格子の蓋を半分ほどずらした所で中を覗き込んだが、真っ暗だ。
湿気とカビの臭いが鼻に付く。
「また聞こえた、助けて助けてって、ねえ早く」
子供が叫んだが、自分は聞き逃したのか。
「母ちゃん、母ちゃん母ちゃん!」
興奮した子供が横から割り込んで来る。
「待て落ち着け、危な……」
ぐるり、身体が浮いた。
――!?
半回転した視界から、逆光に子供以外の複数の陰。
同時に腰に違和感。
横にいた子供が、井戸に吸い込まれる自分から、刀を鞘ごと抜き盗っていた。
すがり付く振りをして、留め金具を外していたのだ。
落ちる! 深さが分からない!
頭を守りながら衝撃を柔らげようと足掻いたが、すぐにピシャリと泥の地面に転がった。
鬼に生き餌を与える為ならあまり深くは掘らない……か。
それでも自分の身長の倍以上の深さだ。
登れない事はないが、上にいる数人の大人に重い格子を閉じられてしまった。
(何て事だ。人間相手に……)
「刀を取ったよ、取ったよ! これでオイラはいい子だよね。早く母ちゃんの縄を解いて!」
興奮した子供の声。
「ああ、いい子だ。おい、女を解放してやれ」
今しがた後ろから自分の足を掬い上げたであろう男達の声。
村長宅で会った者どもだ。
「坊、もう一仕事だ。その刀を持ってお逃げ。出来る限り遠くまで。途中で止まってはならないよ。鬼狩りから刀を遠ざければハッカクサマにご安心頂ける。さあ行け」
「うん!」
駆け去る音。
(去ってくれたか)
「大人しいな、頭でも打ったか?」
格子越しの明かりに、数人の顔が覗き込む。
「大人の汚い所をあまり子供に見せる物ではないぞ。白い紙はすぐ墨を吸う」
「は!」
複数の嘲りの声が降って来た。
「街の奴らはいつもそうだ。表面だけお綺麗なお題目。我らの本当の苦しみを知ろうともしないで」
「文明開化だ何だと受かれているのはお前らだけだ。華やかな灯りの元で、暗い場所など見ようともせぬのだろう」
「だから我々は我々だけで自由にやって行くのだ」
「鬼と結託して罪なき人を生け贄に差し出す所業が、子孫に誇れるか?」
男達の陰が顔を見合わせ、そしてせせら笑いが起こった。
「罪なき人だって?」
「分家の次男は手の付けられない乱暴者だった。あれが付きまとうから新田(しんでん)の娘は何度も縁談を壊されたんだ。やっと結納に漕ぎ着けたと思ったら、逆恨みで娘を拐おうとしやがった」
「あんたらの法律だとどうなる? 些細な罪ですぐに釈放しちまって、本当に取り返しが着かない事をやらかすまで野放しだろう」
「人の多い都会ならともかく、逃げ場のない山村でそんな奴が徘徊していると、洒落にならないんだよ」
「俺らに言わせりゃ、ああいう輩こそが『鬼』なんだ」
喚き立てる男達がスッと静かになった。
と、格子越しの逆光に、周囲に支えられながら老村長が立った。
「すまないのう。湯茶に入れた薬がすぐに効いてくれれば、こんな手荒にならずに済んだのじゃが」
それで茶を飲んだ途端あっさり引き下がって、祠を教えてくれたのか。この狸爺。
「のう、鬼狩り殿。『鬼』なんて者はいつの世もそこかしこに生まれて来おる。
自分の妻に火を付ける『鬼』。自分の子供を殴り殺す『鬼』。人の痛みが分からぬ『鬼』。自分だけ良ければいいと言う『鬼』。他の村人が助け合って善良に暮らそうとしているのに、何故だかどうしてもそういう鬼が生まれてしまうのじゃ。
だから、ハッカクサマが引き受けてくださる。我々が負うべき業(ごう)を一身に背負って」
「おうよ! あの方は鬼どころか、俺らの護り神様だ! あんたがどう思っていようとな」
声を上げる若者を制して、老翁は身を乗り出して覗き込んだ。
その目に謀(たばか)りは無いように見える。
「失礼はすまなんだ。この仕打ちも謝る。だからどうか、見逃してくれまいか。もしあんたの一存で決められないのなら、鬼狩り殿の首領に話を通しては頂けぬか」
「見逃せる訳がないだろう!!」
腹の底から一喝した。
「村長、やっぱりダメだ、やっちまおう!」
瞬間、格子の隙間から松明(たいまつ)が投げ込まれた。
次に十本ばかりの竹槍が突き下ろされる。
「かすらせるだけでいいぞ!」
薬の刺激臭。切っ先にドロリと何かが塗ってある。
「今度はあんたの図体でも足りる量だぜ。えい逃げるな、大人しく・・??」
松明の火に照らされた穴の底を見て、男達の槍が止まった。
「あんた……何を泣いているんだ? 鬼狩りってそんなに弱虫なのか?」
「哀れなのだ」
「は? 馬鹿にしてんのか!」
「お主らではない」
「??」
「あの子供だ。世の中には希望に満ちた様々な未来が溢れているというのに、あの子供はその中の一つたりとも掴めない。この村が今のままである限り」
竹槍を一気に集めて両腕に抱え込む。
「それが哀れでならんのだあぁぁあ!!」
束になった竹槍が、格子蓋ごと男達を振り飛ばした。
転がされた男が顔を上げると、鬼狩りはもう尻餅を付いた村長の前に屈み込んでいた。
「鬼は何処にいる?」
ここだけ少年ジャンプ風。
岩柱だから言動が似てくるんじゃなくて、
元来、母性の多い人物に、岩属性があるんじゃないでしょうか
何となくそんな気がします
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