「――――あ。見えました、立香様」
眠気を払う冷気。御一行様が到着。
山の頂に佇む、荘厳な廟が出迎えた。
「あそこに見える寺院がアズライールの廟です。ですが……」
「むう。やはり初代様はお怒りか。あのような門番まで用意されているとは……」
いつの間にか風は止んでいる。
蒼穹を背に現れる亡霊。ざわざわ。
なんてちぐはぐな景観。迫る死を前に生を示せ。証明せよ。証明せよ。
『複数の魔力反応、これは死霊系だ!しかも一体、でかいのがいる!』
「あれを倒さねば廟には入れまい。行きますぞ、立香殿!」
ゆうらりと、鐘を鳴らすものが出現する。―――そして、右手が大きく振りかぶられた!
〇Blue 次元はここに来てないんだよね?
〇うさぎちゃん(闇) うん。用がないので…
〇ウルフ じゃあこれが初見か
「物理でいけてよかった~」
「やっぱりバスターは裏切りませんね、先輩!」
さて片付いたので先に進もう。といっても寺院は目の前だ。ほんの数歩歩くだけで、――――翁の領域に入る。
『ここがアズライールの廟か……。特に変わった反応はないが……』
「いえ、ドクター……これは現地にいないと分からない重圧です……」
何だろう。何でだろう。まだ門にも触れていないというのに。
どうしてだろう。どうして、心臓の鼓動が早くなる!
「魔力反応も、サーヴァント反応も、物音も生命の気配も皆無です。なのに……」
そうだ…。こんなに静かだったか?
「なのに、全身の震えが止まりません」
見られている――――。何もいないのに。確かにそこに、誰かが。
「精神ではなく魂が、この寺院に留まることを全力で拒んでいます……!」
「……進みますぞ、立香殿。この先は我らも与り知らぬ、初代様の領域。何が起こるか分かりません。警戒は最大限に――――」
一閃。
「マスター!」
二閃。
「っ、ぐっ……!敵影、発見できません!」
視認できぬ斬撃が前座。死線のこもった食前酒。
「ドクター、サーヴァント反応は!?」
『何もない!そこにキミたち以外の動体反応はない!いや、そもそも――――いま一瞬、立香君の反応が消失したぞ!』
真っ赤な血を、溢れるほど注ぎましょう。
『マシュは攻撃を防いだというのにどういうコトだ……!?こちらの観測では、立香はもう死んでいる!?』
「なんで!?」
「――――魔術の徒よ」
重い、重い声。
「はあ――――!」
「……!」
「ちょっ、どうしたの!?二人ともいきなりひれ伏しちゃって!?」
突然膝をついたハサンの二人に、三蔵が困惑して問いかける。
門は未だ固く閉じ。それこそ貞操な信者のように。
「まだ何も出てきてないわよ!?」
「……いえ。静かに、三蔵殿。……既に、我らの目の前に何者かがいるようです」
「……うむ。黙っていろ三蔵。できれば息も吸うな。この御仁に襲われてはひとたまりもない……」
〇騎士 ……まさか、技術だけで気配を遮断しているのか?
〇奏者のお兄さん 何百年研鑽を続ければ、この域に辿り着くのか……
〇バードマスター 彼もまた、信仰の元にある剣士なんだね
「
人知を超えた技、といえばリンクもそうだ。
でもこれは種類が違う。
リンクが空の青ならば、山の翁は嵐の青波。
「――――魔術の徒よ。そして、人ならざるモノたちよ」
〇騎士 ……多分これ気づかれてるな 見られてることに
〇影姫 やはり冠位は格が違う
「汝らの声は届いている。時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。だが――――」
淡々と。声はただそこにある。
「我が廟に踏み入るものは、悉く死なねばならない。死者として戦い、生をもぎ取るべし。その儀を以て、我が姿を晒す魔を赦す」
だから斬られたのか……?一言も聞き逃さないように必死に耳を傾けていた立香は、はっと気づいた顔をした。
「静謐の翁よ、これに。汝に祭祀を委ねる。――見事、果たして見せよ」
「ぁ――――ああ、ああああ!?ひぃ、やあ…………!?」
絞り出すような悲鳴。途切れてすぐに、目は虚ろ。
「静謐殿……!この気配、意識を乗っ取られましたか……!」
「初代様!お使いになられるのでしたら私を……!静謐には荷が重すぎまする!」
「たわけ。貴様の首を落とすのは我が剣。儀式に使えるものではない」
呪腕の懇願など跳ねのけて、裁定者は言う。
「静謐の翁の首、この者たちの供物とせん。天秤は一方のみを召し上げよう」
「呪腕を殺せ、と……!?」
「過程は問わぬ。結果のみを見定める。死の舞踏を始めよ、静謐の翁」
見ている。
殺意がないのに、こちらを殺そうとする少女が。
暗い目で、立香の首を見ている。
「どちらの首が晩鐘に選ばれるか――――。それは、汝らが決めることだ」
『来るぞ!静謐のハサンの霊基数値、爆発的に増大中……!』
「でも静謐さんを倒すなんて……!先輩……!」
―――—ナイフが飛んできた!
マシュが反射的に跳び出して受ける。こちらの困惑も躊躇いも何一つ、静謐の足を止めることはできない。思わず駆けだそうとした呪腕は、両腕で肩を掴まれたかのようにぎくんと動きを止める。邪魔をするなと無言の制止。確かに感じる圧。代わりに霧のように湧き上がってきたのは、赤い目を爛々と光らせた二体のデーモン。
「こちらは拙僧が!ベディヴィエール、もう一体を!」
「はい!」
矮小な生き物を押しつぶそうと迫るデーモンの頭部に、トータの矢が突き刺さる。体力だけはたくさんあるのか、射貫かれたわずかの間動きを止めるだけだ。それでも数秒隙ができるのならば、どんどん追撃を食らわせてやろう。
「そーれ!美味しいお米がどーん、どーん!」
どこからともなく現れた米俵をしっかり掴んだトータが、デーモンの胴体にぶん投げた。ドコンッッ!!と絶対痛いだろという音が響き、管制室の天草四郎は「お米が……!」の顔をした。ちょっと前のめりになってしまうのは日本人の性である。
当たる、というよりは刺さった、と言った方がよさそうな程の勢いでもう一丁。一俵は60kgなので、二つ当たったら120kgである。重いよ。これにはデーモンもよろけて後ずさり。
「マシュ!いつも通り、全力で……!」
「――はい!マシュ・キリエライト、全力で戦います!」
死の舞踏、と初代は称した。
なるほど、言い得て妙だ。ステップを踏むような軽やかな足取り、翻るドレスの代わりにばら撒かれるナイフ。三蔵の掌底を躱して繰り出される鋭い突き。懐に殺意を隠して踊る踊り子のよう。
「くううっ……!ちょこまかとー!」
「流石アサシン、気配が掴めません……!先輩は後ろに居てください!」
「うんっ、でも、どうしよう……!攻撃が当たらない……!」
跳ぶように地形を広く使い、高い気配遮断によって視線を途切れさせる。
意識の隙間を縫うような投擲は、さすが山の翁というところだろう。呪腕たちから見て未熟でも、常人に比べれば遙かに殺しの技を極めている。一介の暗殺者なのだ。吐く息がたちまち凍るような気温と、廟を抱える地形も彼女に味方する。
「ふん!」
「……!」
行く手を阻むように投げられた米俵を避けるために、高く跳躍する。身体に張り付くような黒衣が、均整のとれた肉体を強調して、どこかミスマッチな艶やかさを見せた。女性にしては幼さが見え、少女にしては色っぽい。――――しかしその美しさは所詮、仮初めのものでしかない。
その肉体はありとあらゆる毒に耐え、同時に毒の塊でもある。自らの爪はおろか肌や体液さえをも猛毒。世界各地で語られる伝説の「毒の娘」を、暗殺教団は現実に於ける暗殺の道具、兵器として作り上げていた。それこそが静謐のハサンである。
「行かせません!」
着地、――駆ける!行く先はマスターか。マシュはスキルを発動して――しかしするりと、猫のように肢体はすり抜けて。
「む…………!?」
声に振り返って、ぽかんとした。マシュも立香もベディヴィエールも。
だって静謐のハサンが、トータの頬に掌を滑らせているのだから。
「
血なまぐさいことなど何もなかったかのように、柔らかく唇は重なった。冷たい冷たい死の口づけ。
トータの頭がわずかに痺れ(毒によって!)、その堅強な肉体は固まり――――。
「ウワーーーーーーーーッッ!!!!!!」
きる前に鼓膜を劈く大声が山に響いた。ついでにトータの視界を埋めていた少女が居なくなる。三蔵にぶっとばされて。脇腹にモロに一撃食らった静謐は、受け身も取れずに思いっきり地面に転がった。
「ハ、ハ、ハ、ハレンチだわ!なにをしているの!?そ、そ、そんなコト…っ!?」
「三蔵ちゃん!?死んじゃうよ!?」
「大丈夫です!霊基破壊、ギリギリで至ってません!」
「ぐっ……」
「藤太殿!」
『メディーーーーック!!』
毒とスキル封印はしっかり喰らったトータが崩れ落ち、スタッフの悲鳴に飛んできた医療班が集合した。
幸いトータのデバフと静謐のダメージはダ・ヴィンチに持たされた応急セットで何とかなったので、なんだなんだ診せろ診せろと暴れる医者と看護師を召喚することはなかった。暴れないでください。
「みなさん……ごめん、なさい―――――」
「むしろ謝るのは三蔵の方なのでは…」
「あたし!?ご、ごめんね…?」
「……生をもぎ取れ、とは言ったが。どちらも取るとは、気の多い娘よ」
〇バードマスター 三蔵ちゃんは素直だね
「だが結果だけを見ると言ったのはこちらだ。過程の良し悪しは問わぬ。――――解なりや」
そうして現れたのは、大きな角の付いた髑髏の仮面を被り、大剣を携え、甲冑を身に纏った大男である。
「よくぞ我が廟に参った。山の翁、ハサン・サッバーハである」
「剣士……?山の翁の初代が剣士、なんて……」
『いや、驚くのはそこじゃないマシュ――そのアサシンは――まさか、グラ――――』
「無粋な発言は控えよ、魔術師。汝らの召喚者、その蛮勇の値を損なおう」
断たれる。
『あわわ、ごめんなさーーい!あれ?どうなってるんだ、映像がこないぞ!?』
『ロマニ、今どんな余計なことを言おうとしたの!?』
『違うんです所長いたっ痛いです背中バインダーで叩かないで~~!』
〇騎士 静かにせえ
〇小さき爺 なんか前も余計なこと言ってサーヴァントを怒らせてなかったか
〇小さきもの まあ所長からの遠慮はなくなってるし…
「……初代様。恥を承知でこの廟を訪れた事、お許しいただきたい。この者たちは獅子王と戦う者。されど王に届く牙があと一つ、足りませぬ」
膝をついたまま語る呪腕を、山の翁は黙って見下ろしてしている。
「どうか――どうかお力をお貸しいただきたい。すべては我らが山の民の未来のために」
「……二つ、間違えているな。以前と変わらぬ
「……と、申しますと?」
顔を上げた呪腕のさらに後ろ、立香たちに青く光る眼を向ける。
「魔術の徒に問う。獅子王と戦う者――――これは真か?汝らは神に堕ちた獅子王の首を求めている。その言に間違いはないか?」
「それは……」
「立香殿!?」
言葉に詰まった立香に呪腕が驚愕の顔を向けるが、そう言われても即答はできない。
だって、獅子王の首なんて立香は要らないから。
「うんうん。嘘いっても仕方ないものね」
「――――牙が一つ足りぬ、と申したな。果たして、あと一つで良いのか?」
「……そう言われると、不安になるな……。戦力はいくらあっても足りない、と思う……」
〇オルタ 指揮官の顔になってきたな
「……魔術の徒よ。汝らは、知らねばならぬ」
ピカーンと青い眼が光る。深く深く言い聞かせるような、声だった。
「獅子王の真意。太陽王めの戯言。人理の綻び。そして――――すべての始まりを」
「始まり……?」
「それが叶った時、我が剣は戦の先陣を切ろう。太陽の騎士、ガウェインと言ったか。我が剣は猛禽となってあの者の目玉を啄もう。わが黒衣は夜となって聖都を呑み込もう」
「えっと……何かを調べないと力を貸してくれないって事よね?ガイコツの偉い人!」
「三蔵ちゃん、失礼だよ……!もっとこう……キングハサンとか……!」
「マ、マスター、キングハサンというのもどうかとおもいます……!」
「フォウ、フォーーウ!」
カルデアの百貌はすでに不敬すぎて腰を抜かしている。
ジャックとナーサリーは「キングだって。王さま?」「うふふ。王さまではないのよ」と暢気である。
「――――良い」
「え?」
「好きに呼ぶがいい。我が名はもとより無名。拘りも、取り決めもない」
「えっと……はい。そう言っていただけると、わたしたちも助かるというか‥…」
「呼びやすくて助かるわ!」
〇守銭奴(赤) 無敵か?
〇オルタ 聖人こういうところある
「それで、えっと……あたしたちは何を調べればいいの?何か手がかりくらいはあるのよね」
「――――砂漠のただ中に異界あり。汝らが求めるもの、全てはその中に」
ようやく秘密は暴かれる。
砂漠においてさえ太陽王の手の届かぬ領域。砂に埋もれし知識の蔵。
「――その名を、アトラス院と言う」
「……っ!」
「魔術の徒よ。人理焼却の因果を知る時だ。それが叶った時、我は戦場に現れる。――天命を告げる剣として」
〇奏者のお兄さん 次元が行ったよな?
〇うさぎちゃん(闇) 情報纏めてます
〇奏者のお兄さん 有能
「では呪腕の翁よ。首を出せい」
「!?」
「……は。呪腕のハサン、我が咎を受け入れまする」
「!? お待ちください、なぜハサン殿の首を、貴方が断ち切ろうというのです!?」
この展開は知らないよ!?
えっえっと戸惑う少女たちに、キングハサンはただ教える。
「我が面は翁の死。我が剣は翁の裁き。異邦の騎士。銀の腕の旅人よ。我は山の翁にとっての山の翁。――即ち。ハサンを殺すハサンなり」
「……!では、貴方は――――」
「山の翁が膿み、堕落し、道を違えた時、我はその前に現れる」
歴代の山の翁はみな、最後に我が面を見た。
ただの一人も、我が剣を免れた者はいない。故に、我が面を見た者こそ真の山の翁であり――――。
「その時代のハサンが我に救いを求めるという事は、“己に翁の資格なし”と宣言するに等しい」
――――翁の面を剥奪されるのだ。
「では……それを承知で、貴方は我々をここに招き入れたのですか、ハサン殿!?」
「そんな事だったら、来なかった……!」
「………………」
言い訳もせず理解も求めず、ただ呪腕の口は貝のように閉じた。
それを見るキングハサンの呆れた顔。仮面を被っているのに、呆れていると分かる。
「呪腕よ。一時の同胞とは言え、己が運命を明かさなかったのか」
やはり貴様は何も変わってはおらぬ。諦観も早すぎる。
厳しさの中に、かすかに混ざる寛容さ。
出来の悪い子供を嗜めるように、キングハサンは言う。
「……面を上げよ、呪腕。既に恥を晒した貴様に、上積みは許されぬ。この者たちと共に責務を果たせ。それが成った時、貴様の首を断ち切ってやろう」
「……ありがたきお言葉。山の翁の名にかけて、必ず」
太陽は出ている筈なのに、どこか薄暗い廟で。邂逅は終わる。
「アトラス院に急ぐがよい。残された時間は少ない。獅子王の槍が
「………………」
ベディヴィエールが沈黙したのには、現場にいる誰も気が付かなかった。
彼の口もまた、まだ重いままで。