どぱん。と、四方で音が弾けた。
ランスロットの耳は自然と発生源を探る。お構いなしに流星剣が迫る。連撃を捌く間隙を縫う、弓兵の矢は針のごとく。
悲鳴が爆発、重い破裂音。カルデア技術部式特製改造気化爆弾が投げ込まれ、粛正騎士が吹き飛んだ音である。これって合法なんですか?二十世紀で使っていいやつですか?そう聞いてきた職員に、ダ・ヴィンチは微笑んで答えた。法が機能していないからセーフ。これには顧問のメフィストフェレスもにっこり。
爆弾を託されてしまったトータと三蔵と百貌は、カルデアを敵に回すのだけは止めよう……という思いを強く抱いた。粛正騎士がゴミのようだ。
沈黙を保っていた山岳は、騒々しい戦場に早変わり。手鼻を挫かれ進軍を止められた、聖都軍は総崩れ。
「どうします?今すぐ降参するなら――許してあげますよ」
「戯言を……!」
「その虚勢、いつまで持つか見ものですね」
「煽るなぁ……」
ナイトの癖にポーンのようだ。後戻りができない。前を塞がれたから、進むこともできない。ランスロットの動きに焦りが混じってくる。既に想定以上の損害が出ていて。
「(それでも、トリスタンがいれば――――)」
「トリスタンは負けますよ」
名前も知らぬ少女が、思考を読んだように言う。
「彼じゃ嵐を越えられません」
村の中心にマスターは立つ。トリスタンを迎え撃つために。
「令呪を以て命ずる――」
果てより
天を征服せよ。地を蹂躙せよ。王にはそれが許される。
「嵐と共に来たれ!ランサー!」
すなわち固有結界。嵐の王の領域。
範囲はこの村。アルトリア・ペンドラゴン[オルタ]は権能を振るう。感情の読み取りづらい顔が、トリスタンを睥睨した。
「…………?」
ランサー、と呼ばれたサーヴァントの気配は、一瞬で風に溶けた。魔力がごうごうと頬を叩く。目を開けても何も見えない。
「(既視感のある気配……だったような)」
気がしたけれど、それ以上考えることはない。たとえ知り合いだとしても、敵であることに変わりはないのだから。
「……円卓の騎士、トリスタン」
マシュが盾を構えて、ベディヴィエールが剣を抜いた。
ランサー・アルトリアは結界を維持するために下がり、マスターはその間にいる。
「……この気配……。まさか。あの男がいるというのですか……?それに……」
トリスタンの感覚が盾を見つけて、次いでベディヴィエールを見た。
「ああ……私は悲しい。かつての同胞を、祝福無き者を、冥府に送らなければならないとは」
「ええ……。私も悲しいですよ。トリスタン……」
とうに覚悟は決めていても、やはり嘆きたくはなるものだ。
あの優しい騎士が――愛をうたう騎士が――壊れてしまったことに。
「だが不思議なことに。悲しみよりも今は、怒りの方が強い。無抵抗の現地人を追い詰め、殺し、時には火を放ち村を焼く者が、騎士を名乗るなど……」
「……愚かな。円卓の騎士に連なる騎士であれば、無辜の民草を手にかけないと?サー・ベディヴィエール。それは大いに誤りです。過ちです。貴方の」
酷薄な笑みを浮かべる、男は嗤うように歌う。
「ブリテンにおいて、慈悲深き我らが王は確かに、深追いを
「ならば王が間違っています」
断ち切るように少女騎士が言う。眼差しは磨かれた銀のよう。
他の誰でもない王が――円卓の誇りを落とすなど。
「そして貴方たちも、間違っています。だからここで、倒さないといけない」
「……ええ、そうです。彼女の言う通りです。貴殿はもはや、トリスタンの形をした獣だ。」
一矢、二矢。張りつめた糸のよう。
三、四。音色だけが美しい。
トリスタンの指先が奏でる刃は、嵐と競い合って敵を狙う。五、六。ベディヴィエールが剣で弾く。七、八。マシュの盾が防ぐ。
九、前進。ベディヴィエールは駆ける。十。重量物が動く音。最小減の動きで放たれる、連撃は鞭。
「ぐっ…!」
地力が違う。
どれほど礼装を重ねても、飛び道具を仕込んでも、2人の距離は縮まらない。
足を留められ、防御を余儀なくされる。でもそれで構わない。ベディヴィエールは、一人で戦っているわけではないのだから。
「(……鬱陶しいですね)」
一方トリスタンも、思い通りに時間が進まないことに苛立っていく。
村を囲うように吹き荒れる風は、一定の距離まで行くと音の矢を吸収してかき消してしまう。そのせいで頭上より後ろに矢を飛ばすことができないのだ。これではマスターを狙うこともできない。ごうごうと飽きもせず気流はのたうって。騒がしさに内心で顔をしかめた。たとえ豪雨の中だって、標的を撃ち殺せる自信があるが、それはそれとして騒がしさには辟易する。
まるで嵐の檻のようだ。獣を閉じ込める為だけに作られた、冷たい檻。
「
「
空気ごと、重い盾が振りかぶられる。少女の細腕から繰り出されたとは思えない、地面を削る一撃を躱し、弦を奏でる。真っ直ぐ、故に音速の矢を、騎士は残身で凌いだ。
未熟なサーヴァントかと思えば、随分堂に入った動きだ。多少の損傷は厭わないと言いたげな勢いに、闘争心が煽られる。
「ふふ……」
思わずこぼれた声に反応して、マシュが防御姿勢をとる。ベディヴィエールが後衛に回る。
充填された魔力はトリスタンの全身を巡って、蝕んだ。また杯が満たされる。
「狂い咲け! 我が
「
がくん、と身体が動かなくなった。
マシュが焦ったのは僅か。スキルはきちんと発動している。ただ、全身が糸に絡め留められている。こちらを射貫くために構えている騎士が居る。蜘蛛の巣に囚われた己を脳内の片隅で幻視して、直ぐに振り切った。盾を構える手に力が籠る。
ごうごうと風が吹いている。
マシュの耳に立香の声は聞こえない。でも何の不安もない。みんなで考えた作戦は既に始動している。あとは勇気と、負けん気があればいい。
真空の刃は盾を鈍く鳴らして、消滅した。衝撃は足元で土煙。休んでいる暇はない。この弓兵には、時間を与えてはいけない!
「
「
「蟻地獄に落ちた虫は、貴方たちだというのに」
指先から繰り出される刃が、マシュをその場に縫い付ける。
トリスタンは振り向きもせず、ただしなる糸だけがベディヴィエールを狩らんとする。
突風。
「む……!」
レンジ外から強い魔力。唸り声のような漆黒の刺突がトリスタンのマントを翻し、意識をかき乱した。気配の隙間を縫う、ナイフは雨の代わりとなり。
「ですから、
最初からずっと潜んでいた静謐のハサンが、嵐に乗せて毒の刃を放つけれど。トリスタンは嘲笑って振り払う。天候、向かい風。されど問題なし。
ベディヴィエールにとっては追い風。騎士は既に駆けだしている。
「――いいでしょう。受けて立ちますよ」
その身を切り裂こうと襲い来る矢を防ぎきって、マシュも踏みだした。宝具と通常攻撃を同時に放つことはできない。
「止まらないで!――
ベディヴィエールを守る無垢の盾。花開くように騎士を守護しよう。
先に王手をかけたのはトリスタン。弦を爪弾く、獣は歌う。
「
ベディヴィエールに絡みつく糸を断ち切ったのは、ランサーの咆哮にも似た横薙ぎ。――怒り?
全身に浴びる嵐に混じり込んだ感情に、トリスタンが疑問を感じたのは一瞬。宝具は既に発射している。
「ぐ、うああああああああ!」
「は……、」
内臓を貫通する衝撃はぐちゃぐちゃの肉体に響いて、仮初の心臓を揺らした。――問題ない。
魂は生きている。だから体も動く。ベディヴィエールは止まらない。
「
ベディヴィエールの右腕が、
隻腕を補う神造武装。ケルトの戦神ヌァザの腕。聖杯を断つ、ただ一振りの一閃。
「(――怯みもしない――――)」
防御を重ねていたとはいえ宝具を受け止め、止まるどころか加速して突っ込んできたベディヴィエールに、流石のトリスタンも唖然とした。
迫る光を――断ち切れない!
「(浅い!)」
手刀は胸を裂いて、トリスタンの態勢を崩した。まだだ!踏み込みが足りない!
「ぐっ!…う」
ドン、と腹を蹴り飛ばされたような衝撃――いや、ようなではなく、蹴り飛ばされたのだ。誰に?潜むことを辞めた静謐のハサンに。全力で蹴りをおみまいされて、男の体はくの字に曲がる。口から血を吐き出して。無防備になった頭に振りかぶられた大きな盾。気配に気づけていても、指先が無事でも、
「――――っ」
勝負に卑怯もズルもない。因果に追いつかれたのは貴方だ。小さな虫の一噛みで、狂える獣も地に堕ちる。
悲しく哀れなトリスタン。
マシュに殴られた頭では、自ら潰した眼では、もう何もわからない。ベディヴィエールの二の太刀だって。
――――首が落ちる。
介錯しよう。友よ。
「肉と骨の焼ける音……」
仰向けに倒れる男の髪が地面に散らばる。この曇天には不釣り合いな赤。
「なんという……見苦しいこと……この上ない……」
上がる息。途切れ途切れの負け惜しみ。
見下ろすベディヴィエールの顔が悲しみに満ちていることに、マシュは気づいた。
「貴方には過ぎた力ですよ……」
「ええ……」
「……それでも、王には届きません……」
『緊急連絡!!聖槍が…―……――』
早起きの妖精のように飛び出してきた通信は、すぐに空間が歪むほどの魔力圧でぶつぶつと途切れて失速した。
光が。
「マスター!西だ!」
ランサーが結界を解除して、鋭い声と共に空を睨んだ。釣られて見上げる。
光の柱が、西の村に落ちて――。
上空からの膨大な圧が地面を殴った。ギ、イイイイイイイィ――――。山が悲鳴を上げているかのような轟音。……落ちてない。まだ落ちていない!聖罰を受け止めている、あの陣はなんだ!?
「無論、私だとも」
水鏡、という異聞帯のモルガンが使っていた「対象を過去に転送してなかったことにする」魔術がある。
これはそれと同規模の「対象を異空間に転移してエネルギーのみを回収する」魔術だ。
この場所に居を構えてからせっせと作業し、ちくちくと構築したザントの今回のとっておき。さすがにこの規模の魔術をバレずに潜ませておくのは手間だったが、予定通り聖槍を引き寄せられた。鋳造していた聖杯も既に送ったし、残りの食料は適当に村に分けておいた。完璧な仕事をしてこそ筆頭信者。これで本当に任務は終わり。そろそろ己も帰る時だ。
「では、
光の柱が西の村を飲み込むのを諦めた時、山間の神殿も無くなっていたのだった。
「ザント殿…………」
ちっぽけな村1つを守って――否、今日に至るまで山の民を守っていてくれた魔法使い(あえてこう呼ぼう)に、ハサンたちは深く礼をした。ザントにどのような意図があり、どのような野望があろうとも、この地に生きる多くの人々を救ったのは事実だ。ザントはハサンからの感謝など必要としていないだろうけど。それでも、この特異点では希望をもたらす者だった。……彼の精神的な、あるいは倫理的なストッパーとなっていたガノンドロフにも、感謝をしなければならないだろう。
「…………………ははっ」
トリスタンは笑った。網にかかった“虫”が、己たちであったかもしれないと思って。
『上空に高密度の魔力反応を確認!!』
光が渦巻いている。
『この山に落ちます!!』
「あと五分……」
トリスタンが呟いた。
霊基が魔力に戻っていく。光の粒子となって。
「……………………」
―――――――ようやく、思い出した。
こうして、許されないことを。殺される瞬間を、望んでいたことに。
ああ――――――。いつだって。私は間違える。
「……さらばです」
もう何も、言う権利はないだろう。
『直上魔力観測3000000オーバー!えーと、最高級の宝具火力が1000から3000だから――』
『言ってる場合!?後にして!退避よ!』
「よし。間に合ったな」
「みなさん、無事ですね!」
慌てる二人を宥めるように、のんびりと弓兵は現着した。キャップのセイバーも一緒だ。
「X!ランスロットは…!」
「あの光を見たらとっとと退散しましたよ。さあ、私たちも逃げましょう」
「そうそう。
見返す少女を安心させるように、勇者は笑った。
「でも……でも……」
「言っただろう。俺はきっとこのために呼ばれた。性分ってヤツはどうしようもない。強さに貪欲じゃない英霊の散り際はこんなもんだ」
「…………」
「事を成して命を終える。試合には勝つが、勝負には負けるってヤツだ」
わかっている――――、立香だって。
聖罰に狙われたら逃げられない。その時、どうするかなんて、もう話し合いは終わっている。
でも、頭では分かっていても。犠牲になりにいく仲間を見送ることになんて慣れない。握りしめた拳が熱い。
「そうだろ、ベディヴィエール卿?アンタは俺よりさらに酷い。限界はとっくに迎えている。なのにまだ立ち上がれるのが不思議な程だ」
「……それは貴方の買い被りです、アーラシュ。私はまだ、貴方ほどの覚悟を持てず……」
「すげえな。本人だけが気づいてないときた。俺の覚悟なんざ、その忠義に比べたら可愛いもんだ」
時間は刻一刻と進んでいく。天を聖なる力が満たす。
「なあベディヴィエール。おまえさんはもう休んでいい。いや、とっくの昔に休むべきだった。そんな
三蔵とトータとダ・ヴィンチが戻ってきた。三者三様の表情を浮かべて。
「……言っておくぞ。あと一回でお仕舞いだ。なんでその腕を使う相手は、最後の一人と決めておけ」
「――――知っていたのですね。貴方は。私の目的を……私の、あらゆる罪を」
「これでも千里眼持ちなんでな。洞察力と察しの良さなら誰にも負けんさ」
アーラシュは笑う。太陽をすくすく浴びて咲く、花のように。
「……話はここまでだ。今まで世話になったな!」
「行くよ!立香ちゃん!」
「さらば――さらば!この地で出会った、我が最大の盟友よ!」
「マスター!俺はな!」
ダ・ヴィンチに肩を抱かれて足が動く。まるで根を張っているかのように重い。
「勇者だ!だから――格好つけさせてくれよ!」
高らかな宣誓に、立香は小さく鼻をすすった。
***
「――――よし、全員下がったな。あとは頭の上のアレと一対一ってワケだ」
「うむ。相手取るに不足なし。いよいよ大一番でござるな、アーラシュ殿」
「って、アンタまだ残ってたのか!?」
どっかりと座り込んで杯を傾けるトータは、まるで物見遊山の余裕。ちゃぷちゃぷと揺れる酒の香りが祭りのよう。
「うむ。せっかくの大技、見届け人がいないのではあまりに寂しかろうと思ってな。なので拙者はここでよい。まずはお手並み拝見といこう」
さっぱりと好漢が言い。
「なに、お主がしくじった時は拙者が何とかする。
「いいね。ボクも混ぜてよ」
爽やかに、少年が来たから。
「――――ハハッ。こりゃあ、恥ずかしいところは見せられねぇな」
アーラシュは安心して、空を見上げたのだった。
「――――陽のいと聖なる主よ
あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ」
「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」
「さあ、月と星を創りしものよ
我が行い、我が最期、我が成しうる
「この渾身の一射を放ちし後に――――」
「――――我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!」
「――
***
「……感服の他ありませぬ。星を落とす者は数あれど、星を砕く神技は他に無し」
「勇者アーラシュ。その神技に比類する者はないだろう。見事だ――――」
「ええ、まさに――――見事なりアーラシュ・カマンガー。八幡大菩薩が宿るかのような、凄烈の一射であった」