山道を力強く踏みしめる足。ざくざくと落ち葉が鳴って騒ぐ。
「(動きが速い・・・けど!このくらいなら!)」
技量も何も無く力任せに振るわれる槍を、マシュが盾ではじき返す。
巨大馬に跨がり全身に鎧を身につけた男――――項羽は、光のない瞳でこちらを睥睨した。
地面を陥没させるほどの重い踏み込み、突進。ジル・ド・レェの海魔が肉壁となり受け止める。
体に巻き付いてくる海魔の触手を力任せに引きちぎった。
もはや言葉と認識するのも難しい、男の雄叫び。
「止まらないわね・・・。追いかけてくるわよ!」
「わかってる!じっとしてて!」
足下から伝わってくる振動を、振り切るように走り続ける。
呼吸が荒くなり、肺が活発に動き出す。
「・・・っ!」
「マスター!」
攻撃の衝撃が後ろから突き抜ける。つんのめって転びそうになるのを、たたらを踏むことでなんとか堪えた。
思わず振り返る。
『立香!進みなさい!止まってはダメ!』
「はい!」
オルガマリーの声に突き動かされて走り出す。
一瞬見えた光景は、項羽の槍を受け止めるマシュの背中。
「よっしゃアルテミス!俺らもやるぞ!」
「うん!遠慮無くぶちかましちゃうんだから!」
白銀の女神から放たれる、裁定の一矢。
「
地面を覆う海魔が巨大馬の動きを阻害する。腕に巻き付き攻撃の手段を奪う。
むき出しになった胸元、吸い込まれるように突き刺さる。
山を揺らす断末魔の叫び。
礼装がなければ、立香の鼓膜を破っていたのではないかと思うほどだ。
巨大馬が消滅し、身軽になったバーサーカーは前進を再開した。
「効いてなーい!どうしようダーリン!」
「落ち行け!馬は消えたからダメージはあるはずだ!」
『恐らく馬の霊基を吸収して回復したんだろう。マシュ!』
「はい!足止めします!」
遮蔽物の多い方へ。多い方へ。
木々をかき分け、岩肌を駆け抜ける。
『・・・よし、半分を越えた。各所に敷設した魔法陣には治癒効果がある。今のうちに出来るだけ休んでくれ』
「・・・はーっ、はーっ」
「・・・根性あるじゃない。見直したわよマスター」
流石にスポーツ経験があるといっても、走りっぱなしは普通にキツイ。
それでもカルデアに来てからは、日々のトレーニングメニューとして筋トレを始めた。おそらく今が私の全盛期。
エミヤ!マルタ!クー・フーリン!パーシヴァル!いつもありがとう!帰ってからメニューを追加されそうな視線を感じるけどありがとう!
「ねぇ貴女」
「アルテミス?」
ふわりと眼前に降り立ったのはアルテミスとオリオン。後ろは大丈夫なのだろうか。
『ダメージは確実に蓄積してる。マシュとジル・ド・レェが踏ん張ってるよ』
「ねぇ、どうしてそんなに頑張るの?貴女は勇者じゃないでしょう」
「アルテミスさーん!?」
純粋に疑問に思った顔で、悪意もなく女神は言った。
あわあわと小さな手を振り回して、慌てているのはオリオンだけだ。立香は虚を衝かれた顔で見返している。
「神に選ばれたわけじゃないのに」
「・・・そうだね」
汗をかいた前髪を払う。少女の瞳は美しい朝焼け。
「でもここに居るのは私だよ」
『・・・・・・』
「選ばれたわけじゃないし、勇者になりたいわけじゃないけど。やっぱりああしてればよかったって、引きずりたくもないの」
「後悔をしたくないだけ?」
「そうだよ。・・・私が選んでマスターになったの。だったらせめて、かっこよく戦いたいじゃない?」
悲しい気持ちは苦手だ。辛い空気は苦手だ。だから明るく振る舞ってしまう。
元気づけようと笑ってしまう。
でも。
他人の気持ちに寄り添い、ぐちゃぐちゃに絡まった気持ちをほどく、リンクの姿を見た。
自信と誇りからくる余裕の笑みは、ドキドキするくらい格好良かった。
私もあんな風に、強くてかっこいい大人の女になりたい。
少女は1つ、殻を脱ぎ捨てた。美しく羽化する。
「・・・うん!いいじゃない!気に入ったわ!」
「うわぁ!?」
「人間は嫌いだし、弱い人間はもっと嫌いだけど。誇りある戦士は好きよ。このアルテミスの加護をあげる」
「すげーなマスター・・・。こいつが俺以外に懐くとは・・・」
ぎゅむうと抱きしめられる。柔らかいもちもちの胸に包まれて、立香の思考が一瞬宇宙に飛んだ。
デッッッッッッカ・・・・・・。・・・良い香りする・・・・・・。
蹂躙される山の悲鳴が、その意識を現世に戻した。
すぐ近くから轟音がする。項羽が迫ってきたのだ。
「マスター!行くわよ!」
「イエッサー!」
地下墓地の入り口を越える。突風が体に当たった。
『項羽との距離、1㎞!』
「走って!走って!もうすぐ・・・!」
「もう逃げ道はないわね。怖い?」
「全然!マシュ達がいる!」
「言うと思った。止まったら追いつかれるわね。跳び越えなさい」
「まっ、じかーーーー!がんばれ私ぃーーー!」
狭い通路を抜けて、エウリュアレを強く抱え直す。
「さあ―――」
『距離500!』
『身体強化最大行使!』
「1、2の、3!」
ふわっと体が浮いた、ように感じた。
勢い余った体は壁に激突して床に落ちる。礼装があってよかった。本当によかった。
「や、やった・・・・・・!やればできるじゃない、マスター!」
ぜいぜいと息をきらす立香は、酷使した体を引きずりながら起こす。
びりびりと揺れる墓地。箱の異様な雰囲気を察したのか、項羽が足を止めた。
その後ろに激突する、白亜の盾。
「押せぇぇぇ!」
「えーい!」
「はあああ!」
「お任せを。我が涜神の宴をご照覧あれ!」
マシュ、アルテミス、オリオン、そしてイキイキしているジル・ド・レェ。
立香とエウリュアレの視界に海魔が溢れかえり、思わず反射で肩を跳ねさせた。ちょっと画が良くないかな・・・。
狂ったように――いや、実際もう狂っているのだろう。
無辜の怪物として顕現した、嵐の覇王。立香が虞美人から聞いた、聡明さなど欠片も無く。
箱に触れた項羽は消えた。悲鳴はなく、ただ光だけを残して。
『・・・・・・やったわ』
「マスター、ご無事ですか!」
「うん。・・・やったね、マシュ」
「はい!」
オルガマリーは気が抜けてへたり込みそうになるのを、椅子に座ることで回避した。
ずっと激しく脈打っていた心臓が、ようやく落ち着いてくる。長い呼吸を繰り返した。
「やったわダーリン!」
「いや~肝が冷えたわ」
「ジル・ド・レェもありがとう」
「恐悦至極・・・。では私は戻りましょう」
マシュに手を引かれて立ち上がる。
墓地に吹き込む風が、冷たくて気持ちよかった。
「!! マスター!」
乱戦の中、メディアが声を上げる。それに反応して全員が彼女を見た。
「項羽が倒されました!」
「項羽様じゃないって言ってんでしょ!!!」
「どうどうどう」
「やった ますたー・・・!」
ドレイクとアタランテが笑みを零す。
瞬間沸騰した虞美人をダビデが宥め、アステリオスが安堵の息を漏らす。
ヘクトールは船に退避して、ちらりとイアソンを見た。
俯いた顔。表情は見えないけれど。
「・・・どうするんだい。姫様」
「どうもしません。私のすることは変わらないので。・・・ああ、あちらのマスターが戻ってきましたね」
着地に船が揺れる。
喜色を浮かべて出迎える姿も、イアソンは見ていない。
ヘクトールが飛び出した姿も、誰も見ていない。
突風。のち、凪。
「――――そう来ると思ったぜ。ヘクトール」
「・・・・・・!!」
サーヴァントの心理を抜けて。カルデアの予測を超えて。
立香の心臓を狙った一撃は、オリオンの棍棒に受け止められた。
針の糸を通す策略。大胆不敵な槍さばき。
あの大英雄ヘクトールならば。
1番イヤなタイミングで、1番イヤなことをするだろう。
「読ませてもらったぜ・・・!
「射止めてみせるわ。
「・・・・・・あーあ。慣れないことはするもんじゃねぇな。良いマスターぶりだ、カルデアの藤丸」
ようやく肩の荷を降ろして、ヘクトールは消えていった。
残るはイアソンと、メディア・リリィ。
「・・・ヘクトールも逝きましたか。イアソンさま、どうなさいますか?」
「・・・うるさい」
「降伏は不可能、撤退も不可能。私は治癒と防衛しか能の無い魔術師。さあ、いかがいたしましょう?」
「うるさいうるさいうるさい!黙れッ!妻なら妻らしく、夫の身を守ることを考えろ!!」
「ええ。もちろん考えています、マスター。だってそれがサーヴァントですものね」
メディアは笑っている。ずっと笑っている。
まるで状況を理解していないかのような微笑みに、イアソンはようやく困惑を覚えた。
「待った!その前に、イアソン君に1つ質問がある。エウリュアレを
「貴様たちの知ったことか!」
「いや、知りたいなぁ。だってほら、彼女を捧げていたら世界が滅んでいたんだよ?」
「――――なんだと?」
ダビデの言葉に、イアソンは驚愕した顔をする。
まったく考えになかったことを指摘された時の、呆けた声だった。
「当たり前じゃないか。あの箱は死を定め、死をもたらすものだ。それに神霊を捧げるなんて正気の沙汰じゃない」
追撃するダビデに、イアソンは反論を返せない。
「ただでさえ安定していない。この時代そのものが殺されていただろう」
「――――バカな。嘘だろう、そんなはずは――――」
「だから聞きたいんだ。きみ、誰に唆されたんだい。ヘクトール?それともメディア?」
「・・・・・・メディア?今の話は・・・嘘だよな?」
いつの間にか海は静まりかえっている。
ゆっくりと振り返るイアソンの先に、淡く微笑むメディアがいる。
「神霊を
「はい、嘘ではありません。だって、時代が死ねば世界が滅ぶ。世界が滅ぶということは、敵が存在しなくなる」
淡く微笑む、メディアがいる。
「ほら――無敵でしょう?」
「お、おまえ。おまえたち、俺に、嘘をついたのか?」
船は緊迫した空気に包まれる。
マシュは無意識に、立香を庇うように立つ。
「それじゃあなんの意味もない!オレは今度こそ、理想の国を作るんだ!誰もがオレを敬い!誰もが満ち足りて、争いのない、本当の理想郷を!」
「・・・自分の国?」
「・・・そうだマスター、アイツはな。王になりたかったんだ」
アタランテの声に振り返る。
彼女は痛ましそうに、イアソンを見ていた。
「・・・・・・それは叶わない夢なのです、イアソンさま。だってアナタには為し得ない。アナタは理想の王にはなれない。人々の平和を願う心が本物でも、それを動かす魂が絶望的にねじれている。アナタは、アナタが望む形で夢を叶えてはいけないのです」
純粋で綺麗な夢だけど。だけど。なのに。
「本当に欲しかったものを手にした途端、自分の手で壊してしまう運命を思い知るだけだから」
「なに・・・なにを言う、魔女め!
溜まりに溜まった鬱屈が大爆発したような激高だった。
「王の子として生まれながら叔父にその座を奪われ、ケンタウロスの馬蔵なんぞに押し込まれた!その屈辱に甘んじながら才気を養い、アルゴー船を組み上げ、英雄たちをまとめ上げた!このオレのどこが!どこに!王の資格がないというのだ!?」
その“思い通りにならないと周囲を呪う”魂のねじれこそが。
悪に落ち、礼節を忘れ、周りを気遣うことも出来なくなった姿こそが。
王にも勇者にもなれない、これ以上の答えである。
「オレは自分の国を取り戻したかっただけだ!自分だけの国が欲しかっただけだ!それの何が悪いというのだ、この裏切り者が――!」
「・・・・・・残念です。私は召喚されて以来、ずっと本当のことしか言っていませんでした。私は裏切られる前の王女メディア。外に連れ出してくれた人を盲目的に信じる魔女。だから
静かで淡々としたメディアの姿に、寒気を感じる。
なにかおぞましいものが現れるのではないか。そんな予感がある。
「全て本当です。全て真実です。・・・・・・多少の誤解はあったかもしれませんけど。例えば今しがた守るといったでしょう?どうやって守るのかというと――こうやって、」
「・・・・・・・・・・・・え?」
そう言ったのは誰であったか。
イアソンだったかもしれないし、立香であったかもしれないし、マシュであったかもしれないし、メディアであったかもしれない。
「――――――ヘラクレス?」
メディアがイアソンに突き刺そうとした短剣を、受け止めたのはヘラクレスだった。
ぱしゃん。
ヘラクレスの体が溶ける。
「イアソン」
溶けて、膨れて、霊基を食い破って、それは顕れる。
「すまない。私がお前を殺してやればよかったのだ。呼ばれてすぐに。そうすれば――」
頭が真っ白になった、メディアがへたり込んだ。
襟首を引っ張られて助けられたイアソンの目の前で、ヘラクレスの霊基が醜い魔神に変貌していく。
「メディアも、こんなことをするひつよ」
「フォーウ!フォーーウッ!!」
顕現せよ。牢記せよ。これに至るは七十二柱の魔神なり。
序列三十。海魔フォルネウス。
『・・・・・・な、なんてことだ』
「嘘・・・・・・」
「(・・・へらくれす)」
その力を以て、旅を終わらせるもの。
あらゆる希望を食い散らかす、王の寵愛である。