「ガウェイン、ただいま戻りました」
疲れも見せずに騎士は帰城した。シンデレラもベッドに戻った丑三つ時なのに、うんざりするほど日本晴れ。
振り返って同僚を出迎えたのは、3人の円卓の騎士。
赤髪のサーヴァント―トリスタン。
金髪のサーヴァント―モードレッド。
黒髪のサーヴァント―アグラヴェイン。
「補佐官殿。獅子王陛下はどちらに……?」
「状況は私から伝えてある。お見えになるまで待機していろ」
「ええ――」
スズの兵隊のように硬質な相貌で、アグラヴェインは言いつけた。考えるより先に返事が口を飛び出している。ガウェインの体に染みついた宮廷作法は優秀だ。意識して周囲を見渡せば、ニヤニヤと失態を付く気満々のモードレッドの姿が目に入り、思わず肩から力が抜ける。暢気なものだ。トリスタンの報告で未知の敵がいることは知っていたのに、対応できなかった己が悪いのだが。
「やらかしたなぁ、騎士さま。もしかして手を抜いたんじゃねえか?」
「不敬ですよ、モードレッド卿。正門で行われる聖抜は王の勅命。これをしくじったとあらば、円卓の騎士であろうと死は免れない。ここでわざわざ手を抜く必要などないでしょう」
開かぬ瞳の向こう側を覗こうとして、やめた。このトリスタンはもう生前のトリスタンではないのだから、考えを悟ろうとする時間が無駄だ。
「王に処断されたいのならば、いくらでも方法はあるのですから」
「んー。ははっ。それもそうか!」
うすら寒い笑みを浮かべて言うトリスタンに、けらけらと笑うモードレッドが同意を返した。
訂正。
生前から思考がズレているのは、モードレッドも同じだった。……この国で正気な騎士など、あとどれほど残っているのだろうか。
「――騒がしいな。砂漠を攻める軍議でも始めたか、アグラヴェイン」
一声で。
空気が引き締まる。
顔色のうかがえぬ兜をきちりと被ったまま、獅子王陛下は登場した。
「申し上げます、我が王よ」
口火を切ったのはアグラヴェイン。ネイビーブルーのマントを捌いてから、恭しく礼讃を述べる。
「王による統治から既に半年。聖都はますます栄えております。市には賑やかな声が絶えず、麦穂は重く垂れ、水路は煌めき、庭園の花々は咲き誇るばかり」
アグラヴェインは心底そう思っているし。これは王に謁見するときの様式美だからだ。
「空には澄み渡る青空が広がり、飢餓をもたらす荒涼の風すら、この地には届かない。すべて、すべて。我が王の治世に依るものと心得ます」
窓から滑り込んだ日光が白い床に反射して、騎士たちの足元をきわ立たせた。まるで天上にいるみたい。
「いと尊き御方。我らが王、獅子王よ」
獅子王の佇まいは変わらない。
今日も作り物のように整っていて、カミサマのように底が知れなかった。
「その統治には一片の汚れもあってはならない。此度の騒ぎも、間違いとして処理されるでしょう」
「世事は不要だ、アグラヴェイン」
アグラヴェインの賛美は温度のない声色で突っぱねられた。
「私は、私の騎士の報告を求めている」
「………………」
言語化しづらい感情がアグラヴェインに沈黙を選ばせた。
この黒騎士の内心もまた、ブラックボックスである。
「では、恐れながら。王による聖抜は正しく行われました」
ぎくしゃくとしながらも、歯車は回る。
「その結果、3名の適合者が見出されました。うち2名を保護し、既に聖都の民として厚遇しております。ですが……残り1名が逃亡しました。私の監督不届きです」
加えて難民たちの犯行を許し、13名の粛正騎士を損失。
円陣を突破され、百人以上の難民を逃がしてしまった。
ここまでの失態は、二回目以来だ。
「彼らは二手に分かれ、一方は山岳地帯へ。もう一方は怪しげな商人たちに匿われ、行き先が掴めません」
「怪しげな商人だぁ?そりゃあアグラヴェインの落ち度だよな?」
かちこちとした雰囲気を壊すように、モードレッドがまぜっかえす。
「奴ら、まだ殲滅してなかったのかよ?」
「…………そのようだな。確かに一人、死体を確認していない商人頭がいる」
「最後に――見知らぬサーヴァント三体と、」
深呼吸を1つ。
未練と別れを。
「サー・ベディヴィエールの姿を確認しました」
「な……ん、だと?」
アグラヴェインの言葉が乱れる。動揺が全身から流れ落ちる。
なぜここまで焦っているのか、自分でも分析しきれないまま。
「ベディヴィエールだと!?なぜヤツが現れる。そんな筈がない!」
「マジかよ!?あのへなちょこが!?今更何しに……」
「……成る程。ガウェイン卿が不覚を取るわけですね」
騎士たちが思い思いに発言するのを、獅子王は黙って見ていた。
「あの男は技量こそ未熟だが、我ら円卓の内情に詳しい!加えて、王に最も近い従者――。……王よ、あの男が敵に回ったのならば、最優先で打ち取るべきです。すぐに部隊を派遣して――」
「待ちなさい。アグラヴェイン」
面白がるモードレッドに、冷静なトリスタン。
語気を荒げるアグラヴェインを、ガウェインは変わらぬ声色で制止した。
「彼は獅子王に召喚されることもなかった未熟者。叛逆者にすぎない。そんな騎士を特別視する必要はありません」
三者三様の視線が集まる。
王の様子は――伺えないが。
もうガウェインは腹をくくった。
「なぜなら――我らが王は完璧だからです」
青い瞳に疑いはない。
「その判断も、理念も、行いも。一点の過ちなきものと私は信じる」
故にこそ現在がある。獣はただ、剣を捧げるだけ。
「であれば騎士の一人や二人、寝返ったところで大局に影響はない。彼が何をしようが、獅子王の御心は乱れない。違いますか、アグラヴェイン」
「…………確かに。あの男が敵に回って、何ができるわけでもない」
一度瞼を閉じて、アグラヴェインは姿勢を正す。
「…………。玉座を騒がせた無礼、お許しください王よ。ベディヴィエール卿のことはどうかお気になされず。万全の準備で最果ての塔への扉をお開けください」
「…………いや。卿らは、先ほどから何の話をしている?」
「は?」
「ベディヴィエール――――――」
「ベディヴィエールとは、誰の事だ?」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
青天の霹靂?
肝がでんぐり返る?
はたまた、鳩が豆鉄砲を食ったように?
ガウェインは冷や汗をかいて。
アグラヴェインは絶句して。
モードレッドは開いた口が塞がらなくて。
トリスタンは沈黙を続けた。
旅人の行進は順調模様。踏みしめる足元に土埃。
がちゃがちゃと、オーニソプターのシンフォニー。
「――立香。疲労度合いはどうですか?マシュはまだまだ元気そうですが……」
「これくらい全然平気だよ。私、結構体力あるんだよね」
隣り合った隻腕の騎士に、立香は胸を張って返答した。
五つの特異点で過ごした日々は、立香のHPゲージを大幅に伸ばしている。多少足元が悪くて、一日歩き詰めだろうとも、鍛えられた筋肉が裏切ることはないのだ。ってケイローン先生も言ってたし。
「陸、海、は征服したよ。経験豊富なマスターなのです」
「なんと、それほどとは……!私も旅には自信がありましたが、海はちょっと……」
『円卓の騎士の舞台はブリテン島だからね。海に出ることはまずないだろう』
というか、アーサー王の時代は内戦やら異民族との戦いやらで、旅とかしている場合ではないのだ。
『……と。そうだ、ベディヴィエール卿』
朝食は過ぎた巳の刻。今日は頭が冴えている。
しっかり睡眠をとったからだろうか?ドクター・ロマンはちらりと思う。
『キミのその腕の事だけど……。それって、本当にアガートラムなのかい?』
「本当の、というのは語弊がありますね。これはマーリンから授けられた義手です」
一見すると、ガントレットで覆われたような硬質の腕。
立香が覗き込むと、ベディヴィエールは見やすいように腕を持ち上げた。
「私は隻腕の騎士でした。ですが片腕では円卓の相手は厳しいだろう、とマーリンが一計を案じたのです。これは彼が作った人工宝具。ケルトの戦神、ヌァザがもつ銀の腕を模したもの」
「人工宝具……もあるんだ」
「ええ。私の体では長時間は扱えませんが、戦いに支障はありません」
ぎゅっと拳を握り込む、騎士の顔は凛々しい。
『ふむ……凄い技術だ。神霊の腕を再現するなんて、どんな素材を使ったんだろう。というか、ダ・ヴィンチちゃんも内心ではプライド刺激されているだろうねぇ』
「“私の発明品の方がすごいんだぞー!”って言いそう。意外と負けず嫌いなんだよな」
「なぜなら負けていないからね!地獄耳のダ・ヴィンチちゃんさ!」
後ろから失礼!聞き捨てならないね!
肩を跳ねさせたのは立香とロマニだけ。気づいていたベディヴィエールは苦笑を1つ。仲がたいへん宜しいことで。
「ロマニ、帰ったら覚悟するように。口だけではない事を証明するから、実験台として」
『なんでボクだけ!?』
「ムカついたから……」
『正直!いやでも実際、アガートラム超えは無理でしょ。相手はマーリンだよ?あのマーリン。勝負に勝つためなら何でもやる
そうなの?という立香の目線での問いかけは、ベディヴィエールの渋い顔で受け止められた。
いや……否定もできませんね……。
『けっきょく美しさに拘っちゃうダ・ヴィンチちゃんじゃあ、“勝つ”事はできないんじゃないかな?』
「勝ちますー。そこは美しく勝ちますぅー。っていうか、勝たないと円卓の騎士を破れませーん!」
「? どういうこと?」
なにやら気になるワードが登場したので、立香はこてりと首を傾げた。
ダ・ヴィンチはうっかりしていた風貌で、杖で無意味に地面を叩く。
「しまった。ロマニのせいで口を滑らせた」
『すぐボクのせいにする』
「不安にさせたくはなかったけど、仕方ない。ちょっと説明しておきましょう!」
行く人の足は止まらず。からりと才人は口火を切った。
「ほら、ガウェイン卿が口にしていただろ。王に授かったギフトがある、って」
あれは聖杯の祝福だ。しかし、立香たちが集めている
「アーサー王伝説に現れる救世主の
「ホーリーグレイル……?」
「そう。獅子王という神から与えられた祝福――ああ、ベディヴィエールは例外だ。獅子王配下の円卓の騎士じゃないからね」
「……そのようですね。獅子王配下の円卓たちは、もはや通常のサーヴァントではありません」
神秘の格で言えば、ベディヴィエールのアガートラムでようやく対等だろう。
「“聖杯を断つ”能力がなければ、あのギフトは破れないでしょう」
『でも、それを聞いて黙っているダ・ヴィンチちゃんと技術部じゃないと』
「その通り!ベディヴィエールだけに頼っていたらすぐに限界がくるからね」
しかしそれは現場の話だ。
カルデアの記録には、もっと古い
「私は万能の天才、そして立香ちゃんの頼れるお姉さんだからね!万が一に備えて円卓対策をしておかないと」
メルトリリスが持ち帰ったデータと、クーフーリン・オルタが入手したデータは既に解析に回されている。
神霊だろうと、祝福だろうと、0と1の世界に落とし込んでしまえば。それはもう理解の及ぶモノなのだ。
「その為に、一刻も早く落ち着ける場所に行きたいのさ。工房があればなおいいね!」
〇災厄ハンター 聖杯を断つ力ってなに?それって俺らも使える?
〇Silver bow マスソに標準装備されてる
〇災厄ハンター やったぁ!
少し風が吹いてきた。きっと山が近いのだろう。
「あともう少しだ。あともう少しで山に入れる」
難民の男は、安堵と緊張の入り混じった表情で前方の山岳を見上げた。
「山岳地帯にさえ入ってしまえば、あとは隠れながら村を目指せる」
山の民が住まう東の村は、山陰に隠された村だ。
案内がいなければ、そう簡単にはたどり着けない。
「それが平地の騎士どもとなれば尚更だ。怖いのは山に潜む獣やら盗賊だけだな」
「よかった……。たどり着けそう」
無事に護衛任務を達成できそうだと一息ついた立香の隣で、騎士と才人が反応した。
騎士は剣を手元に呼び出し、頼れるお姉さんは空笑い。
「あー……そっか。やっぱりね。まあ、そんなにうまくはいかないよね」
『レオナルド……?いや、待て。後方から猛スピードで接近する魔力反応!』
「おそらく粛正騎士です! ……! あれは、この気配は、円卓の騎士……!」
ざわめきはすぐに伝染した。
先頭を歩いていた難民や、体力のある者は思わず走り出す。こびりついた恐怖が足を動かした。
『くそ、あと少しなのに……!ともあれ、迎撃だ立香ちゃん!あと数分で難民の最後尾に粛正騎士が食らいつく!急いで向かってくれ!』
「了解!行こうマシュ!」
「はい!マシュ・キリエライト、出ます!」
盾を取り出した少女と、剣を構えた騎士が飛び出した。土煙。だんだんと大きくなる金属音が迫ってきて。衝突。
後ろの騒ぎに気づいた難民たちが、我先にと逃げ出していく。逆走していくマスターの白い礼装が、人込みの中でも目立っている。
「粛正騎士、迎撃しました!難民の皆さんも荷を捨てて山に走っています!」
「――――駄目だ、第二陣が来る!この速さ――――貴公か、ランスロット……!」
***
「ランスロット卿。敵影、補足しました。第三陣の到着を待ちますか?」
「いや、このまま突撃する」
紫の甲冑。
「第三陣は左右に分け、我々が交戦している間に難民たちを取り囲め」
紫の眼。
「命令は叛逆者の
紫の髪。
「よいな。これは王命ではなく、アグラヴェインからの指令だ。手間をかける必要はない」
華やかなりその姿。
鮮やかなり彼の騎士よ。
人は彼をこう呼ぶ。
“円卓の騎士” サー・ランスロット。
「補佐官殿はこの任務が終わらぬうちは、我らに聖都への入場許可は出せない、と仰せだ」
“理想の騎士” “湖の騎士”
「まったく――――」
――――“裏切りの騎士”。
「つまらぬ些事、つまらぬ謀だよ。早々に片付けて聖都に帰還する」
「了解いたしました。我らが旗に、騎士王の誇りあれ!」
***
「ぇ――――――」
空が壊れた。前触れもなく。
ガラスのようにギラギラと。不可思議な色彩が罅割れて。暗黒の泥が零れ落ちる。
流れ落ちて地に蔓延した、闇の魔力は粛正騎士を飲み込んで。沼のように広がって、渦のように巻き上がる。
立香の呆然とした声は、魔力の渦にかき消されて誰にも届かない。
黒。黒。黒。黒い……壁?
まるでここから空間が切り取られたようだ。思わず立ち止まって、振り返ってしまった難民たちは、これが世界の終わりかと錯覚した。
『こ…………固有結界……?』
呆然と呟いたのはメディア・リリィ。
いち早く我に返ったのはダ・ヴィンチだった。
「逃げるよ!」
「にっ……えっ」
「お二人とも、行きましょう!」
『退避!退避ーーーーー!!』
けたたましいアラームがBGM。危機察知は振っているか?敏捷性は上げまくれ。
なにがなんだか分からないまま、立香たちは険しい連山に逃げ込むのだった――――――。
***
「信仰せよ」
爬虫類の頭のような兜。
「信仰せよ」
長い袖の異国異文化の礼装。
「我が神を――――信仰せよ」
黄金の靴は頭上に。ランスロットを見下ろす男。
「哀れな騎士達よ。獅子王へ捧げる剣を下ろし、我が神、ガノンドロフ様の威光に平伏せよ。さすれば、
「…………! 僭王、ザント――――」
窒息しそうなほど濃厚な魔力が発生したと思ったら。すでに立つのは己一人。
ランスロットの背中を伝う冷たい汗。息苦しさに荒くなる呼吸。肩を支えてくれる者など居なくて。
「……神、神か。私の記憶が正しければ、お前たちは袂を分かったはずでは」
「――そうだ。かつての私は愚かだった……」
ぐんにゃりとザントの体が曲がる。
あふれ出る感情が漏れ出たように、袖が広がる。
「だが、だが!神はお許しくださった!!!」
カッ!と目が見開かれる。
兜を被っているので見えないが。
「地に這いつくばり許しを請う私に、もう一度信仰を捧げ価値を示す機会を与えてくださった!!!なんという慈悲深き御心!!!」
ゴオッ!!!と魔力が呼応するようにうねる。
ランスロットはもう一歩も動けない。
口を開くことすらできない。
「湖の騎士。貴様は砂漠で、難民と騎士を匿っているな」
「…………っ」
「さすが
壁が溶けていく。男は嘲る。
闇が影に帰っていく。男は煽る。
「貴様が許される方法はただ1つ。獅子王に捧げた忠誠が過ちであったと認めることだ。それまで――ヒヒッ。精々足掻くがいい」
悪夢のような時間だった。
ランスロットが瞬きをした時にはもう――――すべて元通り。
「……ッッ! ハッ、ハッ、ハッ、ハアッ……!」
酩酊したような臓腑。
明暗の視界。
膝をついていることを自覚したのは、痛みと音が感覚に届いてからだった。
「…………ははっ」
荒野で一人、拳を握りしめた。騎士を案じる者はいない。
ランスロットが立ち上がれるまでは、しばしの時間を要した。