「――すべてを喰らわんとしたコトはあるか」
「喰らい続けても満ち足りず、飢えが如き貪欲さによって味わい続けた経験は」
「消費し、浪費し、後には何も残さずにひたすらに貪り喰らい、魂の渇きに身を委ねた経験は?」
藤丸立香の内側から、その声は歌っている。
「喰らい、費やし、愛なき身に欲望を詰め込むもの」
「暴食の罪」
「あの、私」
何から話せばいいんだろう。
「怒るの、得意じゃなくて」
絡まっている糸をほどくために、過去の記憶をたぐり寄せる。
「私はいじめられてたとか、ないんだけど」
ぼんやりと壁を眺める、少女の体の薄さよ。
「でも小学校のころの友達が・・・。気に入らない子をハブったり、無視したり、陰口を言ったり・・・。そういう・・・、そういう空気になりやすかったの。感情的になりやすいっていうか」
いわゆるスクールカーストが、すでにあそこには形成されていた。
すこし田舎寄りの地元だったのも、良くなかったのかもしれない。
「中学校は、複数の小学校の生徒が混ざっていたから、そこまでじゃなかったんだけど。でもやっぱり気が強くて、部活でも活躍してる子の方が目立つし、ズバズバ言うんだよね。男子も女子も。その子達に嫌われると大変だった」
悪い子達ではなかったし、仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。
体も心も成長期で、思春期真っ只中の中学生なんて、そんなものだろう。
“明るくて元気なクラスの人気者立香ちゃん”は、誰にでも優しいからそんなことしない、と巻き込まれなかったのは幸いだろうか。
「今思うと・・・嫌われないようにしてたのかもしれない。怒らないようにしてた。なにかに巻き込まれても、いいよって笑って許してた」
それは一種の処世術。
少女が身につけた笑顔の鎧。
「高校は遠い所にした。バレー部の私を知らないところ。・・・楽しかった。だから・・・」
だから?
すべて燃やされたことも許せるって?
怒るって、どうやるんだっけ。
「・・・っ」
膝の上で拳を握り締める。爪が食い込んで痛む。
腹の中から沸き上がる、この感情は何だ。
「わ、たし。私・・・・・・」
罪なきヒトなど在るのだろうか。
怒りも、嫉みも、程度の差はあれ、どれも正常な精神活動のひとつにすぎない。
それらを罪と呼ぶのなら、いったい誰が裁くのか。
「
藤丸立香は一般的な少女である。
もっと言うならば、気まぐれに献血に立ち寄る程度には善良で、南極でのアルバイト募集に応募する程度には好奇心旺盛なだけの、ただの少女である。
「どうして私なの・・・!」
こぼれ落ちたのは、絶対に誰にも言えない絶望。心の鎧を貫いた悲鳴。
オルガマリーにもマシュにも言うわけにはいかない。それくらいのことはわかる。わかるから嫌なんだ。
掠れた声が闇に溶けて。もう、消えてしまいたい・・・。
「なんで・・・!嫌だよ・・・!帰りたくない、帰りたい・・・」
ここで死んでしまえれば。永遠に眠っていられれば。どんなに楽だろうか。
どこか遠くへ逃げてしまいたい。人理なんて背負いたくない。だってミスしたら死んじゃうんだよ?
私というマスターの采配で、星の行く先が決まるなんて。そんなのぜったい嫌・・・・・・。
こわいよ。こわい。死ぬのも、
ずっと、断頭台の上にいる。
「じゃあ、私とここに居ますか?」
透明な言葉。
肩を支える、ジャンヌ・オルタの声。
「私と一緒に地獄へ堕ちましょう。大丈夫。私はずっと、貴女の手を握っていますよ」
それは・・・・・・。
「――――目覚めたか、我が仮初めのマスター。ならば立つがいい」
「・・・・・・アヴェンジャー」
「行くぞ。既に、第五の裁きがおまえをお待ちかねだ」
ベッドから立ち上がって、ふらつく。顔を上げられない。
ジャンヌ・オルタに手を引かれ、牢の外に出た。
暗い廊下が心地よかった。照明にすら照らされたくない。
「今回の支配者の正体を伝えておくぞ。奴は、暴食の具現だ」
喰らうことが手段ではなく、目的にすり替わったとき。
それは破滅の因子と化す。
「この世のあらゆる快楽を貪り、溢れども飽き足らず喰らい続けた悪逆の具現だ。実に、単純明快きわまる相手の筈だ。前回のようにあれこれと理屈をこねてくる事もない」
「へぇ」
増える足音、紛れる声。
リンク・オルタが現れた。
「なに、考える必要はない。おまえの在るがままに在れば勝ち抜けよう」
「(私の、在るがまま・・・?)」
「・・・・・・殺せ。殺すだけでいい」
そうしていつものように、にやりと笑ったのだろう。
私ってなんだっけ。
「(ちょっとアナタ!!)」
「(ん?)」
「(ん?じゃありません!アナタのせいでマスターがずっと沈んでいるんですよ!どうにかしなさいよ!)」
「(無垢で無知な少女に、考える事を教えてやっただけだぞ?むしろ感謝してほしいくらいだな)」
「(なんっで偉そうなのよ!いくら勇者の一部だからって!アンタの事も燃やすわよ!!)」
「(折角マスターの弱いところを見せてもらったのに、嬉しくないのか?)」
「(え?)」
リンク・オルタの瞳に、きょとんとした自分が映っている。
青年は見惚れるほど綺麗に微笑んだ。まるで少女を誑かす悪魔のよう!
「(つまりお前はマスターのなかでも特別な位置に居るって事だ。藤丸立香の、特別)」
「(・・・・・・・・・・・・なるほど)」
○災厄ハンター なるほどなんだ
○ウルフ 納得しちゃったよ
○うさぎちゃん(光) これ大丈夫?丸く収まる?
獣の雄叫びがする。
「・・・・・・グゥ、アア、アアアアアアアアアアアアアア・・・・・・」
地獄の底から、世界を睨む獣がいる。
「オオォオオオオオオオオ・・・・・・オオオ・・・オオオオオオオオオォ!!」
名をカリギュラ。
月に愛され、狂気に落ち果てた男。
「余は・・・・・・殺す・・・・・・殺す・・・・・・!おお、あああ、女神よ・・・・・・余の、振る舞いを許せ!」
「カリギュラ・・・」
「余の、振る舞い、は、運命、で、ある!余は・・・すべてを・・・・・・!貪り!喰らうのみ!!」
濁った瞳は何も映さない。
暴虐と悪行を振りかざし、いずれ全てを喰らうだろう。
「ネロ、は、何処だ・・・・・・。おお、どうか、どうか、おまえだけは・・・・・・!!オオオアアアアアア!!」
「ははは!どうやら沈静には失敗したようだな!アレはおまえの魂を喰らうまで止まらん!」
一番近くに居たリンク・オルタに振りかぶった拳は、彼の足に止められた。
そのまま力尽くで押し返す。吹き飛ばされたカリギュラはよろめきながら後退し、しかし即座に反撃に移る。
足と拳の攻防。裁きの間に重い打撃音が響くが、ポケットに両腕を突っ込んだままいなしている様子を見る限り、リンク・オルタは全く本気ではなさそうだ。
「対話を続けても構わんぞ。此処で死ぬというならば勝手にするがいい」
「・・・・・・」
「途中で歩みを止めても構わん。おまえは、いつだろうと諦めることができる」
握られていた手が持ち上がる。
ジャンヌ・オルタの胸に抱え込まれた手と彼女の顔を、立香は交互に見た。
「マスター。私、嬉しいです」
「・・・嬉しい?」
「貴女の心の一部を見せてもらえたことが。貴女に・・・甘えてもらったことが」
「――――――」
「貴女はきっと一人でも立てるけど。一人で立つのは辛いことに、もしかしたらようやく気づけたのでしょう。その時寄りかかることが出来る場所が、私であって嬉しいです」
ふと、思い出した。
“なんていうか、これは私もそうなんだけど。その瞬間は怖くないんだよ。必死にあれこれ考えて何かしている間はさ。後悔も反省もしている暇がないの。ジャンヌもきっとそうだったんじゃないかなって”
真昼の森での一幕。ひかたに包まれた日。
“だから今ジャンヌがそうやって昔のことを振り返られるのは、心に余裕ができた証拠でもあって。・・・そんなに悪い事ではないと思うの。聖女じゃないと思うのも”
あの日の言葉が返ってくる。
心を燃やす勇気を、世界を照らす光を、思い出す。
「――――問おう、我が仮初めのマスターよ。渇きを癒やすもの。飢えを満たすもの。暴君カリギュラが、反英雄ではなく英霊として現界した理由は何だ!おまえはもう気づいている筈だ!」
「他人の存在。友達、家族、相棒。――――愛」
「己の魂の声を聞け!ここで歩みを止めると言っているか!」
「言ってない!!」
迷い、惑う事は人の定めである。
弱虫を抱えても笑えること。恐怖を知ってなお歩み続けられること。
それこそがヒトの輝き。
挫けるたびに立ち上がり、落ち込むたびに涙を拭え。
君を信じる背中合わせの誰かに。隣にいる誰かに。帰りを待っている誰かに。もう君は気づいたはずだ。
愛を知るヒトが堕ちるものか。愛をうたう獣であれ。
「悔しい!負けたくない!負けたくない!!人理を燃やした奴
怒りではなく、負けず嫌いが吼えた。
憤怒ではなく、矜持を掲げた。
「やっちゃえオルタ!アヴェリン!」
「なんて?」
「いいでしょう!そんなに腹が減っているのなら、私の業火を喰らいなさい!」
○奏者のお兄さん なんて?
○Silver bow なんて?
○災厄ハンター なんて?
○うさぎちゃん(光) カワイイあだ名貰ったじゃん
臓腑すら焼き尽くす炎が襲いかかる。
横に飛び退いて避けようとしたカリギュラは、しかし後ろから叩き込まれた一撃に意識を刈り取られた。
カリギュラ如きでは反応できぬ、ちょっと本気になったリンク・オルタもといアヴェリンの攻撃である。
バーサーカーを燃やす黒炎を裂くように、オルタの剣が振るわれた。霊基が消滅する。
「お疲れ様。オルタ、アヴェリン。それと、アヴェンジャーもありがとう」
「フン」
「当然です。私は貴女の、特別なサーヴァントですから」
「吹っ切れた女は怖えな・・・」
○海の男 切っ掛けはお前だぞ
○銀河鉄道123 今週の自業自得
そして少しだけ恥ずかしそうに、立香は言った。
「ねえオルタ。その・・・また何かあったら、オルタに甘えてもいいかな」
「――えぇ!えぇ!」
勢い余って抱きついて、少女たちの笑顔が重なった。
○守銭奴 丸く収まったな
○フォースを信じろ めでたし!