ハッカクサマ   作:西風 そら

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岩柱の悲鳴嶼さんは、昔読んでちょっとモヤッとしていた書物がありました。
今日、急に思い立って、それを引っ張り出して、弟子の少年に読み上げを頼みました。

全八話・15000文字くらい・完結済。

原作コミックのみ参照。




ひとめ

 

 音読していた少年は、古い書物を途中で乱暴に閉じた。

 

「信じられない、何を考えているんだ、この人。鬼なんか出遭った瞬間一刀両断で成敗に決まっているだろ!」

 

「そう言ってくれるな。何世代か前の岩柱殿なのだ」

 正面の師匠は柔和にたしなめる。

 

 悪態を飲み込まされた少年だが、尚も不満な様子で口を尖らせた。

 もっとも師匠に彼の表情は見えない。

 

 師匠は大きな身体の居住まいを正し、噛んで含めるようにゆっくりと言った。

 

「そう憤るな。あらかじめ言ってしまえば、最後に鬼はきちんと屠(ほふ)られる。書に記(しる)されている土地に私も行った事があるが、鬼の気配は微塵も無かった。わざわざ文字に書いていないだけで、この岩柱殿は鬼殺隊員としての仕事をきちんとやっておられたのだと思うぞ」

 

「そうですか、ならいいんです」

 少年は怒っていた肩を下ろした。

 この人が言うのなら、そうなのだろう。

 

「では続きを、最後まで読み上げてくれるかな」

 

「はい」

 少年は素直に書物を開き直した。

 

 それにしても師匠は、どうして一度読んだことのあるこんな昔の手記を、今更見直す気になったのだろう。

 

 

 

 

   ***

 

 

「この紅の染料は、梅ノ木で育てた苔をゆっくりゆっくり発酵させた物です」

 

 機織りの手を止めずにその者は言った。

 糸を繰る後ろ姿は人と変わらないが、鬼だ。

 

 筆で墨を引いたような黒髪から小さい角がふたつ突き出しているのが、後ろからでも分かる。

 

 襷がけの二の腕もうなじも、陶器のように生気を感じさせない蒼白。

 一見華奢な娘の姿だが、本性を現せば獣のような怪力で襲いかかって来る事だろう。

 

 これまで様々な鬼に邂逅し屠(ほふ)って来た自分には分かる。

 一刻たりとも油断してはならぬ。

 なのに、何故(なにゆえ)この鬼に呑気に機織りなどをさせているのか。

 

 山奥のこの杣屋(そまや)に刀を振りかざして乱暴に踏み入った自分に対しての、

 

「もう直に織りあがりますゆえ」

 

 というズレた対応に、動きを止められたのだ。

 

「あと半刻ほどお待ち下さいませ」

 

 律とした声。頭で考える前に刀を下ろさされてしまった。

 言霊という奴か。

 まずい、謀られてはならぬ。

 

「術などではございませぬよ」

 こちらの心を読むように声は続ける。

 

「この反物が急ぎで必要な物だと、下の里でお聞きになられたのでは?」

 

 その通りだ。多分それもあって自分は躊躇(ちゅうちょ)したのだ。

 

 

 

 

 

 最初の経緯からして、この任務は特異(イレギュラー)だった。

 

 自分は、とある鬼狩りの組織に属している。

 

 この国には太古から鬼が潜み市井の民を脅かしているのだが、公(おおやけ)にはされていない。

 明治という新たな文明への変換期に、鬼だの鬼退治だのという概念は置いてけぼりを喰ってしまった。

 先進的に作り直したかった世の中の理(ことわり)にそぐわなかったのもある。

 

 新しい法規に照らし合わせてしまうと、鬼は人間なのだ。

 

 墓場から化けて出た訳ではなく、雷で裂けた木の股から生まれた訳でもない。

 生きた人間が変化し少々長生きしているだけの、『法によって守られる個人』なのだ。

 人を襲ったなら捕らえて裁きにかけねばならないし、勝手に私刑にしてもならない。

 

 ・・・・・・・

 ・・・無理だろう・・・・・

 

 だから我々が必要なのだ。

 『鬼はいる、人を襲う、よって狩らねばならない』という単純な原理で動く組織が。

 

 廃刀令下って久しい社会で自分の組織が比較的自由に動けているのは、そういった理由からだ。

 表向きは『政府非公認』だが、裏ではそれなりに連携している……らしい。

 

 まぁ、その辺りの細かい折衝に興味はない。

 自分はただ鬼狩りの駒として、この身が世の人の役に立てていればそれでいい。

 

 

 で、今回の任務は、その公方面から回って来た物なのだ。

 

 地方の小都市の派出所に、一人の年配女性が駆け込んだ。

 自分の住む村に鬼が居ると。

 うちの村の特産品の紅い反物は、鬼が織っているのだと。

 

 巡査はいぶかしんだが、その反物の評判は街場の大概の者が知っていた。

 山奥の辺鄙な村で、どうやったらあんな見事な布が織られるのか。

 しかも織物業は盛んではなく、林業の片手間に細々と養蚕をやっているような村だ。

 

 紅といえば北方の高価な紅花染料が有名だが、それに退けを取らぬ美しさ。

 いやむしろこちらのほころんだ梅のような紅の方が奥ゆかしい趣があると、都会の金持ちからも引き合いがある。

 

 なのに出来高が少なく、年に数える程しか卸されて来ない。

 一反で一家族が幾冬か越せる程の価格が付くのに、どうして村を挙げて生産に力を入れぬのだろう。

 疑い出すと確かに少しの引っ掛かりは感じる。

 『鬼』なんて荒唐無稽なモノでなくとも、何らの隠し事はあるやもしれぬ。

 

 巡査が村に赴き村長に聞き取りをした結果、拍子抜けな答えが返って来た。

 

 あの紅染料は調合が難しく、ほとんどが失敗してしまう。だから沢山は作れない。

 大手の商人が量産の手助けを申し出て来るが、すべて断っている。

 お金をかけて失敗しても、責任が取れないからだ。

 

 そう言われてしまうと、元々あまりやる気のなかった巡査は簡単に引き下がった。

 

 

 鬼狩り本部に回って来た概要はそんな所だ。

 たった一人の証言に、物証は無し。『鬼』という文言が入っているから取りあえず回って来ただけの、本来なら捨て置かれそうな文書。

 

 だが、我々の首領は大量の情報の中からそれを抜き取った。

 理屈ではない。

 あの方の勘は外れない。

 

 そうして自分がこの山に赴(おもむ)いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これを書く前に、絹繊維業が盛んだった土地の友人に、道具を見せて貰いに行きました。
小学校の時、アサガオの観察みたいなノリで、「オカイコさん」を一人一匹ずつ
育てさせられたそうな(夏休みもお持ち帰りで)





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