「お帰り。お疲れさま、立香君、マシュ」
ぱっと意識が浮上する。
コフィンの扉が開く間に、立香は瞬きで眠気を散らした。
いつのまにかカルデアに帰ってきたらしい。・・・リンクはまた、どこかに行ってしまったのだろうか。
「これで三つ目の特異点も消去完了だ。人類史を守る・・・その任務も絵空事ではなくなってきた」
「ええ。・・・あの魔神に関してはこちらで調査を開始します。さしあたってはソロモン王の時代ね。カルデアスとシバを使って、紀元前1000年前の地球を観測してみます」
ロマニとオルガマリーが深刻そうな顔で話している。
ここでようやく立香は、自分が聖杯を抱えていることに気づいた。
「・・・・・・いいのですか?シバで観測できる範囲は西暦までで、紀元前以上に遡ると精度が落ちるはずです。必要な魔力も電力も膨大なモノになります。今のカルデアにそこまでの備蓄は――――」
「そこはそれ、裏方の意地でなんとかするよ。魔力に関しては協力者のアテもあるしね」
「協力者・・・?」
「協力者?・・・ロマニ、それは私の知らない話かしら」
「フォーウ!」
さっきまでの緊張感ある空気が離散し、怪訝な顔をしたオルガマリーがロマニに詰め寄る。
焦った顔をしたロマニが大げさに手を振って誤魔化すのを、ダ・ヴィンチはにやにやしながら眺めた。
「え?あ、うん、ごめん、ボクの勘違いだ!ダ・ヴィンチちゃんの隠し財産のことだ!とにかく、キミたちは疲れを癒やしてくれ!」
「そうだね。さ、その聖杯は私が預かろう。マシュ、立香ちゃんを部屋まで送ってあげなさい」
ダ・ヴィンチにぐいぐいと背中を押されて、戸惑うマシュと立香が退出した。
ちなみに虞美人はとっくに解散している。自由なヒトである。
あとに残ったのはロマニの前で仁王立ちする所長と、必死にそれから目を逸らしている医療部門のトップ。そしてそれを面白そうに眺めているダ・ヴィンチちゃんだけであった。
「先輩、お疲れ様でした。フォウさんも頑張りましたね」
「キュ、キューウ!」
「ところで先輩。ドレイクさんが、これが終わったら世界一周旅行に行こう、と言っていましたよね。・・・行きたかったですか?」
「・・・全部終わったら、行ってもいいかなぁ」
ふぁ、と欠伸をこぼす。
なんだか凄く眠い。
「戦いが終わってから・・・ですか?・・・そうですね。レイシフトによる旅ではなく、この時代の旅を」
「マシュも一緒に行くでしょ?」
「・・・はい。まだ未来の決まっていない世界を、ドレイク船長のように楽しみたいです」
部屋に辿り着く。
髪を解いて、礼装を脱いで、寝る準備を整える。
マシュが髪を梳かしてくれた。気持ちいい。・・・余計に眠くなった。
「・・・先輩。今回の聖杯探索は、これまでの中で1番特殊なケースだったと思います。ひたすら何処かを目指す工程。果ての見えない海原を征く戦いでした」
「うん・・・」
ベッドに転がった立香に、マシュは掛け布団を掛けてあげる。
「わたしはその中で得がたいものを学んだ気がします。人類史において、善人も悪人も等しく貢献している。人間の多様性と矛盾。そして期待値」
「うん」
「・・・・・・人間は凶悪な生き物です。自分の欲望、目的のために知恵を絞り、力をつける。本当に凶悪な特性です。この惑星でもっとも強く、野蛮な生命体と言えるでしょう」
思わずマシュを見上げる。
言葉の強さとは裏腹に、彼女は穏やかな顔をしていた。
「でもその凶悪さには希望があった。叶わないものを叶える、という希望。不可能を不可能のままにしておかない力。それが希望であり人間の業だと、彼女と勇者は教えてくれました」
「・・・・・・」
「わたしにその力があるかはわかりません。でも、できるかぎり近づこうと思います。先輩と一緒に戦っていくために。いつかきっと、先輩が誇れるサーヴァントになるために」
「マシュ」
「はい」
ねむい。すごくねむい。
でもいわなくちゃ。
落ちそうになる瞼を無理矢理上げる。
「もうとっくに、誇りに思ってるよ」
「!」
頬にふわりと赤みが差して、瞳が潤んできらきら光る。
両手を膝の上でぎゅっと握って。
特別な宝物を手にいれた人のように、彼女は満面の笑みで微笑んだ。
「―――――はい、先輩。どうか良い夢を」
雀のお宿は満員御礼。ぴいちくぱあちく働いている。
本日の議題は、誰がガノンドロフの部屋に食事を持って行くか、です。
「無゙理゙で゙ず」
「一殿、俺の服の裾を握るのは止めてくれ」
「・・・う、ううん。頑張れば・・・頑張れば・・・」
「お客様として来ているだけですし、すぐに持って行ってぱっと帰れば・・・」
なぜこんな状況になっているのかというと、今まで担当していた紅閻魔が多忙が極まり行けなくなってしまったからである
雀たちの話を聞くかぎり、来客しているのは老いた王。1番穏やかで理性的と予想されるガノンドロフだ。
貴賓室に籠もって出てこない様子を見る限り、あちらも騒ぎを起こす気はないのだろう。
ならば、ならば大丈夫――――――。
「ぶっちゃけ本人よりギラヒムが怖い」
「はい」
「そうだな」
「・・・ええ」
雀曰く、従業員に対応しているのは侍っているギラヒムらしい。
そしてギラヒムには人間に対して特に優しくしてやろうという気持ちはない。
怖いよー・・・。
「じゃあ儂が持って行ってやろうか」
項垂れた斎藤の後ろからひょこっと顔を出した風の勇者に、全員もの凄い勢いで飛び退いた。
「そんなに驚くか?儂だって傷つくぞ?」
「いいいいいやすみませんすみませんすみません」
「い、らしていたんですね」
「風の勇者様・・・!」
「こ、ここここっにちは」
なめらかに腰を抜かした斎藤、声の裏返っている渡辺。
思わず槍を呼び出してしまったブリュンヒルデにしがみついているマタ・ハリ。
「いい加減慣れたかと思ったが、そういや儂と会うのは初めてか。初めまして!食事は儂が持って行ってやるぞ」
「えっいやいやいやお客様にそんな、・・・お客様?お客様ですか?」
「いんやバイトだぞはじめちゃん。存分に使ってくれ」
「! そういえば来ているのは・・・」
「うん、そういうことだな綱くん。お前達は他の仕事に戻りなさい」
こてりと首を傾げれば、金髪がさらりと揺れる。
一語一句が余りにも心地よい。人を惹き付ける天性の美声。
「よ、ろしいのでしょうか・・・。紅先生に任されたのは私達なのに」
「女将には儂から行っておこう。なに、この程度で怒る人じゃないさ」
「ではあの・・・よろしくお願いします。えっと、お食事はここに」
「ありがとう、マタ・ハリ。そう緊張しなくても大丈夫だよ。光からお前達のことは聞いているからね」
ちらちらと振り返りながらも、残った業務を片付けるために四人は持ち場に戻っていった。
ひらひらと手を振れば振り返してくる。
さて。
「いらっしゃいませお食事の時間です!!!」
「帰って死ね!!!!」
襖を開ける動作はなめらかで優雅だったのに、声がアホほどうるさかった。
振り返らずとも相手を認識したギラヒムが反射で罵声を返す。
「お客様、従業員への罵声はおやめください」
「罵倒されるようなことをしているのは貴様だろうが食事置いて消えろ!!」
「ガノンドロフ元気?儂、旅行行くって聞いてないんだけど」
「なぜ貴様にいちいち報告しなきゃならねえ!!マスターは慰安中だ失せろ!!」
「ギラヒム」
重厚感のあるバリトンボイス。
リンクとはまた違う、人を魅了する天性の美声。色気を感じるゆったりとした声。
ギラヒムが肩を揺らしたのは一瞬。すぐさまその場で膝をつく。
「はい、マスター」
「本人が従業員だと言っているんだ。食事の準備をさせろ。貴様はしばらく席を外せ」
「・・・仰せのままに」
リンクにものすごい睨みを入れてから、ギラヒムは剣の中に戻る。
鼻歌交じりに料理を並べ終わると、ようやく男はこちらを向いた。
「特異点はどうだ。お前のオルタナティブも動いたようだが」
「あ、やっぱりわかるんだ。特異点はまあまあだね。今のところ特別な問題はない」
「わかるとも。アレらはワシらの手駒でもある」
酒をあおる男は、それだけで絵になるほど。
あぐらに肘をついたリンクの行儀の悪さを指摘するものはいない。
「次の特異点はロンドンか。どうするつもりだ?」
「どう、って?ロンドンは何か不味いのか?ていうかなんで知ってるんだ」
「ワシが敵ならここで仕掛ける。あそこには時計塔もあるしな。魔術の仕掛けがしやすい」
「スルーか。いいけど。んーまあ皆と相談するよ」
会話は一旦そこで終わった。
さわさわと、川のせせらぎが聞こえる。鳥が元気に鳴いている。
暴力も略奪もない。血のニオイも染みついていない。
生前、死の間際にようやく手に入れたような、優しい風が吹いている。
「一局付き合え。暇だろう」
「いいよ。今日こそは勝つからな」
窓から差す西日に照らされるまで、二人は将棋を指し続けた。
横なぐりの雨の中、落雷を挟んで名乗り合った時とは違う、静かな時間。
死してようやく手に入れた。勇者と魔王の、殺意のない対話であった。
お家のルーターが壊れてました。
次は幕間特異点→第四特異点です。