『不夜』
それは円卓の騎士・ガウェインが獅子王から授かりし
太陽は君に微笑んだ。もう曇ることはない。
ただ、それだけ。
雷のような刺突だった。
ガウェインの心臓を的確に狙う、赤い槍の強襲。
それを騎士は剣を胸元に掲げることで防いだ。力を込められた両腕の筋肉が膨張する。衝撃は体を伝って、されど厚い身体は揺らがない。空気が悲鳴を上げる甲高い音がまぶしい今に聞こえて、赤槍が止まったのは一瞬。力の向きが流れて槍は回る。首を裂かんとする赤茨。腕を巻き込む槍回し。
聖剣に熱が走る。燃ゆるガラティーンが技巧ごと狂王を吹き飛ばした。大地に突然現れる日輪の欠片に、怯えて逃げるのは難民だけ。粛正騎士は微動だにしない。クーフーリン・オルタは揺らがない。
鬱陶しそうに棘の尻尾が振りはらって、唸り声は精霊の狂騒。この“不夜”はガウェインの持つ聖者の数字――太陽の出ている間は三倍に近い能力を発揮するという特殊体質――を最大限に生かすフィールドであるが、精神弱体耐性も三倍になるわけではない。だったらリンクの言葉にあそこまで動揺しないだろう。
一見無敵に見えるガウェインにも、突かれたら痛い、穴があるのだ。
「はぁっ!」
「フン、焦りがでてきたか?」
土煙をあげて騎士は突進する――跳躍!短い呼気と共に重量のある体が跳びあがって距離が縮まった。青い残像を残す振り下ろし。衝撃が弾けて円状に散る。狂王がマントを翻して回避するのを、立香はマシュの盾の後ろから見ていた。――赤光。魔力を纏って投げられた槍は、流星のごとく頭を貫かんとする。
「ぬん!」
力任せな横薙ぎが叩き落して、火を映した剣は日光に似た輝き。速さで優るクーフーリン・オルタが頭上から槍を振り下ろした。聖剣は下から切り上がって半円を描く、火花のような魔力の跡。目でも追えぬ連撃の剣閃が、観客を置き去りにした。
「(……立香ちゃん、気づいてる?)」
「(へっ?)」
「(マシュの顔色がさっきから悪いのを。手足が縮こまっているだけじゃない。マシュは根本的にガウェインを敵視できていない)」
そう言われて覗き見た背中は、なんだか妙に小さくて。
困りあぐねた立香は、ダ・ヴィンチを見上げてしまうのだった。
「(オルタはそれに気づいているから、距離を取って戦ってる。…逃げる準備はできた。立香ちゃん、一瞬でいいから時間を稼いで)」
そう言われてから前に飛び出すまで、考えれたことなんてなかった。ただ、なんとかしなくちゃという思いだけが、立香の心を奮わせるのだ。
「ガウェイン!なんで難民を殺すんだ!」
「…マスター!?」
「…ふむ」
鍔迫り合いは一時止む。ガウェインがマスターの少女に視線だけでなく体を向けたのを見て、狂王は顔を顰めた。なんだこいつの態度は。
油断?慢心?聖杯の加護を破れるはずがないという確信?――あるいは、立ちふさがる敵としての矜持?
なんでもいいしどうでもいい。こいつを仕留めるのに決定打に欠けるのは事実だ。管制室の職員が円卓の騎士というデータを解析しきるまでは、こちらも釣り餌に徹するまで。
「本来なら語るまでもない事ですが、女性を庇い自らを危険にさらしての問であれば、答えないわけにはいきませんね。異邦から来たマスター。貴方の名は?」
「藤丸立香」
「ありがとうございます。改めて私も名乗りましょう。藤丸」
サー・ガウェイン。
騎士の王にして純白の獅子王。アーサー王に仕える騎士。
獣に堕ちた罪人。
「我々が求めるのは、何者にも冒されない理想郷の完成。獅子王の法を順守し、純白の千年王国を成すことだけが人の生きる道」
その為により善い人間を選び、選ばれない人々は排除する。これはそれだけの話。
「私たちは私たちの正義に基づいて行動しています。そして、貴方たちはそれを拒んだ。一時の感情であろうと、獅子王の聖抜を否定した」
「…一時の感情じゃない。肯定することなんてない」
「ええ。ですから貴方たちは今、獅子王と、その円卓の騎士を敵に回したのです」
「それが、どうした……!」
“苦しませるのは本意ではありません。
どうか、速やかに運命を受け入れますように。”
その言葉に――――。
言葉に、マシュの頭は沸騰したように熱くなって、くらくらした。どうして?
「いけません、マスター……!」
喉を滑り落ちた制止。返事代わりに振るわれた剣は狂王が弾いた。怖気を震うマシュの指先は冷たい。それを見るガウェインの瞳も――冷たい。
「その心持ちでは藤丸も嘆くというもの。貴女はまだ私を敵視していない。そのような心持ちで、なぜ戦場にきたのですか」
ガウェインのいうことは正しい。戦場では迷ったものから死んでいく。
「貴女は幼子のために駆けだして。母親を殺そうとした粛正騎士を憎んだ。だというのに、その敵意を私に向けていない」
熱い、寒い。
マシュの体を駆け巡る
「いいですか。
怒っている。誰が?
悲しんでいる。誰が?
聖杯の力を感じて、竦んでいる。
本当に?
どうして動かないの。身体――――。
「貴女がこの場で憎むべき敵は、司令官である私です。――その道理を弁えない者が戦場に出るなど、我々への侮辱と知りなさい!」
駆けてくる誰かに真っ先に気づいたのは、クーフーリン・オルタ。
次いで管制室の英霊たちが、追いついた英雄を認識した。
「その盾、貴女には荷が勝ちすぎる!」
聖剣を払う銀のヒカリは、天から強襲する隼のごとく。
「驕っているのはそちらだ、サー・ガウェイン。個人の信条と、戦場での働きは別のもの――」
吠える。騎士が居る。
「彼女の信条を糾弾する資格など、貴公にはない。外道に落ちたのならなおさらだ」
吠える。騎士が来た――――!
「な―――――に?貴方――貴方、は――――」
「あなたは……?」
「挨拶は後ほど!今は目の前の敵に専念する時!サー・ガウェインなにするものぞ!」
頭上に輝く太陽が、白き髪に反射した。きらきら。
同じ色の鎧を纏って、銀白の右手が剣を構えた。ぎらぎら。緑の瞳が燃えている!
「盾の少女よ、貴方は負けていません」
少女の震える眼が、はせ参じた騎士の背中を見た。
「実力の話ではありません。在り方の話です。強きをくじき、弱きを助ける。その決断の、どこが誤りだというのでしょう」
「馬鹿な――馬鹿な!なぜ貴方がここに!?いえ、それ以前に――――」
ある意味リンクと相対した時よりも、その動揺は大きかった。
だからうかつに言葉は漏れる。縋るように悲鳴のように。
「サー・ベディヴィエール!円卓の騎士である貴方が、王に反逆するというのですか!?」
「――分からないのですか。本当に。反逆する意味が!」
「ッ…………」
ちかちかと脳裏を巡る言葉よ。ガウェインの口を縫い留める気迫よ。
そうだ。何も、何も、言う権利はない。
「よーーっし今だぁ!諸君!口をあけて目と耳を塞ぎたまえ!」
「!?」
「オルタ、立香ちゃんを!マシュはベディヴィエールを抱えて!」
「、はい!」
「ま……!」
「対閃光、衝撃防御!」
目を焼く光がぶっ放されて、ガウェインの足を止めた。ばちばち。
「……近距離に敵性集団なし。ひとまず聖都から距離を取れましたね、先輩」
「フォウ、フォーウ」
「お疲れさまでした。貴方たちの協力なくして脱出はできなかったでしょう。こちらの方々もお礼が言いたいと」
そうベディヴィエールに促されて出てきたのは、疲れた顔をした現地人の男性だった。
「……ああ。アンタたちが聖都の騎士どもを蹴散らしてくれたんだな……見ていたよ」
言葉尻は重い。ため息は止まない。
「……ありがたい。ありがたいんだが……すまない。今の我々には、どうしても喜ぶことができない……。アンタたちに心の底から感謝する事が……できないんだよ……」
「……分かります。あんな惨劇の後で笑えるはずありません……」
「……すまない。それと、言いづらいんだが……。アンタらは、どこまで我々についてきてくれるんだ?」
へたり込む女性。状況が理解できていない幼子。憂いに沈む人々は、周辺を警戒するクーフーリン・オルタをぼんやりと見つめている。
「いや、守ってくれるのはありがたい。ありがたいよ。しかし、その――」
「我々が信用できない、と言うんだろう?人種も違う。目的も違う。加えてキミたちには満足なお礼もできない!これで警護してもらえる筈がないってね!」
「…………そうだ。アンタらに頼りたいが、見捨てられるのは怖い」
擦り切れた声が不安を絞った。この世界にはあまりにも、希望が少なすぎる。
「すみません。私から提案してよろしいでしょうか?」
穏やかな問いかけだった。立香が頷けば、ベディヴィエールは微笑みを浮かべる。
「貴方がたの護衛は続けさせてほしい。そして、その為の報酬を私たちは要求します」
ゆっくりと話し出す、騎士の眼は優しい。
「それぞれの理由はどうあれ、私たちは聖都の騎士を敵に回してしまいました。生き延びる為には、より大きな協力者が必要になる。その為に、貴方がたの力をお借りしたいのです」
「そりゃあ手は貸したいよ……。だが、オレたちの中で戦えるのは数名だけだ。中には妻と子がいる奴もいる」
「いえ、そうではありません。貴方がたには案内を頼みたいのです」
焦げた大地の中でも、風は微かに吹いている。まだ生きていると言いたげに。
「これより北の山岳地帯に入るための信頼、ですね。私たちは見ての通り、聖都側の人種です。ですので山の民と、異国の神官が住む山岳地帯には入れない。戦闘も諍いも、こちらの本意ではありません」
「うんうん」
「私たちも、可能であれば山の民たちに守られたいのです。ですが、私たちには信用がありません。ですから……ね?」
「そうか、我々を助け出した、という実績か!確かに、それなら山の翁たちも無下には扱わない!」
的確に相槌を挟むダ・ヴィンチによりさらに説得力が増した。
〇災厄ハンター ザントくんは?
〇ウルフ 名前を呼ぶな
〇災厄ハンター 名前を呼んじゃいけないあの人???
「はい。そうしていただけると私たちも希望が持てます。我々は貴方がたを全力で守り、山岳地帯まで逃げる」
「その後、君たちには山の民との仲介を頼みたいなぁ。どうだろうか」
「ああ、そういう事ならみんなを説得できる!このままアンタらを信じようってな!」
なんどもお礼を言いながら「みんなに話してくる!」と場を離れた男の顔は、先ほどとは打って変わって明るくなっていた。
「……良かった。これで一致団結ですね、マスターさん」
「べでぃうぇ……ベデ……ベディって口が上手いね。ありがとう」
「いえ。お役に立てたなら幸いです。とはいえ、彼らにも休息は必要でしょう」
本来ならゆっくり休むべきだが、事態がそれを許さない。
ここで半刻だけ休息をとり、北を目指すことになった。
「オッケー。じゃあその旨、難民の皆さんに伝えてこよう。ついでに怪我人の治療と栄養摂取もさせてくるよ。ロマン、いろいろよろしく」
『はいはい。面倒な確認事はみんなボクだね。いいとも、任された』
ぱちんと通話が開始される。ぱっと耳に届く声。
クーフーリン・オルタは安全を確認し、入れ替わりでカルデアに戻っていった。
「……魔術による遠隔会話、ですか?声のイメージから、繊細そうですが芯の強い、機転の利く賢人……といったところでしょうか」
『! やった、サーヴァントで初めての理解者だぞぅ!こんなに褒められる日が来るなんて!』
〇バードマスター あの、ベディくんの中身
〇海の男 生きて……生きてる……?どうして動いている……?
「ベディヴィエールさん、いい人ですね……」
「いいとこ探しの天才かな……」
『と、喜んでいる場合じゃなかったな。ボクはカルデアのロマニ・アーキマンだ。ドクター・ロマンと呼んでくれ』
「藤丸立香です」
「マシュ・キリエライトです。あちらはダ・ヴィンチちゃん。自己紹介が遅くなりました」
「はい。よろしくお願いしますね」
〇小さき爺 銀の腕……ヌァザの銀の腕か?
〇影姫 「そのもの」ではないな。宝具レベルではあるようだ。
『サー・ベディヴィエール。貴方の事情はまだ分からないが、状況は明白だ。聖都は円卓の騎士たちに
しかし、どうやら全ての騎士が獅子王に従っているわけではないようだ。
粛正騎士の囲みを崩したのはもう一人いた。聖都に入るため、難民に紛れ込んでいた一人。
「……はい。私は単身で聖都に入るため、正体を隠していました。それも、全ては我が王と謁見するため。王はなぜあのような暴挙に出ているのかと」
「……私も、まだ信じられません。円卓の騎士と言えば心優しき騎士たちの集まりなのに……」
「オジマンディアス王の言っていた通りだ。…絶望の聖都」
〇バードマスター なんかぼくも辛くなってきた 休もうかな
〇海の男 騎士ってこんなになるまで働かなくちゃいけないの?ベディくんが何をしたっていうんだ
〇奏者のお兄さん 湖に聖剣を返還しなかった
〇災厄ハンター この話やめよっか
〇フォースを信じろ(紫) 話題変えまーす
「ところでキミはカルデアの事を知っているようだけど。もしかして、キミを送り出したのはマーリンなのかい?」
「ええ。マーリン殿から貴方たちの事情は聞いています。特異点にはこれを修復しようとする者が現れる。カルデアのロマニ・アーキマンという男がいたら本物だから、利害が一致するなら協力しなさい、と」
宮廷魔術師マーリン。ブリテンを治めたアーサー王を導く存在。
「……以上が私の事情です。私は遅れてやって来た騎士なのです」
いつだって私は遅れている。
判断も、実力も、強さも。
遅れてしまったから、ここに辿り着いてしまった。
でも、まだ、間に合うことがあるのなら……。
「私がこの地にやってきた時、円卓の騎士は聖地を十字軍から奪還し、聖地に作り変えていました」
私は、その行いを正したい。そのためにまだ足掻いている。
友を手にかけることになっても。王を殺してでも。
「ベディヴィエール卿……」
「ベディ。一緒に戦おう。みんなで協力すればきっと大丈夫だよ」
「――ありがとうございます、おふたりとも。何かと頼りない私ですが、よろしくお願いします」
「フォウ!」
自分よりずっと若い女性に励まされて、情けなさの方が勝つけれど。
この少女たちが“善い人間”と呼ばれない世界なら、やはり絶対に間違っているのだ。