散々な夢を見る酸性の檻。はき出されるのは猛毒だけ。
「・・・・・・ライダーが自決しましたか。聖女を狂化していても、理性が残っていたとは困りものです」
オルレアンの空は暗く、もうずっと黄昏だ。
「次は私と彼が出ます。今回召喚したサーヴァント達も連れて行きましょう。バーサーク・アサシンにも連絡を」
「かしこまりました。かつての私であればお引き留めしたでしょう。しかし、今の貴方は完璧な存在です。ジャンヌ、貴女には武運すら不要!」
聖杯によって作られた魔女は笑う。作った男は笑う。グロテスクな空間。
「ジル。貴方はどちらが本物だと思います?私と、彼女」
「もちろん貴方です。よろしいかジャンヌ。貴女は火刑に処された。あまつさえ誰も彼もに裏切られた!勇敢にも貴女を救うために立ち上がろうとする者は、誰一人として現れなかった!」
轟々と声が響く。
怒りで、悲しみで、歪んでしまった男の声だ。壊れてしまった心の音だ。
「勇者などいなかったのです!貴女を救ってくれる勇者は!」
ジル・ド・レェは絶望している。そして諦めてしまった。決定的に間違えてしまった。
「理不尽なこの所業の原因は何か?即ち、神だ!これは我らが神の嘲りに他ならない!そしてそれ故に我らは神を否定する。そうでしょう、ジャンヌ?」
「・・・・・・そう。そうよね、ジル。もう私には何もない。私が信じたものが、ではなく。私というものを許容したこの国そのものが間違えていた」
神に無様を嗤われようが、ジャンヌ・ダルクは救いを諦めない。
それをサーヴァント・ジルは忘れてしまった。深い愛が故に、深い憎悪に覆われて。
「であれば、その間違いは正さなければ。ジャンヌ・ダルクは間違いだった。私が救国するという行為そのものが決定的に間違っていたのだから」
「・・・・・・ジャンヌ。どうかそこまで思い詰めないでいただきたい。これはただの天罰です。貴女が救った国であれば、貴女が滅ぼす権利がある。これはそれだけの話ではないのですか?」
「・・・・・・そうね。ジル。貴方の言葉はいつも極端だけど、今回は頼もしい」
幼子のように朗らかに、女は笑った。
少し前の話をしよう。
ここはリヨン。
突如として襲ってきた竜の魔女の配下は、狂った笑みでジークフリートを追い詰めていく。
いくら男が百戦錬磨の戦士だとしても、今は魔力供給を必要とするサーヴァントの身。嬲られて吹き飛ばされ、血だまりが石畳に染みる。
(くそっ・・・!これまでか・・・!?)
敵の影は4つ。
杖を携えた女、仮面を被った男、貴族然とした男、剣を構えた騎士。
特にあの騎士――――。恐ろしく強い。微笑みと共に佇んでいる時は敵意の1つも感じなかったのに。剣を振るった途端ちぐはぐなほどの殺気が迫った。一体何者なんだろう。
(住民は・・・逃げ切れただろうか・・・。せめて人々だけは・・・・・・)
ぜいぜいと呼吸が耳をつく。ふらつく膝を叱咤して剣を構え直した。
どんなに絶望的な状況でも、諦めるのは嫌だ。だって勇者はそんなことをしない。
ジークフリートの憧れた
ならばこんどはジークフリートが、暴力に蹂躙される人を、心を、守るのだ。
(せめて一人だけでも・・・差し違えてでも・・・!)
魂すら神に握られても、この心だけは己のものだと言った。あのヒーローを信じている。
お人好しと笑われても、利用されても、それで悲しみが減るのなら本望だと思った。サーヴァントの身になってもそれは変わらない。
「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る―――――」
真エーテルが膨れあがる。青き輝きを目にしたサーヴァント達が退避行動を取る。逃がすものか――――!
剣が掲げられてから振るわれるまでの合間に運命が変わるなんて、一体誰が予想しただろう。
ジークフリートの宝具が放たれることはなかった。聴覚をくすぐった旋律が思考を吹き飛ばし、体の動きを止めたからだ。
剣から真エーテルがかき消えて、三騎のサーヴァントが崩れ落ちた。騎士のサーヴァントだけが離脱に成功していたが、ジークフリートには気にする余裕がなかった。
敬愛する姫に捧げる子守歌。夜更かしを包むオカリナの音色。優しくて、柔らかくて、暖かくて・・・。
知らないはずなのに知っている。皆この音を知っている。振り向くのが怖い。近づく足音にぶるぶると震えた。
反響を残して歌は終わる。
「ジークフリート」
どんな喧騒でも耳に届くと確信できるほど、美しく張りのある声だった。
自分の呼吸が五月蠅い。静かにしてくれ・・・!心臓もずっと暴れている。どうしよう・・・・・・。
「・・・怪我をしているじゃないか。見せてごらん」
「ヒッ」
誤解を招かないように言っておくが、このヒッは恐怖からくるものではない。
感情が許容量を超えて押し出された時の声である。
「・・・大丈夫か?というかそろそろこっちを見てくれないか。なぜ頑なに地面を睨み続けているんだ」
「・・・・・・・・・ちょっと」
「む?」
「待って・・・・・・ちょっと・・・・・・無理です・・・・・・・・・」
○災厄ハンター 推しを目の前にしたときの模範解答
○小さきもの ファンサしてあげなよ
ふむ。
すこし足に入れて、瞬きよりも早くジークフリートの目の前に立つ。身長差が故に下からのぞき込む形になるため、必然的に上目使いになった。
「無理とはどういうことだ。助っ人が俺じゃ不満か?」
金色の髪を腰まで流し、サファイアよりも煌めく瞳をもつ美青年(時の勇者)をドアップで脳に叩き込まれた竜殺しは―――――そのまま後ろにひっくり返った。
「どうした!?」
「アワワ」
「生きてるならいいか・・・」
○騎士 先にあっちのサーヴァントをどうにかしろ
○バードマスター ウケる
ウケるな。
しょうがないので先に魔女の配下に話しかけることにします。
仮面の男――――ファントム・オブ・ジ・オペラをぺちぺちと叩いて起こす。
彼の残忍性を知っているものがみたら目を見開く光景だが、リンクは気にしない。
やがてファントムが目を覚ます。リンクを視認し、体を起こした。
「クリスティーヌ・・・?」
「おっとそうきたか」
魔法で一時的に狂化を弾かれているのもあるが、リンクの音楽的才を即座に見抜くのは流石といったところか。
ふらふらと寄る様は花に恋した蝶のよう。リンクも特に拒絶することもなく頭を撫でてやる。
「ああ・・・クリスティーヌ!きみはクリスティーヌ・・・!その姿は・・・・・・あぁ・・・・・・」
怪物の瞳が滲む。こぼれ落ちた涙を胸に抱き込むことで拭った。背中をさすってやる。
「なんて美しい・・・・・・。あぁ・・・・・・何故・・・私はこんなに醜い・・・」
仮面から嗚咽が落ちていく。誰にも拭われなかった悲哀が痛み出す。
“エリック”は救われたかも知れないが、ここにいるのは無辜の怪物として形作られた
「我が狂気は、他人との意思疎通すら困難にしてしまう・・・。クリスティーヌ・・・歌ってくれ。それだけでもういいのだ・・・」
「ファントム、お前の歌は聴かせてくれないのかな。お前の歌は、クリスティーヌを導くものだろう」
アサシンが顔を上げる。濡れた頬を拭ってやりながらリンクが続けた。
「クリスティーヌを助けてあげなさい。この町の前で待っていて。その精神汚染を抑える歌をあげよう」
「私に・・・出来るのだろうか」
「もちろん。仮面を被ったままでいいよ。俺だってよく被るからね」
麗しい唇から流れる歌を、ファントムは心に刻みつけた。
後ろのジークフリートも滅茶苦茶集中して聞き耳を立てていた。
「マルタ。起きなさい。朝だぞ~」
「ううん・・・」
祭事服に身を包んだ女に声をかける。
青い髪を揺らしてマルタはゆっくり体を起こした。まだ状況が理解できていないのか、少しぼんやりとしている。
驚かせないようにそっとリンクは声をかけた。気分はモルモットに話しかける人間である。
「聖女マルタ。お加減はいかがですか」
「・・・・・・・・・・・・」
「!?!?」
どばっと涙が溢れた。先ほどのファントムの比ではない。呆然とした表情のまま、彼女は泣き続けている。
流石に突然女性に泣かれるのはリンクも動揺する。慌ててカバンからタオルを取り出して差し出した。
「ど、どうした?そんなに泣いたら目が溶けるぞ。ほら、使え」
「・・・・・・ひっ・・・く・・・・・・。う、うぅ・・・・・・ぐす・・・」
震える指先がタオルを受け取り顔を覆った。肩が小刻みに揺れては嗚咽が漏れる。
ガチの方の泣き方であった。
○海の男 まだあわわわわわ
○銀河鉄道123 泣かせたーーーー!!!先生に言ってやろーーーー!!!
○いーくん 落ち着くまで待ってやれ
しばらくしゃくりあげていたが、徐々にマルタは落ち着いてきた。
恐る恐る声をかける。
「・・・聖女マルタ。落ち着いたか?」
「聖女じゃない!!」
「えっ」
「わたっ、私に・・・!狂気に冒されて虐殺をした私に・・・!聖女と呼ばれる資格など!」
叫ぶように懺悔する。
彼は神ではないけれど、己を裁くのなら彼しかいないと思った。
ただでさえ削られていた心がひび割れていく。こんな姿を、よりにもよって、勇者様に――――。
恥ずかしい。消えてしまいたい。こんな形で出会いたくなかった。涙はもう止まらない。
「――では、マルタ。ただのマルタ。俺の話を聞いてくれる?」
怒号で包まれた戦場でだって、彼の声は届くだろう。そんな甘い響きだった。
「竜の魔女を倒さんと戦っているものがいる。君もすぐに出会うだろう。その子達を導いてほしい」
「・・・・・・」
「狂気に冒されていようが、許されざる行いをしてしまおうが、君は
「―――――」
「俺は君を裁かない。怒ってもいない。ただ、信じているよ。君のもつ強さを」
濡れた青い瞳が煌めいて、雨上がりの空のよう。
いとけなく頷いた彼女に微笑んだ。マルタはゆっくり立ち上がる。
「この町全体に・・・魔力が張り巡らされていますね」
「うん、俺の歌で狂気を弾いている。だから町を出たら元に戻ってしまうのだけれど・・・」
「構いません。この杖とタラスクに狂気がいくのは抑えてみせる。・・・タオル、汚してしまったわ」
「そのうち返してくれればいいよ。きっとまた会うだろうし」
ただのマルタは目を見開いて、そして、ただただ嬉しそうに笑った。
「勇者リンク。今度会う時は必ずお礼をします。私、料理が得意なんです」
「うん。楽しみにしてるよ」
髪を揺らして彼女は去って行った。
後ろのジークフリートはもらい泣きしていた。
「あぁ・・・・・・」
○うさぎちゃん(光) みんな泣くじゃん・・・
○ウルフ 確かに先代は素晴らしい方ですけれども・・・
ヴラド三世ははらはらと涙を零した。
己が英雄と認めた男と、こんな形で出会うだなんて思わなかったので。
吸血鬼としての側面を受け入れ召喚された己と。狂化をかけられ血を啜るだけの
でもこれで良かったのかもしれない。これ以上罪を重ねる前に裁きに来てくれたのだとしたら、むしろ本望だ。勇者リンクになら殺されてもいい・・・。
「ヴラド三世。ルーマニアの英雄よ。・・・こちらを見なさい。俺の目を」
冷え切って暗い牢獄であろうとも、照らしてしまうような声だった。
「吸血鬼でありながら吸血鬼を否定する王よ。誰が何度
「・・・・・・余は」
「否定することが貴方の矜持だろう。魔女の手先だろうが、フランスを血で汚そうが、己の姿くらい覚えていろ」
太陽の光を束ねて梳いたら、こんな色の髪になるのだろうか。
目が焼けてしまいそうだ。・・・吸血鬼じゃなくても。
「俺をそんなに輝く目で見てくれるんだね。ありがとう」
青年は手を引いた。促されるままに立ち上がる。
「このリンクは、お前が英雄であることを知っているよ。それでは足りないだろうか」
「・・・いいや、勇者よ。どうか余の姿を見ていてくれ」
「もちろんだ。気高き王よ」
あの日夢中になって本にかじり付いた、幼い子供はまだ生きている。
子供心に夢に見た
しゃんと背筋を伸ばして行くウラド三世を、リンクと後ろのジークフリートは見送った。
「・・・ジークフリート。そろそろいいか?」
「待ってほしい変な汗をかいています」
「おう」
おう・・・・・・。