今回も長くなってしまったので、分けています。
狩人の夢編5
エミーリア戦
大聖堂の中で巨大な獣と向き合う。
どこかのゲームにでもありそうな光景だ。そう思い、そういえばここは現実じゃなかったなと傑はくだらないことを考えた。
横道にそれかけた思考がこちらを威嚇するかのように上げられた修道女…
だが、元修道女は以前見た獣の病の罹患者のように四つ足で歩こうとはせず、だからと言って人間のように直立することもない。中途半端なしゃがみ方でこちらを振り向いている。
…手に何かを持っている?
元修道女の左手が何かを握りこんでいるかのように固く閉じられている。しかし、それが何かを確認する前に、彼女の腕はまるで祈るかのような形で組まれて天井高くまで持ち上げられ――女狩人に向けて振り下ろされた。
直線状に走る衝撃波と土煙。
離れている傑ですらふらつくようなものすごい振動の叩きつけに唖然とする。幸い女狩人は攻撃が来ることを察して、腕が振り下ろされる直前に横に飛びのいていた。叩きつけで隙ができた元修道女に女狩人はノコギリ槍で2,3回切りつけて少し距離をとる。距離をとった女狩人の後を追いかけるように爪の攻撃が地面を深くえぐり取った。
入り口に近いこの距離から槍を当てることはできない。傑は、距離を詰めて銃槍での突きを放った。だが、道中で戦った連中と違い、どれだけ力を込めて突きを放ってもこの巨大な獣はちっともひるまず、攻撃が効いているようには全く思えない。
『教会の使い』や『教会の大男』は所詮ゲームで言う雑魚敵にすぎなかったのだと実感させられる。
女狩人の攻撃もそこまで劇的にダメージを与えられる訳ではないようだが、持っているノコギリ槍が名前通りのノコギリ状の刃で獣の皮をよく引き裂いている。彼女が道中で話していた『獣によく効く武器』というのも納得がいった。
傑が効果的なダメージを与えられていないことに歯噛みしている間にも、女狩人は元修道女の攻撃を回避しつつ隙を見て2回ほど切りつけては離れるという動作を繰り返している。
だが突然、元修道女は不意に体を沈ませたかと思うと、その重さを感じさせないような動きで、ふわりと跳躍した。――傑の方へ。
…まずい!
傑の呪術師としての戦闘経験がそう思うと同時に回避行動をとらせてくれた。こちらめがけて落ちてくる獣の足の方に飛び込むように傑は転がる。
「夏油‼」
攻撃を鬱陶しく思った獣が傑にターゲットを絞り込んだらしいと気づいた女狩人は
だが、焦りがあったのだろうか?
先ほど行っていた2,3回切りつけて少し距離をとる戦法が崩れてしまっている。彼女の余裕が失われているのを感じて獣の後ろ脚を4回切りつけたところで、傑は反射的に
「深追いしすぎだ!」と声を上げた。
しかし、その時にはもう、巨大な獣はその強靭な腕で女狩人の胴を掴み上げていた。
抜け出そうともがく彼女に向けて、獣の大あごが開かれていく。この後に起こることは簡単に予測できる。――あいつは彼女の喉笛をかみ切るつもりだ。
走馬灯でも見ているかのように目の前の光景がゆっくりと進み、思考が傑の頭を駆け巡る。
銃槍で弾を撃ってみるか?
だが、銃の一発で獣がひるんで彼女を取り落とすとは思えない。
槍で突いてみるか?
いや、先ほどの様子では槍で突いたとしてもひるませることはできないだろう。
自分は彼女に何もしてあげられないのか?何の助けにもなれないのか?
ああ、ここで呪霊躁術が使えたら…。
そこまで思考が巡ってふと、
道中での女狩人との雑談が思い起こされる。
『獣には火が有効だ。だからこそ、ヤーナム市街の群衆はたいまつを手にして獣を火刑にし、狩人は火炎瓶を持ち歩くというわけさ』
『ずいぶんと物騒なお守りだな』と笑ったのを思い出し、自分が持っているもう一つの武器の存在を思い出した。
『火炎放射器』――道中の敵には効果が薄いと聞いたので使ってこなかったものだ。
だが、今目の前にいる敵は間違いなく
思いいたった傑は、左腕を前に突き出してレバーを握った。
火は傑が想像していたようにまっすぐと直線状には飛ばず、扇状に周りに燃え広がった。思っていたよりも射程が短い。だが、その効果は絶大だった。
獣の白い豊かな毛並みに炎はよく燃え広がり、じわじわとその巨体を包み込む。獣の腕が嫌がるように振り回され、その爪が地面を深くえぐっていく。
その拍子に女狩人はその胴を離されて地面を転がった。
しかし、獣は隙だらけの彼女には見向きもせず、厄介な火を使ってくる傑を止めようと無茶苦茶に爪を振り回している。その爪を転がるように回避しながら獣を燃やす手はなるべく止めないように立ち回る。これは、確実によく効いている。
女狩人の懸念していた近距離での戦闘になってしまっているが、徐々に本来の調子を取り戻してきている傑にとってはこのくらいの攻撃なら避けることは造作もない。
女狩人は地面に叩きつけられたことで多少のダメージはあったようだが、またすぐに起き上がった。相変わらず、打たれ強い。
「悪い、夏油」という簡潔な謝罪に
「まったく、肝が冷えるような真似は勘弁してくれよ。流石の私も君が死んで戻ってくるまで、持たせる自信はないよ。先に倒してしまうかもしれないからね」
と軽く皮肉を交えながら軽口を返す。この間にも獣を燃やす手は止めない。
と、不意に後ろから炎を浴びせられていた獣がうめき声をあげながら肘をついた。その頭が無防備に地面近くまで垂れさがる。
女狩人はそれを認めると、すぐさま獣のわきの下をくぐって正面へ回り、先ほどの仕返しをするかのように獣の首元へと右腕を
肉をかき分けるように奥まで突き込まれた右腕は、ぶちぶちと血肉を抉りながら引き抜かれる。
吹き出す血。
衝撃で獣はのけぞって悲鳴を上げた。だが、道中の敵のように絶命する様子はまだない。
首を振って体勢を立て直した獣から二度目の咆哮。
――今度は距離が近いからか、その風圧を感じる。
「さすがにこの巨体じゃ、いつものようにはいかないみたいだね。内臓を抜かれても死なないとは、そのタフネスさがうらやましく……はならないな」
「これをうらやむようなことがあったら、私は今すぐ君を『狩人の夢』へ叩き返すところだ」
調子を取り戻した二人が普段のように軽口をたたきあっていると、獣は先程までしていなかった奇妙な行動に出た。両手を胸に押し付けて、祈るような体勢で止まったのだ。
初めにされたあの強烈な叩きつけが飛んでくるのかと身構えていた傑は、しかしいつまで経っても手が振り上げられないことに違和感を覚えた。
だが、よく見ると獣の首の傷が徐々に
「まずい、回復してるぞ!」
獣の巨体が淡く発光し始める。本格的な回復を行おうとしているのだ。
傑の言葉に反応した女狩人は、その懐から何かを取り出して獣に向かって投げつけた。
はじめは火炎瓶かと思ったが、獣に当たったそれは炎を上げることはなく、ただ獣の体の周りに白い霧のようなものを発生させるに留まった。
だが、この場合は正解だったらしい。
回復しようとしていたはずの獣は急にひるんで体勢を崩したのだ。おそらく回復を阻害するような何かだったのだろうとあたりをつけて、傑はまた後足を中心に火炎放射器で獣をあぶり焼きにする仕事に戻る。
先ほど、女狩人が内臓攻撃をしたように体勢を崩してくれるのを期待して、なるべく火は止めないように立ち回る。
獣の攻撃には激しさが増して、傑たちに獣に余裕がなくなってきたことを教えてくれた。女狩人も追い込みにかかる。ノコギリ状の刃は獣の毛皮を容易く引き裂いていく。
獣は距離を取ろうと先ほどと同じように跳躍で飛び上がり、後ろへと下がったが、いささかダメージを受けすぎていたらしい。着地したところで体勢を崩して例によって頭を無防備にさらすこととなった。
――二度目の内臓攻撃。
それでようやく、とどめを刺せたらしい。獣は左手に握りこんだ何かを胸に押し付けながら、ゆっくりと地面へ傾いていく。
するとその時、不思議なことが起きた。
その獣はまるで蜃気楼のようにだんだんと透明に揺らいでいき、地面に倒れこんだ時点で体の中心からどす黒い血をまき散らしながら跡形もなく
唯一残っているのは獣が倒れこんだ拍子にその手から滑り落ちたもの。
戦っている最中も獣が手放そうとしなかった、金のペンダントだけだった。