嗚呼――――――。
生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて。
時代を眺め、人を守り、妻と並んで歩いた。いつの空も、ハレの日は美しくて困る。
英霊など身に余る話。あの頃は若くて、我武者羅で、無力だった。
だからといってただ座にいるのも、これはこれで据わりが悪い。我ながら面倒な性格である。
ならばいっちょバイトでもしますかと、はじめちゃんは腰を上げたのです。
「女将の紅閻魔でち」
「アドバイザー兼バイト長のリンクです」
「は?」
は?
現在、閻魔亭で人手の足りない仕事は3つ。
1、山の幸・川の幸を取ってくる
2、旅館補修のため木材資源を取ってくる
3、魔猿を追い返す
「一様には、2番と3番の仕事を担当してほしいでち」
「うん、オレもそれが良いと思う。どうだ?出来そうか?」
「はい」
「お茶が零れてるでち!」
「女将、あとで本人に拭かせるから大丈夫だ」
席に着いてから永遠に震え続ける手のせいで湯飲みも机もビッチャビチャだが、ここは話を進めていく。
「バイトは旅館に住み込み。食事付き、温泉付き。その代わり、お給料はしばらく待ってほしいでちゅ・・・」
「事情は後で説明する。じゃあさっそく見回りに行こうか。女将、後はオレが。雀たち、また誰か来たら教えてくれ」
「了解チュン!」「我々も働くチュン!」
ぺこりとお辞儀をして退出していく一同を見送り、ふきんを対面に差し出した。
「全然飲めてないけどおかわり淹れる?」
「アッすいません大丈夫です拭きます」
「舌がもつれてんなぁ」
「・・・すいません・・・・・・」
むずむずと唇を動かしながら、斎藤は濡れた机を拭く。手がお茶まみれである。
ていうかなんでこの人は冷静なんだ。この人だからか。ウワッ顔がいい。
鼻歌交じりに裏山に向かう背中は自分より小柄で、貫禄に満ちている。
・・・勝てないな。いや、戦う気もないけれど。どうシミュレーションしても負けるという確信がある。自然体なのに隙がない。剣士の体と気配。
しかし決して血生臭くはない。大きな山を目にしているようだ。青々とした森の香り。
こんなに偉大な存在が、なぜ当たり前のように前にいる?
生前積んだ徳か???警官とかやってたから???よくやった生前の俺マジで頑張ったおめでとう。
「はーじーめーちゃん」
「ナンッ、すか」
「質問があるなら聞いてやろう。オレはこう見えて寛大だぞ」
「うわそのちょっと上からな感じマジで光の勇者だヤバ」
「解釈が合ってるようで何よりだ」
急に早口になるじゃん。
「なんでバイトしてんすか」
「女将が詐欺に遭っててね。本人はまだ気づいていないが、犯人を捕まえるのにこれが1番手っ取り早い」
「あっえーと、この温泉によく来るんすか」
「来たのは今日が初めてだ。はじめちゃん、あれが魔猿。噂に名高い剣の腕、見せてよ」
「・・・やっっべ~。手が震える~・・・。時尾俺を助けてくれ」
猿たちは林の隙間からこちらを窺う。
妙に強く数が多いが、無敵の剣にかかればこれこの通り。
あっという間に
「お見事。二刀流はかっけーな」
「ッフウ~~~。時尾~~見てるか~~」
思わずここにいない妻に声をかけてしまう。感情が抑えきれねぇ。
徳、積んどいてよかった~~。勇者リンクに褒められたぞ~~。
木漏れ日が金髪を照らし、幻想的な光を纏う。うつくしいあお。
「死後か・・・? 死後だった・・・」
「死後だよ。オレもお前もね」
「・・・・・・」
木材集めは木を切るところからだ。現世と違って、はげ山になることを気にしなくていいのは楽だが。
「・・・あの」
「んー?」
薪の作り方を教えるさなか、斎藤がぽつりと言葉を発した。
「俺・・・僕は、結構長生きしたんですよ。新撰組の中でも」
「うん」
「みんな死んでいったのに、生き残って。いや、後悔してるわけじゃないんですよ。ただ、」
「ただ?」
「ただ。・・・・・・うーん。うまく言えないな・・・」
斧が薪を割る、軽快な音が響いている。
リンクの愛する、木の香りが広がった。
「・・・まぁなんだ。生き残って、生き延びて、ゆっくり死ねるのも立派だろ。俺の先輩もそう言ってる」
「・・・時の勇者」
「お前は立派だよ。斎藤一。営みを守り、生きて、人を愛した。だから英霊になれたんだろう」
ざあ、と相槌をうつ風。
「それだけでいいんですか?そんなんで英霊になって」
「長生きの秘訣を語れるやつが、どうして劣ってるなんて思う」
「・・・なるほど」
第二の人生を満喫することを、ようやく斎藤は考えはじめた。
手始めに生前にはなかった、グルメでも堪能しますかね。
「渡辺さん刺身ありますよ」
「綱、この煮物美味いぞ」
「・・・ありがとう???」
昼休憩の時間だ。
そしてこちらが新入りバイトの渡辺綱。まだ混乱している。
「綱は午後から参加な。はじめちゃん案内よろしく」
「了解です」
「ああ・・・よろしく頼む・・・」
リンクをガン見しつつ膳を頬張る渡辺に、斎藤は内心で同情した。分かるよ・・・。
平然と居ないでほしいよね・・・。
「あの・・・・・・」
「ん?」
「えっと・・・・・・・・・・・・ファンです・・・・・・・・・」
「サンキュー。サインとかいる?」
「いります」「いる」
いるんだ。
「しかしあの頼光四天王まで来てくれるとは、頼もしいな!」
「・・・そう、ですか?」
「そうだよ」
「・・・そうですか」
何かを考え込むように視線を落としてしまった、渡辺の表情は読めない。
山にせき止められていた日光が、煌々と廊下を照らしはじめた。リンクと別れて二人は歩く。
「はじめちゃん殿」
「すいませんもしかして天然ですか?どっちかの敬称を外してください」
「一殿。見苦しい所を見せたな。あんなに驚いたのは久しぶりだ」
「僕もです。大丈夫です。気にしてないです」
「そうか・・・」
力強く頷く同僚に、渡辺も頷き返す。
なるよな。なります。
「剣を振るうのは仕事である。鬼を殺すのは義務である。けれど・・・」
「・・・・・・」
「嗚呼――――、心の片隅で憧れていた。あのように剣を振るえればと。あのように強くなれればと」
幼き日のはぐれ者を慰めたのは、異国から来た御伽噺。
己はきっと、この太刀で人を救うために生まれてきたのだ。
“そうしなければならない”から“そうする”のではなく。
“そうしたい”から“そうする”のだ。
営みを守ろう。魔を討とう。
そしていつかは、彼の到達した武の極致へ。
「なのに――――たくさん取りこぼした」
「・・・僕もです」
「悔しくて情けない。でも逃げることだけは許せない。それだけは自分を許せない」
「・・・僕は、」
呟いた斎藤の顔がとても穏やかなので、渡辺は沈黙を相槌にした。
「新撰組の戦いから外れました。でもそれは“逃げ”じゃなくて――――。違う戦いの道を選んだのだと。僕は、僕の誠を掲げて生きたのだと、さっきようやく気づきました」
「さっきか」
「さっきです」
「・・・ふふ」
どこからともなく魔猿が現れる。
しゃらりと抜かれた鬼切安綱。渡辺綱の誇り。
「俺も、俺なりに生きた。その果てに、――――嗚呼。かの勇者リンクに誉れをいただく。こんな喜びがあるか」
思いを抱えて生きよう。人らしく。
死してなお、矜持は捨てぬ。
もうずっと前に、はぐれ者じゃなくなってることに。
渡辺綱はようやく気づいたのだ。
お客はどんどんやってくる。
お宿はどんどん賑わってくる。
「バイト長は表に出ないんですか?」
「客が混乱するだろ」
「そうですね」
懸命な判断である。さすが勇者。
くつろぐ男たちの前に、ことりと湯飲みが置かれた。
するりと居住まいを正す美しい乙女。
「ありがとう、ブリュンヒルデ」
「はい。お茶菓子もどうぞ」
穏やかな微笑みを浮かべるのは、ワルキューレの長姉。3人目のアルバイターである。
閻魔亭、という特殊な場所。そして邂逅した憧れの勇者。彼女の身を焦がす炎も、此処ではほとんど押さえられている。
「勇者様、あの、本日は、退魔の剣を見せていただいても・・・?」
「いいぞ。ほら」
「待って待って待って僕も見る」
「俺も是非良いだろうかよろしく頼む」
頬を高揚させて、少女のようにきらきらと目を輝かせている。ブリュンヒルデは毎日が充実していた。
お給料はいいので、勇者様の魔法やアイテムを見せてください!
それがリンクを見た彼女の第一声である。興奮と羞恥と感動で体を震わせ、目を潤ませる相手を慰めるのには随分と時間を要した。
「落ち着いたら他の勇者を呼んでくるからな。魔法はその人に見せてもらえ」
「はいっ」
「他の勇者」「完全におこぼれに預かっているな」
「あと給料は義務なので貰うんだぞ」
「勇者様がおっしゃるのなら・・・」
聖なる剣の輝きは、乙女の心を癒やす。
悲劇の運命の果てに、彼女は“シグルドを殺すモノ”として形作られた。
それでも、座で彼女は顔を上げた。チラシを握り、はるばる宿の門を叩いた。
私にまだ、出来ることはあるだろうか。私はまた、シグルドに会えるだろうか。
たとえ再び槍を向けることになろうとも、シグルドは
今度こそ生存し、愛を証明するだろう。そういう男だと知っている。そういう男を愛している。
「(勇者様の魔法を学べば、彼への殺意も、少しは押さえられるでしょうか)」
愛に呪われ、愛で死んだ彼女の心を守ったのは、シグルドの愛と希望の物語。
夫と一緒に追いかけたあの勇者は、今は隣でお饅頭をかじっている。
悲しい気持ちなど初雪のように消えてしまった。雪崩のように勇気が満ちる。
ブリュンヒルデは諦めない。この身を灼く愛を、決して諦めない。
閻魔亭の復興は順調だ。直に天守閣も復元するだろう。
「竹取の翁と猿長者、蛇庄屋、虎名主は
「それは俺が、刃を振るいましょう」
「なんで同じモノってわかるんですか?」
「えーと、オレのセンスが反応してるって言ったら信じる?」
「はい」「勿論です」「確固たる証拠きたな」「さすが勇者様ね」
「ありがとうありがとう。しかしさすがに自白は必要だ」
せっかく良い噂が増えてきたのだ。外聞をはばかるようなことは避けたい。
「なのでりっ、・・・理の勇者を呼ぶ。ときのしらべで過去に戻り、巾着を開けさせる。その後の詰めはマタ・ハリに頼む。ガンガン追い詰めてやれ」
「はい、勇者様。お役に立てるよう、頑張るわ(理の勇者・・・)」
「(理の勇者・・・)」
「(理の勇者に会えるのか・・・)」
「(そんなさらっと呼べるんだ・・・)」
扇情的な衣装に身を包んだ踊り子は、可憐な花のように笑う。
四人目のアルバイター、マタ・ハリ。本名はマルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレ。
女スパイの代名詞的存在となった女性であり、運命に翻弄された哀しき女である。
「決行日は、次に翁が来る一週間後。朝礼は以上だ。解散!」
今日もいい天気だ。
こんなに清々しい日に、こんなにも立派な場所で働けるなんて、あの時思い立った甲斐がある。
「マルガレータ、今日はまず川の幸を取りに行きましょう」
「ええ、ブリュンヒルデ。いつも加護のルーンをありがとう」
「どういたしまして。適材適所、ですよ」
この場所は彼女を害さない。貶めない。否定しない。
身勝手な欲望も向けないし、暴力を向けることもない。無意識の魅了だって弾かれる。
英霊になんかなっても、戦う力はほとんどない。世界も未来も救えない。チラシを見つけたのはたまたまだ。ある意味逃げるようにここに来た。
それでもマタ・ハリは許された。他でもない勇者に、よく来てくれたと微笑まれて。
マルガレータは泣いた。生前の分まで、少女のように声をあげて。
「紅先生のお料理教室、今度こそ合格できるかしら・・・」
「先生のお料理教室は、本当にスパルタですものね・・・」
友人と会話をしながら、汗水垂らして労働をする。
あの日のマタ・ハリが手に入れられなかったものを、また1つ拾い上げて抱きしめた。
「チュンチュン!今日もありがとチュン!」
「二人とも、ご苦労さまでちゅ。いつも本当に助かっているでチュよ」
「いいえ、こちらこそ。女将さんに雇ってもらえて嬉しいわ」
私の目は太陽――――の、ふりをしている。
役割を演じることで生きてきた私。“陽の眼を持つ女”という役者の私。
きっと彼は気づいている。あの美しい海のような、深い青の瞳で見抜いている。
けれど彼は、太陽に潜む影ごと私を受け入れたのだ。
・・・ああ、そうだ。
彼は光の勇者だった。
黄昏も影も救って見せた、伝説の勇者だった。
・・・すごいわ、本当に。
「さあ、次の仕事次の仕事!」
“愛する人と幸せな家庭を築くこと”それが聖杯に願うこと。
けれどここでなら、もしかしたら。
諦めずに済むかもしれない。自分で自分を、笑うこともないかもしれない。
そうしてマタ・ハリは、第二の人生を歩み出す。
希望と誇りに満ちたその横顔を祝福するように、透明な陽射しが照らしていた。