エミーリア戦・その後
最後に降り注いだ血の雨を浴びながら、女狩人は地面に落ちたペンダントへと手を伸ばした。例によって、血まみれだ。
「それ、何だい?国家錬金術師のあかし?」
「それは銀だし、ペンダントじゃなくて懐中時計じゃなかったか?」
女狩人は金のペンダントをひっくり返してしばらく眺めていたが、何か思い当たったことがあったようで「ああ」と声を上げた。
「これは、医療教会の長…つまり教区長に代々受け継がれるものだよ」
「え!?じゃ、さっきの獣は教区長だったのか?てっきり修道女だとばかり…」
「エミーリア…確かそんな名前だったはずだよ」
傑が「そうだったのか…」と物思いにふけりながら周りを見渡すと、いつの間にか『灯り』がそこに立っていた。ただ今まで傑が見てきたものと違って、灯りはともっていない。
戦う前からあっただろうか?
女狩人も『灯り』に気づいたようで近づいて手をかざす。するとどういう原理かはさっぱりわからないが、見慣れてきた白い光がともる。おそらくこの光がともっていないとワープ地点として利用できないのだろう。ゲームとかでよくあるやつ。
そんな彼女を横目に、傑ははじめから気になっていた祭壇へと近づく。
羽の生えた天使が壺を傾けている像は首がなくなってはいるものの、現実の教会に置いてあっても不思議ではないものだ。だが、祭壇の中央に安置されているものは全く教会にそぐわない。
何せ、頭蓋骨が安置されているからだ。
これがあるせいで祭壇は教会の祭壇というよりも、黒魔術の祭壇と言っていい雰囲気になってしまっている。
「これ…獣の頭蓋骨かな?ぱっと見人間のもののようにも見えるけど…歯が鋭すぎるな。それにしても、悪趣味な…」
持ち上げてみようと頭蓋骨に手を伸ばす傑に、女狩人は慌てて「待て」と静止の声を上げる。だが、遅すぎたらしい。左手を掴まれた感触があった瞬間に、傑の目の前にある光景が現れた。
薄暗い部屋、積み上げられた本、きしむ揺り椅子に腰掛けた老人に『私』は話しかける。
『ウィレーム先生、別れの挨拶をしにきました』
老人はこちらに背を向けたまま、
「ああ、知っている。君も、裏切るのだろう?」
と、そっけない返事を返した。
『…変わらず、頑なですね。でも、警句は忘れません』
『私』と先生、二人の声が重なる。
「『…我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う。知らぬものよ…かねて血を恐れたまえ』」
『…お世話になりました。先生』
そう言って立ち去る『私』を追いかけるように声が届く。
『恐れたまえよ、ローレンス』
その言葉で、我に返った。
ろうそくのともった祭壇の頭蓋に手を伸ばした格好のまま、硬直していたらしい。
今のは、なんだ?夢の中で夢を見たのか?
驚きながら、伸ばしていた手をゆっくり戻して女狩人を見ると、傑と同じ光景を見たのだろう。傑の左腕を掴んだまま呆然としていた。ただ、その様子は傑のように得体のしれないものを見たための困惑とは少し違っていた。
傑は少し考えて、確か彼女はここへ『警句』を探しに来たのだと思い出した。
だが、今手に入れた『警句』は――
「今のが、君の求めていた『警句』かい?でも、この言葉は…」
「ああ、私が現実で術式を使う際によく言う言葉だ。おそらく
物思いにふけり始めた彼女に待ったをかける。
「君、エミーリアと戦う前にも“以前”とか言っていたよね。“以前”とか、“前回”とかいったいどういう意味なんだ?」
「もちろん、教えてくれるよね?」とわざと圧を込めてにっこり笑ってみせる。彼女は元から説明しないつもりはなかったのだろう。あっさりと口を割った。
「私が幼いころからずっと夢を見ていることについてはもう話をしていたかな?」
「確かに言っていたな。初対面の時じゃなかったか?…というか、話すつもりがあるのなら、初めから話しておいてほしいね。君も悟も、ホウレンソウがなってない」
「まあ、夢については今日のようなことがなければ、話をする必要もないものだったからな。“幼いころ”というのは正確には、私が物心ついた頃から、という意味だ」
「それは、情操教育によろしくない感じだな」
…いや、呪術師自体、情操教育によろしくないものを物心ついた頃から見まくるから、そう変わらないか。
「そんな幼いころからこの夢に来ていたとなると、殺されることも多かったんじゃないのか?」
幼い子供が繰り返し、獣に食い殺されるさまが思い浮かんで、傑は顔を歪めた。
悪趣味にもほどがある。
「夏油が危惧しているようなことはなかったよ。そのころから、夢の中の私は今と変わらない大人の姿のままだったからね。むしろ起きているときの違和感の方が大きかったかな。
物心ついたことからそうだったものだから、私は夢を見ることが当たり前だと思っていた。しばらくして、自分が見る夢がほかの人は見ないものだと気が付いた。
…ちょうど非術師出身の呪術師が呪霊が他の人には見えないと気づくのと同じようにね。君にも覚えがあるだろう?」
傑は神妙な顔で頷く。
非術師生まれの呪術師が必ず通る道だ。自分は両親が理解ある人だったから良かったが、そうでなかったらどうなっていただろう?
「それが分かってから、私は夢からの開放を強く望むようになった。すべての狩りを全うすることが悪夢からの開放を意味すると信じて獣を狩り続けた。そうして狩りを全うし、夢から解放されるためにこの夢の助言者による介錯を受け入れた」
淡々と続ける彼女の顔を傑は盗み見た。
彼女はそうすることで、悪夢から解放されると信じていたのだろう。
だが、そうはならなかったのだ。
「次に目覚めると、私は診療所のベッドに横たわっていた。初めての時には幼すぎて覚えていなかったはずの夢の始まりの場所…。そこに戻されてしまったのさ。…それが確か15の時の話だ」
傑がじっと見つめる彼女の顔には、絶望や悲しみ、怒りといったものは見えてこず、代わりにそこにはただどこか懐かしむような表情だけが浮かんでいた。
「夏油がさっき気にしていた“前回”というのは、15で二度目の獣狩りの夢を見始める以前のことさ。ずいぶん前のことだし、地続きの夢でないせいか、前回の夢で覚えていることの方が少なくてね」
「辛くないのか?」
思わずそう聞いた傑に対して、女狩人はそんなことを訊かれるとは思わなかったといった様子をしている。当たり前のことを訊いたはずなのに、そんな反応が返ってきて、傑は場違いな質問をした気まずさを理不尽に味わった。
「そうだね…。流石に診療所で目覚めた時はショックだったような覚えがあるよ。しばらくは獣狩りに出ずに、『狩人の夢』で無為な一夜を過ごしたこともあったかな。
だが、そう悪いことばかりでもないさ。現実で術式が使えるようになったからね」
傑はその言葉に驚いて思わず声を上げた。
「ん?もしかして、15になるまで術式は使えなかったのか?」
その言葉に女狩人はにやりと意地の悪い笑みを浮かべて、
「それどころか、呪霊も見えていなかったよ。
現実でもバケモノを見るようになり、戦えるようにもなったものだから自棄になってね。呪霊を狩りまくり、モツ抜きしていたところで夜蛾先生に出会ったのさ」
衝撃で何も言えない。しばらく、口を開いたり閉じたりしている傑の様子を女狩人は、面白そうに眺めている。
あんな…呪霊を次々と狩りまくり、戦績を上げて、まるで歴戦の呪術師のような貫録を放っている女狩人が、呪術師としての経験は2年弱のものだったなんて…。
そんな彼女にあの『術師殺し』も『最強』を冠する傑と悟もしてやられたのだと分かって……
思わず噴き出した。
「なんだwwそれ、おもしろすぎるじゃないか!」
めちゃくちゃすぎる!
悟がこのことを知ったら、どんなに面白い顔をするだろう?
笑いが止まらなくなった傑の横で彼女は気を悪くすることもなく、同じように笑っている。
「だろう?面白いから、五条にはしばらく黙っていてくれ」
「もちろん。最高のタイミングでネタバラシして見せるから、楽しみにしていてくれ!」
ケタケタ笑いすぎてむせている傑を女狩人はどこか満足げに見ながら立ち上がった。
「まあ、そういうわけで本当の目覚めのために“前回”に足りなかったものを探してじっくり狩りをしているところだよ。呪霊も、獣もね」
「そろそろ帰ろうか」と灯りに近づいた女狩人にようやく笑いを沈めた傑は『今はつらくないのか?』という質問を口にするのはやめておいた。
彼女の顔を見れば、答えはおのずと分かったからだ。
*****
『おまけ:狩人の夢にて』
「「………」」
「だぁーー!また負けた!もう一回、もう一回だ!」
「ぷふー!おぬし賭け事に弱すぎるじゃろ!?ザーコ‼ザコなのじゃー!」
「え?何コレ?」
「おかえりなさいませ、狩人様。それが、お二人ともお暇でいらしたようでして…
「…ここにトランプなんてあった?」
「それでこれか。理子ちゃんはそこまで経験ないだろうに…弱すぎじゃないか?『術師殺し』」
「うっせ――‼こっから巻き返すんだよ!」
「そのセリフ、10回くらい聞いた気がするのぉ~?」
「いずれにせよ、もうお目覚めの時間です」
「あと一回!あと一回だけ!」
「もう朝だよ、目を覚ませ。現実を見ろ」
「くっっそ!とんだ悪夢だ!」
「…しまらないなぁ…」
3月4月が忙しくて、なかなか投稿できませんでした(-_-;)
申し訳ないです…<m(__)m>
狩人の夢編はこれで一応完結です。
途中途中でこれからも夢の世界についても描写していこうと思います。
次回は次話投稿の前に…ネタバレなしの設定をちょっと投稿するつもりなので、話が動くのはまた先になるかもしれません。
使用アイテム:『感覚麻痺の霧』
投げつけると痺れる霧を発生させる秘薬。HP回復を阻害する。
呪霊に使っても同様の効果が得られる。
閲覧ありがとうございました!