「……地上に戻りましょう、皆さん。もはや一刻の猶予もありません」
頷いて、立香はううんと伸びをした。
立ちっぱなしで少し疲れたな。
「聖槍が完成する前に聖都に押し入り、獅子王の真意を確かめねば」
「ベディヴィエールさんに賛成。ガイコツの偉い人がここに行けって言った理由も分かったし」
でも、山の翁はどうして知っていたんだろう。どこまで知っているんだろう。まさか、ホームズのことも…?
「……あれ?でもどうして偉い人はみんなに教えてあげなかったのかしら。その方が早かったのに……」
「立香がここに来る必要があったのだろう。あるいは、この学院ではなく砂漠そのものにか」
こてりと首を傾げた三蔵ちゃんに、碧天を仰ぐトータがしみじみと呟いた。
「なにしろ人の縁ばかりは力ではどうしようもない。初代山の翁と言えど、できることは限られている。立香にはこの地でやるべき事がある――――彼の
「やるべき事……」
「そうさな…む?なぜ笑う、探偵殿?」
水筒を煽って勢いよく水分補給をしていた立香は、ぷはぁと吐息交じりに疑問を掲げる。
肩を小刻みに震わせる探偵は、機嫌がいいようだ。
「失礼、笑っていたかね?だとしたら、貴方の言葉はよほど含蓄のあるものだったのだよ。私の冷淡が崩れてしまうほどの、ね」
「キャラを作っていた……?」
「立香ちゃん。疲れたからって適当なことを言うのはやめようね」
「そうですよ先輩。裁判で不利になります」
「よーし帰るか!」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「って、帰り道にもこれあるの――――!?」
「勿論だとも。そして今回は今までとは比較にならない相手だろう」
「アトラス院は出ようとする者には容赦はしない――――だったね」
「そうとも、これが
「先輩、通路の先に光が見えてきました!あれは太陽の輝きです!」
「帰りは早かったですね。それもホームズ殿のおかげですが」
「初歩的な事だよ、諸君。迷宮に入った時は視覚情報だけに頼ってはいけない。立体的な地図を脳内に描きながら進むのだ」
「さすが名探偵!」
砂漠に戻る前に装備を確認する。
令呪よし。礼装よし。影の相棒、よし。
「ふむ。最後にお役に立てて何よりだ。私はここで、諸君らとお別れだからね」
「やっぱりカルデアには来ないのかい?優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいんだけどねぇ」
「ふむ。カルデアに謎があるのは確かだが、私は私で他に追う者が居る」
魔術王以外に?
思い当たったのはダ・ヴィンチちゃんだけのようだ。マシュも不思議そうにしている。
「(ホームズが
「その名は幻霊――――いや、今は語る事ではないな。私はここで失礼するよ。ミス。立香」
「うん。いろいろ本当にありがとう」
「どういたしまして。では、最後に難問を残そう。人理焼却についての、もっともシンプルな疑問だ」
〇守銭奴(赤) ほほう?
「私は思うのだよ。なぜ2016年が起点だったのだろう、と」
「え?」
〇守銭奴(赤) え?
〇フォースを信じろ(緑) え?
「誰も疑問に思わなかったのかね?魔術王は人類史そのものを焼却した。であれば、だ。西暦元年を起点にしていれば、キミたちは生まれる事もなく世界は終わったはずだ。なのに彼は2016年から焼却を始めた。2016年から過去に遡って燃やし始めた」
人理焼却は立香たちのいる2016年から、過去に向かって進んだ炎なのだ。
「なぜそうしたのか?考えられる結論は一つだ」
魔術王には2016年まで待たねばならない理由があった。仮に、彼の居場所が紀元前1000年だとしよう。
紀元前1000年から西暦2016年まで、およそ3000年分の歴史。彼はこれを燃やす必要があった。
「分かるかね?魔術王は絶滅させたいから絶滅させたのではない。
「人類が憎いから、ではなく……?」
「そうだ。関心がないものには殺意も存在しないだろう。」
パイプの煙をくゆらせて、ホームズは考察を続けた。
「……ただし、この考察はここから厄介になる。無論、その
一つは先ほど言ったように、2016年から過去までの長さに価値があるのでは、という仮説。
もう1つは、あのソロモン王ですら、20116年から先が見えなかったのでは、という考察だ。
「ソロモン王には未来を見通す千里眼があった。もしもその彼にすら、2016年から先が見えていなかったとしたら――――」
「……未来はもとからなかった?」
「……私と同じ結論だね。これが間違いである事を祈っているが」
〇騎士 未来視が使えなくなるなんてことあるのか?
〇守銭奴(紫) 未来がないから滅ぼそ~ってなったってこと???
〇フォースを信じろ(青) ??? ソロモンが滅ぼしたから無いんじゃないの
〇銀河鉄道123 議論の余地がありますね
「では、諸君。私はここで退散する!次に会うとしたら、そうだね――――」
英国紳士はウインク一つ。優雅に一礼。
「荒野ではなく、賑わいのある都市がいい!ロンドンに並び立つような都市での活躍を期待しよう!」
「フォーーーウ!」
カンカン照りの太陽が出迎える。外は砂嵐が去って、一時の平穏を見せていた。
「
機嫌が良さそうに錫杖も鳴る。しゃらん、しゃらんと涼やかな音。
「長い地下通路でしたからね。砂嵐も止んでいるようです」
「アトラス院の真上だからだろう。ここは太陽王の領域ではない訳だしね」
「そう喜んでばかりはいられぬようだぞ?出口で待ち伏せとは、まこと気の長い男よ」
熱を纏った風が砂を飛ばした。複数の影が長く伸びて、重なって、獣のように見えた。
「――――――」
「サー・ランスロット……!マスター、包囲されています!」
ダ・ヴィンチとトータが後衛に下がる。弓と杖を顕現させて、いつでも動けるように。
ベディヴィエールは前に出る。三蔵はあわあわしながらも、立香を守ろうと騎士を睨む。
ランスロットはどこか疲れたような雰囲気で、少女たちと相対した。
「逃走劇はここまでだ。もはや逃げ道はない。大人しく
天からの光を反射して、磨かれた剣が輝く。
「こちらもこれ以上時間をかける事はできん。抵抗するのなら、誰であれ容赦なく切り捨てる」
「……本気のようですね。立香、お下がりください」
名前を呼ばれた立香が、ベディヴィエールの顔を見上げれば。砂漠に映える緑の瞳が、同じように輝いていた。
「円卓の騎士の不始末は、円卓の騎士がケリをつける」
「……その前最後の確認をしたい」
「そ、それは確かに。……私も頭に血が上っていました」
ベディヴィエールは、はっと夢から醒めたように目をぱちぱちさせた。よかった、まだ落ち着いているようだ。
「円卓の騎士はみな王を信じていますが、聖槍の正体を知っているとは限らない――――」
「はい。もしも聖都の、聖槍の正体を知らないまま獅子王に仕えていたのなら、説得はできる筈です」
マシュとベディヴィエールに挟まれて、立香は頷いた。気をつけてね。ええ、もちろん。仕切りなおしたベディヴィエールに、ランスロットは怪訝な顔。
「ランスロット卿、戦う前に一つ尋ねます!卿は聖槍の正体を、獅子王の目的を知っていますか!?」
「……なに?」
「聖都は理想都市ではない。あれは最果ての塔。理想の人間を集め、収監する檻であり――――。それが成った時、この大地はすべて消滅する!獅子王の行いは人知を超えたものだと!」
「………………まさか」
ランスロットが力なく剣を下ろした。
まさか本当に、知らされていなかったのか――――。
「ぬん!」
一閃。アロンダイトが切り上げる。
ベディヴィエールは抜刀が間に合わず、しかしなんとか腕鎧で受け止めた。
「まさか、卿がそこまで知っているとはな。この者たちも同様という訳か」
ゆらりと蜃気楼のような闘気。鋼鉄の意志のような、硬質の瞳。
「……ますます逃がす訳にはいかん。いたずらに恐怖をまき散らす事になる」
「ぐっ……!ランスロット、貴方は……!」
狩りに入る前の獣の助走。ああ、けれど。もう見ていられない。
「聖槍を知っていながら、王に仕えるのですか!過ちを知った上で、なお!」
「くどい!我ら円卓に王への不忠はない、と言った筈だ!聖抜が終わり、相応しい人間が聖都を満たした時、最果ての塔の扉は開かれる。それは我ら円卓を召喚した際、まっさきに獅子王が宣誓した事」
……だから騎士の、人数が足りない?
マシュの頭の中の冷静な部分が、事実に辿り着く。
「我らは、その言葉に従うと誓った。その理想の下、我らは同胞である十字軍を屠り――――この時代、すべての人間の敵になると決めたのだ。……王の行いに、人ならざる意思を感じてもな」
「……!」
怒りが。
怒りが、見えない枷を壊していく。
わたしという一人をめぐっていく。
「話はここまでだ。異論あらば、首をかけて王の御前で語るがいい!」
「た――――――あっっっっ!!!!お―――こ―――り―――ま―――し―――た―――っ!!」
ランスロットの二太刀目がベディヴィエールに届くことはなかった。割って入ったマシュが、盾で思いっきり弾き飛ばしたから。
勇ましく感情を表明して、少女騎士が躍り出る。
「なに!?」
「レディ!?」
「マシュ!?」
三者三様に驚いた声をあげた、誰も彼女を止められない。
「……まて、この盾、この気配……君は、まさか……!?」
「完全に怒り心頭です!私の中にはもういませんが、きっと彼もそうだと思います!ですので、代弁させていただきます!」
冷たい冷たい眼差し。
知っている。この瞳を知っている!
「サー・ランスロット!いい加減にしてください!」
「い、いい加減にしてください……?」
「それでもアーサー王が最も敬愛した騎士なのですか!?」
少女の姿が誰かと被る。
絶対に居ないはずの誰かと。ランスロットという人間から、絶対に切り離せない少年と!
だからもう――――逃げられない。
「王に間違いがあるのなら
間違っている!お前はずっと!
そんなことランスロットが一番分かっている。
無辜の命より、忠誠をとり。されど二心を抱く。中途半端な男。生前からずっと、死んでも変われない。
「待て……!待つんだ、待ちなさい!親を親とも思わない口ぶり、片目を隠す髪……。君は、もしや――――!」
〇小さきもの ギャラハッドもメカクレなんだ
〇小さき爺 シッ 後にしなさい
「もはや言葉は不要です、サー・ランスロット!改めて、貴方に決闘を申し込みます!」
「マシュ――!?」
「決闘ときたか」
ガン!と砂地に立てられる盾。なんて安心する重み。
「ご安心を、マスター!わたしは決して、あの人には負けませんっ!」
胸の奥が熱い。けれど頭は冴え渡り。
「この盾が、この鎧が、この胸が、そう叫んでいるのです!だって、だって――――」
湧き上がる力の奔流は、目の覚めるようなバイオレット。ようやくずれていた輪部が重なって、影がひとつになった。
「わたしはマシュ・キリエライト、与えられた英霊の
ああ、その姿は!その鎧は……。
ベディヴィエールは安堵と懐かしさで胸が詰まった。擦り切れた記憶の向こうにいる君よ。まだこんなに、鮮やかに思い出せる。
光輝く英風。霊基再臨・第三段階。雪花は舞う舞う。少女は謳う。
しかし感傷に浸っていられるのも一瞬だった。マシュが全力でスタートダッシュをキメたので。
「はああああっ!!」
「うおおおおおおっ!?」
「おおっ、ランスロットが押されているぞ!」
「完全に勢いに飲まれてるね」
「あっなんか、思ってたよりいけそう」
なんだかんだ場数を踏み、視線をくぐり抜け、腹を括ったマシュは強い。剣を振るうように盾を振るう。余りにも軽々と!
ランスロットは後ずさり、攻め手を探りながら攻撃を捌く。弾かれた盾の勢いに乗って、マシュが半身になった。隙か?いいや、己を軸に、盾を振り子のように振り回した。魔力の乗った風圧。ランスロットの髪を掻き上げた。いつの間にか汗をかいていた首元が、やけに涼しかった。すぐに顎を狙う突き上げがきて、肝も冷えた。
切っ先を迷わせるランスロットは、盾を弾くので精一杯。かつては身を預けていた円卓の盾が、今はまるで十字架のような重み。迷いなく距離を詰めてくる少女が砂を蹴とばす。跳びあがって、頭上から叩きつけられる重みを紙一重で避ける。髪の隙間から覗く瞳の鋭さ。まるでスローモーションのように、視線が捕まって。腹に衝撃が響いて。空気の塊が口から飛び出した。とっさに踏ん張る足元。踏み込み。横薙ぎは空ぶって。追撃の手は出ない。出せない。もう心が負けているから。
未練と諦めごと吹き飛ばすような突進が迫る!クロスアームブロック!鎧と盾がぶつかり合う重たい衝撃音。砂漠に鋭く響く。
――――ふっ、と。わずかに盾が軽くなり、
「はあっ!」
「ぐふっ!?」
「い、今のは…!?」
「あれは…パンクラチオン!ケイローン直伝だ!」
どんなに立派な鎧でも、それを上回る衝撃があれば貫通できますよ――――。ありがとうございます、ケイローン先生。わたし、強くなりました……!
「くぅ……!!この、肉体より骨格に響く重撃は、まさに……!」
「目は覚めましたか、ランスロット卿!これで分からないのなら、次はお城をぶつけます!」
「そこまで!?」
思わず腹に手を当てながら、わずかに膝を折ったランスロットを見下ろして、厳しい声でマシュが言う。
ランスロットは深い息を繰り返しながら、痛みなのか暑さなのか分からない汗を流した。
「………………いや、君の言う通りだ、マシュ。円卓の騎士と戦い、敗れたのだ。もはや私は円卓の騎士を名乗れまい」
もしかしたら私は。誰かにこうして、叱ってもらいたかったのかもしれない。
そこまでされないと踏ん切れない。私は、本当に――……。
「私の愚かさが晴れた訳ではないが――――君たちと戦う理由は、私にはなくなった」
「ようやく素直になったのね。ランスロット、どう見ても嫌々戦ってるんだもの。…でも、あれだけ頑固な人が今回はあっさり負けを認めたわね。どうしてかしら」
「三蔵ちゃん、ギャラハッドはね……」
「うそ!?親子なの、あの二人!?」
「いえ、ノーです三蔵さん」
ノーとは。
「父に見えたのは子供の頃だけ。そうギャラハッド氏の霊基は証言したがっています。実際、ランスロット卿とギャラハッド卿の仲はそう良くなかったはず。そうですよね、お父さん!」
「いや、私は上手くやっていきたかったのだが……すまない、その呼び方は心臓に悪い。心の準備ができてないとショック死しかねない……」
「(複雑な家庭環境でしたからね……。まさか英霊になって念願の呼び方をされるとは……)」
まあ、ランスロット家の事情は一旦置いといて。
「ふむ。綺麗さっぱり敵意も殺意も消え失せた。ランスロット殿はもはや敵にあらず、だな。それで、どうする立香?」
「ランスロットを捕らえて聖都に入るか、あるいは山の民に届ける、という手もあるよ」
トータとダ・ヴィンチちゃんの提案に、立香はゆるく首を振った。
「味方になってもらうのは……?」
「それは……ふふ。そうですね、その通りです。私では言いづらいことをあっさりと言ってくれました。ランスロット卿が味方になってくれるのなら、これほど頼もしい事はありません」
「……敗北した以上、私の命は君たちに預ける。だがその前に、君たちをある場所に案内させてほしい」
「ある場所?」
「隠し拠点か何かかい?」
ダ・ヴィンチの質問に、ランスロットは微苦笑した。いよいよ完敗だ。
「私が消えればその場所を知る者はいなくなる。それはなんとしても避けたいのだ」
「……訳ありのようね?どうする?」
「遠いの?」
「私の部隊が君たちを乗せて走る。ここからなら移動には半日もかからない」
「じゃあ行こう。まだ砂漠で、やることもあるし」
こうしてカルデア一行は、騎士ランスロットを味方にして。一路、“ある場所に”向かうのだった。
11周年おめでとう!