「今日はショッピングよ。とにかく服ね」
ある日、西宮が突如提案してきた。
なんでも歌姫から多少なりとも援助金があったとのことで、俺の生活に必要な品を買ってくれるとのこと。
「ええ? 歌姫に悪いな。俺って飲まず食わずでも活動維持できるから気にしなくていいぜ」
「五条悟宛で領収書切りなさいって言われてるから大丈夫よ。先生からのお金はフードコートで使うわ」
「ならいいのか……?」
東京から何の荷物もなしに京都に来てそのまま居ついているので、俺の所持品はなにもない。
ゲームがないこと以外は大した支障がないが、しかしさすがにまともに着れる服が一着もないのはまずかろうということで、急遽買い出しに行くことになったのだ。
ちなみに今着ているのは三輪たちと泊まった温泉旅館のお土産コーナーで販売されていた、温泉マークが描かれたTシャツ一枚である。販売ターゲットは一体どこなんだ。
「なんか楽しそうだな西宮」
「そりゃそうよ、他人の服を買うときって自分の服を買うより楽しいもの。無責任にいろいろ言えるからね」
「そういうもんかー」
自分の服だった場合、似合うかどうか、手持ちの他の服と合わせられるか、財布の中身と相談してどうか、など考えることがたくさんある。
その点他人の服であれば面白半分でやいのやいの言えるから楽しいのだ、とは西宮談だ。
「しかも子供服! 今まで買いに行ったことない、未知の領域! でも幼児物のほうがあざとくかわいいのがいっぱいあるわよね、それこそ耳付きとか」
「そういうもんかー」
あまりに他人事だったからか、西宮が眉を寄せる。
「今まで服とかどうしてたわけ? ずっと買ってもらったの着てただけ?」
「いんや、にーちゃんから借りてた」
「……サイズは?」
「パーカーだけ。でけぇからワンピースみたいになる」
「なんか絵面が犯罪的じゃない?」
「大丈夫だ、こないだ三輪の服借りて幼児版彼シャツになった時ほどのヤバさはなかった」
想像したのか西宮も「さすがにそれで外に出てないわよね?」と確認してきた。
外には出てない。旅館の中で真依と一緒にやいのやいの騒いだだけだ。
「そうそう、西宮に聞きたかったんだ。お前って任務中でもいつもスカート履いてんの?」
「そうね」
「箒で飛ぶときパンツ見えねえ?」
「ドロワーズ履いてるもの」
「なにそれ?」
西宮は熱く語った。
ぺティパンツとの違い、服飾におけるファウンデーション、白木屋ズロース伝説――半分以上聞き流したのでよくわからん。
「つまり見せパンってわけか」
「違うわよ」
西宮はさらに、見せパンとオーバーパンツの違い、ヒップホップスタイル、チャーリーズエンジェルの話をしたが――やっぱり半分以上聞き流したのでよくわからんかった。
俺もファッションにまったく興味がないというわけではないが、女物についても幼児物についてもわからんのでお手上げだ。
全身真っ黒な上に目隠しまでしている不審者コーデでも、五条悟のスタイルの良さですべてをねじ伏せているのを間近にして、割とどうでもよくなったとも言える。やっぱ世の中、半分くらいは見た目がものをいう。
売り場につき、西宮のテンションはうなぎのぼりである。
「動物ものもいいけど、髪色が現実離れしてるから魔法少女っぽいのもいいわよね……」
「ほへー」
「顔がアホっぽいから清楚系は似合わないかしら……」
「おい」
いいところの令嬢が着ていそうなお上品なスカートを俺に合わせて、西宮は残念そうに首を振った。
「ピアノの発表会でドへたくそな演奏しそうだわ」
「テクニカルな罵倒をするな」
お上品な洋服ゾーンから離れるように歩き出す西宮に大人しくついていく。
「それともスカートよりボーイッシュなほうがいいの? 口調も男の子みたいだもんね」
「うーん、まあそうだな。俺は男のつもりだが、別に西宮が楽しいなら女みてえな格好してもいいよ。似合うならな」
「あんまりにもこだわりなさすぎじゃない? 性自認もまだの幼児ってこと?」
「五条悟もふざけてスカート履いてたぞ」
「そこと同列にすんな」
狗巻もふざけてスカート履いてたし……とは言わないでおいた。
「まあ待て。俺は自分のことをかわいいと思っている」
「急なナルシスト」
「なぜなら俺は兄似だからな!」
「ただのブラコンか」
そうだ。
「このつぎはぎの傷は気に入らねえけど」
「このくらいコンシーラーで消せるんじゃない? 帰ったらやってあげようか」
「マジ!?」
なるほど化粧という発想はなかった。
特殊メイクというものも存在しているのだし、素で特殊メイクなこの俺も、さらに特殊メイクで上書きすれば普通な皮膚が手に入る可能性があるのか?
「ふふ。お化粧には興味あるんだ?」
「今はじめて興味持った。西宮詳しいのか? 俺にもできる?」
「いいわよ。お姉ちゃんが教えてあげる、なんてね」
「やったー!」
「そうなると腕がないのが難しいのよね、ちゃんと戻るの?」
「わっかんねえんだなそれが。なにしろ五条悟次第だから」
「あー……」
五条悟の残念具合を「あー」の一言で表現した西宮である。
俺の腕を盗んでいった呪詛師があれからどうなったかについての情報は今のところない。
俺が自力で腕を生やせるかについては……傷がほぼ癒えた今になってわかるが……うん……。ククク、俺は呪胎九相図の中で最弱……。
「てか西宮は俺と2人で出かけることにはなんも危機感ねえの? 一応俺たちちょっとした殺し合いをした仲だろ?」
「今このタイミングで言うことかしらそれ」
西宮は少し考える風にした。
「あれはこっちから仕掛けたことだしね。むしろアンタが恨んで、私を拒否しないことの方が変じゃない?」
「そりゃあんときそっちもビジネス感めっちゃ出てたから……恨むにしては感情が乗らないシチュだったな~」
「気をつけなさいよ。私、公私はわけるから」
「え~優しくしてよ桃ちゃ~ん」
「ガーリーよりスポーティ? オーバーオールも似合うわね……」
スルーされた。これが公私をわけるデキる女ってワケ。
真剣に子供服売り場を眺める西宮を尻目に、俺も適当に吊られている服を引っ張っては眺めてみる。
「猫ちゃんの服はいっぱいあるけど虎ちゃんはねえな……あ、カエルとかもあんだ、カエル……」
カエルまんじゅうが脳裏をよぎり、俺はそっとアニメ調のカエルが描かれたパーカーをもとの位置に戻した。
「これも買うと血塗の服用の予算オーバーしそうね……うーん、でも捨てがたいわ……」
「他人の服だと無責任にいろいろ言えるのが楽しいんじゃなかったのか?」
「結局真剣になっちゃう、これが服の魔力よ……」
魔女っ子が魔力とかいうとガチっぽい。
「クッ、幼児用パジャマもかわいいのが多いのよ……! こんなの今、この歳でしか着れないのよ!? 子供の成長なんて一瞬よ一瞬、今着なきゃよ!?」
「子供用の靴見るとやべ~ガキってちっちぇ~って思うよな」
「そうだ靴もあるんだった……!」
適当な感想を述べたら西宮の苦悩を加速させてしまった。
結局、いくつもの服屋と靴屋を往復した後、西宮は苦渋の決断を下した。
「予算オーバーだけどこれも捨てがたいから私が買ってあげる」
「人の金で服買うのを楽しむんじゃなかったのか?」
「これが服の魔力よ……」
西宮がファッションを好きすぎるだけなんじゃねえかな……。
「ちなみにフードコートは」
「予算オーバーよ」
帰りの電車賃はあるんだろうか。心配になってきた。
「そうね、じゃあこの服は貸してあげるってことにするわ。いつか返してよね」
「返したとして、西宮でもさすがに入らねえんじゃね?」
「私のことどんだけチビだと思ってんの、そういう意味じゃなくて出世払いしなさいってこと」
出世ねえ。それまで生きてりゃいいけど。
というのは野暮なので言わなかった。
「ふっ、任せておけよ。西宮に良い青田買いをさせてやるぜ」
「楽しみにしてるわ」
そして俺がななみちゃんとの任務で破ったのは、よりにもよって西宮から
血塗ちゃんとお洋服を買いに行く相手はずっと前から決めてました