おはよう。晴れやかな朝だ。
まだ形を保っている、世界の清々しさを目に焼きつけろ。
「――――ほう、つまり我々と共闘したいと」
「はい」
呪腕のハサンと相対する、背景は爽やかなスカイブルー。黒くて大柄な男が立つにはどこか不釣り合いで、けれどまごうことなく今日の空だった。
「はっはっは。これは異な事を。我々は日々生き延びることで精一杯な難民ですぞ?そんな我々が、獅子王の軍勢と戦うとでも思っているのですか?」
「え――――あれ?そういえばその……その通りでした!ハサンさん、予想外の切り返しです!」
「いやいや、君たちが“獅子王”を無視するわけないでしょ」
あっという間に言いくるめられたマシュはくるりと振り返り、ダ・ヴィンチが代わりに口を開いた。
同意するようにベディヴィエールが頷いたので、マシュは顔を正面に戻す。
「その通りですハサン殿。貴方がたが秘密裏に軍備を整えている事、既に気づいています」
「……失礼。悪ふざけが過ぎたようだ。確かに、我々は獅子王への反撃の機を狙っている」
各地の隠れ村にはそれぞれの考えをもった“山の翁”が赴任し、力を蓄えている。
その一人一人が、命よりも誇りを掲げているのだ。
「よいか。我らは決して獅子王には屈せぬ。奴めは我らが神を軽んじる。――聖都の法はあらゆる神の威光を上回る、と奴めは言ってのけた」
〇奏者のお兄さん よくない
〇バードマスター 最悪
「それは決して許される事ではない。加えて、奴は従わぬ者を問答無用で消し飛ばす」
神とはつくづく、傲慢な生き物である。
「貴殿たちも見たはずだ。無残に穿たれた大地を」
「……はい。この目でしっかりと」
「……さて、どうだかな。だがよい。我らは戦わねばならない。抗わなければならない」
その胸中で燃え上がる炎は、勇者ならざる暗殺者にさえ、神を討つ決意をさせた。
勇者が居ないのならば、我らが堀を越えよう。聖槍を打ち砕こう。
「その為に戦力が欲しいのは事実。だが――――」
ゆらりと、体躯が移動する。
思案するように滑らかに、見定めるよう細微に。
「貴殿たちを容易く迎え入れる訳にはいかぬ。叛逆者といえど、円卓が二人もいるのなら尚更よ」
「ふむ?何故それを知っているのかな」
「……もしかして、盗み聞いてた?」
「――――ところで今朝の朝食はいかがでしたかな?自慢のひよこ豆料理でしたが?」
「フォ――ウ」
アサシンってそういうところあるよね。この人ほんとに誤魔化すの下手だね。
ダ・ヴィンチと立香がわざとらしくひそひそすると、フォウくんも呆れたようにひと鳴きした。
「ともかく!どうあっても貴殿たちを仲間とは認められぬ!これは信仰上の問題である!貴殿たちの手は借りられぬ!」
「そんな、ハサンさん……!」
「だが!我らの信条を上回るほどの悪鬼、頼らざるを得ないほどの実力者であれば話は別なり!」
「ハサンさん……?」
「鬼を倒すためには、鬼を使うほどの覚悟が必要!」
滔々と、ハキハキと、語る建前に苦笑して。
「貴殿らが円卓の騎士に対抗できる力であれば、この呪腕の、喜んで貴殿らの犬となろう!」
いやそれは言い過ぎ。そこまではいいです。とマスターは首を振った。
「いくぞアーラシュ殿!手加減は抜きだ!」
「おう、そういう事か!アサシン教団のトップってのも辛いねぇ、呪腕殿!」
構える必要はない。呪腕のハサンにとって、脱力がすなわち予備動作。
故に弓を取り出したアーラシュが、代わりに試合を宣誓した。
「いいぜ、その段取りに付き合った!立香、本気でかかってきな!」
〇かぜのさかな !(°∀°ミэ)Э
〇バードマスター こんにちは。かぜのさかなさん
〇騎士 どうした?緊急か?
〇Silver bow Aチームがセイレーンの楽器を集め終わりました。いよいよラスボスです
〇騎士 思いのほか早かったな
〇Silver bow 残機ありの人海戦術なので…
〇海の男 残機あったんだ
〇Silver bow あっても死は死で…
〇海の男 (察し)
現下の空模様のように軽やかに、勝負の決着はついた。
「ふー…いやぁ、これは参った。参ったな、実に」
陽光が白い仮面を際立たせた。変わらないはずの表情が、笑ったような気がして。
「これほどの戦力、見逃してはそれこそ初代様に首を落とされよう。“節穴の目であれば髑髏もいるまい”と」
実はずっと管制室にいた百貌のハサンが、誰にも気づかれぬ片隅で肩の荷を下ろした。
同僚と現職場が諍うことにならなくてよかった。呪腕が味方してくれるのならば何とかなるだろう――。
安心したら空腹を覚えたので、ようやく離席するのだった。
「立香殿。マシュ殿。ダ・ヴィンチ殿。そしてベディヴィエール殿」
顔を覗き込むように膝を曲げて、男は言った。
「こちらからお願いしたい。どうか我々と共に戦ってはもらえぬか。報酬は何も約束できぬが――――“山の翁”の名にかけて、必ずや貴殿たちを獅子王の元に送り届けよう」
「こちらこそ。お願いします」
お互いにぺこりと頭を下げて、約束は結ばれた。
「話は決まったな。俺はてっきり、立香が村に来た時点で仲間だと思っちまったが……」
「キミは本当に気のいい男だね」
「ははっ。俺と違って、互いに立場ってもんがあるからな。とくに“山の翁”であるハサンの兄さんはな」
炒りたてのポップコーンのように、アーラシュの笑顔が弾ける。
まこと水に浸された豆のように、柔らかい性格の青年である。
「改めて名乗らせていただこう。私はハサン・サッバーハ。この地で生まれた教団の頭目なれど、今は暗殺を生業として生きる者」
教団の頭はみな“
故に、一時代にひとりしかいないハサンであるが、今はこのような状態。呪腕以外にも“山の翁”が召喚されている。
みな暗殺者の矜持を捨て姿を現し、指導者としてそれぞれの村を守っているのだ。
「ご丁寧にありがとうございます。改めて、よろしくお願いします」
「――――感謝します、ハサン殿。私のようなものを信用していただいて」
「…良いのです。いや、むしろ私こそ意固地でした」
騎士の礼に、ハサンは緩く首を振る。
「ベディヴィエール卿は聖都正門にて、我らの民のために立ち上がってくれた。獅子王に肉薄する、という己の目的を捨ててまで。その徳を信じずして、何を信じましょう」
「ありがとう。ハサン・サッバーハ。義に厚い山の翁よ。私には、あまりに勿体ない言葉です」
ベディヴィエールの心に言の葉は流れて、染み入る。砕けた矜持を塞ぐように。
「はっはっは。いや、礼には及びませんよ。なにしろ卿を信じるのは私だけ。他のハサンたちがどう考えるかまでは、保証できませんからなぁ」
『(このハサン、メチャクチャ話の分かる人だぞ!?)』
それでは作戦本部に案内しましょうと、呪腕が促した。
今はもぬけのカラだが、あと数日もすれば各地に散った同志たちが集まってくる、と。
「ああ、少数だが精鋭と呼べる戦力だ。聖都奪還にはまだまだ数が足りないがねぇ」
「……元軍属の方たちですか。それでも彼らは人間だ。獅子王の加護を受けた粛正騎士、ましてや円卓の騎士たちとは――――」
「ああ、とても戦えないだろう。そのあたりは俺たちがどうにかするしかない」
それでも頼もしさを一欠けらも失わないのは、アーラシュ・カマンガー。彼もまた勇者だからだろうか?
「サーヴァントにはサーヴァントだ。そうだろ、呪腕の兄さん?」
「然り。その為にこの呪腕、できるかぎりの“山の翁”に招集をかけていたのだが……」
震管のハサンはランスロットに敗れ、影剥のハサンはガウェインに敗れた。
「我らの中でも秀でた暗殺術を誇る煙酔のハサンは――トリスタンに
「……煙酔って、もしかして……」
「……あのハサンか。難民たちは無事に辿り着けたみたいだね」
「ええ。――この無念。晴らさぬわけにはいきませぬ」
一段と低くなった声に、隠しきれぬ怒りを感じる。
もしかして。悪鬼になったのは呪腕、貴方なんじゃないの?
立香はただ、そう思った。
〇守銭奴(紫) 夢島のラスボスってどうなん?
〇Silver bow 第六形態まであるから時間はかかる
〇Silver bow 意外とボス部屋狭いから、人数多いと逆に不利かも
〇かぜのさかな (•́ ω •̀ э )Э
〇Silver bow あ うん 苦戦してる
〇小さき爺 おやおや…
あ。
アーラシュは千里眼で見てしまった。
ええ?
玄奘三蔵は思わず声に出してしまった。
なんと…。
俵藤太は哀れんだ。
……この男が敵じゃなくてよかった。
百貌のハサンは、心底痛感した。
赤い竜と、その首を断ち切る赤い稲妻を掲げた旗。
それが、底なしの沼に沈んでいくのを見て。
本日無風。忍ぶのには最適の模様。
リンクと別れた三蔵と藤太は、山の村に残り、カルデアの面々が来るのを待っていた。
各地の村を回りながら狩りや開拓を手伝い、他の隠れ村から届いた便りを受け取って、今朝西の村から出発するところだったのだ。
「敵襲!敵襲!」
西の村の指導者、百貌のハサンが周囲に潜ませていた人格の一つから伝令を受け取るまでは。
「なんだと!旗の色は!」
「モードレッドです!」
「ッチ…!よりにもよってアイツか…!」
遊撃騎士――円卓の騎士の中でも都詰めではなく、外の砦に領地を与えられた者。
円卓の騎士としては、聖都から追い出されるのは罰以外の何物ではない――のだが。今回に限ってはよかったのかもしれない。ランスロットは、“ベディヴィエールを忘却したアーサー王”を知ることはなったのだから。
彼女にとって眼前にないものは、かつての忠臣ですら無価値であると、突き付けられることはなかったのだから。
「行くわよトータ!出陣よー!」
「うむ。村に侵入させる訳にはいかん。なんとしても手前で食い止めねば」
「狼煙をあげるか?気づいたことに、気づかれるのは……」
そんな風に勇んでた彼らの間を、膨大な魔力が突き抜けた。
思わず身震いしてしまうほど冷たくて。驚愕に振り返ってしまうほど恐ろしくて。一瞬、思考が止まるほどの圧だった。
「…確認してこよう」
「あ、あたしも行くわ」
「……なんだ。今のは……」
思わず潜められた息のまま、先陣を切って駆けだしたのは藤太。慌てて三蔵も走り出す。すぐに百貌が追随した。急勾配を身軽に跳ぶように駆ける二人の後を、一瞬で最後尾になった三蔵が必死に追いかけて。
――――――そして、冒頭に至る。
見ているだけで不安定になる色合いの魔力が、山肌を舐めるように蠢いている。
騎士を馬を尊厳を平らげて、平らげた。暴食の腹の中は。
「……………………あぅあ、あ!?あー!?(なんだ、は!?どうなってやがる!?)」
目はあいていたはずなのに、何が起こったのか分からなかった。
霧が、霧が?視界を曇らせて、視界?腹ばい?起きなくては――――。
「おやおや」
靴が見えた。何らかの動物を模した、金色の靴。
顔を拝むために見上げる。どうしてこんなにも動きづらい?
「赤子!赤子とは!キヒヒッ。無様だな」
誰が赤子だ!
口から出たのは喃語だけ。
立ち上がろうとする。できない。
身体が重い。手が小さい。なぜ?何をしやがったこの野郎――――。
「円卓の騎士モードレッド。どうやら噂に違わず、脳みそが足りないようだ。それとも…目が見えていないのか?二重の意味で?ただでさえ暴走していて短絡的になっているというのに!貴様は本当に――何も持っていない!」
男――ザントがしゃがむ事は無い。視線を合わせることも無い。ただ頭上から、悪意を落とすだけ。
モードレッドはようやく、己の状態を認識した。きっとザントの言う通り、認めたくなくて目を逸らしていたのだろう。
己が寝返りも打てぬ、赤ん坊になっていることに。
「あー!あー!あぁー!(戻せ!クソ野郎!ぶっ殺してやる!)」
「嗚呼。哀れなり。哀れなり。自分がどうして退化したのか、それすらも理解していない。死ぬのは貴様だモードレッド。この影の世界で、貴様の魂の本質は見えた」
そう、ここは
かつて人々は魂だけの姿へ、モンスターたちは影のような異形へと変わった、鏡の向こうの世界。
トワイライトに迷い込んだリンクは狼へと変じた。ではモードレッドは?赤子へと変じて。
「ホムンクルスだったな。貴様は」
「……!」
「人間よりも成長速度が早く、短命。しかし変じたのは老人ではなく、赤子。この意味がわかるか?」
「……」
「貴様という存在から鎧をはぎ取れば、現れるのは言葉もおぼつかぬ
「………………!!」
「何もできない。貴様には。何もできない」
毒が降り注ぐ。
侮辱が肌を舐める。
屈辱。屈辱。屈辱!――でも。怒りがどれほど身を焼いても、地面に爪を立てることすらできないのだ。
「貴様は勘でこの村の存在に気づいた――なんて、まさか本当に思っているのか?過大なプライドに短絡的な思考。流石、堕ちた王を神と謳うぼんくら共は違うな。ぞろぞろと罠に掛かるゴミ共を率いる、貴様はまさしく御山の大将……。嗚呼、同情するとも。愚鈍な長に従うしかなった、気の毒な粛正騎士にな」
殺してやる!殺してやる!殺してやる!!
殺意は形にならない。ただ相手を睨みつけるだけの、ちっぽけな魂。
もがくだけの手足から、身体は輪部を失っていく。トワイライトに
「貴様らを濾して残った魔力は、私が有効活用してやろう」
意思がおぼろげになり、己を失い、闇に溶けていく。嘲笑が最後まで耳に残り―――――ぷつん。と、モードレッドは消滅した。
***
「見なかったことにしましょう」
多分これザントだな。じゃあモードレッドじゃ勝てないな……。
アイコンタクトで意見を統一した後、口火を切ったのは三蔵だった。
藤太の背後にしっかりと隠れて、様子を伺ってからの発言だった。
「正直同意したい」
疲れたように百貌のハサンは言った。助かったのに胃が痛い。
「……うむ!村人には伝えんでよかろう。拙者達も帰るか!」
若干遠い目をした藤太が音頭をとって、三人は西の村に戻るのだった――――。