「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
「詫び? 誰にだい?」
「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった千五百人に、や。奴らが何もかんも独り占めしたから、一か月で千五百人も死んでしもたんや! せやろが‼」
ディアベルの問いかけに対して糾弾の声を上げるキバオウ。
「キバオウさん。君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人たちのこと、かな?」
「決まっとるやろ」
キバオウは広場のプレイヤーを見回しながら話を続ける。
「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュではじまりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナーを見捨ててな。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷり」
デスゲーム開始から一か月。アインクラッドにおける死者の数は2000人近くにも及んだ。このペースが続くようなら、全プレイヤーが消滅するのに半年もかからない。
だが亡くなった2000人のうち、少なくない割合を占める死因は自殺だった。
恐慌したプレイヤーが、逃げ出したい一心で安易な手段をとる。そうして自殺を図る者が、特に最初の数日間は後を絶たなかった。
そしてモンスターとの戦いで命を落とす者も確かに多かったが、彼らの多くはSAOでの戦闘経験がほとんどない初心者だった。
慣れない戦いを強行した結果、満足に技を繰り出すこともできず、リアルな敵の姿に竦んで動けず死んでいった者が多かった。
彼らの死は、誰かが責任を負うようなものじゃない。彼らが自分から行動して、その末の結果なのだから、誰かに責任があるとか言うのはおかしな話だ。
ましてや元ベータテスターに責任を押し付けるなんてのは全く以て筋が通ってない。
「こん中にもちょっとはおるはずやで。ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」
広場にいるプレイヤーたちは誰一人口を開くことができなかった。
今ここで中途半端な反論でもしようものなら、すぐさま元ベータテスターと疑われるだろうからだ。
「発言、いいか」
ふと、静寂を低く響く声が破った。
190cmはあるかという長身に盛り上がった筋肉、褐色肌で頭をスキンヘッドにしていて、背中側だけでもかなり迫力がある。
「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」
「そ・・・そうや!あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ千五百人や! しかもただの千五百ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスター連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら金やら分けおうとったら、今頃ここにはこの十倍の人数が……ちゃう、今頃は二層やら三層まで突破できとったに違いないんや‼」
「いい加減にしてください!」
隣のイロハが突然叫んだ。
「黙って聞いていれば!」
そこまで言うとイロハは止まった。
隣にいるハチがイロハの腕を引っ張ったのだ。
「せん・・・ぱい?」
するとハチは小さな声で
「あとは任せろ」
ハチはイロハの前に立ち塞がった
「な、なんやジブン、いきなりしゃしゃり出てきおってからに……」
「いやぁ俺の連れが失礼をした。
あまりにも訳の分からないことを言っているものだからついイラついちまってな」
「っなんやと?……」
「キバオウさん、あんたはああ言っていたが、金やアイテムはともかく情報はあったと思うぞ」
そう言って、ハチはポケットから一つの冊子を取り出した。羊皮紙を紐で綴っただけの簡易的な冊子で、表紙には丸い耳と三本の髭をあしらった《鼠マーク》が描かれている。
「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」
ガイドブックと呼ばれるその小冊子を見た瞬間、チラリとイロハの視線がこちらへ向けられる。
「……む、無料配布だと?」
と、キリトが小さな声で驚きを露わにする。
当然だろう。なんせキリトはアレを金を払って購入したはずだからな。
「……わたしも貰った。すごく有難かったわ」
今までひっそりとしていたフード女子が言うのに続く。
キリトが戸惑いつつ「タダで?」と彼女に訊ねると、彼女はこくりと頷いた。
「道具屋さんに委託してたけど、値段が0コルだったから、みんな貰ってたわ。すごく役に立った」
「ど……どうなってんだ……」
キリトは驚きを隠せていなかった。
ベータテスターなら以前攻略した際の情報を知っているだろうし、先行する元ベータテスターから情報を集めて後続に還元すれば、その差も縮まって後々しこりが残るのを防ぐことができるかもしれない。
まあ実際はベータのときと違う部分が少なからずあったようで、アルゴ自身や彼女の仲間連中は文字通り駆けずり回って変更後の情報集めをしてくれた。その甲斐もあって、元ベータテスターが足下を掬われるってこともだいぶ減ってきたらしい。
それが証拠に、攻略本の裏表紙には文庫の帯よろしく鼠の一言が書かれている。
『ベータテスターのお墨付き! 大丈夫。ネズミ印の攻略本だよ!』
何をもって大丈夫なのかは甚だ疑問だが、ベータテスターのお墨付きという文句は他のプレイヤーに複雑な感想を抱かせた。
「ベータテスターの情報なんて信じていいのか」と思う反面、見るからに有益な情報が並んでいれば心も揺れ動くというもの。
ましてやそこに書かれたことが悉く攻略の役に立ったとなれば嫌でも信用せざるを得ない。
人間、いつだって自分に都合よく解釈したがるもんだからな。
キバオウは痛いとこを突かれたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「――――貰たで。せやけどこいつは……」
「信用ならないか?ならアンタは今まで1度もこの攻略本を見た事がないってことだな?
裏表紙の謳い文句を見ても判る通り、こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターたち以外には有り得ない」
広場にいるプレイヤーの多くが頷いた。キバオウはぐっと口を閉じ、その後ろではディアベルが少しだけ視線を落としていた。
「いいか、みんなも知っての通り、情報はあったんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだと俺は考えている。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った」
「そこに元ベータテスターが追うべき責任はない。少なくとも、彼らが面倒を見なくてはならないなんて義務はない。犠牲に対する責任を追及するのは、全く以て見当違いだ。
今必要なのは、俺たち自身がそうなってしまうのかどうかだ。それがこの会議で話し合われると、俺は思っているんだがな」
ハチとエギルに立て続けに言われて、キバオウは口籠ってしまう。
そもそもが少なからぬ言いがかりを含んだ主張だっただけに、理路整然と反論されてしまえば何も言えないのも仕方ない。エギルとハチがそれぞれ別種の迫力を持っていたってのもあるだろうが。
するとようやくディアベルが口を開いた。
「キバオウさん、君の気持ちも理解できるよ。俺だって苦労してここまで辿り着いたのに、そのときにはもう何人か先行して辿り着いてる人がいたからな。でも、そこのエギルさんの言う通り、今は前を見るべきときだろ? 元ベータテスターだからって……いや、元ベータテスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗したら、何の意味もないじゃないか」
聴衆の中には深く頷いている者が何人もいるが、悪いな、俺はどうしても人の裏を読んじゃう性質なんだ。
「みんな、それぞれに思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせて欲しい。どうしても元ベータテスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからさ」
ぐるりと一同を見渡したディアベルは、最後にキバオウを真顔でじっと見詰めた。キバオウはしばらくじっとその眼差しを受け止めていたが、やがてふんっと鼻を鳴らすと負け惜しみじみた声で言った。
「…………ええわ。ここはあんさんに従うといたる。でもな、ワイは認めんで。元ベータテスターに非があったのは間違いないんやからな」
そう言って、キバオウは鎧をジャラジャラ鳴らしながら取り巻きの方へ戻っていった。
それを見たエギルもゆっくりと自分のいたところに戻った。
「ふぅ・・・何とか落ち着いたな」
「・・・せんぱい・・・。ありがとうございます」
「なんの事だ?」
そういうとイロハはハチの顔を見て朗らかに微笑んだ
なんとも気恥ずかしくなって顔を背ける。と、ふと目についた先でキバオウがこちらを睨んでいることに気付いた。
(え、なに?俺が悪いの?)
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