ななやのよるに ハッカクサマが
うめのえだから おりてくる おりてくる
よいこにくれる あかいべべ あかいべべ
はちやのよるに ハッカクサマが
くるりとまわって うらがえる うらがえる
よくないこには あかいかま あかいかま
――ハッカクサマがお手玉で遊んでくれたの。オイラがこの祠の裏に独りでいたから――
――禁足地? うん……そうだけれど……
母ちゃんが父ちゃんと喧嘩を始めたら家にいられないし、
親戚のおばちゃんはオイラの事つねるし、従姉妹達は意地悪だし。
誰も来ないここが好きなの――
――え? あっあっ、違った! 母ちゃんはえっと……『大昔病気デ死ンジャッタ』です、そう。
あっ、おじちゃん、そっち行っちゃダメだよ。おじちゃん、おじちゃーん――
――――!!!
高い所から落とされる感覚で覚醒した。
夢か? 童の声などする筈がない。
そう、ここは里から離れた山中の杣屋(そまや)。
ツンとすえた染料の匂い。
自分は土間から板間に被さるようにうつ伏せに倒れていた。
鬼はいない。
凍り付く思いで身を起こす。
身体は……無事だ、どうもされていない。
持って来たカーバイトの行灯(あんどん)がまだチロチロと燃えている。
そんなに時間は経っていない。
機織り機から反物がなくなっていた。
切られた残り糸がすきま風に揺れている。
出口にまろび寄って扉を開ける。
唖然。
根雪の上に夕べの雪が薄く積もり、月明かりに小さな足跡が続いている。
隠そうともせず、乱れる事なく堂々と。
(罠ではないのか?)
意識を失う前触れなどなかった。
鬼がこちらに気付かせぬまま妖術を使ったのか。
油断した自分が甘かった。
あの間延びした不可思議な空間に引きずり込まれてしまっていた。
(やはり鬼など心を許すものではない)
行灯を掴んで杣屋を飛び出した。
右手を刀の柄(つか)に掛け、慎重に雪道を下る。
足跡はためらいなく、麓の祠に向かっている。
ここに来る途中に確認した鎮守の祠。
思い出した、そこで小さな男児に会ったのだ。
童唄(わらべうた)を聞かされて……
脳がそれを覚えていたのか。
自分は祠から微かな踏み跡をたどり、鬼の杣屋を見付け出したのだった。
(この期に及んで、ただ反物を届ける事だけを考えているのだろうか。いや、もう奴のペースに乗せられるのはよそう。生き物なら生き長らえようと抗(あらが)うのが当たり前なのだ)
彼方の山陵が薄らぼんやり浮かんでいる。
夜の半分が過ぎたあたりか。
太陽はまだ遠くだが、夜が明けて鬼が何処かに潜んでしまうと厄介だ。
――!!
前方に生き物の陰が動いた。
緊張が走ったが、鬼ではない。
ずっと小さい……子供?
「おじちゃーん!」
駆けて来てすがり付いたのは、山に登る前に出会った男児だった。
ザンバラ髪の、見るからに大人に手を掛けて貰っていない、痩せた子供。
「おサムライのおじちゃん、おじちゃん、助けて」
「な、何だ、どうした?」
「母ちゃんが山の供物井戸(くもついど)に連れて行かれた。オイラがいい子にしてたら連れて行かないって言っていたのに」
母ちゃんというのは例の密告女か。
やはり密告を咎められて、生け贄にされようとしているのか。
「供物井戸というのは?」
「あっちの沢の方にある。井戸に入ってる人間はハッカクサマが食べてもいい事になってるの」
喉がヒュンと鳴った。
喰うのか、やはり。
いや本人が喰うと言っていたから喰うのだろうが、本当の本当に、あの白い顔で陶器のような冷たい手で、人を引き裂いて喰らうのか。
慣れ知っている筈なのに、胸のザワ付きが治まらない。
村の大人にも腹が立つ。
鬼と馴れ合い、己の利の為に他者を犠牲にする所業。
それをこんな子供にまで浸透させているなんて。
「お前の母は、お前が生け贄にされるのを案じて、我が身も省みず街に訴えに行ったのだな」
「えっ、違うよ」
子供は意外な応えをした。
「いい子にしてたら生け贄になんか選ばれないモン。母ちゃん、コドモが危ないって言ったら街のエライ人が聞く耳を持ってくれると思ったんじゃないの」
「え……」
「ああ、ハッカクサマに貰ったお手玉を見せたら癇癪が始まったから、あの時勘違いしたのかな。母ちゃん、病気の時は思い込みが激しくなるし」
「お前の母親は病気なのか?」
「うん、『何でお前は女の子に生まれなかった病』ってオイラは呼んでる。そう言って喚きながらオイラの事ぶってくるから」
「…………」
「母ちゃんは、まぁ、ちょっとだけわるい子なんだ。けど供物にされる程でもないと思う。ある程度ぶったら病気は治まって、その後は普通に優しくなるし」
「…………」
・・……思い至らなかった。
女の子が生まれると紅い反物が贈られる。
それはとても良い事だ。親も身内も大喜びだろう。
では、生まれて来たのが男の子だったその瞬間、同じだけの祝福に包まれる事が出来るのだろうか………
鬼の杣屋と麓の祠とを正三角に結ぶあたりに、供物井戸はあった。
平らな土地にポッカリと開いた縦穴で、周囲を苔むした石が囲い、その上に重そうな木格子の蓋が乗っている。大人二人が両手を広げたくらいの径、底は真っ暗で深さが分からない。
「母ちゃんの声がする、もう落とされたんだ!」
子供が叫んだ。
「どいていなさい」
渾身の力で木格子を押すと、少しずらす事が出来た。
並の人間が中から押し上げるのは不可能だろう。
あの鬼は、鬼ならではの怪力で蓋を動かし、逃げ場のない中の人間を襲うのだろう。
やりきれない気持ちに身体が震えた。
何が紅い反物だ。
薄々気付かれているかもしれませんが、この岩柱さん、脳筋です
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