「……さて。私の知りたかった事実は以上だ。次は諸君らの番なのだが……その前に」
造り物の陽が差している。まるで初夏の空。きっとかつての学徒たちも、午睡日和を享受していた。
「カルデアの記録を探っているうちに、ミス・キリエライトへの回答も見つけてしまった。もののついでのようで実に申し訳ないのだが、話してもいいかね?」
「わたしへの回答、ですか……?」
眉目秀麗な男の伺うような仕草は、嫌味なく絵になるようだ。
身長差によってホームズを見上げているマシュの、明かりを吸い込んだアメジストの瞳。
「あ、もしや、ここに来る時に話していた、わたしに力を譲渡してくれた英霊の真名、ですか?」
「その通り!答えは見えていたものの確証がなかったので先ほどは濁したが……。今は事実としてキミに教えてあげられる。聞く準備はいいかね、ミス・キリエライト?」
「お待ちください。それはマシュ殿が自分で見つけ出すべきもの。我々が口をだすのは……」
ベディヴィエールがとっさに声を出して、しかしホームズに視線で跳ね返される。
「いいや、私は打ち明ける!誰もがもう答えに気づいている以上はね!」
鏡に反射した光のように真っ直ぐに。
「その上で事実から目を背けるのは愚か者のする事。ではミス・キリエライトは愚か者なのか?それは断じてノー!ノーだベディヴィエール卿!」
受け止めたベディヴィエールが言葉に詰まる。まだ、返す言葉を持ち合わせていない。
「そもそも君は何を恐れているのか!真名を知っていも何の変化もなかったら?真名を知っても宝具が展開されなかったら?それこそ不要な気遣いだと私は断言しよう!何故なら――――」
青い背景と青いオベリスクが、あまりにも非現実的で。
ここがフィクションでないのが、立香は本当に不思議だった。
「マシュ・キリエライトの精神は既に完成している!彼女の恐れは、宝具のあるなしで変わるものではない!」
それはそれとしてすごくマシュの事褒めるな。
まあ私のマシュは最高の後輩だしな……。
「故に、宝具が展開しなかったとしても、彼女は立ち上がることを止めないだろう!たったひとつ信じるものの為に、彼女は最後まで、勇気を振り絞って戦うのだから!」
「――――――」
この短時間、いや立香が感じていないだけで長時間立っているのかもしれないけれど。
ここまでマシュの本質を、あるいは勇気を見抜いているのは。さすが洞察力に優れた名探偵だというほかない。
「……失礼。臆面もなく激してしまった。では打ち明けてもよろしいかな、ミス。貴女に与えられた運命。彼女の命を救っている、その英霊の名を」
「……マスター。いいのでしょうか、これで」
「もちろん。いつかは知る事なんだし。でも――」
立香ははにかみながら言った。
「ちょっとロマンは足りないけどね」
「……はい。もう少し、特別なものであれば良かったですね」
つられてマシュも笑った。
でも、このくらいがちょうどいいのかもしれないね。
「教えてください。ミスター・ホームズ。わたしの真名。この盾の本当の名前を」
「よろしい。では探偵らしく、全ての種明かしと行こう」
むかしむかし。あるいはOnce Upon a Time。
「そもそも、カルデアはどのようにして英霊召喚を安定させたのか。それは“英霊を集めるもの”があったからだ」
かって多くの英霊たちが集った席。
「カルデアはその聖遺物を加工し、召喚の触媒とし、融合素体の肉体に埋め込んだ」
「カス組織……(小声)」
「シッ立香ちゃん。後でね(小声)」
「分かるかね、ミス立香。彼女が持つ武器は盾のように見えるが盾ではない。君が一番最初に契約したサーヴァントこそが、多くの英霊を集める下地だったのだと」
「ラウンドシールド」
「ああ、シャレが効いている。ここだけはカルデアの技術者に拍手を送ろう。彼女のもつソレは円卓を核にして作りあげた、聖なるラウンドシールドなのだから」
〇ウルフ 立香、口悪くなったな
〇災厄ハンター そりゃなるだろうな……という経歴
〇海の男 レスバに……勝っていこう!
「いいかな、ミス・キリエライト」
西暦2010年における召喚英霊第二号。カルデアが行った英霊融合実験、唯一の成功例。
カルデアの非人道的実験を嘆きながら、マシュの命を維持する為に現世に留まり続けた。
「そしてカルデア爆破事件のおり、貴女に全てを託したもの。――――その英霊の名はギャラハッド。円卓の騎士の一人にして、ただひとり聖杯探索に成功した聖なる騎士だ」
「円卓の騎士、ギャラハッド――――」
ふらり、とマシュは尻もちをついた。
「マシュ!大丈夫!?」
慌てて立香が声を掛ける。反射的に顔を上げて、火照った頬の少女。
「は、はい……。腰から力が抜けて、つい座り込んでしまいました……。なんだか、顔も熱いです……」
「お尻ぶつけた?痛くない?」
「大丈夫です、先輩。……ただ、とても嬉しくて」
立香に手を引かれて立ち上がったマシュは、ほころぶように笑って言った。
「あの時わたしたちを助け、信じてくれた人の名前がやっと分かって……今は、それがとても嬉しいんです」
「うん。良かったね……」
「その名に恥じないように、わたしは戦えていたでしょうか……?」
「もちろん!マシュは最高のファーストサーヴァントだよ!」
思わず抱き着いた立香を、マシュは危なげなく受け止めた。
「ほうら、言った通りだろう?あの少女はそういう少女だ」
ベディヴィエールの隣にきた、ニヒルな名探偵は言う。
「何であれ感謝を忘れない。自分を生かしてたものへ、悲観的な心など示すものか」
「……ええ。本当に、その通りですね。ギャラハッドの選択は正しかった。たとえ時代は離れ、人種が違おうとも。彼は確かに、己に近しい者に後を託したのですね――――」
「さて、真名伝達による宝具覚醒の
「充電式なの?」
「いや、魅力的な未解決事件が世界にはまだどれほどあるのか、こっそり検索したのが裏目に出てしまったようだ」
「なにしてるのこの探偵」
「上げた株を下げないでください」
立香とベディヴィエールの呆れた視線をさらりといなし、探偵は優雅にパイプをくわえた。
「安心したまえ。あと一度はしっかり機能する。私は真実を逃さない男だ。獅子王の持つ聖槍ロンゴミニアド。これがなんであるのか、諸君らは知る必要がある」
そういえば、まだそれがあった。
こんなにも沢山の情報が開示されて、果たして帰還後のレポートはどれ程の長さになるだろうか。
「無論、私もその名は聞いているものの、どのようなものなのか、これが初見だ。さあヘルメスよ、その真価を我々に示したまえ」
オベリスクが控えめに光り、探偵はしばし沈黙した。
「………………………………なるほど」
「(先輩、検索が終わったようです。ヘルメス、便利ですね)」
「(ちょっと触ってみたかったかも)」
「(フォウ。フォー)」
フォウくんは退屈そうに欠伸をした。マシュの肩で伸びをするもふもふを、立香は指先で撫でてやる。
「獅子王が持つ聖槍。これがなんであるかは……。ベディヴィエール卿。貴方はどこまで知っているのです?」
「詳しくは知りません。王は聖剣の他に幾つかの宝を持っていました」
記憶の箱を探るために、ベディヴィエールの視線が上を向く。
「聖槍ロンゴミニアドもその一つ。円卓の騎士でもその詳細は聞かされていないのです。ただ、マーリンはあれを“最果ての塔”と言っていました」
それはブリテン島より遥か西の海にそびえる光の柱。水平線の彼方、世界の果てに立つ塔。
「塔?でも槍なんでしょう?そりゃあどっちも長細いけど……どっちなの?」
「いえ、これが私にもよくは……ホームズ殿?」
三蔵の疑問をパス回し。ベディヴィエールのボールを受け取って、ホームズは言葉を繋ぐ。
「聖槍は
一つはこの世界を貫いている巨大な塔。これは聖槍の在り方がカタチになったもの。
「聖槍は健在なり」と我々に示したものだ。実際に塔としてあるが、人間には辿り着けない。
「なにしろ『世界の果て』にあるものだ。果てには永遠に辿り着けない」
〇銀河鉄道123 うむ。ロマンだね
「塔は世界の果てにそびえながら、人界のすべてを見通し、見守っている」
「ふむ。霊験あらたかな見晴らしの塔という事だ」
「そしてもう一つは獅子王が持つ槍。これはその塔が地上に落とした影のようなもの」
塔の能力、権能をそのまま使える。個人兵器という事だ。
「塔が本体で槍は子機、という事でしょうか……?」
「実にいい喩えだ。ミス・キリエライト」
塔は世界の果てに在り続けるものであり、槍は塔の管理者が持ち続ける武器である。
「問題は『塔』がなぜ星に刺さっているか、という点だ」
人間の世界はこの惑星の表層に貼られた一枚の
その惑星において覇権を握った知的生命体の認識――物理法則によって成り立つ敷物が我々の世界だ。
これが剥がれないように惑星に縫い付けてあるもの。それが『最果ての塔』と呼ばれる現象。
「この『塔』は何もブリテンに限った話ではない。世界に点在し、何本もあるものだ。そのうち一本が獅子王の持つ聖槍なのだろうね」
〇Blue そうなんだ
〇災厄ハンター つまり獅子王が管理者なのか。シーカーストーンってこと?
「……最果ての塔とは、そのような意味だったのですか。そんな恐ろしいものを、王は何年も――――」
「信仰を受け止める仏塔のようなものね。分かる分かる。でも、それがどうして聖都の状況に結びつくの?獅子王はその塔をどうするつもりなのかしら」
「……おそらく。獅子王は聖槍を塔として使用する気だ」
聡明なダ・ヴィンチはすぐに思い当たる。
少女たちは首を傾げた。
「獅子王は聖都に理想都市を作り選ばれた人間を集めた。清く正しい人間を、ではない。何が起ころうと正しい行いしかできない人間たちをだ」
ヘルメスの計算によると、聖槍には五百人の魂が収納できるらしい。
あの聖都は聖地の上に一夜にして築かれた。不可解な出来事のように思えたが、何のことはない。
あの都市は「聖槍」そのもの。聖都に選ばれた人間は、みな聖槍の中に仕舞われたようなもの。
「獅子王は清らかな人間を保護したと言うがね。真相は逃がさないように閉じ込めた、という事だ」
「馬鹿な!あの都市はキャメロットです。細部こそ異なりますが、円卓のキャメロットだ。それが、そのような邪悪なものである筈が……!」
思わず声を荒げたベディヴィエールを、誰が責められようか。
「……いえ。ミスター・ホームズの推察は正しいです。あれはキャメロットではありません。確かにキャメロットは妖精によって作られた城。一夜にして現れることもあるでしょう」
どこか恐々とした様子で、ベディヴィエールはマシュの言葉を待った。
「……でも、あれは違います。初めて見た時から恐ろしいものを感じていましたが……。あれは聖槍ロンゴミニアドの外殻です。決して、人間を助けるものではありません……」
「では……聖都の中にいる人々は、どうなるのです?王に守られながらも自由のない生活を送るのですか?」
そうであってほしいと思いながら、薄々、真実を察している。
「生きるか死ぬか、などという話ではないよ。聖都にあるものはみな、聖槍に取り込まれる」
「魂を?」
ダ・ヴィンチの鋭い声に、探偵は首を縦に振ることで答えた。
「聖槍はこのアトラス院と同じようなものだ。シェルターだよ、ベディヴィエール卿」
ただしそこには生命として活動する余地はない。みな“善良な人間の要素”として管理される。
いずれ聖都は収束し、一つの塔になるだろう。その中には圧縮された地獄があるだけだ。
「人々は理想都市で生きる為に集められたのではない。理想の
「馬鹿な……!!!そんなおぞましい所業、もはや人間のものではない……!」
〇騎士 そうか……
〇バードマスター 神の仕事だね
「……………………」
「……獅子王の行いの良し悪しを拙者は論じぬ。己の民を守護する。その一点において間違いはない」
「あるわよ、間違い!何言ってるのトータ!」
「最後まで聞けい!よいか。聖都とやらを塔にして仕舞ったとする。となれば、後はどうなるか?」
決まっている。聖都は消え、獅子王の軍勢も消える。
であれば少なくとも、山の民たちと獅子王が争うことはなくなる。
獅子王は完全に、理想と共に引きこもるのだから。
「あ……そっか。確かに争いはそれで終わるのよね。一応。“自分の国の民だけを守る”獅子王もそこは徹底しているんだ……」
「そうであればよかった。私もミスター・俵と同意見だったよ。――――ヘルメスの解析を知るまではね」
めいめいのため息。
呆れたのか、諦めたのか。
「獅子王は聖都を最果ての塔にする。それがどういう意味合いか、諸君はもう知っている筈だ」
「『塔』が出来るという事は、その一帯は全て『世界の果て』になる。『塔』という完全な世界を作る代わりに、『塔』の外の世界は消滅する。そのカウントダウンはもう始まっているってことだね」
「イエス。獅子王は自分の国の民だけを守るのではない。自分の国以外の民を、みな切り捨てる心境だ」
「民、ねぇ……」
ダ・ヴィンチちゃんは、皮肉を言うように呟いた。
「この特異点が異例中の異例なのは、既に“世界のどこでもない場所”だったからだ」
「……そっか。砂漠の向こうに何もなかったのは、もうこの時代が人類史から切り離されているから……」
この特異点を作り、滅ぼそうとしている者はとっくの昔に魔術王ではなくなっている。
「人理定礎の一つを犠牲にしてまで理想の都市をその手に収めようとする、神の如き獅子王だ」
「………………」
三蔵が目を伏せた。痛ましいものを、見た時のように。
〇災厄ハンター う~~~~ん女神
〇海の男 ああベディ…泣いていいんだぞ…