。
だから呪骸のねずみは呪力の供給が途絶え、すぐに動きを止めた。
だが、ねずみの動きが止まるまでに、男の喉笛をすっかり食いちぎってしまうのに十分な時間があった。
男は口をぱくぱくさせたが、声は出ず、血のあぶくが出るだけだった。
すぐに動きが止まり、絶命した。
俺の術式ではこんなに
そんなに苦しまずに死ねたんじゃなかろうか。蝕爛腐術と比較してだけど。
「これでよかったんだよな?」
「あなたがそう思うなら」
「エッ哲学!? これは職務上問題ない行為ですよねななみちゃん……?」
「呪術師として咎められることはないでしょう」
「よかったー」
ねずみにちょっとだけ食い破られていた手のひらをぷらぷらさせる。
反転術式で表面上の傷はもうすべて治した。体にあったかじられた後は全部消えている。
手もそこまで食われたわけでない、一時間とかからず完治するはずだ。
問題は服がちょっとちぎれて血まみれになったことくらいですね、やべえ……。
「今回の結果を鑑みての回答ですが……いいですよ」
「……エッ? なにが?」
借り物の服なのにズタボロにしてしまったことを気にしていたら、ななみちゃんがよくわからないことを言ったので聞き返した。
「1級術師への推薦です」
「……エッ!? なんでそんなことなってんの!?」
冗談かと思ったが、ななみちゃんは終始真顔だった。
「まず俺呪術師じゃないじゃん!?」
「知らなかったんですか。もう呪術師になってますよ」
「エーッ!?」
当座の目標を達成しちまったが!?
いったいぜんたいいつのまに!?
「五条さんは何と言って京都にあなたを置いて行ったんです」
「ガンバ!」
「……はぁ。それでよく文句もなく京都校にいましたね」
「文句はあるわい。言える相手がいなかっただけで」
正確には「僕仕事あるからあとはガンバ!」だったけど、その
そんな俺にとってメリットのある行為のためにいなくなったんだったら、言えよ~ッ! なんでわざわざ俺の好感度下げるんだよ五条悟~ッ!
いや、好感度はどんどん下がっていいのだが、俺の心の安寧をわざわざ遠ざけるのはやめてほしい。
呪術師になれたというハッピーなニュースがあったのならもっと京都で浮かれて過ごしてたが~!?
遅ればせながら今浮かれちゃお~!!
「おれじゅじゅつしになったの~!? やったぁ~! これでにーちゃんといっしょにおそとにあそびにいけるってこと~!?」
ぴょんぴょん飛び跳ねる。ひゃっほう!
本気出したらどこまでも跳んでしまうのでななみちゃんの頭らへんまででとめとこう! それでも十分人間にしては跳躍力やべえ! わはは! 人間じゃねえ~でも呪術師になれた~きゃっきゃ!
「ななみん祝って祝って~! 目の前に新しい同僚がいるんだぜ! ひゅう~!」
「よかったですね」
「きゃあ! きゃっきゃ!」
素直に祝われたので素直に照れてしまった。
夢の社会人になれたのだし、きちんとしておこう。
俺は飛び跳ねるのをやめ、ななみちゃんに向かい、45度の角度でお辞儀をした。
「本日からこちらの部署でお世話になります血塗と申します」
「どこで習ったんです」
三輪だ。
一緒に仕事をする呪術師への初対面の挨拶はこうするのだと教えてもらったのだ。
今回の任務の相手が東堂だったらこれをやるつもりだったのだが、ななみちゃんだったのですっぽ抜けた。
「俺ってなんで呪術師になれたんだ?」
「ほとんど五条さんの無茶ですが、名古屋での立ち回りも考慮されたようですね。誰も殺さなかったでしょう」
「五条悟は殺していいよって言ったけどやんなかったな」
「私の懸念はそこでした」
五条悟のゴミみてえな倫理観のこと? 今更過ぎねえかな。
「
一瞬、ななみちゃんの表情が苦し気に歪んだような気がしたが、いつもこんなもんだった気もする。
「あなたが望むのならいいでしょう」
呪術師はクソなんだとしたら、人にそれを勧める自分もクソってことになっちゃうよなあ。
ななみちゃん的にはいやなことだと思うのだが、俺のためなのか……あるいは五条悟にでも脅されてんのかな。
脅しに屈するななみちゃんではないと思うがしかし、ななみちゃんは事前に虎杖悠仁という厄ネタを押し付けられた過去があるからな。
「ありがと、ななみちゃん。俺の夢は家族みんなで幸せになることなんだ。それに一歩近づけた気がする、たぶん」
「そうですか」
兄弟たちの生存。
加茂憲倫の殺害。
俺の目標はこんなところだが、一人殺さなきゃいけないやつがいる時点で不殺は無理だ。
脹相お兄ちゃんも壊相兄者も、俺が人を殺したことにはなんとも思わないだろう。
だが、にーちゃんはどうだろうか。俺のことを嫌わないだろうか。
あー、東京に帰るのが余計にだるくなるよー。ハロウィンももうすぐだしよー。
沈んだ気分をごまかすように、俺は頭の後ろで手を組んだ。
「それにしても、人殺しっていい気分じゃないな。俺って呪霊としてはやばいかも」
「ええ。呪霊としては落第点です」
「そんなにはっきり言わんでも……!」
「そのほうが私は好きですよ」
「そんなにはっきり言わんでも……」
照れた。
オリジナル呪詛師のモブくん(名称未設定)
モデルはハーメルンの笛吹き男です。このサイトもハーメルンだし(適当)
夜蛾は傀儡呪術学の第一人者なので、傀儡呪術自体はよくある術式なんじゃないかなということで。
質より量を求めたタイプだったんでしょう。
場所は日吉ダム周辺のイメージです。ダムといえばカレーだからダムはどこでもカレーのにおいがします(大嘘)