マレビトが来たぞ。
山が吠えている。
マレビトがきたぞ。
影が騒いでいる。
「あの窪み、なんでしょう?」
山道から荒野を見下ろして、マシュが言った。追手の粛正騎士、謎の固有結界と遭遇してから、実に三時間が経過していた時である。
とりあえず巻き込まれるのはまずい――と山に逃げ込んだ後、隠れるのは得策ではない。というベディヴィエールの意見を聞き、難民と立香たちは止まらず村を目指していた。「計測器ちゃんがッッッ!!」「休憩入ります(逃亡)」「すみません。よくわかりません」と壊れてしまった職員たちと、「これはなんですか?」「やばーい」と真顔で呟くだけになってしまったサーヴァントたちを置き去りにして。
「山に登ってみて分かったのですが、荒野には不自然な窪みが点在しています。あれは一体なんなのでしょう……」
「…………アンタたち、獅子王の裁きを知らないのか?」
「獅子王の裁き、とは……」
これまでの流れを参照するに、僭王ザントの仕業である確率が高い――のだが、カルデアの面々は困惑していた。ザントの目的がわからなくて。
獅子王の敵ではあるのだろう。子供を助けた時の発言からして、彼にとっての“神”がいる。同じ“神”を信仰する者には目をかけているようだ。
しかしこちらには不自然に接触しない。話しかけてもこない。ただ眼中にないだけか?このまま関わらずに終わるとも思えないし、どうしたものか……。
「たまに聖都が光るんだ。そうしたら轟音がして、地面が抉れている。騎士たちが『獅子王の裁き』と呼んでいるから、我々もそうしているだけだが……」
「――――まさか。それって、あのクレーターは――――」
「宝具で破壊された後……?」
でも山岳地帯にはガノンドロフの神殿があるらしいよ。そこなんだよなぁ。どう考えてもザントが建ててるんだよなぁ。
『……ああ。元になったこの時代の大地に、あんなクレーターは存在しない。獅子王を名乗るアーサー王の宝具だろう。アーサー王は無差別に、超級の宝具を振るっている』
いくら特異点が不安定だとは言え、本来の歴史では存在しないものを建てられては困る。
……この特異点が不安定な理由、その神殿じゃないよね?
『それこそ空にあるソロモンの光帯のようにね。大気中の魔力濃度が高い理由もそれで説明がつく。……とんでもないな、この大地は文字通り、獅子王に滅ぼされようとしているんだ』
「……アンタら、獅子王の裁きを知らなかったのか?だから獅子王に逆らえたのか……」
先ほどとは違う難民が話に入ってきた。
少し枯れた声で、わずかな驚愕を声色に乗せる。
「いや、すまない。知っていてもアンタらは我々を助けてくれただろう。それは分かるよ。でも知っておいてくれ。オレたちにはもう行き場がないんだってな」
荒野にいてはいつ裁きが落ちてくるかわからない。
砂漠に逃げても太陽王の魔獣に食われる。
山岳地帯は比較的安全だが、一度は“守護神ガノンドロフの信者”を名乗った男の保護を跳ねのけてしまった。だが男は「我が神はアナタたちの弱さを許すでしょう。獅子王に見切りを付けられたのなら来なさい」と言った。
「……オレたちが生き延びるためには聖都に行くしかなかったんだ。あの頃はまだ、獅子王の事を信じていたから……。でも……」
「……そうだったのですか。話には聞いていましたが。これほどとは……」
ベディヴィエールが沈痛な面持ちを隠せない。
空気が重くなってしまって、振り払うように足を進めた。
「円卓は既に堕ち、王はヴォーティガーンを上回る魔王と化した。聖都にいる獅子王は許されざる存在……。この地に生きる人々にとって、倒すべき悪なのですね」
「……………………」
話を聞くマシュの胸にも去来する思いがあった。
焦燥感に似た、深い悲しみだった。
『もう三つは山を越えたんじゃないか?ずいぶんと奥地までやってきたようだけど……』
ごつごつとした岩肌は、土地の厳しさを物語った。実りが少ない場所であると、立香でも察せられる。
「村まではもうすぐだと思うよ。このあたりの道は割と人の手が入っているからね」
「ああ。山で暮らす者たちは、様々な事情から聖地を後にした人々だった。……それでも彼らは聖地に祈りを捧げるため、できるだけ聖都に近い山間に村を作った」
標高が高くなって、風が冷たくなった。
ふう。と息を吐いて、立香は辺りを見回してみる。
「それが今から行く東の村だ。彼らが我々を受け入れてくれるといいんだが……」
『……そうか。サラセンの人たちの中だけでも、聖地にまつわる事情があるんだね……。今は聖都が作られてしまって、それ以前の問題になってしまったワケだけど』
「……信仰のよりどころを目の前で奪われる……。失われているのは命だけではない、という事ですね……」
「知ったような口を。聖地を汚した騎士が何を言う」
「!!」
重く。囁くような。呟くような。
声が聞こえて、旅人は足を止めて。
「マスター!サーヴァント反応です!」
振り返っても誰も居ない。足音もしない。
何も聞こえなった難民たちは、ただ困惑する顔を見せるだけ。
『え、そんな反応どこに――アサシンか!気を付けてくれ、立香ちゃん!』
どよめきをかき分けて現れた。
初めから、そこにいたかのように。
「我らの村に何用だ、異邦人。これみよがしに騎士など連れてきおって……最後の希望すら摘みにきたか?」
「ベディヴィエールは円卓の騎士じゃない」
「そうです、ベディヴィエールさんは円卓の騎士ではありません!」
「いや円卓の騎士ではあるよ?」
むっとなって食って掛かった立香とマシュに、ダ・ヴィンチが冷静につっこんだ。よしよし落ち着こうね。
「ガウェイン卿のように強くはありませんし、逸話だってあまり特徴のない方ですから!」
「マシュ???」
「あ、はい……そうですよね……。私、円卓でも一番の小物でした……ので……」
「フォウ、フォーウ!」
フォローかと思いきや全然刺してきたんだが???ベディヴィエールの心はさくさく砕けた。フォウさん、それは同意ですか慰めですか。
「そうなのか?……それはそれで悲しいな。強く生きられよ、そこな騎士よ
(……私が指摘したのは彼一人ではないのだが……まあそこはよいか)」
そしてあっちにも慰められる、ベディヴィエールの肩を立香が優しく叩いた。身長差があるのでちょっとナナメになっていた。
「――いや、無駄口は叩かぬ。貴様らの所業など、我らはとうに把握している。物見から、こう報告があった。“異国の若者が、我らの同胞の助けをしている”と」
『そうか、良かった!それなら誤解はされないね!』
そしてあんまり空気を読まないようなロマニの明るい声が響いて、
「キミはアサシンのサーヴァントだね?離せば長くなるんだけど、ボクたちは――――」
「だまらっしゃい!声だけの臆病者め、出る幕などないわ!」
一瞬で叩き伏せられていた。ごめんなさーい!?
「待ってくれ、山の翁よ。この人たちはここまで我々を守ってきてくれたお方だ。今は円卓の騎士に追われている。どうか、貴方たちの村に匿ってくれないだろうか?」
代表格であろう、難民の男が前に出た。
以前よりはマシになった顔色で、“山の翁”に向き合った。
「……これまでさんざん貴方たちを迫害しておいて、虫の良い話だとは分かっているが……。頼む。怪我人も、身重の女もいるんだ。オレたちにはここしか逃げる場所が……」
「……その罪悪感があるのならいい。この村の者たちは素朴な、善い心の持ち主ばかりだ」
深く頭を下げた男を見て、山の翁が仮面の奥で目を細めた。
「彼らには聖地の人々に迫害された、という認識すらあるまいよ。……その善良さに
「……すまない。ありがとう、ありがとう……!」
その懐の深さに、他の難民たちも頭を垂れる。
これで一安心――と思いきや、立香たちには引き続き厳しい目を向けていた。
「だが、そこの異邦人たちは別だ。貴様らを村に入れるわけには行かぬ」
「えっ」
「そして帰す事もできぬ。追い返した貴様らが騎士どもに、この村を売らぬともかぎらぬ」
「先輩はそんな事しません!立ち去れと言われるのでしたら、このまま立ち去ります!」
ゆら……と、山の翁の気配が揺れる。
そこまできてようやく、立香は男の異様な外見に気づく。
いや、気づいてはいたのだ。ずっと見ていたのだから。でも、頭に入っていなかった。そういうものだと錯覚していた。
白い仮面、黒い装束、棒のような右腕。黒い布で厚く覆われた左腕。
闇に潜む無貌の者。違和感を溶かす夜の者。
「……あいにく。今の私は村を任された者。確証のない言葉を信じていい立場にない。――――構えるがよい。これは暗殺ではない。戦いだ。死にたくなければ私を先に仕留めるのだな!」
「マスター!」
「峰打ちでいこう!マシュ!」
〇バードマスター ファイ、あのひと誰?
〇ファイ ニザール派の伝説的頭目、ハサン・サッバーハが一人。呪腕のハサンである確率90%です
〇影姫 ……この特異点にはイカれたサーヴァントしかいないのか?
〇小さき爺 魔神 精霊 はわわわわわわわ
〇小さきもの おじいちゃん!気を確かに!!!!
「ぬぅは!まさか、私が先に仕留められるとは――!」
「アサシン、無力化しました!いいのが入ったのでしばらく運動は困難かと!」
〇災厄ハンター マシュ、いい性格してきたな
「ガフッ、ゴフッ……!確かに腹部を丸太で殴りつけられたかのような衝撃!この呪腕のハサンをここまで追い詰めるとは……!敵ながら見事、さぞや上位の円卓の騎士と見た……!」
「いえ、ですから聖都の騎士ではないと……。それと上位でもないのです……けど……」
「フォウ、フォーーウ!」
ベディヴィエールが悲哀を背負うようになってしまった。みなさんのせいでもあります。
「だが、たとえ全身の骨が折れようと寝込んではいられぬ!円卓の騎士、なにするものぞ!」
「おいおい。普通、全身の骨が折れたら立てないぜ?そこまでの献身をアンタらの神は望んじゃいまい」
次のサーヴァントは堂々と歩いてきた。
森に馴染むような青緑の服がまず目に入って、立香は次に顔を見る。
落ち着いた雰囲気の、黒髪の男だった。
「これは……アーラシュ殿。う、む……むぅ……。しかしですな……」
「難民たちを助けてもらったのは事実だろ?おまえさんだって、昨日は我が事のように喜んでいたじゃないか」
〇Silver bow アーラシュ!!!!!
〇奏者のお兄さん アーラシュ!!!!!
〇ウルフ 俺たちのアーラシュ!!!!!
〇騎士 おまえたちのではないです
「“素晴らしい、素晴らしい!感謝の言葉が見当たらぬ!これほどの快事が他にあろうか!”ってな」
「それは、この者どもの素性が分からなかった故!円卓に連なる者と知っていれば感謝などいたしません!」
「ああ。いいじゃないか。この兄さんたち、円卓じゃないようだぜ?」
キッパリ言い切ったアーラシュに、呪腕のハサンはたじろいだ。
「なら“感謝の抱擁をしなくてはいけませんな!”を守ってもいいんじゃないか?」
「え……あの、抱擁というと……ハグ、ですか?えっと……はい。とても光栄です、アサシンさん」
「え、ちょっと……私は心の準備が……」
「情熱的だねぇ。ダ・ヴィンチちゃんは高いよ?」
「……いい人だね?あの髑髏さん」
「ぬぅぅぅぅぅぅ」
悔しそうに頭を抱えた呪腕のハサンを見て、アーラシュはけらけらと笑っている。
「この呪腕のハサンともあろうものが、まさに半年に一度の失言!」
相変わらずのんきなロマニもへらへら笑っている。
『ははは。わりと頻繁だよね、半年に一度なら。凡ミス多いんじゃないかな、あのアサシン』
「だぁぁぁまらっしゃい!!!」
そして案の定怒られていた。学習しようねドクター。
「……いや、私ともあろう者が熱くなってしまった。名前を聞こう、そこのマスター」
「藤丸立香です」
「偽りなく真名のようだな。そして、そのような名の若者は円卓には存在しない。……いいだろう。恩には礼で返す」
ようやく落ち着いたように佇まいを直した呪腕のハサンが、息を吐いてから頷いた。
「村に入る事は許そう。アーラシュ殿、案内をお頼み申す。私は新しい同胞たちの宿を手配しなければならん。五十人もの大所帯だ、村一丸でかからねばな……」
「おう!」
爽やかな笑顔で承諾して、アーラシュは立香たちを手招きした。
「待たせたな、嬢ちゃんがた!俺はアーラシュ。見ての通りアーチャーのサーヴァントだ」
「長旅でヘトヘトだろう?まずは村に案内するぜ。貧しい暮らしなんで、まずは祝杯、とはいかないがね」