水天一碧
抜けるような青空――――を突き抜けていく三つの影。
顔面にぶち当たっていく空気。海面から反射した光の眩しさに、ごうごうと喧しい音が鼓膜を振るわせる。
通信機越しの、近くにいる2人の、声が無茶苦茶に混ざって、滅茶苦茶になって。ああ!もう!
「海ーーーーーーーーッ!?」
「ドクターーーーーッッッ!!!!」
潮風に弄ばれる髪が、鳥の尾羽のように余韻を残した。
第三特異点 封鎖終局四海 オケアノス
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「クソ医者・・・!帰ったら覚えてなさい・・・!」
『はい・・・』
項羽様が居るかもしれないから私も行くわ!とさっさとコフィンに入った虞美人と、立香とマシュは船の上でぐったりとしていた。
雲の上にレイシフトして、余所様の船の上に着地したのはいいが、すでにメンタルに疲労が来ている。
唖然としながら周りを囲む海賊たちも、今日は何て日だと呟いた。
棚からぼた餅ならぬ空から美女。おお天よ。これはいかなるお導きですか?
「取りあえず掴まえろー!」
「カワイコちゃーん!」
「うるっさいわよ死ね!!」
海賊達は3秒で全滅した。
「先輩!頭を蹴らないで!」
「美女が顔を歪ませて蔑んでるのたまんねぇな・・・」
「誰だ今の!?」
なんか恍惚とした顔の変態もいたが、取りあえず虞美人を落ち着かせ話を聞くことにした。
ここは海賊の住む海賊島。島を仕切っているのは大海賊フランシス・ドレイク。
一見平和に見えるこの海は、しばらく前からおかしくなってしまった。
海流も風も異常で、ジャングルがあったり温暖な海域があったり、なによりどこまで行こうと“大陸”らしきものが見つからない。
『聖杯の所有者が引き起こしている、と見ていいだろう。つまりこの世界でもやることは変わらない』
『まずは・・・フランシス・ドレイクに接触するべきでしょう。立香、いける?』
「はいっ」
「・・・だ、そうよ。さっさと案内しなさい」
「アイアイ・マム!」
すでに手懐けている・・・だと。さすが先輩・・・。
森を抜けた先、浜の小屋に居るという大海賊に会いに、3人は歩を進めるのだった。
「姉御!姉御ー!客人です!」
「ああん?ったく、人が気分良くラム酒を呑んでいるときに・・・。海賊かい?」
「えーと、多分違いやす!なんか俺らとは雰囲気の違う女達です!」
「女?入りな!」
「失礼します」
小屋の中は無法。野蛮を敷き詰めて海賊が笑う。
どいつもこいつも浴びるように酒を飲み、喧嘩も賭博もお手の物。
そんな空間とはまるで真逆の雰囲気をもつ少女たちを、値踏みするように女が見た。
「・・・・・・こりゃまた、ずいぶんキテレツなのを連れてきたね」
「へえ。でも見所はあるっすよ」
「(・・・この人がフランシス・ドレイク?)」
「(・・・はい、先輩。たしか男性として伝わっていたと思うのですが・・・)」
『(偉人の性別があやふやなのはよくあることだよ。それより2人とも、油断しないで)』
ジョッキの酒をぐびりと一口。
ワインレッドの髪を揺らしながら、興味深そうにこちらを見る。
「それで、アンタら何者だい?ウチのアホウどもが世話になったようだけど」
「わたしはカルデアという機関に所属する、マシュ・キリエライトと申します」
「マスターの立香です。こちらは虞美人さん」
「カルデアぁ?星見屋がなんの用だい」
あっという間に空になったジョッキに、酒を注ぎながらドレイクが返す。
ぶわりと広がるアルコールが、立香の鼻をつんと突いた。
「ドレイク船長。既にお気づきかとはおもいますが、この時代、この世界はおかしくなっています」
「・・・ああ、そうだね」
「わたしたちはそれを解決するために来ました。協力をお願いできないでしょうか」
「ヤだね」
「!?」
「こんなに
自由のためならあらゆる悪徳を許容する、海賊達は高らかに宣誓した。
イイコトなんてしたくない。やりたいことだけをやるのさ!賛同するように、ジョッキがぶつかる甲高い音。
「だったらアタシ達が最初にこの海全てを奪い尽くす!それが海賊ってもんさ!そうだな、野郎共!」
「ヒャッハーーーー!姐さん最高ーーー!」
「なっ、なっ・・・」
「どうしてもアタシと話がしたいんなら、まずは力試しと行こうじゃないか!このフランシス・ドレイクを倒してみな。話はそれからだ!」
虞美人の大げさなため息も、立香の深呼吸も、盛り上がっていく周りにかき消される。
1人困惑するマシュの腕をひいて、立香は一歩前に出た。
「どうやらそれしかないみたい。先輩、お願いします」
「・・・面倒ね。さっさと終わらせるわよ」
わざとらしく髪を払って、両手に剣を構える。
軽い跳躍。一瞬で目の前に現れた虞美人に、同じく両手に拳銃を持ったドレイクが受け止める。
一撃目はそれでよし。二撃目が来る前にすばやく引き金を引く。同時に放たれた虞美人の剣は蜂の如く海賊の体を裂いた。
「(当たっ・・・効いてない!?)」
咄嗟に後退したドレイクを虞美人は逃がさない。
ココア色のドレスを甘やかにさばき、手元に戻った剣を再び投げる。剣は勢いよく銃を弾き落とした。がちゃん、と静寂に響く音。
「そこまで!」
歓声と驚愕が膨れあがる。
驚いて虞美人を見るドレイクと、腹のあたりをもぞもぞしているアサシンに立香たちが駆け寄っていく。
「先輩!」
「口ほどにもないわね。まぁ、武人でもない海賊だからしょうがないか」
「先輩、銃弾よけなかったでしょ!?」
「だって治るもの。ほら」
「いらないよ!?血がついてるよ!?」
「・・・アッハッハ!とんでもない奴らが来たねぇ!」
腹を探って銃弾を取り出した女に、思わずドレイクは笑ってしまう。
そうだ手当を・・・とマシュが治癒魔術の
・・・・・・ん?
『フランシス・ドレイクから魔力反応を確認。スケール・・・・・・聖杯!?』
「アタシの
「そういうのはいいです!」
「あの・・・聖杯、持ってるの・・・?」
「聖杯?このお宝のことかい?」
そう言って胸元から取り出した黄金の器に、少女達は絶句するのだった。
虞美人は欠伸をしていた。
「それじゃあ野郎ども!新たに仲間になった3人、立香とマシュとぐっちゃんに・・・。あれ?逆だ。新たに仲間になったアタシたちに――乾杯だ!!」
「かんぱーい!」
夕暮れの浜は少し寂しくて、されど賑やかだ。宴会が始まる。
「こ、こんなにゆっくりしていていいのでしょうか・・・」
「この魚おいしい~」
「立香ちゃん、おかわりもあるからな!」
「ちょっと、酒が足りないわよ。さっさと注ぎなさい」
「イエス・ぐっちゃん!」
「順応が早すぎる・・・!」
美少女と尊大な美女を前にして、海賊共は無力だった。
もうここには立香にでれでれしている男と、虞美人に傅いている男しかいない。
フォークを握りながら固まっているマシュの隣に、腰掛ける影が一つ。
「なあに湿気たツラしてんだい。そんなんじゃ財宝が逃げちまうよ」
「ええと・・・」
「ほら呑みな!出航は明日さね。今夜は無礼講だ!」
「当然のように胸元から聖杯を取り出してお酒を注がないでください・・・!」
いつまでも明けない七つの夜、海という海に現れた破滅の大渦。
そしてメイルシュトルムの中から現れた、幻の古代都市アトランティスで。
砲弾の直撃を受けてもピンピンしている奴らに傷を負わせられる、素敵な金ジョッキ!
しかし立香たちの探している聖杯ではなかった。
この時代に元々あった聖杯だ。つまりドレイクは既に一度、この特異点を救っている。
・・・・・・海賊スゲー!
「エモノをかっさらえ~♪エールをかっくらえ~♪」
「しかし、やっぱりこの世界はおかしいのか。となると、財宝も何もあったもんじゃないのかねぇ」
「一応その聖杯も財宝なんですが・・・」
「アタシが欲しいのはトライフォースじゃない。力と知恵と勇気で手に入れたお宝さ」
「・・・・・・」
「しかしサーヴァント・・・。・・・サーヴァントねぇ・・・」
ぼんやりと呟きながら、ドレイクは頬杖をついた。
脳裏に浮かぶのは、神の創りし黄金を求め、海を越えた勇者の姿。
マシュはなんとなくそれを察して、徐々に藍に染まる広い空を仰ぎ見る。
「財宝は――あると思います」
「ん?」
「えっと、ただの勘なのですが」
『私もあると思うなぁ』
「アンタは初めて聞く声だね」
『レオナルド・ダ・ヴィンチ。カルデアの技術顧問さ』
ダ・ヴィンチの声に反応して、立香達も近寄ってきた。
波の音が聞こえる。
『この世界、この時代は“海賊”が居て当たり前の状況だ。善きにつけ、悪しきにつけ、大航海時代とは世界を一回り大きく広げた不可避の出来事。未知の海、見果てぬ水平線の向こう側に、星の開拓者たちは夢を託したんだ』
「そうだね。アタシたちはずっと海に憧れていた。海の向こうの新天地を」
『“そういった思念”が集結しているのなら、財宝があったとしても驚かないね』
「・・・たまらない。燃えてきた、燃えてきたよ!よーしアホウども、まずはしこたま呑むよ!」
風の唄が聞こえる。
気づいているのは空の月だけ。
「明日からの航海はこれまでにない無理難題だ!生きて帰れる保証はないから、一生分呑んでおきな!未知への冒険がアタシたちを待っているよ!」
「カンパーイ!」
「ましゅ~ぐっちゃんねちゃった~」
「そうですか、虞美人さんが・・・先輩まさか酔ってます!?」
「よっれないよ」
「酔ってる人の声です!」
『立香ちゃんて未成年だよね?』
『まあ今夜くらいは大目に見ようじゃないか』
風の唄が聞こえる。
赤獅子の船が、嬉しそうに星を見ていた。