俗世から隠れきった山の民の村が、カルデアのマスターを受け入れた。
ごきげんよう。星見の旅人よ。君が来るのを、皆が待っていた。
夕暮れの黄赤に照らされた家々は、穏やかさを保っている。
「ここが山の民の隠れ里……立派な村ですね」
「でも、山岳地帯からまったく見えませんでしたよ!?魔術の結界もないのにどうやって……!?」
マシュとベディヴィエールが興味深そうに周囲を見渡している。午後を過ぎた日陰の風。冷たい空気が山歩きで火照った頬を冷ましていった。思い出したように足が疲労を訴えだす。
ようやく護衛任務が無事に終わって、立香はほっと肩の力を抜いた。難民たちはハサンに案内されて別方向に連れ立って行く。振り返ったアーラシュが、2人の疑問にけろりと答えた。
「そこは山に住む者の知恵ってヤツだな。うまく山陰に隠れるようになってるんだよ。よほどの土地勘がなければこの村にはたどり着けん」
日よけのテントが建てられている場所には、腰を下ろせるようにゴザのようなものが敷いてあった。アーラシュに連れられるまま、敷物の上に座っていく。
「呪腕の兄さんがアンタらを案内したくなかったのは、村の位置を万が一にも知らせたくないからさ」
『なるほど、確かに。魔術の守りがないから、見つかったらおしまいなワケだ』
「ちょっと前まではあったんだけどなー、魔術の結界」
膝に肘をついたアーラシュが苦笑と共に教えてくれる。ダ・ヴィンチが渡してくれたコップの水をごくりと飲みこんで、立香はほぅと一息ついた。
「でもまあ色々あって無くなった。そこは置いておくとして」
『いや気になるんだけど?襲撃でも受けたのかい?』
「いや、必要なくなったからさ。詳しい話が知りたいんなら、後で行ってみるか?」
ぐるりと見上げる先の視線を追いかけて、目に入る。山頂に堂々と立つ建物。あれは――?
「ザントとユガが建てた、ガノンドロフの神殿」
管制室にいたイスカンダルが耐えきれずに腕立て伏せを始め、アレキサンダーがエルメロイⅡ世に足を持ってもらって上体起こしをしていた。先生、付き合わなくていいんですよ。
「…………………」
『フン!フン!フン!フン!』
『フッ!フッ!フッ!フッ!』
「なんか凄いトレーニング中みたいな声聞こえるけど大丈夫か?どうした姉さんたち…ああ、まだ二人のこと知らなかったか?だとしたら悪い」
「…………………いや、ザントのことは目撃したんだけど……」
思わず天を仰いでしまったダ・ヴィンチが、絞り出すように言った。
「ユガもいるのかい……?」
「んー多分もう居ないぞ。ユガはもう用が済んで帰ったらしい」
と、リンク本人と玄奘三蔵と俵藤太に聞いていたアーラシュは、細部をぼかして答える。まさか次元の勇者にしばかれて強制送還されたとは言えまい。というか、リンクが来ていることは言わない。という本人との約束がある。
「ザントとユガが食料を配布してくれたおかげで、ここの生活にも余裕ができた。呪腕の兄さんたちは感謝してるよ」
「……あの、ザントとユガって、ゼルダの伝説の……」
「本人だな。俺たちと同じ、英霊さ」
恐る恐る尋ねた、ベディヴィエールの確認に頷く。
「彼らは……その……、味方…ですか……?」
「獅子王の敵、だそうだ。山の民は己の信仰を捨てなかった。だから砂漠の守護神ガノンドロフの名において、加護を与えると。お蔭で山岳地帯にまで入ってくる円卓の騎士はいない」
「……あの壁は、そういうことだったのかな?」
「……私は獅子王の騎士ではありませんが、円卓に連なるもの。……そんな私まで招き入れてくれるなんて……」
山陰から伸びる影が、村をまだらに染めていく。
「あまり気にしなさんな。ここの連中は異教徒だからって偏見は持たないからな。厳しい暮らしによるものだろう。旅をしてきた人間は一目で分かるんだよ」
この村は静かだ。
山の外の喧騒から一線を引いた場所。
「騎士の兄さん。アンタの姿や立場はともかく、アンタの生き方は、ここの人間にとって同士に見えたんだろう」
「私の生き方が……ですか。私は人に誇れることなど一つもない男ですが……」
「フォーウ……」
アーラシュには分かっている。この場所は釣り餌だ。
獅子王の意識を縫い留め、本命から隠すための陽動。
次元の勇者は気づいている。その上で、察しの悪いふりをした。ならばアーラシュが口に出す言葉はない。
「ところで、アーラシュさんはどこの英霊?」
「ブフォ―――ウ!?」
内心ロマニは横転した。立香ちゃん……!確かに日本ではマイナーな英霊かもだけど……!
「お、すげぇコト聞いてくるなぁ!俺がここの出身か、だって?確かにこのあたりの出身ではある。ちょいと時代は違うがね」
〇Silver bow アーラシュさんになんたる口を
〇奏者のお兄さん アーラシュさん、慈悲深すぎるぜ
「ま、見ての通り弓兵だ。しがない三流サーヴァントと思ってくれ」
〇オルタ お前らアーラシュのこと好きだな
〇騎士 アーラシュには同族意識がある
〇オルタ ああ…死と引き換えに平穏をもたらした勇者か
『(アーラシュが気さくな性格で助かった……。というか知らないって怖いなぁ……。知名度こそ低いが、アーラシュといえば西アジアでは
加えて、彼のオジマンディアスが尊敬する数少ない大英雄の一人である。
「で、そっちは?ここで人間のマスターを見るのは初めてだ。ここまできた経緯を聞かせてくれ。ずいぶんと特別な星を背負っているようだからな」
***
『――――以上がこちらの事情だ。カルデアは人理焼却を正すべく設立された組織でね。立香ちゃんはカルデア唯一のマスターなんだよ』
「なるほど、カルデア、んでもって人理定礎か!面白い、面白い!」
〇フォースを信じろ(緑) 何度聞いてもこんな組織が国連に承認されてるのわからん
〇海の男 未来、不可思議だぜ
「――――って、なんだ、笑い事じゃない!おまえさんたち、とんでもない大任じゃないか!」
「はあ、まあ……。改めて言われると、そうですね先輩」
「ま、ドクターの無茶ぶりには慣れたよ」
『ははは、そう言ってもらえるとボクも気が休まるなぁ!立香ちゃん、帰ったら秘蔵の饅頭をあげよう!』
「ロマニ、今のは嫌味だよ」
「ドクター。今のは先輩なりの抗議かと」
『ごめんなさい。すぐに黙らせるわ』
女性陣からの冷たい視線が突き刺さった。ロマニの胃に1000のダメージ!無意識に腹を擦る男の哀愁よ。
「いまいち緊張感がないな……。まあ気負うよりはいくぶんいいが。じゃあそっちの兄さんはカルデアからのお供かい?」
疑問を投げかけられたベディヴィエールは、首を緩く振って否定した。
「いえ……私は、聖都の門で立香さんと出会ったのです。それから行動を共にしています」
「……ふうん。とりあえず行き先が一緒なだけ、か」
「どういう意味?」
今度は立香が首を傾げた。アーラシュは穏やかに返答する。
「目的が一緒なワケじゃないってコトさ。いずれ目的が同じになるとしても、な。とにかく、俺はおまえさんたちを歓迎する。遠路はるばるお疲れさまだ」
「うん。ありがとう」
「まずは召喚サークルの設置だろう?この村の地脈は確かだ。さっさとやっちまおう」
「フォウ!」
「そこまで察しが良いのかい!?すごい目端が利くな、この英霊は!」
日没だ。
見上げる天が群青で染まった。ハケで塗られたように均一。
透き通った白群。夕日に引き込まれる琥珀。宝石のような空に見守られて。
「召喚サークル設置します。あ……でも、アサシンさんに断りなくいいのでしょうか……」
「構わん構わん。呪腕の兄さん、口ではアンタらを嫌ってはいるが、もう仲間意識持ってるからな」
「それは……わたしたちも嬉しいです。顔に似合わずいい人なんですね。あ。いえ……顔というか、はい……」
〇りっちゃん ベディくんは何に驚いてるの?
〇いーくん そういやギャラハッドはいないのか
〇りっちゃん あれ?そうだね。ギャラハッド卿は呼ばれてないのかな
「落ち着いたな?よし、ここからはこっちの話だ」
ぱんぱんと手を叩いて、アーラシュは注目を集めた。
「アンタら、しばらくこの村に居るんだろう?円卓の騎士の目から逃れるにはもってこいだからな」
「そうだね。情報収集もしたいし」
「そこの兄さんの疲れも相当なもんだしな。本拠地は必要だ」
「私は……疲れてなどいません。難民たちを避難させた後、一人でも聖都に戻るつもりですが」
「え?危ないよ?」
なんかお腹空いてきたな……と思考が横道に逸れだした立香も驚く発言だった。やめときな…?
『ああ、立香ちゃんの言う通りだ。単独行動は褒められないぞ、ベディヴィエール卿。貴方の霊基は酷いものだ。こちらから見える範囲の話だけど、なんていうかメチャクチャすぎる』
「まったくだ。いままでどんな無理をしてきたんだい?霊基が乱れすぎて、モザイクレベルの不安定さだ」
「ほらな。どのみち、腰を落ち着ける場所が必要だったのさ」
ロマニとダ・ヴィンチの二人に諭されてまで、押し切る気力は出なかったようだ。ベディヴィエールが肩を落とす。
「で、だ。おまえさんたち、ちょいと仕事に付き合ってくれないか?粛正騎士が入ってこなくても、盗賊や怪物は村の周りを徘徊してるんだ」
これを退治していけば村人は安心、立香たちは村人に信頼されて最高!Win-Win!
「どうだい?俺と狩りに出てくれるかい?」
「もちろん。よろしく、アーラシュ」
「ああ、よろしくな。マスター!」
「おー!」
一夜明けて朝食後。
突き抜けるような青天だった。
流る雲が映える空は高く。高く。手を伸ばしても届かない。
「おはようさん」
「おはようございます、アーラシュさん」
「おはようアーラシュ。今日は……」
「おう。神殿に顔出しに行こうぜ。全員行くか?」
「私は…、ここに残ります。不要な警戒を招くこともないでしょうし」
というわけでベディヴィエールを留守番に残し、山をえっほえっほと登ることにした。
とはいえそこまで遠くはない。この隠れ村に来る時のほうがよっぽど足腰を酷使しただろう。ほんの三十分程度で、重厚な石造りの建物に辿り着く。
『こ……れは』
「うわーすごいね」
『この建物自体が魔術で造られてる。なのに探知には引っかかってない。神殿というより、隠された魔術工房みたいな感じか?』
「見えてるのに?」
『見えているのに。観測上はただの家さ。……凄まじいな、本当に』
ロマニの言う通りだ。
これは工房であり、魔力の蒐集機である。
「邪魔するぜ。ザント、いるか?」
「お邪魔します」
「こんにちはー…」
どんどん進んでいくアーラシュを慌てて追いかける。かつんかつん。足音が重なる。
かつんかつん。ふたつの足音がよっつ。かつんかつん。かつ、
「…………………!?」
『ん? ……………!?』
「お、いたな」
廊下を進んで、広い空間に出た。
アーラシュの背中から覗き見る必要もなく、
「…………………えっと」
「わあ…………」
「ガノンドロフの肖像画…だね。巨大な」
この眼の部分が特徴的な画風……ユガ作か?
……ユガ作!?ゆゆゆゆゆゆユガの作品!?
『おい!!!!!!いくらで手に入る』
『我が王本当に申し訳ないが黙っててくれ頼む』
『そうだよ大きい僕!!!!値段なんて付けられるわけないじゃないか!!!』
おっとそうだったなガハハハ。
もーしっかりしてよね!
「ごめんねうるさくて」
「悪いねオーディエンスが勝手に盛り上がってて」
「いや俺は構わんが…」
「――――客か」
絵の前に跪いていた男が、ゆっくりと立ち上がった。
異様な雰囲気に、立香は思わず身を引いてしまう。顔が見えないのが原因だろうか?口元だけが見える、兜は銀の蜥蜴。目玉を模した二つの丸が、こちらをじいっとねめつけて。
「来場者特典のゲルド族モチーフクッキーだ。味はチョコとバターで選べるぞ」
「何て???」
「こちらオリジナルグッズのポストカード。ぬいぐるみ。ポスター。スケールフィギュアだ。グッズ1つにつき、購入は三個まで」
「まってまってまってまって」
「ふぃぎ…何?????」
『え?買う…』
「オタクじゃん……………」
立香は思わず真顔で突っ込んでいた。なんか予想してた感じの人じゃないっていうか布教オタクじゃん。
すっすっすっと懐から出てくるグッズにむしろ親近感を覚えた。わかるよ。よくわからないけどわかるよ…。
『今管制室にいた数名のサーヴァントたちが財布を取りに駆けて行ったんだけど』
『すいません俺らも欲しいです』
『これは必要経費なんじゃないですか所長!資料として一通り買っておくべきだと思います!』
『アナタそんな大きな声出せたの……!?』
混乱しているのは現場だけではなく、カルデアでは一職員の意外な一面が明らかになったりしていた。
「あの……ザントさん、ですよね…?」
「いかにも。絢爛なりしゲルドの王。偉大なりし砂漠の神。絶対にして究極の魔。ガノンドロフ様の忠実なる信者にして僕。ザントである」
そう宣言した男は長身であったが、先ほど感じた威圧感のようなものは既に喪失していた。ここから入れるシリアスがあるんですか?
「貴様らのことは知っている。名乗る必要はない」
「…なるほど。情報は押さえているようだね」
「お前たちが我が神の信徒である、もしくは獅子王に敵対する者であるのならば、これらのグッズは割引が適用される」
「なるほど。とりあえず一通り買おうかな」
「ダ・ヴィンチちゃん!?」
「いや普通に欲しい」
「わかる。私も」
シームレスに財布を取り出した万能の天才に、立香は深く頷いて同意を示すのだった。
〇守銭奴(赤) 空気を読んで黙っていてくれるアーラシュさんいいひとすぎる
〇Blue …ちょっと欲しいかも
〇守銭奴(緑) 次元買ってたよ
〇Blue さすが芸術に一家言ある男 作者と作品を切り離して評価できるんだぜ
まだザントのターンは終わっちゃいない!次回もここから続くんだぜ。