仔細に書かれていたのはそこまでだった。
この後はいきなり文字が雑になり、簡素な箇条書きで、
――隣の山肌で雪崩が起こったこと。
――刀を持った子供がそこに居たこと。
――陽が昇って無事で発見された子供が、
『まるで何かが覆っていたように』雪の垣根に囲われていたこと。
――鬼狩りが持ち帰ったのは紅い円櫛(まるぐし)ひとつだったこと。
・・が、足早な筆跡で書かれ、早々に締められていた。
日付は、今から四十年程前だった。
***
「ご苦労だった。また頼まれてくれ」
「は、はい、俺でよければいつでも申し付けてください……」
朗読終えて呆けていた少年は、はっと顔を上げて書物を閉じた。
用事が終わって下がるタイミングなのだが、座敷の出口で彼は佇んだ。
「……あの、何故今急に、こんな昔の書を読み返す気になられたのです?」
「ふむ・・いや、そんなに深い理由はない。何となく、何となくだ。書物という物は、読み返す度に、以前は得られなかった気付きが発見される。不本意な内容だと思っても、取りあえずは最後まで目を通しておく事だ。ずっと後で、思わぬ場面で役立ったりもするからな」
「はい……」
聞いた事とズラされて説法が始まりそうになったので、少年はお辞儀をしてそそくさと退散した。
残った師匠は、ささくれた書物の背を撫でながら、しばし物思いに耽(ふけ)る。
数年前、岩柱の屋敷を継いだ時、すべての蔵書を弟子に読み上げさせた。
その時は、山のような資料の中の、ちょっと変わった一つの記録……くらいの印象だった。
鬼を即座に斬り捨てない所や、長々と話を聞いてやる所、子供ごときに簡単に騙される所、何より鬼に生半(なまなか)な情(じょう)をかけてしまった挙句逆に情けをかけられる体たらくに、若い自分は結構な不満を持った。
こんな者でも岩柱だったのだなと、少なからずガッカリしたのも覚えている。
「だがしかし……今回読み返してみて確かに、以前理解出来なかった何かが紐解けたような気がする……」
降って湧くように、記憶の扉が開いた。
以前、たまたまこの地方を訪れた時、ふと気になってこの村に立ち寄った。
気配が微塵もないのは鬼ばかりではなかった。
屋根が落ち泥を被り朽ち果てた廃村からは、人の気配も疾(と)うに消えていた。
幾百年もそこに栄えた営みが絶えた理由は、そこに暮らした者にしか分からないし、想像で語るような物でもないのだろうが。
人の手が入らず伸び放題の梅の紅が山の中頃までを見事に染め上げ、その枝から白い鶴が飛び立った風景だけを、何だか今急に思い出したのだ。
七夜の夜に 白鶴様が
梅の枝から 下りて来る 下りて来る
善い子にくれる 紅いべべ 紅いべべ
八夜の朝に 白鶴様が
くるりと回って 裏返る 裏返る
善くない子には 赤い鎌 赤い鎌
祠の所で逢った子供は、幼い弟にちょっとだけ似ていました
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