「はあー、やっと太陽の下に戻ってきたー!色々あったけどみんな無事でなによりね!」
頬を撫でる暖かい空気に、一気に体のこわばりが解ける。
立香はううんと伸びをして、強張った身体をほぐした。
「うむ、初代様の協力は得られましたな。しかし、この首が繋がっていようとは……」
「初代様、怖かったね」
「恐怖なくして頭目は務まりませぬ。我々はアサシンたちの頭目ですからこの程度ですが、あの方は歴代19人、山の翁すべての頭目」
水筒を傾けてごくり、水分補給をしながら歩く。
喉がすっかり乾いていた。やっぱり緊張していたらしい。
「本来であれば姿を見た瞬間に恐怖判定ですぞ?」
「ホラーのおばけ?」
「それより静謐めに声をかけていただけませぬか。ほれ、先ほどからあのように」
そういわれて視線を向ければ。
「……すみません、すみません、すみません……。……私、こんなことばかりで……。……すみません、すみません、すみません……」
「あのように平謝りで顔を上げませぬ。みな事情は分かっているというのに、まったく」
「うん。みんな無事でよかったよ」
「ああ……立香様にまで気を遣わせてしまって……私はダメなハサンです……」
よけいにしょぼしょぼしてしまった。
「……この失態は、なんとしてもお返しします……。具体的には体で……この命にかえても……」
『お、やっと通信が元に戻った!一体どうなったんだい?』
落ち込む静謐を飛びこえて、ぱちんと映像が戻ってくる。
『立香ちゃんの状態はモニターできているんだけど、音も映像も拾えていない。事の顛末を教えてくれると助かるんだが?』
「はいドクター。状況、報告します」
〇小さき爺 もっと下手に出ろ
〇小さきもの 所長にしばかれたんだろうなぁ
『なるほどなるほど……。砂漠にある異界、アトラス院ときたか……ん?』
『アトラス院?アトラス院って、あのアトラス院のこと!?』
「はい、そのアトラス院かと」
みんな知ってる場所らしい。なんか聞いた事はあるような。
立香はマシュに近寄った。
「マシュ、アトラス院ってなに?」
「アトラス院は魔術協会の一部です。魔術協会は大きく三つの流派に分かれていますが、」
その中でも錬金術に特化し、独自の成長を遂げてきた学院がアトラス院です。
カルデアを解析する擬似霊子演算器――トリスメギストは、アトラス院寄贈のものです。
「その他にも、アトラス院はカルデアに多くの技術を提供してくれています」
『うーん。アトラス院かぁ。その時代にあるアトラス院……』
ざっざっと足音が重なる。伸びた影がゆらゆら。
『いや、オジマンディアスの砂漠は紀元前なんだっけ。じゃあ魔術協会が出来るより前のアトラス院になるね……なんか危険そうだなあ……』
「……ドクターは反対ですか?先輩がアトラス院に向かうのは」
『え、なんで?行こうよアトラス院!』
慌てて誤解を解くために早口になった。キャスター付きの椅子がゴロゴロ動く。
『そこに行けば獅子王の真実……つまり円卓の目的が分かるんだよね?なら止める理由はない!』
『私も異論はありません。獅子王が聖杯を使わず、人理定礎を乱している方法も知りたいし』
「そ、そうですか。……意外です。ドクターか所長、どちらかは反対するものかと」
『そりゃあ危ないとは思うけど、特異点で危険じゃないところはないんだし』
〇影姫 急にまともになるな、コイツ
『……でも心配なのは事実だ。魔術師の工房というものは、侵入者に対するトラップを山ほどしかけている』
そしてアトラス院といえば“世界を七度滅ぼせる”と言われるほどの魔術兵器の廃棄場だ。
『そんな場所にキミたちを送り込むなんて……今度はレオナルドも連れて行くんだよ』
「もちろんです。ダ・ヴィンチちゃんがいれば百人力ですからね」
うんうんと頷きながら、下り坂を下っていく。
「そろそろ傾斜がきつくなるころです。疲労に気を付けて下山しましょう」
「そうそう。楽だからってつい休まずに行くと、脚が大変なことになっちゃうのよねー」
「うむ、三蔵にしては殊勝だな。てっきり俵の上に乗せろ、と言い出すものかと」
〇騎士 乗せれるのか?
〇バードマスター 危ないよぉ
「言わないわよ!よけい高くなるじゃない!こーゆー天剣の岩山では自分の脚が一番ですーぅ!」
「フォウ、フォーウ!」
「ははは、違いない。ではみなでゆっくりと下山いたしましょう」
『ここを越えたらもう砂漠に入る、砂漠ではボクらからの通信は届かない。でも立香ちゃんの反応は常にモニターしているから、意味消失する事はない!ナビゲートできないのは残念だけど、とにかく気をつけて!』
『ダ・ヴィンチ、二人を頼んだわよ』
「任せたまえ。大船に乗ったつもりでね」
ざああと砂嵐が吹き、ごおおと熱風が吹きつけた。
過酷な熱砂が肌を叩いていく。音、音、声。砂漠の協奏曲。
「相変わらずもの凄い風です……!皆さん、はぐれないように注意してくださーい!」
「大丈夫、バッチリよ!なんてったって一回踏破しているしね!」
「むう!このあたりだと言う話だが影も形も見えん!目安になる建物すらない!」
暴れる前髪を押さえながら、立香も周囲を見渡した。
黄色い砂が吹雪のように舞っている。目に入りそうで自然と薄目になった。風光明媚さはちっとも感じない――なんて言ったら、砂漠の王たちに怒られてしまうだろうか?
さらさらさらと流れていく足元の砂を気にしながら、影を探す。
「距離、方角、共に違いはありませーん!旅の方向感覚だけは円卓一!負けませんとも!」
「おお、頼もしいねぇ」
「それが私、ベディヴィエールの自信ですので!まあ、あの男性の話が間違っていたらアウトですが!」
あの男性――とは?
ほわんほわんほわ~ん。
「百貌のハサン様からの伝言です」
伝言役の山の民である。
「“いいか、よく聞け。おまえたちが探そうとしている場所は、オジマンディアスのお気に入りの遺跡だ”」
“そこはオジマンディアスの力が及ばない遺跡であり、ヤツにも調査できない建物らしい
近頃は遺跡の周りでおかしな人物が頻繁に目撃されている。これも興味深い。
ターバンを頭に巻いて、黒いマントのような服を着た西方の民だと思う。目印になればいいな”
“場所はこの地図を頼りにするがいい。任せろ。私は砂漠には詳しいんだ”
“追伸。遺跡の周りにはオジマンディアスの神獣共が徘徊している。戦うなよ!”
「……以上です。もう一通、百貌のハサン様から、近状報告を書き溜めたものもありますが……」
「あ、それはいいわ。どうでも。伝言役、ありがとうね!」
ほわんほわんほわ~ん。
回想終わり。
「うう、砂が目に……。しかし、西方の民と言うからには――一目でそうと分かる外見をしているのでしょうか?何か、目立つ服装をしているとか」
「マシュ、擦ったら余計痛いよ。確かターバンって言ってたね」
「んん、はい。もう大丈夫です。ええと、地域はもっと南ではありますが、該当する人物としてはT・E・ロレンス、俗にいう“アラビアのロレンス”が挙げられるかと」
マシュは博識である。
「ロレンス……!誰でしょう、その方!」
「フォウ~~」
マシュの盾の収納スペースから出てこないフォウくんの相槌も、風に流されていく。
「エジプト独立の立役者のひとりとされる人物です!英国人で、映画にもなっています!」
「そんな人物も英霊になるのですね!ですがちょっと、筋が通らないかと!」
「おお、ここにいたか!」
少し離れて辺りをうかがっていたトータが、ざくざくと足音を立てて戻ってきた。
「すまん、緊急事態だ!」
「どうしたの?」
敵エネミーでも出たのだろうか?三人が警戒心を高めると――。
「きゃあああああああ!」
なるほどね。三人は渋面になった。
「な、な、なによアンタたち!ちょ、ちょっとやだ……わああ、来ないでよぉ!」
〇海の男 三蔵ちゃんが!!
〇銀河鉄道123 子供みたいにフラフラしてるから…
「獅子の体にヘンな顔とか、怖い!怖すぎるわ!
〇オルタ どこかにいっちゃったのはお前の方なんだよな
「……状況、把握しました」
「この砂嵐ではぐれてしまったんですね……」
「三蔵ちゃんってトラブルメーカーだよね……」
でも憎めないお師匠なのだった。
さくさくと砂丘を乗り越えて、三人は助けに向かったとさ。
「……ふう。戦闘、無事終了しました。三蔵さんは無事です」
「なによりです。ですが、肝心の三蔵殿はどこに?」
「フォウ、フォウ」
わーわー言いながら錫杖を振り回していたお師匠は、今は腰に手を当てて、ふがいない弟子たちを叱責していた。
「まったくもう。トータ、マスター。いいこと。お師匠から離れちゃだめよ?」
「はぁい」
「いつだってお師匠に注意しておいて、見失わないようにするのがいいお弟子ってものよ?」
「うむ。いい加減反論するのも馬鹿らしくなってきた。むしろ拙僧が阿呆だったな」
のほほんと頷いた立香の横で、トータは遠い目をした。
「確かにお主は良い師匠だ。これほど弟子を躍起にさせる坊主など見た事がない!」
「ん?褒めてる?褒めてるのよね、それ」
「褒めてるよ」
「うん、
お主もむやみに甘やかすな。
でも三蔵ちゃんかわいいし……。
師匠の教育方針は合わない弟子たちであった。
「何を話しているかは分かりませんが、頼もしい限りです」
なんだかんだやればできる子、三蔵の背中を見てベディヴィエールは頷いた。
「無我夢中だったようですが、お一人でスフィンクスを撃破してしまった様子」
「……スフィンクス、ですか?あの、それって――――」
ベディヴィエールの言葉にぱっちり瞬いたマシュが、慌てて立香の方に寄ってくる。
「先輩!スフィンクスです!」
「スフィンクス!?どこに!?」
「すふぃんくす?あのヘンな動物?アレならあっちの方に沢山いたけど――――」
そう言って振り返った先に、ぼんやり浮かぶ黒い影。
砂のヴェールを捲ったら、きっと落ちた花のように散らばっているのだろう。
「それです!目的の遺跡の周辺には太陽王の神獣がたむろしているそうですから――――」
「逆にそれが目印になる、という訳だな。……怖ろしい、これが御仏の加護か……」
〇奏者のお兄さん そういえば三蔵ちゃんって幸運EXなんだよな…
〇りっちゃん アルジュナでさえA++なのに!?
〇Silver bow でもなんか、普段の行動をみるとプラマイ0というか
〇りっちゃん 小さい不幸の積み重ねを大きい幸運で一括返済しているように見えるよね
〇災厄ハンター 人には人の幸運値
「三蔵、お主の思うままに進んでみるのだ。護衛は拙僧たちに任せておけ」
「? なに、あたしに道案内してほしいの?もー、そういうコトなら早く言いなさい!全力で案内してあげる」
今度はえへんと胸を張る。
コロコロと表情が変わるお師匠はかわいい。立香は笑顔で頷いた。
「あ、でもなんか気をつけて。首の後ろがビリビリするっていうか……。後ろからイヤな気配がばびゅーんって近づいている気がするの」
「ばびゅーん?」
「そう。ばびゅーん。たぶん荒ぶる大岩か何かだから、転がってきたら受け止めなさいね?」
そう言い放ったお師匠を前にして、トータは疲れたようにため息をついた。
「イヤな気配か……お主の勘をもう笑えぬからなあ……。これは急いだほうが良さそうだ」
「フォウ!」
***
「……マスター。あのひときわ高い砂丘の向こうに、複数のスフィンクスの影が見えます」
「あの一帯を監視するように周回してるね。目的の遺跡は目の前のようだ」
「問題はスフィンクスですね。一頭ならともかく、あれだけの数を相手にするのは無謀です」
砂嵐が止むことはない。
今度こそはぐれないように一塊になりながら、立香たちは前方を見やる。
「流石に、正面以外にも侵入経路はあるだろう。任せたまえ!こういう時こそ私の出番だ!」
「フォウ!」
「さすがダ・ヴィンチちゃん!」
ぱぱーん。と杖を掲げた天才が頼もしい。よっ万能!ここが才能の見せ所!
「ねえねえ、思いついたわ!トータのお米で、一頭ずつ餌付けしていくのはどう?」
「さすが三蔵ちゃん!お水でも飲んで大人しくしててね」
「ごくごく」
物理的に口を塞ぐ方法を覚えた。
だんだん対応がこなれてきている。
「美味い飯に国境はなし、拙者は中々の名案と感じ入ったが……今回は諦めよ、三蔵」
トータが何かに気づいたように後方を睨む。
周囲をサーチしていたダ・ヴィンチが、あっと声を上げた。
「馬の足音だ、武装した一団がこちらにやってくる!」
「あちゃー円卓だ!速いな!もう追いつくぞ!」
逃げるには少し遅かった。
砂を蹴とばしながら駆ける馬たちが、もやの向こうから迫ってくる!
〇ウルフ 砂漠で馬って行けんの!?
〇ファイ 砂漠の環境に適応したアラブ馬である可能性 80%です
〇ウルフ いたいいたいいたいいたい
〇災厄ハンター どつかれてる
〇フォースを信じろ(緑) エポナだって頑張れば行けるって
〇りっちゃん 負けん気が本当に強い
〇奏者のお兄さん こら どつかないの
「前門の虎、後門の狼ってヤツね……。立香、どうする?」
「……戦うしかありません。ここは私が切り開きます!」
ほんのわずか、
「それは頼もしいが、良いのか!?アーラシュの言葉を忘れたわけではあるまい!」
「……無論。ですがあれはアーラシュ殿、ただ一つの見込み違いと断じましょう」
すらりと抜かれた剣はまばゆく。
騎士を称えるように、誉のように輝く。
「この
「……ベディヴィエールさん……。先輩、でも、ベディヴィエール卿の身体は……」
「……言っても引いてはくれないね。ダ・ヴィンチちゃん」
「もちろん、頃合いを見て走るよ。まともに相手をするつもりはない」
サーチもバッチリさ。そう言ってウインクをして見せた天才に、少女たちは頷きを返した。
「追いついたか。貴公らと事を構えるのはこれが三度目だ」
鮮やかな紫がお目見えだ。きりりと整った眉を寄せて。
「一度目は聖都からの追撃。二度目は山の民の村。いずれも叛逆者のリーダーと対面することは叶わなかった。だが、最後でようやく対面の機会を得た」
三度目の正直。手札は十分。宣誓は先手。
「円卓、遊撃騎士ランスロット。王の命によりその身柄を拘束する」