「キミがミス藤丸。そちらがミス・キリエライト。技術局特別名誉顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチ。そちらがサーヴァント・玄奘三蔵。そちらがサーヴァント・俵藤太」
すらすらと述べる。さらさらと淀みなく。
「そしてそちらが――ほう。これは驚きだ。円卓の騎士の一人が仲間とは。初めまして、サー・ベディヴィエール。同郷の人間として、親近感を覚えずにはいられないね」
「どうして私たちのことを……!?」
驚いた顔の立香を見返して、艶やかな青髪の男――シャーロック・ホームズは、軽やかに返した。
「なに。初歩的な事だよ、諸君」
「(お決まりの名台詞、来ました……!この方は本物のミスター・ホームズです……!)」
おお、とマシュが前のめりになるのをダ・ヴィンチが引っ込める。これだからシャーロキアンは。
リンクと違って、証明できるものがその頭脳と推理力しかない。服装や装備品は真似できるだろうし……怪しくないのが逆に怪しいなぁ。ダ・ヴィンチちゃんはまだ警戒を解いていない。
「キミたちと私は既に接触を果たしている。こうして顔を合わせる前に、情報を介してね」
「情報……かい?」
「ロンドンでは、私が魔術協会に残した情報を無事に入手してくれただろう?単なる書類整理だったが、あのときは億千金の仕事だったはずだ」
〇バードマスター あれか!
「必要な情報だけを纏め、読みやすいように並べておいたのだからね。その段階でキミたちは私という協力者の影を許容できるようになっていた筈だ」
「そういえば、アンデルセンが何か……」
「はい。アンデルセンさんが言っていました。自分たちが調べる前に誰かが整理していたと」
「あれは君の仕事だったわけだ」
話に飽きてきた三蔵ちゃんが座り込んだので、トータは「…寝るなよ?」と囁いた。
「イエス。あまり分かりやすく纏めてはマキリに気づかれてしまう。本当の知恵者が、真実を求めて来た時のみ意味を成すように配列したものだ。キミたちはあの情報を知る必要があった。傍観者ではなく、この殺人事件の解決者になる為にはね」
「……殺人事件?」
「ああ、殺人事件だ。私もかつて体験したことのない規模の。『人理焼却による根底からの霊長類の殺害』」
〇影姫 至言だな
「まさに神話級の殺人事件だ。であれば、私が現れるというのも当然だろう?」
「……あの、皆さん盛り上がっているところ申し訳ないのですが……」
講演台に立つ演説者のように語り終えたホームズの後ろから、おずおずとベディヴィエールが手を挙げた。
「彼は何者なのでしょう?ホームズ……そんな騎士に覚えはないのですが……」
「それは悲しい」
片眉を器用に上げてホームズは言う。
「確かに私は
「? 貴方の活躍を伝えた者は騎士だったのですか?えっと……」
「彼はミスター・ホームズ。おそらく、世界で最も有名な探偵さ」
シャーロック・ホームズ。サー・コナン・ドイルが著した物語の主人公。
あらゆる謎を解き明かす探偵であり、後年における数多の推理小説に登場する「探偵」たちの祖のひとり。
彼が実在する人物であったということは、小説はワトソン博士の伝記であったということであろう。
ゼルダの伝説が息吹の勇者、姫、英傑たちが書いた伝記であったように。
「ふ。無垢なる少女に手放しで喜ばれるのなら、私もワトソンの小銭稼ぎも報われるというものだ。ですがミス・キリエライト。私の正体、本質は貴女が思うものとは些か異なります」
そして悲しいかな、それを語るのは今回の本題ではない。
ホームズが喋っているのを聞きながら、三蔵ちゃんがおやつを懐からだして食べだした。立香に貰ったドライフルーツである。
「私はまだ、ミス藤丸の依頼は受けられないのですから」
「え……そうなんですか?ミスター・ホームズが変装もせず、素顔で出てきたのですから、てっきり……」
「ははははは!これはよい愛読者だ!私の性格をよく心得ている!」
〇奏者のお兄さん みんなホームズ読んだことある?
〇ウルフ ないっす
〇バードマスター あるよ
〇災厄ハンター ホームズのことは知ってる
〇Silver bow あります
〇奏者のお兄さん 興味関心の差がでてるね
「……ふう。私も協力したいのは山々なのだが。依頼された順番というものがある」
「ほう。君はすでに仕事を始めているんだね」
「ああ。私はバベッジ卿にこの事件の解明を依頼された」
鋼鉄の科学者に残されていたわずかな理性、一欠けらほどしかなかった、しかし綺羅星のような理性を代償に。
「この依頼が終わるまでは、私はカルデアに縁を結ぶことはできない。だが、それは致命的な問題ではない。戦いは君たち英雄に任せよう」
「なるほど。君の事情は理解した」
「そして――――私は探偵だ。正義にも名誉にも興味はない。ただ謎を暴く。それが私の本分なのだから」
「(そ、想像した通りのホームズさんです……!)」
きらきらとしたマシュの視線、フラットな立香の眼差し、冷静なダ・ヴィンチは思案に耽る。
トータとベディヴィエールは「探偵…?探偵だと…?」とざわざわし、三蔵は眠たくなってきている。
「それで、謎って?」
「それはこれからレクチャーするとしよう。なにしろ道中は長そうだ」
「君は我々の味方ではあるが、現状仲間になる気はない……。そういうことでいいんだね?」
「イエス。諸君たちはこの学院に知識を求めに来た。“全てを知る必要がある”……おそらく、山の翁はそう語ったのだろう?」
であれば目指すべきはこの学院の中心部だ。
中心部はここから遙か500メートルの地下。通路はご丁寧にも折り重なり
「私は中心部への道を示し、諸君らはトラップをその肉体で排除する」
「肉体労働だ」
「まさに無駄のない共同作業。さあ急ごう。無限の知識が我々を待っている!」
少女たちを照らす灯りが、重なる影を映し出す。ゆらゆら。まるで影絵のよう。
黴臭い通路を侵入者たちが進んでいく。かき混ぜられた空気は
「なし崩し的にホームズ殿と行動する事になりましたが……これでいいのでしょうか?」
「いいと思うよ。いま敵じゃないなら大丈夫」
「立香ちゃんも肝が据わってきたねぇ。ま、目的は一致しているし、私もいるから問題ないさ」
マシュの盾の収納スペースから移動してきたフォウくんが、同意するように、立香の肩でひと鳴きした。
「フォウ!」
「……そうですか。私はどうもあの手のタイプは苦手で。マーリンと同じ匂いがします、あの人……」
つまりうさん臭くていまいち信用しきれないと?
能力的には優秀でも人格に問題があると??
物事を客観的に見すぎて人間性が薄れていると???
言い過ぎだぞ、ベディヴィエールくん。
「でも彼はマーリンと違って人間だからね。やれることには限度があるはずだ。多分」
「成る程」
「ダ・ヴィンチちゃんはホームズが何かやらかす想定で動いてるの…?」
「ワトソンがいないホームズなんて、リードを引きずる犬と同じじゃないか?」
〇奏者のお兄さん そ、そうかな?ホームズだって一人でできるよ
〇Silver bow そうじゃん!ワトソンがいないじゃん!どこに置いてきたの!
〇騎士 居ないよりは断然居たほうがいいタイプのサイドキックだからな…
防衛装置をえいっと片付け、探検隊は進む進む。
「そもそもアトラス院とは何なのか?いい疑問だ、ミス藤丸」
それはエジプトにあるもう一つのアトラス山に根付いた、錬金術師たちの学院である。
別名を巨人の穴倉という。
「魔術協会、その三大部門の一つ、蓄積と計測の院。中世から主流となった現代錬金術とは異なる、魔術の祖、世界の理を解明する錬金術師の集団だった」
彼らは魔術師でありながら、魔術回路の乏しい学徒たちだった。当然の帰結として、彼らは神秘を学ぶ過程において魔力に頼らず、多くの道具に頼った。その在り方は科学技術による発展に近かった。
「擬似霊子……魂を観測可能なエネルギーとして扱い、魔術回路を持つ生命、ホムンクルスを創造した」
“自らが最強である必要はない。我々は最強であるものを創り出すのだ”
「それがアトラス院の錬金術師たちの格言だ」
〇銀河鉄道123 その志は素晴らしいものだと思いますが
「魔術世界で言う、七つの禁忌。アトラス院は世界を滅ぼす兵器を七つまで作り上げ、その段階で自分たちの限界を認め、これを封印したという」
〇銀河鉄道123 研究者ですねぇ……
「……彼らがなぜそんな兵器を作りあげたのかは諸説様々でね。アトラス院の院長にはアトラシアという称号が与えられる。ここに来る前にプレートを見たよ。そこにはズェピア・エルトナム・アトラシアという表記があった」
彼が最後の院長なのだろう。
後継者はいたようだが、名前は記されていなかった。
「歴代のアトラス院長は必ず発狂し、その結果、世界を滅ぼしてしまう
〇銀河鉄道123 研究者ですねぇ……
〇海の男 ホンマか???
〇銀河鉄道123 天才は発狂しがちなので……
「なんにせよ、ここは地上のものとは比べものにならない“魔術礼装”の貯蔵庫だ。真実はただの廃棄場なのだがね」
アトラスの錬金術師たちは発明を繰り返してはこれを失敗作とし、おぞましい兵器の山を築いた。
〇銀河鉄道123 そして次元がそれをいくつかちょろまかしていったと
〇海の男 ちゃっかりしとるなホンマに……
「その中心地に我々は向かっている。どうかな?アトラス院の概要は理解できたかな?」
「なんで巨人の穴倉っていうの?」
「ふむ。ギリシャ神話において世界を支えた巨人がいるだろう?名をアトラス。そのアトラスの曰くを受けたのかもしれない」
もともとアトラス山にあるからアトラス院、というシンプルなネーミングである。
「アトラス院における錬金術の発端はエジプト神話の魔術師の祖、女神イシスの流れにある。特異点によってエジプトに現れたのは、その因縁によるものだろうね」
「地下に逃れて魔術を学んでいたのですね……。道理で聞いた事のない魔術派閥です。しかし学徒たちの姿はありませんが、アトラス院というのは滅びているのですか?」
確かに。という顔を立香がした。
建物だけ来たのかな?
「……いや。私が調査したかぎり、アトラス院は紀元前から西暦2016年まで活動を続けている。ここまで人の気配がないという事は、おそらく――――」
おそらく?
言葉尻は途切れて、ほんの少しの沈黙。
「いや、憶測で語るのは避けよう。中心部に辿り着けば明らかになる事だ」
多くの謎に満ちた地下学院、未知の技術体系によって作られた研究施設――――。
「その正体は理想のシェルターか、はたまた巨大な墓標にすぎないのか。我々は希望を持って、その真相に迫ろうじゃないか」
***
「しかし、複雑な構造をしていますね。学院というより迷宮です」
代り映えしない景色はずうっと続く。気が滅入ってしまいそうだ。
「しかも、降りていく分には道が二つほどにしか分かれていませんが、振り返ると三叉路になっている。だまし絵のような作りです。これでは、まるで――――」
「そう、
「盗難防止……にしては発想が逆ですね。なぜそのような構造をしているのでしょう」
こんなに広かったら移動するのにも大変だろうな。みんなの会話を聞きながら、立香は思う。
「外から来る者より中から出るものを恐れていたのさ」
ホームズが言う。
「アトラス院は天才たちの集団だ。彼らはそれぞれ独立した工房で各々の研究に没頭した」
ステッキを華麗に捌きながら。
「ここでは何のタブーもない。どれほど非人道的な兵器を作っても咎めはない。ただし一つだけ条件がある。
〇守銭奴(赤) おい
〇守銭奴(紫) あの
「それがアトラス院の大原則だ。彼らは二千年以上、そのルールを守ってきた」
〇フォースを信じろ(緑) 魔術師でさえ守れるルールを…
〇フォースを信じろ(青) まあ次元の自認は魔術師じゃないしな…
「例外があるとしたら、それはアトラス院創立時に作られたという七枚の契約書だ。この契約書を持つ者に対してのみ、アトラス院は特例の協力を約束するという」
歴代の院長にとっては頭の痛い話だっただろう。なにしろご先祖様が勝手にした契約だ。
「西暦2000年までに四枚まで契約書を回収したというが、あとの三枚の行方はようとして知れない」
話を断ち切るように警報が鳴り響く。視界が赤く染まる。不愉快な点滅。
「おっと、話の途中だが防衛装置のお出ましだ諸君!迅速な対処を期待するよ」