聖堂街から大聖堂まで
たどり着いた『聖堂街』は傑が思い描いていたものとは全く異なる場所だった。
最初に『灯り』を使って飛んだ場所こそなにがしかの教会といった趣の建物だったが、そこを出てしまえば傑が初めにいた『ヤーナム市街』と大した違いはない。
『ヤーナム市街』よりは階段が多いし、大聖堂らしき建物も比較的近くに見えているが、どちらにせよ荒廃していることには変わりない。『聖堂街』というからには、もっと神聖な雰囲気のある場所だろうとひそかに期待していただけに、落胆もひどかったのだ。
女狩人は傑の様子に気づいている様子だが、特に意に介していないようだ。
悟だったらここでひそかに落胆している自分に茶々を入れてきたことだろう。
いなくてよかったと思いながら、傑は今出てきたばかりの教会を振り返って
「ここは?」と尋ねてみた。
「オドン教会。現在はまともな住民の唯一の避難場所になっている」
と淡々とした返事が返ってくる。なるほどと頷きながらも傑は内心冷や汗をかいていた。
攻撃しなくてよかった…。
灯りから飛んだ時にはじめ地面に伏せるようにしている赤ローブの人物を敵かと思って反射的に攻撃しかけたのだ。危なかった。
傑は初めて扱う仕掛け武器を撫でて、独りごちた。
慈悲の刃では危なかろうと女狩人が貸してくれた武器は『銃槍』と『火炎放射器』の二つだ。どちらも比較的に扱いやすく、特に銃槍は敵に接近せずに攻撃を行うことができるもので、『狩人の夢』で一通りの素振りはさせられた。
一方、防具は特に貸し出されず、高専の制服のままだ。
これは、女狩人曰く「防御力はどちらも大差ない」からである。
落ち着くのを待っていた女狩人に
「ここにいる敵はさっきと同じような『獣』なのかい?」と聞くと、彼女は首を振って
「ここは違うな。見た方が早い」
と、右に放棄されている馬車を指さした。
最初はその意図がつかめなかったが、そう時間をかけずに理解した。
この馬車の向こうに何かいる。
いつもなら教会の外に出た時点で気づいているだろうに、らしくない。
慣れない環境で緊張しているのか?
そう自分を叱咤していると、女狩人が素早く馬車の向こうに回り込んだ。そして、すぐさまバックステップでこちらに戻ってくる。
女狩人を追いかけて馬車の陰から出てきたのは、トップハットをかぶり黒いコートを着込んだ男だ。無骨な杖を片手にして、トップハットの下からはひどく青白い顔がのぞいている。およそ生きている人間とは思えない青白さだ。獣の病にかかった住人とはまた違った意味で不気味で、機械的な印象を受けた。
「夏油‼」
ローリングで男からさらに距離をとった女狩人に呼ばれて、慌てて銃槍を構え撃つ。
ガオンという轟音とともに散弾が発射され、敵がわずかにひるんだ。
女狩人はその隙を見逃さず、ノコギリ槍を横なぎにないでとどめを刺した。
そのまま男は事切れたが、馬車の向こうからもう一つの影が出てくるのが見えて、傑は銃槍を握りなおした。
先ほどの青白い男と違って非常にゆっくりした動きで馬車の影から姿を現した大男は、体にぼろきれをまとっていて、かなり小汚い印象を受ける。そしてその肩に薄汚れた袋を担いでいるのが目に入った。
「(これが『人さらい』か…)」
現実世界で女狩人が理子ちゃんを助けるために呼び出した『人さらい』。
その細長い巨体が完全に馬車の影から出てきたのを見て、先ほどと同じように銃槍で水銀の弾をぶち込む。
だが『人さらい』は先程の男と違い、ひるまずにその場で足を止めた。
傑が銃槍を構えたまま相手の出方をうかがっている間に、女狩人は『人さらい』の背後に回り込む。
止まったままの『人さらい』から赤いオーラのようなものが立ち上り、その眼が鋭く傑を睨みつけた。
「(何か仕掛けてくる――‼‼)」
そう感じた傑は慌てて回避の体勢に入る。だが『人さらい』が袋を持った腕を振りかぶり、傑にたたきつけようととびかかってくるよりも早く、女狩人が振りかぶって力を溜めていたノコギリ槍で殴りつけた。
死角からの突然の攻撃に、銃撃ではひるまなかった『人さらい』も思わず膝をつく。女狩人はそこに迷いなく、背後から内臓攻撃をぶち込んだ。
ブシャリと血が辺りにまき散らされ、古い血が酸化して黒ずんでいた女狩人のコートがまた新しい血でテラテラと赤く光っている。
そこでようやくすぐ近くの敵は片付いたようで、傑はそっと息を吐いた。
いつもはこの倍以上の数の呪霊を相手しているというのに、2体倒すだけで緊張してしまっている。やはり呪術を使えないということが無意識に影響しているのだろうか?慣れるまでが長そうだ。
傑はもっていた銃槍で転がっている青白くトップハットをかぶった男の死体をつついた。
「こいつが、ここに出てくる敵かい?獣…ではなさそうだな」
「ああ。こいつは『教会の使い』。獣の病に罹患しているわけではないが、正気を失ってこちらを襲ってくる」
「
西洋の宗教…というと引き出しの少ない傑ではキリスト教くらいしか思いつかないが、さすがに違うだろう。
女狩人を見ると「そういえば説明していなかったな」という顔をしている。彼女は狩り以外のことになるとちょっと抜けているところがある。傑があきれていると彼女はおもむろに話し始めた。
「あの大聖堂は、医療教会のものだ。ここヤーナムは古い医療の町として知られていてね。かつては医療教会が行う特殊な血を用いた『血の医療』を求めて多くの病み人が街を訪れていた。実際それで救われた人もいただろうが…」
「『血の医療』とはまたきな臭い名前だな…。こっちは昼に話していた『人さらい』だね。『人さらい』もここには多いのかい?」
「いや、いるにはいるが…私たちがこれから行く場所にはいない。ほとんどが『教会の使い』だ。…ああ、だがもう一匹、厄介な敵がいたか…」
「厄介な敵?」と言いながら傑は眉を顰める。
女狩人はどんな呪霊でも楽しんで
「『教会の大男』。先ほどの『教会の使い』の2倍ほどある巨体で大きな斧とか鉄球とかを振り回してくる」
「君が言うなら、かなり大きな敵なんだろうね」
「確かに大きさも厄介だが、『教会の大男』は攻撃中に銃を撃っても、背後から強い攻撃を当てても体勢を崩さない。無理に攻撃をしようとすると、頭を
その言葉は彼女が夢の中で何度も死んで生き返っていることを考えると、ものすごく信憑性があった。実際に
「そいつに接敵したら、どう立ち回ればいいかな?」
「そうだな…。今回の道中では『教会の大男』の周りにかなりの数の敵がいる。囲まれて叩かれればおしまいだから…できれば夏油には抜け道から背後に回って『教会の大男』以外の敵を相手してほしい。私は正面から相手をするから、それだけで私も大いに助かる」
彼女のその言葉に傑はひとまず頷いたが、不満を隠すことはできなかった。
現実世界では悟と二人で“最強”などと言われているが、この夢の世界では女狩人に守られる立場なのが、ひどく歯がゆい。悟がこの夢にきていたらどうしていただろう?そんな意味のないことを考えてしまう。
傑の考え事を中断させるように、女狩人が傑の腕をポンとたたいた。
「敵を狩っていれば、すぐに慣れるさ。
さあ、考え事をしているほどの時間はない。狩りに行こう」
*****
そうして今、二人の目の前には、大聖堂の重厚な扉があった。
どこか遠くから日本ではなじみのない高い鐘の音が聞こえてくる。
女狩人がまた新しい血でコートを濡らしているが、隣の傑も負けず劣らず、高専の制服が敵の返り血で真っ赤になっている。最初血を浴びたときには洗濯が…と愕然としたが、ここは夢の中なのだからと気がついてからは、返り血を避けようともしなくなっていた。傑は彼女が呪霊狩りの度に赤くなっている理由が何となくわかった。
傑も女狩人も慎重に進んできたおかげで大したけがはしていない。
少しヒヤッとするような場面――傑が銃撃の広さを見誤って狂犬と一緒に女狩人を
傑は大聖堂前まで来て、ふと浮かんだ疑問を女狩人にぶつけた。
「で、今更だけど、ここに何の用事があるんだい?」
「目的は二つ。一つ目は『青ざめた血』について調べるため。二つ目は『禁域の森』に入る合言葉を知るため」
「う…うん…。…聞いておいてなんだけど、結局よく分からないね…。『青ざめた血』って言葉として矛盾してない?いったい何を指しているんだ?」
「私にも実はよくわからない。狩りを全うするために必要なものらしい…ということしかわかっていなくてね。だが、医療教会なら『血の医療』に通じているから、何か情報を持っているかもしれない。もっとも、この状況では話を直接聞くことはできないかもしれないが…」
「ああ、まあ確かに…。正気で生きている人がいるかも怪しいものだよね」
胡乱げな目になる傑に、「きっと、何か資料は残っているだろうから…」と声をかけて、女狩人は扉を押した。今度は比較的近くで鐘の音が聞こえる。
いかにも荘厳なつくりのそれは見た目を裏切らない重さのようで、人ひとりが通れるくらいの隙間が開いたところで彼女は押すのをやめてしまった。
中へ入ると急な階段が目の前に現れて、傑は「また上るのか」とうんざりとため息をついた。階段のわきには細長い頭に奇妙な網目模様がある不気味な像が規則正しく並んでいる。以前見た某宇宙人映画を思い出して(悟に付き合わされて見たものだ)、傑はなんでこんな像が協会にあるんだ…と顔をゆがめた。
やっぱり邪教の類なんじゃないのか?
「――をえよ……を…のなら………与え……」
なるべく像を視界に入れないように階段を上がっていくと、何か声が聞こえてきた。どうやら女性の声のようである。
上っていくにしたがって不明瞭だったその声は、だんだん聞き取れるようになっていく。
「拝領は与えられ……密かなる……が」
そうして階段を上りきったとき、床に伏せて祈っている女性の姿がようやく目に入った。教会に属する人物なのだろう。一心に祈っている。
「血の乾きだけが我らを満たし、また我らを鎮める」
「助かったね。まだ話の出来そうな人間がいるよ――?」
明るく女狩人に話しかけて、修道女らしき人物に近づこうとすると、かなり強い力で腕をつかまれる。振り返って女狩人に文句を言おうと口を開いた傑だったが、彼女の表情を見て、口をつぐんだ。
「…どうした?」
問いかけた傑の言葉にも全く反応が返ってこない。
女狩人は修道女を見たまま、視線を外さずにいる。だが、その顔はどこか呆然としている様子で、視線の先の修道女がちゃんと見えているのかも怪しい。
こんな表情は現実世界では見たことがない。夢の世界に来て初めて傑たちと遭遇した時の表情とよく似ている。
「ここは――。そうか…私は、以前も…確かに……」
「おい、しっかりしてくれ。君がそれじゃあ、私もどうしていいかわからないよ」
呟く女狩人を強めに揺さぶって声をかけると、ハッと正気を取り戻したらしい。
「ああ、いや…すまない。意識がどこか遠くへ行ってしまっていた」
そう言って彼女は軽く首を振ると
「夏油、武器を構えてここにいてくれ。なかなか厄介なことになる」
急な言葉に傑は、正気か?と視線で問いかけるが、女狩人はいたって真剣な表情を返してきただけだった。
女狩人に限ってふざけているということはないだろう。こと狩りに関しては一番素直に信頼がおける人物だ。
傑が頷いて銃槍を構えなおして見せると、彼女は中央で相変わらず祈りをささげている女性の近くへと歩み寄る。
異変は、唐突に始まった。
絶えることなく伏せて祈りの言葉を口にしていた女性の言葉が止まり、上半身を持ち上げた。そうして、苦しそうに呻き、悶え始めたのだ。
思わず女性のそばに寄ろうとした傑を女狩人が左手で押しとどめる。その言葉に文句を言うよりも前に、女性が叫び声をあげた。
肉が裂けるような音。
あたり一帯に飛び散る鮮血。
目の前の女性のシルエットがみるみるうちに膨れ上がって――
そこにいたのは巨大な獣だった。
以前見た四つ足の獣とは比べ物にならない巨体。
白い毛並みに、三本指で巨大な爪のある後足が目に入る。
そうして床をひっかきながら地響きを立ててこちらを振り向いたその眼には、人間だった名残の衣服が引っ掛かり、頭には枝分かれした鹿のような角が生えている。
咆哮――もはやそこに、理性は感じられない。
「――なるほど、
「
さあ、獣狩りといこうか」
そう笑うと、女狩人は仕掛け武器を変形させた。
ようやくここまで来られました!
呪術廻戦側のキャラを出すからには、エミーリア戦もやりたかったので…。
はじめは狩人戦(トルトニスと銃槍の人)も入れようかと思ったのですが、長くて蛇足になったのであえなく没となりました。
敵の名前は攻略サイトや考察サイト等で調べて記載しているのですが、間違っているところがあるかもしれません(汗)
その時はそっと誤字報告をお願いしますm(__)m
次回、夏油の火炎放射器が火を噴くぜ!
女狩人の装備
仕掛け武器:ノコギリ槍
銃器:ルドウイークの長銃
防具:ヘンリックの狩装束シリーズ
夏油傑の装備
仕掛け武器:銃槍
銃器:火炎放射器
防具:呪術高専の制服
閲覧ありがとうございました!