女の子は砂糖菓子でできているという話を聞いたことがあるが、もしかすると本当なのかもしれない。
釘崎からはいつも甘い匂いがする。
もちろんそれは着ている服の柔軟剤であったり、使っているシャンプーであったり、そして今釘崎が食べているチョコレートのせいであったりするのだが。
でも甘い匂いはするのだ。
もしかしたら本当に砂糖でできているのかもしれないと思っちゃうよな。
俺からは甘い匂いがしないので、人間の女の子限定なのだろうか。
まあ俺ってそもそも女の子なのかと言われるとまたわけわかんなくなるしな。
「そんなに見て、気になるの? あげるわよ」
「えっ、いいよぉ。人間って食べないと死ぬんだろ」
「チョコ一個食わなかった程度で死なんわ。なに、甘いの嫌いなの?」
「そもそも食べたことない」
「じゃあ試してみなさいよ」
釘崎が俺の手のひらにチョコレートを一つ落とした。
ここまでされて突きかえす方が変なので、大人しく受け取ることにして、匂いを嗅いでみる。
前世ぶりに感じるカカオと砂糖の匂いだ。
いや、前世はこれほど正確に匂いの内訳はわからなかった。チョコはチョコの匂いだもんな。
五感とかが鋭くなっているのだろうか。
「オワーッ! なにこれすごい!」
ひょいと口の中に放り込んでみると、ビビッと電気が走ったような衝撃を受けた。
味の暴力とでもいうのか。なんというか刺激が強い。
やはりこの体は感覚が鋭いらしく、舌から得られる情報量が多い。
情報量が多すぎてすごいということしかわからなかった。
気がつくと口の中で溶けてなくなってしまったので、口を開けて自分の舌を指でつついてみる。
あ、自分の指も味するな……そうか、そういや味覚っていうのが人間にはあるんだった。
「大げさね」
「でも俺初めて食べたんだぞ」
「……あんた普段なに食べてんの?」
「うん? 俺は半分呪霊だからな」
「嫌な予感がしてきた……」
横で聞いていた伏黒が、こめかみに指を当てながら呟いた。
「食事はしたことがない。今のが初めてだ」
「うっわ。五条先生、本当に外道ね。自分で拾ったんだからちゃんと面倒みなさいよまったく」
「五条悟のせいにするなよ。俺は食べなきゃ死んじゃう人間たちから食料奪うような大人気ないことしないぜ」
「この飽食の時代になに言ってんのよ。大人気ないもなにも、あんたガキでしょ」
「ガキって言うな! 赤ちゃんって言え!」
「赤ちゃんだったらチョコ食わせてないわよ!」
「そうなのか! じゃあガキでいい!」
情報量がとてつもなくてあまりわからなかったが、多分チョコは美味しかった。
釘崎は持っていたチョコを俺に全部押し付けながら聞いてきた。
「あんたって食事必要ないわけ?」
「うん。半分呪霊だから人間より死ににくいんだ。餓死する前に呪力を栄養素に変換して——」
「そういうのを食事が必要っていうのよッ!」
「そうなのぉ?」
俺はもらったチョコを口に入れ、もう一度ビビッと来る膨大な情報を処理しながら首をかしげた。
あーなんかようやく甘いを理解した気がする。
「でも、食べなくても死なないんだぞ」
「あんた、人間が生きるためだけに飯食ってると思ってんの?」
「……!」
「食事はね、娯楽よ!」
「じゃあ要る!!!!!!!!!」
クソデカ声で言った。俺は楽しいのが一番大事なので。
あ、いや嘘、一番は兄弟だ。二番が楽しいことだ。
でも兄弟といることが楽しいに繋がるので、やっぱり楽しいのが一番かもしれない。
いつのまにかいなくなっていた伏黒は、にーちゃんを連れて戻って来た。
にーちゃんがしょんぼりしていたので、俺は驚いて駆け寄った。
「どうしたにーちゃん、誰かにいじめられたのか!? 伏黒か!? 俺がやり返すか!?」
「なんで俺がいじめなきゃいけないんだ。こいつもいじめられるタマじゃないだろ」
それもそうだ。
伏黒にやり返すとなると、方法がゲームしかないのでやり返さずにすんで良かった。
いや、別に伏黒に限らず、俺が人に勝てるのはゲームくらいしかないのだが。
「ごめんな血塗、飯食ってないの俺気づかなかった……腹空かせた様子もなかったし」
にーちゃんがしょんぼりしていたのは、俺のせいだったらしい。
不甲斐ねえ。どうする、俺が俺を殴っておくか?
しかし飯食ってない程度で大げさだ。死んでないんだからいいじゃないか。
「うーん、空腹っていうのはよくわかんない」
「腹がグーって鳴るんだよ。ないのか?」
「それは胃腸の動きを操作すると止められるんだぜ」
「鳴ってんじゃん! 意図的に止めてんじゃん!」
「ダメなのか? うるさいから止めたのに」
「そういうのは人間の体が教えてくれるいろんな合図だからな、勝手に止める前ににーちゃんに相談しような」
自分の体のことなのに人に相談しなきゃいけないのか。
でもこの人生での人間歴はにーちゃんの方が上なので、大人しく従うことにする。
おかしいな、前世で人間やってたはずなのに人間のこと忘れすぎじゃないか俺?
150年胎児やってたからな……その間に人間性かなり失われたみたいだな……。
釘崎はスマホを操作して、満足げに頷いた。
「よし。伊地知さんがちょうど高専に来るとこだったから、寿司買って来てもらうように頼んだわよ」
「なんだ。俺もピザを頼んじまったんだが」
「なんで外に食いに行かないんだ?」
「そう簡単に特級呪物外に出せるわけないだろ」
にーちゃんが自分を指差した。
「俺は?」
「……五条先生のさじ加減だ」
それ、説得力あるな。
山の中にある高専だが、ピザの出前はあっという間に届いた。
どこにでもあるんだなピザ屋って。すご。
なんなら伊地知の方が到着が遅くて釘崎にブーブー言われていた。
「まず大トロよ大トロ、日本人といえばこれなんだから」
「そうか?」
それに関しては諸説あると思う。
俺は確か前世で寿司ネタは……あじが好きだった気がするし。
「口開けなさいよ血塗」
「あー」
JKからのあーんという贅沢を味わったせいで大トロの味がよくわからなかった。
というかこれも情報量が多い……魚のタンパク質、脂質、米の炭水化物、寿司酢の——あーなんだこれ。
数学の赤本を速読させられている気分だ。
「よくわかんない」
FXで有り金全部溶かす人の顔になってしまった。
「ハッ、寿司の良さがわからないなんてやっぱガキね」
「よくないとは言ってないだろ。多分美味しい、白いとこが」
「米じゃん」
日本人といえばこれ、って言って思いつくのは寿司よりも米だよな。
俺の記憶にもまだ残っていたのかもしれない、ジャパニーズソウルが。
「じゃあ血塗、次こっちな。ほら、まだ熱いから気をつけろよ」
にーちゃんが食べさせようとしてきたものの、さすがにピザくらいは自分で持てるんだが。
いや、箸だって自分で持てるはずだが——メイビーおそらくきっと。
「何に気をつけるんだ?」
「火傷しかないでしょ」
「舐めるな! 俺だってそんくらいすぐ反転術式で治せるし!」
「そもそも傷つくんなって話をしてんのよ!」
呪力の無駄なので大人しく火傷に気をつけることにした。
いや、気をつけろと言われてもどうするのかよくわからないが……垂れていくチーズごとピザにがぶりと噛み付いた。
「なにこれ! なにこれー!」
「ピザだよ」
いや名称は知ってる。
俺が言いたいのは、なんでこんなに美味しいのかってことだ。
前世でもそれなりに好きだったと思うが、めちゃくちゃ美味しく感じる。
脳内から幸せになれる物質がドバドバ出ている感覚だ。
「血塗はピザの方が好きなんだな」
「味覚ガキねー」
いや寿司が好きだからって大人というわけではないと思うぞ釘崎。
そういえばさっき食べた寿司、普通にワサビ入ってたな。
ガキだと思ってるならさび抜きにしろよ。普通に食べられたけど。
ワサビ分の情報が多くなって味の認識がよくわからないになっちゃったのかもしれないだろ。
徐々に味覚の情報処理がわかってきたようで、すんなり味がわかるようになってきた。
「血塗、コーラ飲んでみるか?」
「うん」
ストローの使い方を教示してもらい、実践する。
まあもちろん前世でストロー使ってないわけがないのでそれは問題なくできたのだが、問題はコーラの方だった。
「ンー!?」
口の中を無数の泡に蹂躙される感覚にゾゾゾと鳥肌が立つ。
顔をしわくちゃにしながら、俺は訴えた。騙したな!
「毒じゃん!」
「なわけねえだろ」
「すげえ、炭酸を初めて飲む赤ちゃんの動画そのまんまだ」
「Youtubeにあげたらそこそこ再生数回りそうね」
「うう、全身がぞわぞわする……」
「苦手ならやめとけよ、な?」
「もう一回だけ……」
前世では炭酸を飲めていたのだ。飲めなくなるのっておかしくないか?
もう一度ストローでコーラを吸い込んで——俺は涙目になった。
「ごめんにーちゃん、俺これ無理かも」
「誰にでも苦手はあるからな、大丈夫だって」
俺がにーちゃんに慰めてもらっている間、釘崎は伏黒と相談していた。
「赤ちゃんのリアクションシリーズ、あとなにがあるかしら?」
「ヨーグルトとかじゃねえか」
「お前ら俺で遊んでないか?」
「血塗、食事は娯楽よ」
「俺のリアクション含めて娯楽にすんな」
そして本当にヨーグルトを持ってくるな。
俺はリアクション芸人じゃねえんだぞ。
「これ美味しいのか? またさっきみたいになるのか?」
「食べてみればわかるわよ」
白いドロドロ——ヨーグルトだということは見てわかるが、五感が鋭くなった今世の体では、前世の知識が通用しないということはさっき体感した。
恐る恐る舌に載せてみると、脳みそにビビッと来る味覚情報。
「俺これ好き!」
「なんだ、期待はずれね」
「がっかりすんな」
「してないわよ。良かったわね、好きなもの見つかって」
「うん。釘崎お前いいやつだなー」
ようやくわかったが、俺は発酵食品が好きらしい。
俺の術式である蝕爛腐術がものを腐らせる性質があるからなのかもしれない。
はー実家のような安心感。チーズに囲まれて眠りたい。
「血塗食べ方汚いわよ。口の周りベタベタじゃない」
「スプーンとかいうの初めて使うんだから文句言うな!」
幼女の小さい手ではスプーンすらうまく操れなかったので、俺がまた前世のように箸を持てるようになるのはもう少し先のことらしい。
赤ちゃん → ガキ